※長いです
【Lily】
光る草の道を戻り、最後の光るキノコを叩く。……この道を行くと次のエリアに行くんだっけ。
「おっと、フリスク、足元危ないぞ」
「わっ!?」
出来た道を進んでいると、フリスクがまたチビカビを踏みそうになるのを腕を引き寄せて回避する。……あぶね、戦闘になる所だった。
「……あ、ごめんね、踏みそうになっちゃって」
フリスクが足元に居たチビカビにしゃがんで謝ると、チビカビは大丈夫というようにプルプルと震えてから這っていった。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「気にしないで。行こう」
「うん」
フリスクの腕を離して、また歩き出した。
――――――――――――――――――――――
光る草の道を歩き続けると、道が迷路のようになっている場所に辿り着いた。……あぁ、次のエリアに来たのか。
「ランプだ……」
そう言ったフリスクがランプの上のボタンを押すと、ランプは水色の光を放った。それを見ながら、まだ新しい石板の前に立つ。
『ろうそくや魔法がなくとも家に導けるよう、モンスター達は移動にクリスタルを使っていた。』
石板を読んでから後ろを振り返って、ぼんやりと点滅を繰り返す紫色のクリスタルを見る。……これか。
そしてだんだん暗くなっている事に気付き、今度は私がランプのボタンを押す。すると、また辺りが明るくなった。
「………これを途中で押しながら進んでいくみたいだね」
「そうだね。……あ、そうだ。これが使えるかな?」
辺りを見渡して同じランプが道中にある事でそう察したのか、フリスクがそう言った。それに賛同しながら、私は急いでリュックを降ろして中から回収しておいた懐中電灯を引っ張り出す。
「あ、それ……」
「フリスクが持って来たやつだよ。回収しといて正解だったね」
フリスクが見ている前でつけたり消したりしてちゃんとつくか確認する。……落ちた時に壊れたかなーと思ったけど、大丈夫そうだ。
「……よし、行くぞフリスク。ちゃんと着いてきてね」
「うん!」
もう一度ランプのボタンを押してから手を繋ぎ、足元を照らしながら道を進む。……これでモンスターとの戦闘が避けられると良いんだけど……
そんな事を思いながら途中途中でランプを押しながら進んでいく。
「あ、お姉ちゃん、足元」
「え?……うおっ」
フリスクに腕を引かれてそう言われ、足元を見ると、またチビカビが横切ろうとしていた。
「ごめんね」
急いで一歩下がって謝り、チビカビが通り過ぎるのを待つ。……あっぶね。
「ありがとうね、フリスク」
「ううん、大丈夫だよ」
通り過ぎたのを確認し、暗くなる中でまた歩き出す。道を曲がってランプのボタンを押すと同時にまた明るくなった所で早足で進んでいく。
「……これで最後かな?」
最後のランプを押し、壁に沿って進んでいく。………次のエリア、覚悟しないとな。
―――――――――――――――――――――
ランプの明かりがなくなり、真っ暗な中を懐中電灯の心細い光で照らして進んでいく。……リアルホラーゲームとか一瞬思ったのはナイショ。あ、此処から水だ。
「ここから水に入るから気をつけてね」
「うん」
フリスクに注意を呼び掛けてからざぶんと音を立てて足を水の中に入れる。……あぁ、また気持ち悪い感触が……
ざぶざぶと音を立てて進んでいくと、直ぐに陸があった。陸に上がり、また真っ直ぐ進んでいくと、エコーフラワーが一本咲いていた。
「……? あれ、エコーフラワーだ……」
フリスクと一緒に近付いて、エコーフラワーが録音した言葉を聞こうと耳を澄ませる。
『お前の後ろだ』
「!!!」
エコーフラワーから聞き覚えのある女性の声が聞こえ、周りが明るくなった瞬間、背後から殺気を感じて振り返り、フリスクを守るように後ろに隠す。案の定、其処には見覚えのある鎧騎士が佇んでいた。
「………やぁ、騎士団長サマ」
殺気に気圧されそうになるのを堪え、笑みを作る。対して、鎧騎士は私の言葉を聞き流したのかそのまま沈黙を貫いたまま歩みよってくる。……ひゅう、おっかねぇ。
「……七つ」
「……は?」
低めの女性の声が兜越しに聞こえた。少し聞きにくいその声にも、此方に対する殺気が籠っていた。
「七つの人間の魂」
また一歩、鎧騎士は此方に進む。
「七つの人間の魂の力によって、我らが王……アズゴア ドリーマー王は……神となる」
鎧騎士はそう言いながら、また一歩進む。
「その力を以て、アズゴア王は遂に結界を破るだろう。そして地上を人類から奪い返すのだろう……我々が耐え忍んできた痛みや苦しみを奴らに返してやるのだ」
其処まで言い切ると、鎧騎士は此方を見据えた。
「……分かるか、人間?これはお前達に出来る唯一の贖いなのだ」
「……へぇ」
モンスターキッド君が来ない可能性を考えて、ナイフに巻いていたハンカチをポケットの中で取り、ナイフを出した。
「ソウルを渡せ……さもなくばその身から引き摺り出してやる」
そう言った鎧騎士は、突撃の体勢を取り、その手に青白く光る槍を出現させる。それを見ながら、私はナイフを構えた。……来るか。
鎧騎士がじりじりと近付いて、此方を串刺しにしようと突っ込んでくる。ナイフで受け流す為に構え、世界が白黒に切り替わろうとする、その瞬間。
「アンダイン!!!おいらがスケダチだ!!!」
鎧騎士の槍の切っ先と私の間に、茂みからモンスターキッド君が飛び出して来た。……ナイスエアブレイク、モンスターキッド。
状況をよく分かっていないらしいモンスターキッド君は、きょとんとした顔で鎧騎士と私達を交互に見つめてから、私達の方に笑顔を向けた。
「おっ!!!!やったじゃん!!!アンダインの真ん前だぜ!!!たたかいを見られるトクトウセキだ!!!」
「……お、おう。せやな……」
微妙な顔を浮かべつつ、興奮した様子のモンスターキッド君にそう返す。そこで、ふと、何かに気付いたらしいモンスターキッド君はまた私達と鎧騎士を交互に見比べてから疑問を口にした。
「………あれ。たたかいの相手ってダレ???」
そこまでモンスターキッド君が言うと、鎧騎士が槍を消して彼の頬を掴んで引き摺っていく。
「ちょ、ちょっと! 母ちゃんには内緒にして、ねっ?」
そこかい。
心の中でモンスターキッド君の言葉にツッコミを入れつつ、鎧騎士が見えなくなるまでその場から動けなかった。
「………行った、かな?」
「……みたいだね。大丈夫?フリスク」
「……………はー……怖かった」
私がそう訊けば、ようやく殺気から逃れられて緊張の糸が切れたのか、へたりとその場に座り込むフリスク。
「……お姉ちゃんは?」
「ん?……うん、怖かったかなぁ」
「そっか」
これは嘘じゃない。現に心臓まだばっくばくいってるかんな。寿命縮んだかと思ったわ。
落ち着く為に深呼吸を繰り返し、なんとか心拍数を元に戻す。手に持っていたナイフにもう一度ハンカチを巻き直し、ポケットにしまう。
「……フリスク、立てる?」
「………うん、なんとか」
フリスクに手を差し伸べると、手を掴み返される。それを引っ張って立たせ、頭を撫でる。
「……行こうか」
「うん」
がさりと一度茂みを掻き分けてから来た道を引き返してみる。すると、もう一本道があった。
「どうも本当の道はこっちだったっぽいね」
「ねー」
また水に入ったせいで靴が濡れて気持ち悪い感触になりながら、先を進んだ。
――――――――――――――――――――――
道を進んでいくと、蛍のような虫が飛び交い、エコーフラワーが咲き乱れる水路に出た。……うわ、綺麗だな。
ざぶ、という音を立てながら水に入り、真っ直ぐ進んでいく。
「虫だ……こんな所にもいるんだね」
「そうだね」
物珍しげに蛍のように光る虫を見ながら、フリスクはエコーフラワーに近付き、耳を澄ませる。
『………うーん……ぼくの願い事を聞いても……笑わないって約束してくれる?』
エコーフラワーが遠い昔に録音した言葉を繰り返す。……オニオンサン遭遇前の所の続きかな?
『もちろん笑わないって!』
次のエコーフラワーから急かすような声が聞こえた。
ざぶざぶと水路を進み、次のエコーフラワーの前に立つ。
『いつか、ぼくらを閉じ込めている山を登るんだ。いつか空の下に立って、世界中を見て……それがぼくの願い事』
急かすような声に観念したのか、もう一つの声が自分の夢を語り始める。その夢は、本当に眩しいものだった。
『あははは!!!』
『……もう、笑わないって言ったじゃないか!』
次のエコーフラワーからは、本当に可笑しそうな、無邪気な笑い声が聞こえ、不満そうな声が笑い声に続いた。
また進む。
『ごめんね、なんだかおかしくて……ぼくの願い事も、同じだから』
そこで会話は終わったらしく、その言葉をエコーフラワーは繰り返す。
「………仲良しだったんだね」
「そうだね。……親友だったんじゃないかな?」
「かもね」
全てのエコーフラワーに録音された会話を聞いて、そんな事を呟いたフリスクに同意する。そのままじっとエコーフラワーを見つめるフリスクを追い越し、壁にある古びた石板を読む。……これで、終わりだったかな?
『しかし……こんな予言がある。
天使……地上を見た天使が舞い戻る時……地下世界には誰もいなくなるだろう。』
先程ガーソンさんとも話していた時にも出た天使の話かと石板を読み終えて思う。……ガーソンさんもゲームだったとき同じ事言ってたけど、『いなくなるだろう』は、『地上に出れる』という意味にもとれるし、『全員死に絶える』という意味もとれる。この二つの意味のどちらかを実現するのは………
石板を読み始めたフリスクに繋がる糸を見る。何本もの糸が繋がる『先』を見ようと辿っていっても、真っ暗な天井が見えるだけだった。
「……お姉ちゃん、どうしたの? 早く行こう?」
「ん、そうだね」
石板を読み終えたらしい不思議そうなフリスクの声に意識を引き戻し、目線をフリスクの目と合わせて頷く。すると、フリスクは水から陸に上がって先を進んでいく。その小さな背中を追いかけた。
―――――――――――――――――――――――
道なりに進んでいくと、橋が見えてきた。……あぁ、もうすぐだな。
「……あ、お姉ちゃん、ここ気をつけて。壊れそう」
「了解」
先を歩くフリスクが橋の真ん中辺りの一番腐食の進んだ部分を指しながらそう言った。……まぁ、湿っぽい所にずっとあればこうなるよな。
そんな事を思いながら橋の終わりまで進んでいくと、
「よっ!」
ふと、後ろから特徴的な呼び声が聞こえた。振り返ってみると、モンスターキッド君が橋の最初辺りに立っていた。フリスクが私の前に出て、手を振った。
「やぁ」
「……」
笑いながら挨拶を返す。ゆっくりと、何処か強張った顔でモンスターキッド君は此方に近付いてくる。そして、フリスクから一歩分の距離を開けてモンスターキッド君は立ち止まった。
「よっ、本当はここにいちゃいけないってわかってるけど、でも……どうしてもオマエに聞きたいことがあるんだ」
そう言ったモンスターキッド君は気まずそうに、逸らしていた視線をフリスクに合わせる。フリスクはなあに、と訊くかのように小さく首を傾げた。
「………こんなこと、誰かに聞くのははじめてなんだけど……うーん………」
少し間を開けて、深呼吸してからモンスターキッド君は意を決したかのように私達に問いかけた。
「お………オマエらは人間、なんだろ?はは……」
「………うん、そうだよ」
その問いに、私達は頷いた。
「わ! わかってたさ!………うん、今知ったんだけどね、つまり……」
一瞬強がってから、モンスターキッド君は正直にそう白状する。
「アンダインがおいらに言ったんだ、その、『あの人間から離れろ』って……だから、その、うーん……それってさ、おいらたちが敵とかそういうのになるってことだよね」
コクリと、モンスターキッド君の言葉にフリスクは頷く。
「それって、なんかイヤじゃん?はは……だから、なんか言ってくれない?オマエらをキライになれることをさ。……頼むよ?」
モンスターキッド君が無理して笑顔を作りながら言ったその言葉に、フリスクは少し間を開けてから首を横に振った。
「お、おい? おいらが言えってか?」
フリスクのその反応にモンスターキッド君は困ったような、悲しそうな顔をした。
「じゃあ言うよ……」
一つ息を吸って目を閉じてから、モンスターキッド君はフリスクと私に精一杯の遠慮なく嫌う為の言葉を吐き出した。
「お……お……おまえらなんてだいっきらいだ」
そう言った後、恐る恐るモンスターキッド君は目を開けてフリスクを見る。そして、顔を強張らせた。その表情で、フリスクが悲しそうな顔してたんだろうと察する。
「あ、ああ……おいらって最低だ。い……家にかえるね」
『友達になれそうだったやつを傷付けてしまった』という罪悪感を顔に滲ませ、逃げるようにモンスターキッド君は走り去ろうとする。そこで、
バキッ
「!!」
「えっ」
先程フリスクが指差した部分に寿命が来たのか、折れて崩れてしまった。突然の事にモンスターキッド君の体は着いて行けず、重力に従って倒れて転がる。
「わっ、っとっとっと!!!」
幸いな事に壊れた部分に服の襟のような部分が引っ掛かり、橋の下に落ちずに済む。……でも、それも少しの間だ。すぐに落ちてしまう。
「助けて!!転んじゃった!!」
フリスクがモンスターキッド君を助けようと走り出そうとした瞬間、橋の向こうから殺気を携えて鎧騎士がやってくる。そして雄叫びをあげた後、此方へとやって来ようとする。
「お姉ちゃん!」
「分かってるよ!」
そんな事も気にせず、フリスクは私に合図をして、モンスターキッド君の元に駆け出した。私も一瞬遅れて飛び出し、モンスターキッド君を救助する。
「掴んだか!?」
モンスターキッド君の服を掴み、フリスクに確認する。フリスクが頷き返したのを確認し、掴んだ手の力を入れ直す。
「せーのでいくぞ、せー……のっ!!!」
二人同時に引っ張りあげ、モンスターキッド君を受け止める。何処にも怪我がないことをざっと確認し、橋の上にそっと降ろす。
「大丈夫か?」
「………うん」
「そっか、ならいいんだ」
落ちかけた恐怖からか、ぼーっとしているモンスターキッド君に笑いかけて頭を撫でる。モンスターキッド君にフリスクがそっと抱きついたのを見ながら、二人の前に出る。
「………」
ただ茫然とした様子で突っ立っている鎧騎士を睨み付け、ポケットのナイフに手を伸ばす。……此処で戦闘になるか?
そう警戒度を上げた瞬間、モンスターキッド君が私の横をすり抜けて、私の前に出た。
「お……お……おい……オマエ……」
体と声を震えさせながら、モンスターキッド君は勇敢に、自分の憧れに立ち向かう。
「お………お、おいらのダチを傷つけるなら……」
きっ、とモンスターキッド君は顔をあげて鎧騎士を睨み付けた。
「おいらを倒してからだ、ぞっ!」
………あぁ、なんてかっこいいんだろうか。
震えながらもそう言い切った小さな背中を見て、そんな事を思った。……この子、将来有望だろうなぁ。
流石にモンスターキッド君を傷付けられる筈がなく、鎧騎士は少し後退りして、去っていった。
「………行っちゃった………」
鎧騎士の背中が完全に見えなくなると、モンスターキッド君がそう呟いた。此方に振り向いたモンスターキッド君に近付いて、また頭を撫でる。
「ふう、カワ一枚ってところで助かったよ。やっぱテキどうしになるのはダメだな。はは」
「ありがとう、少年。……さっきの君、最っ高に格好良かったよ」
「…………ほんとか?」
「あぁ、本当さ。ねぇ?」
私を見上げるモンスターキッド君に頷き、私の隣に来ていたフリスクに同意を求めると、フリスクはにっこりと笑って首を縦に振った。
「ほらな?……でも、だからといって無茶のし過ぎはダメだぞ。もしまたこんな事になって君が前に出て、死んだりでもしたら守れる物も守れないからね」
「………はーい」
この発言若干ブーメランだなとか思いながらモンスターキッド君にそう言い聞かせる。現にフリスクからの視線が痛い。ブッスブス刺さる。
「まあ、憧れに近付けるように頑張りな」
「……うん! ……あっ!なあ、代わりにさ、トモダチになろうぜ!」
「あぁ、勿論さ。じゃあ、今から私達は友達だ」
『友達になれる』という事が嬉しかったのか、フリスクが嬉しそうに笑うと、モンスターキッド君も何処か照れくさそうな、嬉しそうな笑顔を見せた。先程の罪悪感が滲んだ顔が影も形もない程に明るい顔だった。
「………おいら、一度家にかえるよ……親が心配してビョウキになってるかも!」
「うわぁ、そうなってたら一大事だ。早く帰りな」
冗談を言ったモンスターキッド君にふざけ返す。その掛け合いを見てくすくすと笑うフリスクの笑顔がとても可愛かった。
「んじゃ、またな!」
「おう、じゃあな」
歩き出してから一度振り返ったモンスターキッド君に手を振り、走り去るのを見届ける。姿が見えなくなったところで手を下ろして、ポケットに突っ込む。
「……格好良かったね、あの子」
「なー。大人になったら絶対にモテるぞあの子」
「………どうしよう、女の子にキャーキャー言われてるあの子の図が目に浮かんだ……」
「あははは!マジかぁ!」
姿が見えなくなった後にフリスクがポツリと呟やいた一言に反応すると、割と迫真めいた顔でフリスクがそんなことを言うものだから思わず笑ってしまう。一頻り笑ってから気を引き締め直し、笑顔を引っ込める。
「さてと………行こうか」
「……そうだね」
ポケットのナイフに触れながら、また前に進み出した。
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道を進み続けると、気のせいか段々暖かくなってきた気がした。ホットランドが近いのかと何となく察し、同時に彼女がこの先で待ち受けているのだと理解した。
「……お姉ちゃん、あの山の上……」
「ん?……あぁ、居るね」
長かった洞窟を抜けると、フリスクが何かに気付いたらしく、何処かの本で見た地獄の針山のように切り立った山の天辺を指差す。それにつられて上を向くと、つい先程出くわした鎧騎士が遠くを眺めていた。……向きから考えてお城かホットランドか?
何となくフリスクが言わんとしている事を察し、手を繋ぐ。そして大丈夫という意味を込めて笑いかけると、少し複雑そうな顔をし、その後小さく笑い返してくれた。
二人で手を繋いだまま山に近付いていき、少し前で立ち止まって、山の天辺を仰ぎ見る。すると、此方が立ち止まった事に気付いたのか、鎧騎士は背を向けたまま話を始めた。
「……七つ。七つの人間の魂で、アズゴア王は神となる」
鎧騎士はよく通る声で先程言った事を繰り返した。
「六つ。我々がこれまでに刈り取ったソウルの数」
そこまで言って、鎧騎士は此方を見下ろした。
「分かるか? 貴様の七番目にして最後のソウルで、世界は変革するのだ」
「………へぇ。で?」
わざと、挑発するかの様に鎧騎士に聞き返す。一瞬、私に向けられた殺意が色濃くなった。
「しかし、まずは、ここまで辿り着いた者への作法として……我らが民の悲劇的な歴史を話さなければな」
あ、結構でーすと返したかったところだが流石に此処で挑発しても意味ねーなと思い至り、黙ってそのまま話を聞く。
「それは遠い過去に始まり……」
そこまで鎧騎士が言ったところで、何故か沈黙が流れる。……おい、まさかド忘れしたか?
「…………いや、貴様に何が分かる?」
何となくそんな事を思っていると、また鎧騎士は此方を見下ろした。
「もういい!貴様に話す事など無い!じきに尽きる命なのだからな!!」
ンガアアアアアアアアア!!!!!
うるせっ。
辺りに彼女の大音量の雄叫びが響き、思わず耳を塞いでしまう。耳がキーンってなったわキーンって。
雄叫びが聞こえなくなった所で耳から手を離し、山の天辺を見上げると、兜を取り去り紅い髪を靡かせる眼帯をした女性騎士―――アンダインが此方を見下ろしていた。
「貴様らは!我々の夢と希望を阻む存在だ!」
此方を指差しながらアンダインはそう告げる。……へぇ。
「アルフィスの歴史書は私に人間の素晴らしさを教えてくれた………巨大なロボットと可憐な女性騎士の記述によって」
それ漫画です、口からツッコミが滑り出しそうになるのをなんとか耐え、真面目な顔をしておく。
「しかし貴様はなんだ?とんだ臆病者じゃないか!また私から逃げるためにあの子の後ろに隠れて!」
遠くて見え辛いが此方を嘲笑うような笑みを浮かべてアンダインはそう言った。……あれはあの子が勇気を振り絞ってした行動なのに、それは酷くないか?
「それにお前のいい子ぶりっ子を忘れたと思うな!きゃあ!赤の他人に抱きついて世直しするの!ってか!」
いい子ぶりっ子って……そりゃないだろ。
心が荒むのを感じながら、抑え込んでそんな事を思うだけにする。……フリスクは私が傷付くのを我慢して頑張ってくれているのになぁ。
「もっと皆のためになる事を教えてやろうか?……貴様らの死だ!!」
また心が荒んでいくのを感じながら、次の言葉を待つ。
「ああそうだ、人間よ!お前らが存在し続けることそれこそが罪だ!!」
………。
「我々と我々の自由の間に立ちはだかるものは貴様らの命ただ一つ!」
二つだけどな。
揚げ足を取るようなツッコミを心の中で入れつつ、また次を待つ。
「今、皆の鼓動が一つになるのを感じる!誰もがずっとこの瞬間を待っていたのだ!」
………ふぅん。
もう殆ど感心さえ無くなりながら、次の言葉を待つ。
「だが我らには恐れなどありはしない。皆が心を一つにすれば、負けるはずがないからな!」
そこで、アンダインは此方に対する殺気を倍増させ、獰猛な笑みを浮かべた。
「さあ、人間よ! 今、この場所で、決着をつけようじゃないか。モンスターの決意がどれ程のものか見せてやる! 準備が出来たら前へ進め!フフフフ!」
……ようやく話が終わったのかと思いつつ、突然出現した決意の光に驚きつつもセーブを難しい顔で行おうとするフリスクに近付き、後ろから抱き付く。
「わっ!……ど、どうしたの、お姉ちゃん」
驚くフリスクの体温を感じながら、私は小声でずっと前から考えていた提案をする。
「……いやね、彼女を殺さずに出し抜く作戦思い付いたのよ。ちょっと耳かして」
「……それ、本当!? いいよ」
アンダインに聞かれたら不味いと思い、喜んで耳を貸してくれたフリスクに作戦を小さな声で耳打ちする。全て話した辺りで、フリスクはぎょっとしたような顔で私に振り向いた。
「……ねぇ、待ってよ、それじゃ、お姉ちゃんが……!」
みるみる内にフリスクの目尻に涙が溜まっていく。それを拭い、私は笑った。
「……大丈夫だよ、此処から出るまで死んでやる気は毛頭ないからさ。必ず生き残るよ。約束だ」
そう言うと、フリスクは顔を歪め、何かを耐えるようにぐっと握り拳を作り、そして力を抜いた。……ごめんよ。
「………分かった」
「ありがとう。じゃあ、それで行こうか」
フリスクが頷いたのを見て、私はリュックを前に持ってきてその中にナイフを突っ込み、代わりに残っていた飴を数個引っ張り出す。……あ、これで丁度最後だ。
飴をポケットに入れ、リュックをフリスクに手渡す。
「荷物、よろしくね」
「………絶対に、来てよ?」
「あぁ、分かってるよ」
不安そうに見上げるフリスクに笑い返し、改めて覚悟を決めて山の前に立つ。すると、上から声が降ってきた。
「来たな、もう貴様らに………!逃げ道など無いぞ!」
そう言ってアンダインは高く飛び上がり、手に槍を召喚して此方に真っ直ぐに突撃してくる。
「行くぞ!!!!!!」
目の前に槍が迫り、世界が白黒に切り替わろうとするその瞬間、
『………本当に、解り合うことは出来ないのか?』
何処か苦しそうな顔で、自分自身に問い掛けるアンダインを幻視したような気がした。