※思った以上に長くなったので前後編別にしましたので、前話からお読みください
Lilyは突如として目の前で発された大声で耳鳴りがしたが、手で耳を塞ぐ隙も、いきなりどうしたのかと問い返す暇もLilyに与えず、Friskは捲し立てる。
「さっきから黙って聞いてれば、何なの!!? 私は部外者だ、だからいらないんだなんて屁理屈こじつけて、そればっかりじゃん!!!」
「え、いや、事実だし……」
「そんな訳ないでしょ!!? 何言ってんの!!?」
Friskが普段滅多に見せることのない激怒の感情をぶつけられ、戸惑い、動揺して吃って声が小さくなるLilyに、畳み掛けるようにFriskは叫ぶ。
「君は何にも分かってない!!! ぼくの気持ちのこれっぽっちも分かってない!!! ぼくの大切なものは全て守っただ!!? ふざけないで!!! そんな事を言うなら、何でぼくの一番大切な君を守ってくれないの!!!?」
Friskのその言葉を聞いて、Lilyの目が見開かれる。
「………私が、大事? そんなこと……」
まさか、そんな筈はない。何かの間違いだ。
そんな困惑の感情がありありと読み取れる顔でFriskの発言を否定しようとするLilyの言葉を遮って、Friskは叫ぶ。
「知らないとは言わせないよ!? ぼく、ずっと君に『大好きだ』って言ってきたでしょ!? それを今更否定するつもりなの!?」
「それは……」
噛み付かんばかりの勢いで捲し立てるFriskに、Lilyの硬く閉ざされていた心が漸く揺れた。
「じゃあ何!? ぼくが日頃から『大好きだ』って言ったのは嘘だって思ってたわけ!!?」
「……うん」
「はぁ!!? 信じられない!!!」
Friskの勢いに押され、思わずLilyが素直に頷くと、Friskの怒りは更にヒートアップしていく。
「いい!? あの日までぼくの血の繋がった家族はこの世でたった一人、君だけだったの!! 分かる!? お父さんとお母さんが生きてても、死んでしまった後でも、変わらずぼくに愛情を注いでくれてたのは君だけだったの!!! 君が居たからぼくはあんな親戚に会った後でも孤児院生活でも歪んでしまわなかったし皆に優しく正しくあろうと考えられたの!!! 君がいなかったらとっくにぼくは歪んじゃってた!!! とてもじゃないけど皆と仲良くなろうだなんて考えられる余裕のある子供にはなれなかったの!!! 君がお父さんとお母さんが居なくなった穴を埋めてくれてたの!!! 全部とは言わないよ、確かに友達に埋められた部分もあったからね!? でも、大部分は君の優しい笑顔に、『愛してる』って言葉に支えられてたの!!!!
それを君の勝手な都合で取り上げられて、居なくなられたぼくの気持ちが分かる!!!? 分からないでしょ!!?」
心から溢れる怒りの感情に顔を歪ませ、思いの丈を叫ぶFriskの両目から、ぼろぼろ、ぼたぼたと、大粒の涙が溢れ始める。
目の前で目を白黒させる分からず屋な姉に対する憎悪、悔しさ、悲しみ、苦しみ。
先程までの話で湧き出してきた……いや、きっと昔から姉に感じていて、『仕方ない』と蓋をして我慢していた感情達が先程の話を聞いて感じた強い怒りで爆発し、綯い交ぜになって、涙になって溢れ落ちていた。
「寂しかったんだよ、苦しかったの!!! 君のいない世界は寂しくて寂しくて仕方がなかったの!!! 居なくなった事に気付いた時なんて絶望していっそのこと死んじゃおうかなんて考えてたの!!!!
それは、《ぼくが心から君を愛しているから》だって、何で分かってくれないの!!!!!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、Friskはそう叫ぶ。そうして叫び疲れて崩れ落ちて、過呼吸気味に息をしながら、目を見開く姉に縋り付く。
「お願いだから、分かってよ………こんなにも、愛してるんだから………」
そのまま、Friskは泣きじゃくりながらLilyに抱き付く。
独りで抱え込んで、結果盛大な勘違いをして、誰にもその勘違いを気付かせず、それ故に正されないまま狂ってしまった馬鹿な姉に、少しでも自分の
しんと静まり返った家で響く啜り泣く声の中、Friskに想いをぶちまけられたLilyは、茫然としたままその抱擁を受けるしかなかった。
長い間、何なら世界を越えて何度でもFriskの傍で生きてきた彼女には、Friskが嘘を言っていないことなど、直ぐに分かってしまったから。Friskの真摯な想いを、受け取るしかなかった。
それでも、彼女の心は理由を付けてその愛の言葉を拒もうと思考を回している。だが、先程のFriskの言葉が胸に響き、その思考を乱していく。
そんな繰り返しを行っているLilyの元へ、黙っていたPapyrusが立ち上がって、静かに近寄っていく。そのままLilyの横に座り込むと、ぎゅうとFriskごとLilyを長い骨の腕で抱き締める。その抱擁からも、Lilyは逃げられずに受け入れるしかなかった。
「………なぁ、LILY。俺様だって、そうだぞ? 俺様は、FRISKにも負けないぐらいLILYが大好きだ!! 友達としてだが愛しているぞ!! LILYだって俺様の事が大好きなんだろう!? とても嬉しいぞ!!!」
「……Papyrus……?」
この場の雰囲気に似つかわしくない笑顔で、PapyrusはLilyに話しかける。だが、自身の体に伝わる振動で、その体が震えているのにLilyは直ぐに気が付いた。
………自分が怖いのだろうか。なら、離れていた方がいいのに。近付かない方がいいのに、何故彼は私を抱き締めているのだろうか。
LilyがPapyrusの行動の意図を図りかねていると、ぽろり、とPapyrusの目玉の無い眼孔から雫が零れた。
「それなのに……なんで、そんな悲しい事を言って離れていこうとするんだ……? 皆を突き放して独りぼっちになって、居なくなろうとするんだ……?」
気丈に振る舞おう、泣かないでいようと笑っていたPapyrusは、元々の彼の性格上堪えきれなかったのか途中から涙を眼孔に浮かべ、震える声でLilyに懇願する。
地下世界に居た間では見抜けなかった、目の前の悲しい考え方をする友人に。
「お願いだから、そんなことを言って離れていかないでくれないか……? お前が俺様や皆を信じられなくても、俺様にとっては、お前は大事な友達なんだぞ……大事な友達が居なくなるのは、ぐすっ、すごく、さみしいんだぞ……っ!!」
眼孔からぽろぽろと涙を流し、PapyrusはLilyの肩に頭を埋めて嗚咽を漏らす。
彼は先程の話を聞いて、彼女は『独りぼっち』なのだと、何となく気付いていた。どれだけ周りに人が居ても、周りの人の愛を信じられない彼女は、心の中ではずっと孤独なままだったのだと。
それがどれ程辛かったのかは彼には分からないが、それでもそれに気付いてしまえば止められなかった。
あの日己を抱き締めて許してくれたこの優しい人間は、本当は心の中でずっと独りだったことが悲しかった。気付いてあげられなかったのが、苦しかった。
あの日、また明日も会えるとLilyの手を離してしまった。そのまま彼女は、消え行く運命だったというのに。
気付いてあげたかった。そうすれば、目の前のこの人が、こんな考えをすることはなかったかもしれないのに。
現実的に考えて一日で会って直ぐの相手の事を理解するなど無理があるが、彼の中の『何年も大事な友達を忘れていた』という大きな自責の念がそれを助長する。
いつもは明るい彼のその涙を見て、哀願を聞いて、Lilyの感情が戸惑いで揺らぐ。
何故、FriskもPapyrusも、こんな事をしているのだろう。何故、私なぞに『愛している』などと。
Friskは兎も角も、Papyrusはあの日出会っただけの筈なのに。
……私を、本当に愛しているから、こんな事を……?
いや、そんな奇跡は、あるわけが………
「ダーリン。僕も、君を愛してるよ」
困惑するLilyに追い打ちを掛けるように、それまで一歩引いた所から黙って成り行きを見守っていたMettatonも近付いていき、まるで物語の中の王子のようにLilyの傍に跪く。だらりと下がっていた左手を取って、流れるような仕草で手の甲にキスを一つ落とし、そのまま手袋に包まれた両手で握り込んだ。
「僕はあの日君を傷付けたし、仲直りもしていないから、こんな事を言う資格はないんだけどね。でも、僕だって、君を一人の人間として愛しているし、尊敬しているし、大事なんだ。だからお願い、そんな風に言わないで?」
笑みを浮かべるMettatonの記憶装置の中に映るのは、あの日の幾度と無く傷付いても立ち上がる人間の姿。操作された記憶ではなく、真性のもの。
それまでの旅路でボロボロになっているのに、それでも尚自分に挑んで、小さな命を守るために立ち塞がって。
きっとこの機械の身体から放たれた蹴りは痛かっただろうに、よろめきながらも笑みを浮かべて、何ともないように振る舞って、挑発して。
そこまでして守りたい大切なものがある彼女が、彼は羨ましくて、妬ましくて………――それより何よりも、美しかった。
ずっと憧れていた人間そのものの生き様を見せつけられたと感じたMettatonは、それ故に彼女に憧れていた。
まさかその人が、自分を殺し過ぎて逆に自己中心的な思考をしていたとは思わなかったが……Friskの言葉で揺らいでいる今なら、彼女を『人間』に引き戻せる筈。
そう考えて、彼も本心をぶつける。
「Mettatonまで……何言って……」
にっこりと笑ってみせるMettatonの顔を呆然と見つめるLilyの視界の端に、黄色が映る。
「わっ、私も、貴女を愛してるわ!」
Mettatonの機械の手に握り込まれているLilyの手の指先を隠すように、上からそっと両手で包むAlphysが泣き笑いしながら言う。
「貴女の事は、正直に言えば途中まで怖かったけれど……それだって、Friskを愛しているからこそのことだし、本当は誰にだってとても優しいことを、私も知ってるもの。デートにだって付き合ってくれたし、私の過ちを知っても幸せを祈ってくれた。そんな素敵な貴女を、どうでもいいだなんて思えるわけないじゃない!」
「Alphys………」
確かにあの日自分は救われたのだ、とAlphysは揺れるLilyの目を見つめながら思う。
打算的で自己中心的で、自分の罪を認めることは出来ても背負うことが出来なかった自分を救えたのは、確かに彼女がいたからこそだと、Alphysは考えている。
他の世界の自分はどうか知らないが、あの日、自分の罪を知っても尚、彼女が幸せを願ってくれたから。友達になってくれると約束してくれたから、自分は罪を背負う決意を抱けた。
そう確信しているからこそ、Alphysは自信を持ってそう言い切れるのだ。
アニメの主人公のような台詞を言い慣れていないのか、照れたようにはにかむAlphysを見つめるLilyの視界の端に、紅いものが揺れた。
「………おい、Lily。あのな、あたしだって、お前が大事だぞ」
そんな声が聞こえた次の瞬間、がしりとひんやりとした物がLilyの左肩を掴む。そちらに視線を動かすと、中腰になったUndyneがニッと笑って右手を沿えていた。
「忘れてると思うから言っておくが、あの日あたしとお前は親友になったんだからな? それを今更嘘だったとは言わせないぞ? 流石に一番好きなのはAlphysだが、あたしはお前も大好きだ! お前も、あたしが大好きだろう!? 何せ、親友なのだからな! フフフ!
あ、後で親友を悲しませた罰はたっっっっぷり受けてもらうからな! 覚悟しろよ!!」
「……Undyne……」
動揺を見せる目の前の親友の肩を、Undyneは少し力を入れて掴む。もう二度と、この愛を恐れる人間の存在を手放してしまわないように。
Undyneは、自分が彼女を忘れていた事を許せずにいた。
親友になりたいと思ったのは、確かに自分だったはずなのに。
この人間の口から出た言葉に心を動かされた筈だったのに。
そうして後悔して、彼女に触れられずにいた。
だがその後悔を怒りに塗り替える程、彼女の無責任な言葉に腹が立った。
自分を親友だと言った癖に、その親友に何にも、別れの一言さえも言わずに消えた彼女に、Undyneは怒っていた。
自分から親友だと言ったのに、屁理屈を言ってまで自分はいらないんだと言い切る彼女の主張の矛盾が腹立たしかった。
だから、Undyneは後ろめたく感じる自分を押し退けてLilyの肩を掴んだ。
その矛盾を完膚なきまでに殺すために。怯えるこの人間の心をヒーローとして、『親友』として救うために。
大好きだと、告げた。
Lilyが歯を見せて豪快に笑うUndyneの笑顔を見ていると、不意に、頭が軽く押さえ付けられ、さらりさらりと動かされる。撫でられている、と気付くのにそう時間はいらなかった。
「私もあなたを愛しているわ、Lily」
上から降ってくる声は、優しく、慈愛に満ちたTorielのものだった。
「聞いて頂戴。あなたがあの日『さよならじゃない』って言ってくれたのは、この世界に心底絶望していた私の心の支えだったわ。あの日のFriskみたいな小さな子供じゃ出来なかったことよ。あなたがそう言ってくれたから、私は安心してあなた達をRuinsから送り出すことが出来たの。これは、あなただから出来たことなのよ。何より、あの日あなたが私の事を『お母さん』と呼んでくれた時から、私はあなたの事を本当の娘のように想っているのよ。
だから、お願い。私から大事な娘を取り上げないで。何度も味わったあの辛さを、もう二度と味わいたくはないの」
首だけ回して振り返ったLilyの頭を撫でながら、Torielは優しく告げる。自分を絶望から救ってくれたのは貴女なのだと。
あの日、Friskの硬い決意に負けて、目を逸らす事しか出来なかった自分に、火傷だらけの彼女は笑って、『お母さん』と、呼んでくれた。
守るためとはいえ、彼女を傷付けたはずなのに。痛かった筈なのに。それでも尚、『ありがとう』と笑いかけてくれた。
『またいつか』と、言ってくれた。
それが、また喪うのかと考えていたTorielにとってどれだけ救いになったか。
例え目の前の愛する娘が何と言おうと、自分はその言葉に確かに救われたのだ。
だから、告げる。勘違いも甚だしいその思い込みを正すために。
『愛している』と。
「Toriel、さん……」
LilyがされるがままTorielに撫でられていると、不意に右頬にするりと固い何かが添えられる。
「おい、Lily」
「いっ……!?」
そのまま頬をそれにぐいと抓られ、行きなりの事で反応できず引っ張られるままそちらを向けば、Papyrus越しに手を伸ばしてきているSansがいつもの読めない表情で笑っていた。
「お前さんな、こんなに愛してくれているのに否定するとか、どんな思考回路してるんだ? そこは間違っちゃ駄目だと思うぜ。
お前さんは、本当に皆に愛されてるんだ。勿論、俺だってな」
パチリと器用に片眼でウインクをLilyに送りながらSansはそう言った。
Sansにとって、Lilyという存在は、恐ろしくて恐ろしくて仕方がない存在だった。
『夢』という形ではあるが、本来の世界線の彼には有り得ない、他のルートの記憶がある分、彼女の顔も然り、服装然り、自分の弟を含めた全てを殺したあの人間と呼ぶべきなのかも分からない存在とダブって見えてしまっていた。
一方的に過剰とも言える警戒心を抱いて、何時その手に握られた武器が弟の首へ伸びるのか、それが怖くて仕方なかった。
出会い頭に、約束を破ってこの場で殺してしまいたいと考えるほどには。
だが、結局その武器は誰にも振るわれず、誰も傷付けず、それどころか家族を守るためにその身を傷付けて、血を流した。
彼女が計画をSansに告げて、狂っていると思うと同時に、やっと彼は彼女は家族を守りたいだけだと気付けた。
彼が、自分の弟を守りたいと思うのと同じ感情だった。
そうして言った通りに、彼女がその身を犠牲にして世界を守って、地上に出て一年の月日が経って、漸く現実を見て、振り返って。
………段々と窶れていく、Friskの姿を見て。
聡い彼は、気付いてしまった。
Friskがああなっているのは、Lilyが居ないからだと。
それに気づいてしまえば、もうどうしようもなかった。『自分は彼女を見殺しにした』という罪悪感が、彼を蝕んでいった。
そもそも彼だって、性根は善のモンスターだ。度重なる強いストレスで歪んではいても、良心はある。疲れはて、苦しむ友人の姿を見て、心を痛めるぐらいの感情は当然ある。
それに加え、彼はいくらLilyが狂っているとはいえ、その感情の根源にある家族愛を知っていた。共感できてしまった。そして、彼女がただの優しい人間であることを、分かっていた。
手を取り合える存在だと、理解していた。
そんな彼女一人を犠牲にして、それを知った上で生きていくことは……彼には、酷すぎた。
詰まる所、結局は彼もLilyを愛していたのだ。
「……Sans………?」
漸く理解できた自分の本心を乗せて、SansはLilyの頬を撫でる。Lilyがその行動にいよいよ混乱してきていると、ぐい、とパーカーの右腕の袖を引かれる。今度は何だと正面を向けば、Asrielが顔を伏せながら、震える白い手で袖を掴んでいた。
「………ぼくは、ずっと……違和感さえ感じず、君を忘れてしまっていたから……本来なら何も言えないけど」
ぽつりと、そう一言前置きして、Asrielは顔を上げて、きっとLilyを強く睨んだ。
「もう二度と、こんな事はしないで。ぼくがFriskを、皆を傷付けた事を責めたくせに、自分が皆を傷付けて責められないなんて思い上がらないで。
………無理矢理ソウルを渡されて、消えていく君を見ることしか出来なかったぼくの気持ちにもなってよ………!!!」
その目には、透明な水が浮かんでいて。次いで、その水がAsrielの頬を伝っていく。
あの日の彼女は、自分の所為で亡くなった親友の生まれ変わりだとAsrielは信じて疑っていなかった。
それが間違いだと気が付いた時には、自分は飛んでもない過ちを犯してしまったあとだった。
Friskさえ居なければ自分の所に戻ってきてくれるはずだと思い込んで、彼女の大切なものを壊そうとして、彼女を深く傷付けた。
絶対に嫌われた、許されなくても仕方がないと考えていた自分にも、彼女は手を差し伸べて、『妥協する』と言って、抱き締めてくれた。
………それなのに。
そう言ったことも、罪を背負い続けるという約束も無かったことにされて。
目の前で笑顔で消えていく彼女のことさえ忘れさせられて。
自分がどうしてこの姿で生きていられるのか思い出したとき、どれだけ絶望したことか。
あんな感情を二度と味わってたまるものかと、AsrielはLilyに涙ながらに訴える。
今度こそは、この存在をこの世界に繋ぎ止めるために。
「Asriel……」
再び顔を伏せて涙を流すAsrielの顔を見つめていると、視界に自分とそっくりな顔が入ってくる。
「Lily」
名前を呼ばれてそちらに目を向ければ、睨み付けるCharaの視線とかち合った。
「………僕は正直、お前なんて大嫌いだ。望んでいない救済を施され、お前の人生を押し付けられて……自業自得なのは分かってるけど、僕が、どんな思いをしたか………」
その一言にLilyの顔が少し申し訳なさそうに歪んだのをCharaは見逃さなかった。先程まで反省している様子なんて一切見せなかったLilyの心が、Friskの言葉で揺れている証拠だとCharaは感じた。
皆の中でも、Sansを除けば彼女の事を一番思い出していたのはCharaだった。Mettatonの一言で記憶の齟齬に気付いて、そこから持ち前の洞察力と思考で、自分の記憶がまかやしであることに気が付いてしまった。
そして、自分の役割を本来其処に居るべきではない彼女に擦り付けて、自分はのうのうと生きていることが許せなかった。
どうして気が付けなかったのかと後悔した。
居場所を奪ってしまったという罪悪感に苛まれた。
だから、彼女の居なかった数年間、Charaはずっと、彼女の代わりであろうとしていた。
記憶の中の
だが、そんな事は無理だった。何をするにも彼女への罪悪感が呪いのように付いて回った。結局はその罪悪感に押し潰されて、彼女の代わりにも成れず、自分さえも見失ってしまった。
死にたいとさえ考えた彼女のその苦しみは、計り知れない。
「………だから、お前は絶対許さない」
「……うん」
そう言ってCharaは、頷いたLilyの前に座り込んで、パーカーの裾を掴んだ。そうして真っ直ぐLilyの目を見つめ、言う。
「お前にはそれ相応の対価を要求する。僕を愛しているって言うなら、誠意を見せろ。償ってみせろ。
………分かったな、おねえ、ちゃん」
「………えっ」
まさかCharaからそんな呼び名が出てくるとは思わなかったLilyは、ぎょっと目を見開いた。そしてそのまま裾を握り込んだCharaを混乱しながら見ていると、Asgoreが優しく微笑んで声をかけてくる。
「………Lily。君は、こんなに愛されているんだよ。勿論、私だって君を愛している。他の世界がどうかは知らないけどね、これだけは言える」
混乱するLilyに畳み掛けるように、Asgoreは告げる。Lilyを愛するモンスターとして。
自分で『落ちてきた人間を殺す』と言った癖に、自分の『殺したくない』という我が儘であの日まで皆を地下に留め続け、楽な道へと逃げた自分を奮い起たせ、どちらかが殺すか、殺されるしか道はないと考えていた自分をバリアごと打ち砕いてくれたのは、紛れもない彼女だった。
「Asrielから聞いたよ。私は違う未来で一度、君と戦って負けたらしいじゃないか。まぁ、その後Asrielに殺されてしまったらしいけど……」
Asgoreが紡ぐ言葉に、Lilyは目を丸くした。Asrielがまさか、本人に自分の罪を告白しているとは思わなかった。
Asgoreも始めは驚いた。ある日突然、自分は貴方を殺したことがあるなどと息子が言い出したのだから。だが、Asrielの話には何処か現実味があり、尚且つ彼の嫌われることを恐れる顔が、それを真実だとAsgoreを信じ込ませた。その表情は、何時しか自分が毒入りバタースコッチパイを食べた時に、彼がしていた顔だったから。
その時は、『話してくれて有難う』『それでも君を愛している』と言い聞かせてその場を収めたが、昨日、記憶を思い出して改めて告げられたのは、殺す前にLilyが自分の頬を打ったということ。
「そこで私は、要約してしまえば『死にたい』という意味合いのことを言って説教されてしまったと聞いているよ。『死ぬことは許さない』、とね。
………君は知らないと思うが。私はね、学校を建てたんだ。その相談をFriskにしたんだけど、その話をする前にFriskに同じ話をして、同じ様に頬を打たれたんだ。そうして………全く同じ話をして、『死ぬことは許さない』と言われたんだよ。
Friskがその話の前に、なんて前置きしたか解るかい? 『これは受け売りだけど』、って言ったんだよ。君を忘れているはずのFriskが、そう言ったんだ。君を本当に……それこそ心から慕っていなかったら、無意識にでもそんな言葉は出てこないと思うなぁ」
その時AsgoreはAsrielの説明を聞いて納得がいった。数年前、Friskに頬を打たれた時感じた既視感は、確かに現実にあったことだったからなんだと。
Friskがあの話をしたのは、姉の言葉を心に刻んでいたからなのだと。
「もう、分かるだろう? 君無しでは、この未来が無かったことぐらい。君が居たことで、どれだけの事が変わったことぐらい。
君が居なければ、この未来は絶対になかったんだ。君は部外者なんかじゃない、何かの礎になるための生け贄なんかじゃない、誰かに怨まれ憎まれる絶対悪なんかじゃない。私達の、大切な家族で、友達で、親友なんだよ」
Asgoreの心を込めた一言が、揺らいでいたLilyの心を完全に穿った。
Friskの言葉から順に紡がれた愛の言葉が、Lilyの消えてしまった筈の心に入り込んで、染み込んでいく。
Lilyが笑顔で振り払おうとした愛が、漸くLilyの心に届いた。
「………そっ、か………そうか………」
そうして、ぽつりと。
「私は、こんなにも愛されていたのか」
彼女は憑き物が落ちたような表情でそう呟くと、片目からぽろりと一粒涙を溢した。
………そもそもの話。あんなにも彼女が意固地になっていたのは、『皆からの愛を理解してしまえば、きっと別れが辛くなるだろう』という思いからだった。本当は、『実感できない』のではなく、『分かっていて意図的に無視していた』の方が正しい。それがいつの間にか当たり前になって、捻り曲がって、彼女を愛が理解できない狂った存在へと作り変えていた。
その認識が今、塗り替えられていく。他でもない、彼女が愛する人達によって。
だが、こうしてLilyが話を大人しく聞いていたのは、全ての負債から解き放たれた今だからこそのこと。これがもし、まだ彼女が自らに課した贖罪の最中であったならば、彼女は『そんな筈がない』と頑として譲らなかっただろう。
それに、全てが変わった訳ではない。長い間歪んでいた彼女の心は幾ら言葉を尽くした所でそう簡単には変えられない。それが当たり前になってしまっているからだ。当たり前の事を正すのは難しい。正そうとするならば、長い月日が必要だろう。いや、ひょっとすると、一生治らないかもしれない。
………だが。決して、Frisk達の言葉が無意味だった訳ではない。
未だに歪な所は在れど、Lilyの心を、人間らしい感情を、取り戻したのだから。寧ろこれは、大きな前進と言えるだろう。
「………それなら、私………あの子達に凄い酷いことしちゃったんだなぁ」
ポツリと、Lilyはそう呟く。
何万回という生を繰り返し、その度に命を投げ捨てる行為をしていた彼女の記憶の中には、何人もの愛する弟妹がいる。
……もし、彼らも自分を愛してくれているとするならば。自分は彼らの愛を裏切ったことになる。
彼らを愛する故に失う事を極端に恐れていたLilyだからこそ、そう気付くことが出来た。間違いが正された事によって漸く彼らの愛に気付き、その子達に対する罪悪感が首を擡げた。
「………ごめんなさい、皆。私が間違ってた。皆はずっと、私を愛してくれていたのに、私は……」
「…………やだ。絶対に、ゆるさないもん」
Lilyが口にした謝罪に応えたのは、Friskだった。大分口調も感情も落ち着いてきたFriskは姉をぎゅうと抱き締め、顔を上げて目線を合わせた。
「許さないから………………もう二度と、勝手に居なくならないでね、お姉ちゃん」
「! …………うん、約束するよ、Frisk」
先程は『君』で統一されていた呼び方が、懐かしいものに変わる。それに気付いたLilyは、やはりまだ私を愛してくれているのだと感じ、嬉しくなりながら、約束した。
「私はもう、何処にも行かない。皆の傍に居るよ」
Lilyが漸く見せた優しい笑みに、Friskも皆も満足そうに頷いた。
そうして、Friskは目元に溜まった涙を拭い、太陽も凌ぐような明るい笑顔で、言う。
「おかえりなさい。お姉ちゃん」
「………ただいま。Frisk、皆」
その言葉に、Lilyは、心からの笑みを見せた。
その後タイミングを見計らったように皆にもみくちゃにされ、笑う彼女達を見て、部屋の隅の影が揺らぐ。
………―――あぁ、良かった。これでこそ、漸く………
ふと、Lilyはそんな言葉が聞こえた気がした。そうしてそれが誰の言葉なのか気付き、此処に来ていた事に驚きつつも、ふっと笑う。
………そこに居たんだ、Gaster博士。なんなら、挨拶の一つでもしていけば良かったのに。
自らの協力者にまで愛されていることに気付いたLilyは、内心で礼を告げる。自身の中に埋め込まれた彼の欠片を通して、この言葉が通じることを信じて。
ありがとう、博士。心残りなんて背負わせてしまってごめんなさい。この通り帰ってきたよ。もう、大丈夫だよ、と。
「お姉ちゃん、何処みてるの?」
「ん? あぁ、ごめん。幸せだなって考えてた」
目敏くLilyが誰も居ない虚空を見つめている事に気付いたFriskが首を傾げると、Lilyは誤魔化しも兼ねてそう返した。これは紛れもない事実だ。
…………こうして、漸くこの日を以て。
この姉妹の、そして友人達の絆が、何時壊れてしまうか分からないような脆く儚いものではなく、確固たる相思相愛のものとなったのだった。
これからの彼女たちの日々は、ゲームなどにはない、この家族と友人達による、かけがえのない
誰にも邪魔されることのない、何時しかLilyが望み、焦がれ、尊んだ平穏な日々。
それを、今度こそ。誰も欠けることなく、歩んでいくのだろう