「あなたが本当にルインズを去りたいのなら……私は止めないわ」
トリエルさんは私達に背を向けて話し始める。
「でも、あなたが去るときは……どうかここに戻ってこないで欲しいの。分かってくれるかしら」
フリスクは何故?と言いたげに首を傾げ、それから頷いた。……多分、またここに閉じ込めてしまいそうになるからだろうか。
その瞬間、目の前が藍色に染まる。
「わっ」
キンポウゲのいい匂いがして、抱きしめられたのだと気がついた。……安心するけど、すげぇ照れるなこれ。
しばらくすると、トリエルさんは名残惜しそうにしながら
「……さようなら、我が子達」
「さよならじゃないよ、お母さん。……『またいつか』、です」
トリエルさんの言葉を訂正する。トリエルさんは驚いたように目を丸くしてから、ふっと笑って「そうね」と言った。
「またいつか会いましょう、我が子達よ」
初めて会ったときと同じ優しい笑顔を浮かべ、トリエルさんは去っていった。
去っていったのを見送って、私は床に落とした玩具のナイフとカッターを拾ってポケットにしまいなおした。
「お姉ちゃん…」
「ん?どうした?」
「やけど……」
リュックを持ってきてくれたフリスクが心配そうに見上げてくる。…あ、そう言えば私火傷してるんだっけか。そう自覚するとあちこちがピリピリと痛み始めた。
「あー、こんくらい大丈夫だよ」
「でも……」
「それよりフリスクは火傷してない?」
「あ、うん、ぼくは大丈夫」
ざっとフリスクを見て何処も怪我してない事を確認して安心する。
「じゃなくて、お姉ちゃんのことだよ!」
珍しくフリスクが声を張り上げる。誤魔化せなかったか。
「もう、昔っからそうなんだから……これ食べて」
ぷりぷりと怒りながらフリスクはリュックを漁ってバタースコッチシナモンパイを出す。あぁ、回復しろってことか?
「……別にお腹空いてないよ?」
「違うよ!いいから食べて」
すっとぼけても無駄でした。大人しく受け取って食べる。……あ、美味しい。優しい味だ。
食べ終わってしばらくすると、みるみる傷が治っていった。……あー、でも微妙に傷痕が残るのか。まぁいっか。
フリスクは私の横辺りを見つめてほっと息をついた。……私のHPが表示されているのだろうか。
「うわ、何これ凄い。傷があっという間に治った」
知識では知っていても、通常ではありえないことに驚く。……まぁ、セーブとかも通常じゃありえないことだけどね。
リュックをフリスクから受け取って背負う。瓶の中身が大分減ったのと、パイが一切れなくなったからか結構軽いな。
「……さて、行く?」
「うん」
フリスクが頷いたのを確認し、私はドアを開けた。
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ただひたすら長い色の変わる廊下を歩いて抜けると、日差しが当たる場所が。そこで待っていたのは大きな黄色い花。皆大好きクソ花君ことフラウィー君である。……つか日が当たるってことは今昼間?
「賢いねぇ。とっっっっっても賢いねぇ」
うっわムカつく言い方。つか前会ったときは気にしなかったけど生意気な子供みたいな声してんなおい。
「ホントにおりこうさんだと自分でも思ってるんでしょ?」
「うちの可愛い妹がそんなナルシストみたいな事するわけないだろう!!」
「Charaはちょっと静かにしてて!?」
思わず真顔で言った。反省も後悔もしていない。
すさまじく空気読まない発言したなとか呑気に思いつつ話を聞く。
コホン、とフラウィーが一つ咳をして話を続ける。
「この世界は殺るか殺られるかだ。でも君達はそんな世界で信念を貫いて」
そこでフラウィーは一旦言葉を切り、あの凶悪な笑顔を見せる。
「見事、一つの命を救ってみせたんだ」
……あ、やっぱりコイツ顔芸要員だなとか思いながら話を聞く。
「へへへ……さぞかし気分がいいだろうね?」
「だからうちの妹がそんな事思うわけないだろ!!」
「Chara!?話の腰を折らないで!?」
「ごめん、フリスクのことになるとつい言いたい事を言いたくなるの。そういう病気なの」
「どんな……?」
「病名:シスターコンプレックス」
「ただのシスコンじゃん!?」
上から交互にフラウィーと私が話している。これもうただのコントや。
ぜえぜえと吐いていた息を整え、フラウィーは話を続けた。
「今回は誰も殺さずに済んだけど、もしこの先冷酷な殺人鬼に出会ったら?」
お前のようなか?と言いかけるがなんとか我慢する。ここで口を滑らしたら真面目な話収集が付かなくなる。
「きみは死んで死んで死にまくっちゃう、だろうね。きみが死に飽きちゃうほどに!」
純粋に見えるような笑顔でフラウィーはそう言った。
「そんな時きみはどうするんだろうね?憂さ晴らしに殺しちゃうのかな?それともこの世界から逃げて……」
ニタッ、とあの凶悪な笑顔をまた浮かべる。
「……世界を意のままにするその力を僕にくれるのかな?」
……。
「僕はこの世界の未来の王子様だ。」
え、自称しちゃう?自称しちゃうの?
言うわけにもいかないから頭の中でフラウィーを茶化しておく。
「ご心配なく、小さな陛下、僕の目的は国王殺しじゃない。もっともっと面白いことさ。」
そう言ってフラウィーはゲーム通り凶悪な顔で高笑いをあげる。
「そして……」
あれ、続きあったっけ?と思いながら、フラウィーがうっとりとした表情で私を見る。
「Chara、君と今度こそ一緒に……」
……まーだ勘違いしてんのかコイツ。ヤンデレも大概にしてほしいんだが。
そう言い残してフラウィーは地面に引っ込んだ。
横のフリスクを見ると、顔を真っ青にしてフラウィーがいたところを見ていた。
「……フリスク?」
私が声をかけると、フリスクはビクッと肩を揺らして反応する。
……めっちゃ怯えとるやんけ。何をしてくれてんのかなアイツは。次会ったとき(多分オメガフラウィー戦)あのアンテナへし曲げてやろうか。
「……フリスク、よーく聞いて」
フリスクの前に回り、しゃがんで目線を合わせる。
「死に飽きちゃうほど死ぬ、なんてあの花野郎は言ってたけど、そんなことはおきないよ」
「……どうして?」
確信めいた私の言葉に疑問を持ったのか、フリスクはやっと私と目を合わせてくれた。
「私が君を守るからさ」
にっ、と笑いかける。
「それにさ、きっと殺人鬼なんていないよ。ルインズをみて回ってた時、確かに攻撃はしてきたけど、皆友達になれたでしょ?だから、きっと大丈夫さ」
「………でも、もし、居たら……?」
あー、ここで食い下がってくるか。
「そのときはその時さ!行動不能になるまで殴って警察に突き出す!!」
「えぇー、なにそれ……」
警察ないけどねこの地下!でもロイヤルガードさん達はいるから大丈夫だろ!
サムズアップするとくすくすとフリスクは笑ってくれた。
「おー、やっと笑った。やっぱフリスクは笑顔が一番だよ」
「そう?」
「そうさ!」
首を傾げるフリスクも可愛いな。頭を撫でながら立ち上がった。
「じゃ、行こうか!新たなる新天地へ!」
「うん!」
安心するように手を繋いで、私達は扉を開いた。