守りたいもの   作:行方不明者X

140 / 158
※お待たせいたしました


※三話構成となっています


※中々支離滅裂な幼稚な理論が並べられていますが、目を瞑っていただけると幸いです


After The 『GAME』
子守唄


【Asriel】

 

目を開けると、目の前に金色の花畑が広がっていた。

 

 

懐かしい、金色の花の匂いが鼻を擽る。

 

 

まだある足を動かして、ぼくはその花畑の中に立つ。

 

 

遠い天井に空いた穴から、オレンジ色の太陽の光が差し込んで、とても綺麗だった。

 

 

―――……ついさっき別れたFriskとLilyには悪いけど、ぼくにはまだちょっとだけ時間があった。

 

 

その時間を、ぼくは『ぼく(Asriel)』でいられる最後の瞬間までここで過ごしたいと思っていたから。

 

 

金色の花畑をベッドにして、寝転がる。

 

 

ぼくたちが死んでからママがずっと世話をしてきてくれたこの花を押し潰すのにちょっとだけ抵抗があったけど、それも本当にちょっとだけ。

………やっぱりぼくは、またソウルレスになってしまうんだなと、改めて思った。

 

 

仰向けになって、光の差し込む天井をぼんやりと見上げる。

 

 

――――………ふと、昔、親友とこうして寝転がって笑いあったことを思い出す。

 

 

大分寂れてしまった記憶だけど、親友の笑顔をよく覚えている。

 

 

()()()()()()()()()

 

 

「ふぁ………」

 

 

長い間そうやってぼんやりとしていたからか、眠たくなってくる。

 

 

重くなってくる体を動かして、ぼくは自分の手を見た。

 

 

………パパとママにそっくりな、白い毛で覆われた手。

 

 

嘗ての、ぼくの手だ。

 

 

――――――この手も、直にもう見ることはなくなるんだろうな

 

 

そう思うと、少しだけ辛かった。

 

 

少しだけ握ったり開いたりしてから、腕を降ろす。

 

 

そのまままたぼんやりと穴を眺めて、ふと、FriskとLilyは、無事に皆を地上に連れていってくれただろうかと気になった。

 

 

………それを確認しようとは、思わないけれど。

 

 

だってぼくには、この時間軸のFriskはきっと皆を地上に連れていってくれるという確信があるから。

 

 

それに、他の時間軸では居なかったお姉ちゃんもいることだし。

 

 

次の時間軸では―――……どうなるかは、わからないけれど。

 

 

もしかしたら――……中途半端に皆を殺すのかもしれない。

 

 

もしかしたら――……また皆を地上に導いてくれるのかもしれない。

 

 

もしかしたら――……皆を、この世界を壊してしまうのかもしれない。

 

 

でも、出来ることなら、また皆が地上に出ていけるハッピーエンドがいいな、と願う。

 

 

そうすれば、

 

 

―――………ぼくの親友も、泣くことはきっとないだろうから。

 

 

「………散々皆を殺して回ったぼくが今更何を考えてるんだろう。そんな資格、もうないのに」

 

 

はは、と口から自嘲的な笑みが零れた。

 

 

…………どんどん、眠くなってくる。

 

 

ちらっと、Ruinsに繋がる入り口を見る。

 

 

Friskの姿は、ない。

 

 

記憶(今まで)では、Friskが来ることもあったけれど………この時間軸のFriskはぼくがここに居ることに気づかなかったみたいだ。

 

 

………気づかなくって、良かったけれど。

 

 

だんだん閉ざされていく瞼の力を抜いて、瞼を閉じる。完全に闇に覆われて、意識がぼやけてくる。

 

 

――――――……次に目を覚ました時は、ぼくはもうきっと『ぼく(Asriel)』じゃないんだろうな

 

 

そんな予感がする。

 

 

ぼくの『ぼく』としての輪郭が、分からなくなってくる。

 

 

そんな感覚の中、ぼくは、昔を思い出していた。

 

 

さっきまで見上げていた穴から、人間が落ちてきたこと。

 

 

その人間と一緒に暮らし始めたこと。

 

 

人間と友達になったこと。

 

 

友達と、この地下を走り回ったこと。

 

 

いつしかぼくらは親友になっていたこと。

 

 

いつか地下を出て、世界中を探検するんだって、約束したこと。

 

 

――――………二人で……家族皆で、笑いあったこと。

 

 

どれだけ霞んでしまっても、頑張って思い返せば、楽しい想い出はたくさんあった。

 

 

…………でも。

 

 

それ以上に、ぼくの記憶に焼き付いているのは。

 

 

――――――――……いつしか見た、あのユメ。

 

 

 

……………それだけが、心残りだ。

 

 

 

あぁ、Frisk。そして、Lily。

 

 

 

ほんとうに、出来ることならば。

 

 

 

神様になれなかったぼくの代わりに、

 

 

 

ぼくの親友を――――Chara・Dreemurrを、

 

 

 

 

 

どうか、すくってほしい。

 

 

 

 

かなわない願いを思って、一粒熱いものがぼくの目から流れたと感じた瞬間に。

 

 

 

 

―――――……意識が、輪郭を保てなくなった。

 

 

 

 

ぼくじしんが誰なのか、わからなくなる。

 

 

 

 

――――…………つぎもどうか、みんながわらっている、せかいに………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………こら、何勝手に諦めてんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どくん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――……la……la……la………

 

 

不意に、優しい音が届いた。

 

 

ゆったりとしたリズムで紡がれる、聞いたことがないもの。

 

 

……子守唄、かな。ママがぼくたちに歌ってくれたような唄とは、随分と違うような気がするけど。

 

 

頭の後ろに何か柔らかいものがある感じがする。

 

 

あまり感じたことのない感触に、目を開ける。

 

 

ぼんやりとした視界に映るのは、少し薄暗くなってしまった光と…………

 

 

 

「…………―――Chara………?」

 

 

 

二度と会える筈の無い、ぼくの親友の顔。

 

 

ぼくの親友はぼくが起きたのに気付いたらしく、唄が止んだ。

 

 

二つの瞳が、ぼくに向けられる。

 

 

……どうやら、ぼくの親友が、先程の唄を歌っていたみたいだった。

 

 

―――――……これは、夢だ。

 

 

そう、直感的にそう思っていた。

 

 

こんなに都合よく、Charaがぼくの傍にいるわけ――……

 

 

「…………ったく、君は何回私をあの子と間違う気だい?」

 

 

 

「……え?」

 

 

 

呆れたような声が、目の前のCharaから溢れる。

 

 

それに驚いて目を見開けば、ぼやけていた輪郭が定まって、そこにいる人物がぼくの親友ではないことにやっと気付いた。

 

 

「………Lily?」

 

 

Howdy(やぁ)、Asriel。さっきぶりだね」

 

 

ぼくの親友と同じ顔をした人―――Lilyが、微笑んだ顔でそう言って頷いた。

 

 

ぼくの頭の中が、一気に動揺と混乱で満たされる。

 

 

それでも咄嗟に、身体を起こして、離れる。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

Lilyの体勢から見るに、どうやらぼくは膝枕をされていたらしい。

 

 

「あのさぁ、君何回私と自分の親友を間違えたら気が済むのさ」

 

 

ぼくをしっかりその茶色の目に映したまま、微笑んだままで不満そうにLilyは言う。

 

 

「ご、ごめん………」

 

 

一瞬混乱より申し訳なさが勝り、ぼくは潔く()()()()()

 

 

「あれ、なんだっけ? 『僕だけを愛してよ』だっけ? ねぇ」

 

 

「わぁぁぁぁぁぁ!!! 本当にごめんってばぁぁぁぁ!!!」

 

 

その顔のままRuinsでの出来事を掘り返されて、思わず恥ずかしすぎて叫ぶ。微笑みが意地悪な笑顔にしか見えなかった。

 

 

―――……いや、そんなことよりも。

 

 

「………どうして、君がここに……?!」

 

 

混乱極まるぼくの口から、辛うじてその言葉がLilyに向かって投げ掛けられる。

 

 

「君はFriskと、皆と一緒に地上に出たんじゃなかったの……!?」

 

 

―――……まさか、地上に出られなかったんじゃ……

 

 

最悪の予想が頭を過り、尚深まる混乱のまま言葉を続けるぼくに対して、Lilyは微笑んだ顔を崩さない。

 

 

「まぁまぁ、取り敢えず落ち着きなよ」

 

 

「落ち着いてられないよ!!?」

 

 

「わぁお、こわいこわい」

 

 

それどころか、取り乱すぼくを宥めてくる。そんなLilyに向かって、思わず叫び返してしまった。Lilyはそんなぼくの心情も知らんぷりして、微笑んでおどけているだけだった。

 

 

「いや、別に本当にどうってことはないんだよ? Frisk達は無事に地上に出たさ。君が懸念しているだろうことは何もない。ただ私が君に用事があって戻ってきただけだよ」

 

 

「………あぁ、なんだ………」

 

 

まるでぼくの心配を見透かすように、Lilyは微笑みながらそう言った。その言葉に、ぼくはほっと胸を撫で下ろす。バクバクと音を立てていた鼓動が静かになった。

そんなぼくの目の前で、Lilyはよいしょ、と言いながら体をぼくに向けて、座り直す。それを見て、ぼくも慌てて座り直した。

 

 

「さて、用事があるって言っても、流石に急に本題に入るのはちょっとあれだし、その前に一つお喋りでもしようか」

 

 

「そんなことしてる暇あるならさっさと帰りなよ……ママ達心配すると思うんだけど」

 

 

ぼくがそんなことを言い出したLilyにそう言えば、Lilyは首を横に振った。

 

 

「あぁ、それなら気にしなくて大丈夫だから」

 

 

「何が大丈夫なの…………それに戻ってきたって、皆待ってるんじゃないの?」

 

 

ぼくは微笑むLilyにそう尋ねる。

 

 

「いや、帰っててくれって言ってあるからね」

 

 

「あぁ、そうなんだ……」

 

 

ぼくの質問に、Lilyはそう答えた。その答えに、きちんと了承は取ったうえでここに来ているらしいと安堵する。

 

 

「それよりもさ、一個質問していいかな。Asriel」

 

 

「…………その名前で呼ばないでよ。ぼくはもうAsrielじゃない、ただのお花なんだから。で、何?」

 

 

Lilyが口にしたぼくの嘗ての名前に、少しだけ悲しくなった。その気持ちを振り払って、ぼくはLilyに聞き返す。

 

 

「いやさ、なんであんなに君の親友……ええっと、Charaくん、いやCharaちゃん? だっけ。その子に固執してたのかなって思って。考えても分かんなかったからさ」

 

 

なんで? と首を傾げて尋ねてくるLilyに、今彼女自身の口から出たCharaが重なって見えた。

 

 

「…………それは…………」

 

 

その質問に、思わず口籠もる。何て答えたらいいのか、ぼくには分からなかったから。

 

 

その理由を話したら、目の前で微笑む彼女に本当に失望されそうだった、というのもある。

 

 

 

それに………ただでさえぼくは、その思い込みで目の前の彼女を傷付けたわけだし。

 

 

「………あ、もしかして私すごい答え辛いこと訊いた? なら……」

 

 

「いや、話すよ」

 

 

言葉が続かなくなってしまったぼくに遠慮したのか、Lilyは『言わなくていい』と言おうとする。それを遮って、ぼくはそう言った。

 

 

「ぼくは勘違いで散々君を傷付けたんだ、それくらいちゃんと言わなくちゃね」

 

 

でも、やっぱりけじめくらいはつけなくちゃ、ね?

 

 

「………そっかー。じゃあ、お願い」

 

 

ぼくの言葉からぼくの意思を汲み取ってくれたのか、Lilyは頷いて、口を閉じた。ぼくの話をちゃんと聞いてくれるらしい。

 

 

じゃあ……何から話そう。

 

 

……あぁ、そうだ。

 

 

「………………まず、前置きしておくけど。かなりまともじゃない理由なんだ。本当にね。それでも、いい?」

 

 

「もちろん」

 

 

ぼくがそう前置きすると、Lilyは頷いてくれる。それを見て、少しだけ安堵した。

 

 

「…………ある日、ぼくは夢を見たんだ」

 

 

「夢?」

 

 

「うん。何時だったかは、忘れちゃったんだけど」

 

 

ぼくが話を始めると、Lilyは首を傾げて不思議そうにする。それに補足をしながら頷いて、話を進める。

 

 

「これはもしかしたら、Sansに聞いたかもしれないけどね。何かを話に行ったのは大体見てたから分かってるし。………いやに現実的な、悪夢さ」

 

 

「…………成る程。君にも降りかかっていたっていうのは、本当だったのか」

 

 

「うん」

 

 

納得したようにLilyは頷いて、話に理解を示してくれる。

 

 

「でも、ぼくは………その悪夢だけじゃ終わらなかった」

 

 

「………それで?」

 

 

ぼくの言葉を聞いて、Lilyは話の続きを話すように促してくる。

 

 

「夢の最後に…………ぼくの意識は、必ずと言っていいほど真っ暗な場所に飛ぶんだ」

 

 

目を閉じて、あのユメの続きを思い浮かべる。

 

 

「そこは言葉にするならどんな闇よりも真っ暗な場所でね。そこに………ぼくの親友のCharaが、立っていてね」

 

 

「………へぇ」

 

 

話を進める内に、あの暗闇の中にいる黄緑色と黄色に彩られた背中が浮かんできた。

 

 

「ぼくとは違うすべすべの人間の手には、ナイフが握られていて………その周りは、塵と、ママやパパ、モンスター皆の持ち物が壊れて散らばってたんだ」

 

 

その周りを責めるように囲む、無数の塵の山。

 

 

その中に散らばる、皆の持ち物。

 

 

破れたママの服、青と白の骨、折れた水色の槍、壊れた機械、そして………いつかパパが昔、ヒーローごっこをした時に一度だけ見せてくれた、赤い三又の槍。

 

 

「そんな中で背を向けて佇む親友が…………一番最初は、酷く怖かったのを覚えているよ」

 

 

目を開いて、現実に戻ってくる。ぼくを見つめるCharaそっくりなLilyの視線を、逸らさないで見つめ返す。

 

 

「そして、Charaが膝から崩れ落ちて………振り返った時。………その両目から涙をぼろぼろとこぼしているのを見て、そこで、毎回目が覚めるんだ」

 

 

ぼくを見つめるLilyが、別人だと分かっていてもやっぱり重なってしまう。

 

 

幻だと分かっているけど、その微笑む顔の目尻に、涙さえ浮かんでいるように見える。

 

 

「それが、夢の筈なのにどうしても忘れられなくて、現実(ほんとう)なんじゃないかって思ったら………頭から離れなくなっちゃって」

 

 

それが、ぼくが道を踏み外した瞬間だった。

 

 

「『Charaを助けたい』、『救いたい』って……思っちゃったんだよ」

 

 

「…………」

 

 

Lilyは何も言わず、ぼくの話を聞いていてくれる。

 

 

「夢の中で足掻いたよ、足掻こうとしたよ。……でも、ぼくは無力で、終ぞCharaが救われることはなかったんだ」

 

 

そう。ぼくは、救えなかった。

 

 

救えなかった。

 

 

――――……暗闇で一人で苦しむ親友を、たったの一度も助けられなかった。

 

 

「そして遂には………その夢と現実が分からなくなっていった」

 

 

その暗闇から――――――連れ出せなかった。

 

 

「そんな事が繰り返されるうちに、ぼくは壊れていって、Charaに依存して、執着した」

 

 

我ながら、本当にバカだと思う。

 

 

『親友のヒーローになりたい』と思っていた筈なのに、

 

 

「『Charaが泣いているのは皆がCharaの傍にいたせいだ。Charaを救うために、皆を殺そう。それで皆のソウルをぼくが有効利用して、神様になればCharaを救える』だなんて、思ってしまった」

 

 

そんなことは、あり得ないのに。

 

 

ユメ(記憶)の中のぼくは、一瞬とはいえ神様になったんだ。それなら同じ状況……お花になったぼくだってなれるはずだなんて考えて……失敗したんだ………」

 

 

言っていて、情けなくなってくる。

 

 

「何度も何度も皆を皆殺しにしたのに、どうしても神様になれなかった。どんなにLOVEを高めても、ぼくは神様になれなかった」

 

 

少なくともそれで救われると考えていたぼくが、愚かしくてたまらない。

 

 

「ぼくは直ぐに気付いたよ、『今のぼくじゃ神様になれないんだ』ってね。そしたら何もかもどうでもよくなっちゃって………あとは、ぼんやりユメ(記憶)を見ながら、この地下で過ごしてた」

 

 

―――……そんな時だった。

 

 

「その矢先に……Charaそっくりな君が、現れた」

 

 

Lilyを見て、ぼくは酷く申し訳ない気持ちになる。

 

 

「最初は『Charaな訳がない』って否定したさ。でも、振り返って目が合ったとき、ぼくは君を『Charaだ』って思ってしまった。それからは………君の知る通りだよ」

 

 

そう言い切って、ぼくは口を閉じ、目をLilyから逸らす。酷く重い、沈黙が流れた。

 

 

意を決して、ぼくは、Lilyに頭を下げる。

 

 

「…………ごめんなさい、Lily。ぼくの狂気で、ぼくはFriskを傷付けて、君自身を傷付けた。………本当に、ごめんなさい」

 

 

「いや、謝らなくていいよ。妥協するってさっき言ったでしょ?」

 

 

「いや、でも……」

 

 

「いいから」

 

 

震える声のぼくの言葉を、Lilyはばっさり切り捨てる。思わず食い下がれば、そう静止された。

 

 

「成る程ねぇ………そういう事情だったか。ふーん……」

 

 

ぼくが頭を上げると、Lilyは微笑んだまま腕を組み、頷いている。

 

 

「ありがとう、話してくれて。納得がいったよ」

 

 

「ううん、いいんだ。ぼくも話せて良かった」

 

 

顔を上げて、Lilyがそう言って笑う。

 

 

その笑顔に、若干違和感を覚えた。

 

 

「………じゃあ、今度はぼくね。用事ってなに? ぼくに何の用?」

 

 

違和感を振り払って、今度はぼくがLilyに本題を質問する。許可は取ってあるとはいえ、流石に長くこの場にLilyを留めておく訳にもいかないし………

 

 

これ以上話したりしたら、ぼくが彼女から離れなくなる。そう判断したからだ。

 

 

「あぁ、お喋りは終わり? んー…………いや、私の用事………つか『やるべきこと』はもう終わったんだけどね。私が想定してたよりかなりあっさり」

 

 

「……は?」

 

 

ぼくが尋ねると、Lilyは微笑んだままそう答える。意味が分からなくて、一瞬ぼくは呆けてしまった。

 

 

「…………さっきの話が用事だったの?」

 

 

少し考えてそう訊けば、Lilyは首を横に振る。

 

 

「いやいや、まぁ、それもあるけど、本当の私の用事は終わったよ」

 

 

そう言って笑うLilyに、感じた違和感が強くなる。

 

 

「じゃあ……なに?」

 

 

どうにも、嫌な予感がする。何か、大切なことに気付けていないような………

 

 

「…………気付いてないの? 自分の体がどうなってるのか」

 

 

ふと、Lilyがそう言った。

 

 

「ぼくの体……?」

 

 

「あぁ、本当に気づいてないんだね。無意識って怖いなぁ。………自分の手を見てみなよ」

 

 

ぼくがそう聞き返せば、少し呆れたような声でLilyは言って、笑いながらぼくを指差す。Lilyが一体何を言っているのか、わからなかった。

 

 

「手? いや、そんなもの、今のぼくには………」

 

 

お花になったぼくにそんなものがある筈がない。

そう否定しようとして、言葉が止まった。

 

 

何故なら、()()()()()()()()()()()()

 

 

ばっと、腕を見る。

 

 

そこには、白い毛に覆われた手がある腕があった。

 

 

手を握って、開く。

 

 

ぼくの目に映る手も、同じ動きをした。

 

 

―――………この腕は、ぼくの腕だ。

そう気付いた。

 

 

「……………なん、で……?」

 

 

目の前の状況が理解できず、遅れてやってきた混乱に飲み込まれる。混乱のまま顔や体を触る。掌が受ける感触から体の輪郭を想像して、愕然とする。

 

 

「なんで、なんで、どうして」

 

 

そして、次の瞬間、Lilyに向かって叫んでいた。

 

 

「なんでぼくは―――Asrielの体のままなの!!? どうしてお花じゃないの!!?」

 

 

Lilyはそんなぼくを見て、ただ微笑むばかり。

 

 

「……君の心臓に、手を当ててご覧よ」

 

 

続けて、Lilyはぼくが失った筈のものがある場所に指先を向けた。言われるまま、ぼくはそこに触る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どくん

 

 

 

 

 

どくん どくん

 

 

 

 

 

どくん どくん どくん

 

 

 

 

 

――――――……どくん

 

 

 

 

「!!!!??」

 

 

 

 

音がする。

 

 

 

本来ならもう聞こえない筈の、音がする。

 

 

 

「…………うそだろ?」

 

 

 

そんな筈がない。ある筈がない。

 

 

 

体が、震える。

 

 

 

いやな汗が、伝う。

 

 

 

震える指で、ぼくはそれを取り出そうとする。

 

 

 

…………()()()

 

 

 

何かが、ぼくの中から引きずり出されてきた。

 

 

 

ふわりとぼくの掌に浮かんだそれを、愕然としたまま見つめる。

 

 

 

「…………嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!?」

 

 

そして、目の前にそれが存在していることを否定しようとして、叫ぶ。

 

 

 

なんで。

 

 

 

どうして。

 

 

 

あり得ない。

 

 

 

その三文字が頭を支配していく。

 

 

 

「なんで、なんでなんで、()()()()()()()()()()()()!!?」

 

 

 

空間に、ぼくの叫びが木霊する。

 

 

 

そんな叫びを聞き流すように、ぼくの手の中に浮かんだ()()()()()()()()()()()()()()()が、ふるりと揺れた。

 

 

 

…………いや、透明というには少し語弊がある。

 

 

 

だって、そのソウルの端から、だんだん白い色が侵食していっているのだから。

 

 

 

「あぁ、良かった。ちゃんと機能してる」

 

 

 

ふと、目の前の彼女が言葉を溢す。

顔を上げれば、Lilyは変わらず、笑顔を浮かべていた。

 

 

 

「いやぁ、最後の一仕事をしようと思ってきてみたら、想定と違って既に花化が始まってるんだもの。手遅れかと思ったよ」

 

 

 

とんでもなくて、尚且つ意味不明な事を言い連ねる笑顔を見て、ぼくはやっと違和感の正体にやっと気付いた。

 

 

 

「まぁ、気絶してたから、『君を説得する』っていう関門が楽に攻略できて私は大助かりだったんだけどさ」

 

 

 

その笑顔は、端的に言ってしまえば――――………ひどく、薄っぺらいのだ。

 

 

 

「本当に良かった」

 

 

 

 

言い換えるなら………『中身がない』、とでも言うべきなんだろう。

 

 

 

まるで、表面上に張り付けただけような………―――

 

 

 

「……………ッ!!!」

 

 

 

そこで、嫌な想像をしてしまった。

 

 

 

そうとしか考えられない、彼女の狂った行動を。

 

 

 

「………………なにを、したの」

 

 

 

その想像を打ち消したくて、ぼくはLilyに問う。

 

 

 

「一体、何を……ぼくに、何をしたの!!?」

 

 

 

問いただそうとする。

そんなぼくを見ても、その笑顔は崩れない。

 

 

 

「………そんなこともわからないの? いや、分かってて認めたくないのか。そんなことしても逆に打ちのめされるだけだと思うけどね」

 

 

 

それどころか、ぼくの心を読んだようにそう言って、笑みを深めた。

 

 

 

「まぁいいや。君が知りたいって言うなら、言ってあげるよ。なに、簡単な話だ」

 

 

 

そして彼女は、答えを口にした。

 

 

 

 

「『君に私のソウルを譲った』っていう、それだけの話だよ」

 

 

 

 

――――……一瞬、その言葉が受け入れられなかった。

 

 

 

頭が受け付けなかった、って言った方が、きっと正しいんだろう。

 

 

 

にっこりと、微笑みながらLilyは言う。ぼくはただ絶句することしか出来なかった。

 

 

 

目の前が、真っ暗になっていく感覚がする。

 

 

 

「…………なんで、こんな事を………?」

 

 

 

何とか、それだけを口から絞り出す。

 

 

 

「え? なんでって、勿論君を救うためだけど?」

 

 

 

その問いに対して、あっけらかんと、Lilyは言う。

 

 

 

空っぽの笑顔のままで、Lilyはそう言い切った。

 

 

 

「因みにどうやって君にソウルを譲ったかって言うとねー、そもそもの話、そのソウルは急造品だったのさ」

 

 

「………急造、品?」

 

 

「そ、急造品」

 

 

 

ぼくが聞き返せば、Lilyは頷いた。

 

 

 

「『私』はね、この世界に本来なら居ない筈の存在なのさ。いや、Friskの家族の姉とかならもしかしたら居たのかもしんないけど、まぁそこは置いとくとして、とにかく『私』自身は『この世界』に不法侵入してきた異分子な訳だ。………そんな存在に、世界から普通のソウルが与えられると思う?」

 

 

 

そこで一旦言葉切って、Lilyは笑う。

 

 

 

「そりゃ当然、普通はソウルが与えられる筈がない。だって私はそもそも生まれる筈の無い存在だからね。でもそこに存在はある。その矛盾を埋めるために私に与えられたのが、そのソウルだったんだ」

 

 

 

ぼくの手の上に浮かぶソウルを指差して、Lilyはそう言った。

 

 

 

「でもさっき言った通りそれは急造品だ。普通のソウルとは異なって、私の身体との繋がりが酷く薄かったんだ。私が出そうと思えば出せるぐらいにはね」

 

 

 

あとは簡単だよ、とLilyは話を続ける。

 

 

 

「前々から君がソウルを持ってさえいれば『Asriel』でいられるんじゃないかと考えていた私は、それに従って自分のソウルを君に埋め込んで譲ったって訳さ。結果は成功、ソウルは君に馴染み始めている。やっぱり元々存在している存在が持っている方がいいんだろうね」

 

 

 

Lilyはそこで、からからと笑った。

 

 

 

ぼくは、ただ呆然としてLilyを見ていることしか出来なかった。

 

 

 

「…………なんで」

 

 

 

ぼくの口から、言葉が溢れる。

 

 

 

「なんで、なんでなんでなんで!!!」

 

 

 

そして、次の瞬間には、Lilyに掴みかかっていた。

 

 

 

「なんで、こんな事をしたんだ!!」

 

 

 

ただ笑うLilyに、ぼくは叫ぶ。

 

 

 

「分かってるの!!? ソウルを譲ったってことはFloweyだったぼくと同じソウルレスになるってことなんだよ!!?」

 

 

 

どうしても、ここで彼女を糾弾しておかなくてはいけない気がして。

 

 

 

「Friskと同じことで笑い合えなくなるんだよ!!? 同じことで悲しんだりすることも出来なくなるんだよ!!? 君は、Friskの傍に居られなくなるんだよ!!? それを本当に分かってるの!!?」

 

 

「分かってるよ」

 

 

 

そんなぼくに、Lilyは頷いた。

 

 

 

「そんなこととっくの昔に覚悟済みだよ。じゃなきゃ、こんなこと絶対しないさ」

 

 

「……………!!!!」

 

 

 

もう一度、Lilyは深く頷く。

 

 

 

何もかも失って空っぽになってしまった筈の彼女の瞳に見つめられ、ぼくは何も言えなくなって……目を逸らして、掴んでいた手を、離してしまった。

 

 

 

「…………あぁ、そろそろ時間みたいだ」

 

 

 

不意に、ぼくの耳にそんな言葉が響く。ぼくが視線をLilyに戻すと、驚愕の光景が目に飛び込んできた。

 

 

 

「――――Lily、手が……!?」

 

 

 

彼女が見つめる指先が、どんどん薄くなって、消えていってしまっている。

 

 

 

「あー、『代償』が執行されただけだよ、気にしないで」

 

 

「『代償』……? 何を言って、」

 

 

 

へらへらと笑うLilyの顔を見て、気付く。

 

 

 

Lilyが消えていく毎に、自分の記憶の中の彼女が、消えていくことに。

 

 

 

「………!!!? 記憶が………??!」

 

 

「あぁ、そっちも始まったかぁ」

 

 

 

それが起きることも見越していたのか、彼女はまた空っぽな笑顔で笑う。

 

 

 

「良かった、ちゃんと機能してくれて」

 

 

 

そんな言葉を彼女が溢すのを聞く中、ふと気付く。

 

 

 

もしかして―――……ソウルが白くなっていく毎に、消えていっている?

 

 

 

取り出したソウルを見れば、話の最中にも侵食は進んでいたらしく、白色がソウルの半分を覆っていた。

 

 

 

――――………なら、これを彼女に戻せば……?

 

 

 

「あぁ、言っておくけど、私にソウルを返そうとしても無駄だよ。もうそれは既に君の物だからね」

 

 

 

まるでぼくの考えている事を見透かしたように、彼女はそう言った。図星を当てられ、どくり、とソウルが跳ねる。

 

 

 

「私を生かそうとしてるなら諦めな。それを受け取った時点で、私が消えることは確定してたんだ」

 

 

 

――――………そんな。

 

 

 

ぼくの思いを否定して、消えていく彼女に、ぼくは何も出来ない?

 

 

 

また、目の前が真っ暗になる感覚がする。

 

 

 

何度も味わってきた絶望感も、今この瞬間味わったこれよりも軽い気がした。

 

 

 

「………………なんで………?」

 

 

 

絶望に突き落とされたぼくの口から、言葉が溢れる。

 

 

 

「…………こんなぼくが『ぼく(Asriel)』として生きるより、君がFriskの家族として生きた方が、良かったのに………!!」

 

 

 

ぼくがそう言葉を吐き捨てると同時に、ぼくの頬に暖かいもの流れた。

 

 

 

――――………涙、だ。

 

 

 

そんなぼくを見た、名前も思い出せないまま消えていく彼女は、少し目を見開いて、そして、伽藍な笑顔を浮かべる。

 

 

 

「―――……ごめんねAsriel、私のエゴの為に犠牲になって(いきて)くれ」

 

 

 

その言葉を最後に、その人は消え去った。

 

 

 

―――――………

 

 

 

 

 

………? 『その人』………?

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()?

 

 

 

 

「…………? あれ、何でぼく泣いてるんだろ?」

 

 

 

いつの間にか流れていた涙を拭って、ぼくは手の中に浮かぶソウルを見つめる。

 

 

 

………あれ、いつの間にソウルなんて出したんだっけな……?

 

 

 

出すようなことあったっけ、と内心首を傾げながら、ぼくは立ち上がる。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。皆心配してるよね。

 

 

 

無理言ってRuinsまで来るんじゃなかったなー、と若干後悔しながら、ぼくは花畑を後にする。

 

 

 

地上に出たらどんなことが待ってるんだろう、と言い様のないわくわくに心を踊らせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――…………カサリ………

 

 

 

 

花畑に、何かが落ちたのにも気付かないまま。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。