【Lily】
アンダインと戦った場所を通り抜け、再び洞窟の中に入る。先程まで灼熱と言っていい程に暑かったホットランドに居た所為か、ひんやりとした洞窟の中は本当に涼しかった。……まるで夏の暑さをもう一度体験しているようだったと言っておこう。また行きたくねーな。
「……あれ?箱だ」
若干遠い目をしつつ、洞窟の中を戻っていくと、先程までは無かった箱があった。小さい橋の向こうには見慣れないモンスターが見え、アンダイン戦が終わったから出てきたのかと一人で納得する。
「ケッ! 今のモンスター達はパズルの出来なんて気にしてねぇぜ!」
箱を調べ終わったらしいフリスクがモンスターに話しかけると、モンスターはそんな事を言い出した。そうなのと言わんばかりにフリスクが首を傾げると、モンスターは話を続ける。
「最近の『パズル』はレーザーや動く岩みてえなやつばっかりだ……」
レーザーと聞いて、私はふとホットランドでレーザーの中を掻い潜らなけばならない事を思い出す。……うっわ、ますます行きたくねぇ。
「ケーッ!! そんなもんに芸術なんてねぇ、ただの安物だ!効率重視だとか考えてる奴の戯言だ!俺は心の奥深くに響くチャレンジ精神っつうもんを求めてんだよ……」
内心げんなりしつつモンスターの発言を聞いて、芸術家気質なんだなとなんとなくモンスターの性格を考察する。
「おいお前! お前はまだ若い! お前にはまだ希望がある!」
突然ビシッとフリスクを指差し、モンスターはそう言った。フリスクはと言えば、突然そんな事を言われて困惑しているらしく、ぼく?と聞き返すように自分を指差す。
「ゲヘヘ……! ここの……このブロック押しパズルを解いてみろ!!」
フリスクは少し困ったかのように私を見てから、小さく頷いて此方に戻ってくる。そして、先程調べた箱に触れようとした瞬間、
「何……? お前は何をしているんだ!?完全に間違っているぞ!!」
モンスターからそう言われて、フリスクは驚いたようにモンスターを見る。
「ケッ、忘れてくれ!この世代の希望はとうに失っているのさ!」
それはまだ早いんじゃないかな……?
「いこ、フリスク」
「う、うん……」
モンスターの発言にそう思いながら、私はフリスクの手をひいてさっさと先に進んだ。
―――――――――――――――――――――――
先程探索した時に見つけた魚の形をした家の前にまで行く。すると、見覚えのある特徴的な服装と赤いスカーフを巻いたモンスターが家の前に立っている事に気付いた。
「やあ、パピルス。お待たせしちゃってごめんね」
「!!!! 人間!!!」
手を上げて声をかければ、パピルスも此方に気付いたらしく、ぱぁっという効果音が付きそうなくらいに明るい顔になる。明るいなぁと思いながら近付いていけば、パピルスはガシッと私の肩を掴んだ。
「怪我はないな!!?」
「お、おう、大丈夫だから取り敢えず落ち着いてくれ……酔う……」
「ならいいんだぞ!!」
心配からかパピルスにがくがくと肩を掴んで揺らされて酔いそうになり、パピルスにストップをかければ、安心した様に微笑まれて離してくれた……かと思いきや、ぎょっとした顔になる。
「人間、この肩の所の破れた所はどうした……?」
「……あ」
パピルス自身の手で見えなくなっていた槍が掠れて出来た破れを発見され、思わず間抜けな声を出す。忘れてたな此処の傷。
「……怪我、したのか……?」
「あぁ、違うよ。ちょっと岩で引っ掛けちゃって破けちゃったんだ。別に怪我した訳じゃないよ?」
「なんだ、そうなのか!!」
心配そうな顔をしたパピルスに慌てて取り繕えば、今度こそ安心したようににっこりと笑った。何とか取り繕えたかと内心ほっとする。
「小さい人間も居るな!アンダインと遊ぶ準備は出来ているか?」
パピルスの発言に気まずさが半端ないですと心の中で思いながらフリスクを見ると、フリスクは緊張しているような面持ちで頷いた。
「俺様に三人をすごい友達にする考えがあるのだ!」
「へぇ……考えてくれたんだ。ありがとう」
「お礼なんていい!お前達は俺様の友達!友達と友達が仲良くなる為に頑張るのは当たり前だからな!」
パピルスの思いがけない言葉に思わず目を丸くする。………私も『友達』の括りに入れてくれたんだ……
「……そっか」
「そうだぞ!」
なんとなく暖かい気持ちになりながら、私は頷いた。
「さて、用意はいいな、人間!」
その言葉に、フリスクは頷いた。それを見て、私もデートイベントが始まったのだと覚悟を決める。
「よし!俺様の後ろに来るんだ!」
「わかった」
パピルスの指示に従い、パピルスの後ろに隠れるようにし、フリスクを前にして一直線に並ぶ。……さてと、頑張らなきゃな。
「さあ。彼女にこれを渡そう!」
そう言ってパピルスが懐(?)から出したのは、リボンのかかった黄色い骨だった。
「彼女の大好物なのだ!」
……本当に大好物なのか?ゲームだった時も棚に入ってたけどあれ多分パピルスが持ってきたやつだろうし……
そんな事をパピルスの発言で思いつつ、成り行きを見守る。
コンコンコン
パピルスがリズムよく歯の形をしたドアを三回ノックする。
「………あれ?」
が、少ししても、アンダインは出てこなかった。
コンコンコン
もう一度パピルスがノックをし、また少し待つ。それでも、アンダインはドアを開けなかった。……え、嘘だろ?
「可笑しいな……居る筈なんだが……」
「ちょっと待ってみたら?」
「そうだな!」
首を傾げるパピルスに提案し、しばらく待つ。どうして出てこないのかその間に思案して、考察する。………あ、もしかして……
原因を察し、苦い気持ちになっていると、
しゅっ
という何かが擦れるような音を立てて、ドアが開いた。
「おぉ、アンダイン!すぐに開かなかったからどうかしたのかと思ったぞ!!」
「……おぉ、パピルスか。一対一の特別トレーニングの準備は出来ているか?」
「ニェッ?もちろん出来ているが、どうしたんだアンダイン?元気がないな?」
パピルス越しに先程聞いた低めの女性の声が聞こえ、思わず肩を強ばらせる。そして、パピルスの言う通りその声に覇気が見当たらない事に気付き、やっぱり自分のせいかと確信する。
「あぁ、少しな……まぁ、気にしなくても大丈夫だ」
「そうか?」
気持ちが沈んでいく中、進んでいく会話に集中しようと考えを切り換え、話に耳を傾ける。
「そうだ、今日は友達も連れてきたんだぞ!」
そう言って、パピルスは私とフリスクの前から退いた。パピルスが退くと、沈んだ顔のアンダインが、小さく笑顔を作っていた。
「どうも、はじめま……して……」
「………やぁ、はじめまして」
そして、次の瞬間、アンダインは驚いたように大きく目を見開いて、固まった。そして、そのまましばらく沈黙が流れる。
「……三人とも。中へ。入ったらどうだ?」
「………うん、じゃあ、お言葉に甘えて。お邪魔します」
辛うじてといった様子で、アンダインがその言葉を捻り出す。それに乗っかる形で、私達は中に入った。
中に入ると、中は可愛らしい、何処か女の子らしさが滲み出ているような、ゲームだった時通りの内装になっていた。
「やぁ、アンダイン。俺様の友達が、これをアンダインにって!」
そう言ってパピルスが取り出したのは先程の骨。それを見てアンダインがマジか?と言いたげな顔でこちらを見たのを、パピルスに気付かれないくらいに小さく首を横に振って否定しておく。すると、アンダインはだよな……と言わんばかりに小さく一つ息を吐いて、パピルスから骨を受け取った。
「あぁ……ありがとう。じゃあ、あー、他のと一緒にしまっておくぞ」
そう言って、アンダインはキッチンの下の引き戸を開け、骨をしまう。その際にちらりと他の骨が見え、やっぱり好物ではなさそうだと確信した。
「………それじゃ始めてもいいか?」
なんだか気まずそうな顔をしながら、アンダインはそう言った。それを聞くか否や、パピルスは大声を出す。
「ああしまった!たった今思い出したぞ!御手洗いに行かなければ!!」
……確か、この後はパピルスが出ていっちゃうんだっけな。
「二人とも楽しんでくれ!!!」
「えっ、ちょっ」
そう思いながら、先の展開を知らないフリをして、私は戸惑ったような声を出す。そう言い終わるか否や、パピルスは派手に窓を突き破り、破片を撒き散らしながらダイナミックに出ていった。……えぇ……?知ってはいたけど、いくらなんでもダイナミックすぎない?
「……それで、何故貴様らは此処に来たんだ?」
ふぅ、と一息吐いてから、アンダインは此方を見やり、そう訊ねる。その目に鋭い光は宿っておらず、ただただ穏やかに凪いでいた。
「……友達になりに来たって言ったら、笑うかい?」
緊張からか、固まってしまっているフリスクの肩に手を置き、そう代弁する。
「…………………………………………私と、か?」
信じ難いと言いたげな顔をして、確認するようにアンダインはそう言った。
「うん。そうだよ?」
特に悪びれずにそう言えば、アンダインは苦い顔をする。
「……お前達を殺しかけた、私とか?」
コクリと、緊張が少し解れたらしいフリスクが頷いた。それを見て、アンダインはふっと鼻で笑った。
「………私に、そんな気はない」
そう言ったアンダインに、私は内心頭を抱える。……やっぱ私のせいで落ち込んでるやん……流石に言い過ぎたもんなぁ……
そんな風に自分の失態を責めていると、フリスクがアンダインに近寄っていって、ペコリと頭を下げる。
「……違う。謝らなくていい。私にそんな資格はないからだよ」
お前のせいじゃない、と言いながらフリスクの頭を撫でようとして、躊躇してからやめたアンダインを見て、彼女のプライドを大分傷付けてしまったんだと改めて理解する。
「謝らなければならないのは、私だ」
目を伏せながらアンダインはそう言った。
「……お前が言った通り、私は言う相手を間違っていた。お前達に関係のない罪を擦り付けて、殺そうとしていた。他の騎士よりも平等に、公正にあるべきである騎士団長ともあろう者が、だ。……いや、『平等』とも、『公正』とも言えないな。橋でチビッ子が転んだ時、抵抗させずに迷わず殺そうとしたしな。あれは平等な戦いとは言えない」
はは、とアンダインは自嘲的に笑い、瞳の光を曇らせる。私の言葉が此処まで彼女を悩ませている事に戸惑ってしまい、私は何も言えずに見つめるしかなかった。
「……実はな。罪を擦り付けてお前達を殺そうとしたのも、お前達を『悪』と決め付けておかないと、自分が罪の感触で狂ってしまうと無意識に考えていたからだとさっき気付いたんだ。その時点でもう、私は……」
違うと否定したかったが、そう認識させたのは私の言葉の所為だと知っている所為で、何も言えなくなる。ふとフリスクを見れば、フリスクもこんな事態になるとは思っていなかったのか、おろおろとしていた。
「………私は、お前達罪なき者を殺そうとした愚か者だ。赦してくれとは言えないし言わない。だが、この謝罪の言葉は受け取ってくれ。……本当に、すまなかった」
そう言って、アンダインは真剣な顔で真っ直ぐ私を見てから頭を下げた。彼女なりの誠意が籠ったその行動と言葉で、私はどうしたらいいか分からなくなってしまう。
そのまま暫く流れる痛い沈黙の中、私は頭をフル回転させ、そして、たった一つだけ、打開策を思い付いた。その瞬間、
「だああ!」
窓からパピルスが顔を出して、ぎょっとしてしまう。
「俺様は残念だ……俺様はアンダインならアイツらと友達になれると思ってた。けどそれは……どうやら俺様の過大評価だったみたいだな。彼女が挑戦すらしないとは」
「パ、パピルス……?」
突如としてそんな事を言うだけ言って去っていったパピルスに動揺したらしく、アンダインは戸惑いを隠せない様子でパピルスを見る。
「……アンダイン」
「…なんだ……っ!?」
アンダインが余所見した隙をついて、私もアンダインに近付いて、ぎゅう、と、アンダインを抱き締める。
「…………私は、聖人じゃないから。君の謝罪を受け取りはするけど、到底赦したりは出来ない。神サマじゃないから罰することも出来ない。だけど、君とこの関係のままは嫌なんだ」
パピルスにしたように、優しく抱き締める。
「赦せなくても、罰せなくても、妥協は出来るから。君が私達と友達になってくれるなら、私もこの怒りを取り敢えず心の奥底に沈めるからさ。……だから、資格がないなんて言わないでよ。私そこまで言ってないよ?」
そう言って、私は抱き締める力をもっと強くする。………私が思い付いた案は、『妥協案の提案』。あんな事を言った手前、生半可な慈悲はアンダインのプライドをもっと傷付けるだけだと判断して、思い付いた案だ。とはいえども、私は間違った事を言ったつもりはないけどな。……最後の偽善者は完全におまいうだけどね。そこは猛省してるけど。
「それにさ、ヒーローっていうのは諦めずに困難に立ち向かっていくものでしょうに。目の前の『私』という困難を乗り越えようともしないっていうのは、どうかと思うけどな?……ほら、『資格がない』なんて言って逃げてないで、挑戦ぐらいしてみなよ」
ニヤリと笑って、私より少し高い位置にある顔を見上げながらそう言えば、アンダインはポカンと口を開け、唖然とした顔をする。そして、口角を不敵に吊り上げた。
「…………それは、私に対する挑発だな?」
「あぁ、勿論だとも」
「……ならば、受けて立とうじゃないか!!!」
ニッと、漸く私の知っている笑顔でアンダインは笑った。そして、バッと私から離れ、私をビシッと指差した。
「貴様に挑戦を申し込む!!!」
「ほう。どんな?」
「『貴様らと親友となり、貴様を見返す』ことだ!!!」
それ挑戦なの?と一瞬ツッコミを入れたくなったのを抑え、私は笑顔を作る。
「いいとも。やれるものならやってみな」
「……言ったな?」
「あぁ」
……やっと元気になった。
これでなんとか原作の流れに持っていけただろうかと思いながら、私はニヤリと笑ったアンダインに頷く。
「私のことを大好きにさせてやる!!他の奴のことなど考えられない程にな!!!」
原作通りの言葉が出て来た所で、内心大丈夫そうだと安堵する。
「………で、最初は何するの?」
「……取り敢えず茶でも飲むか?」
「あー、じゃあ、頂こうかな」
「ぼくも!」
空気が明るくなって安心したのか、フリスクも笑って手を上げる。それを見たアンダインは、紅茶を淹れる為にキッチンに向かった。