【Lily】
暫くフリスクと抱き合ってから、こんなことしてる場合じゃないと自分を奮い立たせる。収まってきた震えを止め、這い上がる恐怖と重い後悔を今は関係ないと振り払う。
「………ありがとフリスク、もう大丈夫だよ」
「ん、そう……?」
「うん、本当にもう大丈夫」
フリスクの体をそっと離し、立ち上がる。心配そうに私を見上げるフリスクに手を差し伸べ、手を掴んでくれた彼女を立ち上がらせる。
「ごめんね、取り乱しちゃった」
「ううん、いいんだよ。お姉ちゃん無理し過ぎるから、頼ってくれて嬉しかった」
「あはは……」
小さく笑ってそう言ってくれたフリスクに苦笑いを返しながら、先程の現象について考察する。
………さっきのはメモリーヘッドの持つ嫌な記憶が流し込まれた事によって起きた現象なのだろう。本来『嫌な記憶』というものが先程の戦闘で登場するのは『ACT』でアイテム欄を調べた時だ。その際にメモリーヘッド達にアイテム欄に『自身の一部』を忍ばされたみたいなアナウンスが流れた筈。そしてその後アイテム欄の一番最後に『嫌な記憶』というものが追加される。ゲームだった際に使う分にはHPが1減るかHPが3以下だった場合は回復するだけであまり影響は無かったと思う。そして彼らの攻撃はそこまでダメージは無かったと思ったが、先程の現象から察するに現実ではそうではなかったらしい。現実でのこの現象は、メモリーヘッドが持っていた『嫌な記憶』に強制的に頭に流し込むようなもの。また連鎖的に自身の『嫌な記憶』を思い出させるという攻撃も含んでいる可能性もある。しかし、これはメモリーヘッドに限っての攻撃である可能性は高い。彼らは確か嫌な記憶の塊だった筈だ、だからこそこんな攻撃が出来たのだろう。他のアマルガメイツ達は混ざりあってできたモンスターだ。彼らに嫌な記憶が無いとは言い切れないが、メモリーヘッド達のように他人に影響を及ぼす程の力はないだろう。だが、用心はするようにしなくては。フリスクがあんな攻撃を受けたりしたら本当に人格が消し飛んでしまう。あれは私だから人格が消し飛ばずにすんだんだ。それだけは、阻止しなきゃ。
「お姉ちゃん、これ、さっきの流し台にあったんだけど……」
「ん? ………鍵?」
私が先程の戦闘の考察を重ねていると、流し台を調べてきたらしいフリスクがパーカーの裾を引っ張って、私に何かを見せてくれる。フリスクが回収してくれた落としてしまった懐中電灯に照らされて鈍く光る赤い金属製の鍵を少しの間眺めて、ピンとくる。
「……これ、さっきの装置の鍵じゃない? ほら、メモに書いてあったけど流しになんか落としたみたいだったし」
「ぼくもそう思う」
そう言ってフリスクは握っていた携帯のキーチェーンに鍵を取り付ける。
「あの装置に嵌めてくるから、ちょっと待ってて」
「了解」
短くそう会話をして、フリスクは懐中電灯で足元を照らしながら部屋へと入っていく。暫くぼーっとフリスクが入っていった部屋の入り口を眺めていると、フリスクが戻ってくる。
「ただいま、やっぱりそうだったよ」
「おかえり、やっぱりか。じゃあ彼処に落ちてたメモはヒントかな」
「みたいだね。………何であんな所にあるんだろ……?」
さあね、と答える代わりに首を少し傾げてから、フリスクが持っている懐中電灯に手を伸ばし、取る。
「あ、ちょっと」
「私が持つよ」
私の手から懐中電灯を取り返そうと手を伸ばすフリスクにそう言えば、フリスクは此方を気遣うような顔になる。
「………そう? 大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。任せて」
「……じゃあ、お願い」
どうやら先程の件を気にしているらしいフリスクに頷き、手を繋ぐ。
「………それじゃあ、行くとこも見当たらないし、一回さっきの部屋に戻りますか。何か変わってるかもしれないし」
「そうだね。あ、戻ったらセーブしてもいいかな」
「どうぞ」
そんなことを喋ってから懐中電灯で足元を照らしながら戻っていく。途中の廊下を経由して動力室前に戻ってくると、フリスクは宣言通り決意の光に真っ先に駆け寄った。
「………あ、点いてる」
その間に辺りに変わった所がないか見ていると、動力室の扉の左上側に赤い光がぼんやりと灯っていた。電源が供給されて、ロックが解除されたのだろう。
………そう言えば、このロックの仕組みってどうなってるんだろう。動力室の主電源が落ちた時の予備電源があちこちにある装置なのだろうか。よく解らない仕掛けだな、不便じゃないのか? いやまぁ、ゲームを面白くするための仕掛けと言われてしまえばおしまいなんだけど。
「お姉ちゃん、終わったよ。……そこ、開く?」
「……いや、開かないみたいだ。他になんか変わったところは……」
セーブを終えて戻ってきたフリスクの問いに答える為に扉を軽く押したりしてみるが、びくともしない。知ってた。
探すフリをしながら奥の先程フリスクが見てくれた扉を見てみると、そちらにも上の部分に赤い光がぼんやりと灯っていた。
「あ、あった。あっちの扉にもランプが灯ってるよ」
「え、本当?」
二人で扉の前に近付いていくと、固く閉ざされていた筈の扉がシュッという音を立てて横に開く。
「あ、開いた。………どうやらさっきの装置と同じ色のランプが点いてる所がまた動き出してるらしいね。ってことは、動力室を開けるにはあと三つあの装置を見つけて動かさないといけないわけだ」
「そうみたいだね………」
フリスクが自分の行動に違和感を持たないようにそう言えば、フリスクは少し不安そうな顔で頷いた。
「………また、さっきみたいな事が起こらなければいいんだけど」
おっとフリスク、それはフラグだぞ。
フリスクに癒されてふざける余裕が出てきたのか、反射的にネタっぽいことを思いつつ、苦笑を浮かべておく。
「まぁ、もし起きたらまた『MERCY』すればいい話さ。そうでしょ?」
「……そうだね。ぼくのやることは変わらないね」
私の言葉に頷いたフリスクに頷き返し、手をもう一度握り直す。
「じゃあ、行くか」
「うん」
手を繋ぎ、扉の中を進んでいく。中は廊下になっていて、角を右に曲がると、またパネルが見えた。
「あ、パネル発見。読むでしょ?」
「勿論」
二人でパネルの前に立ち、内容に目を通す。報告書のナンバーはまた飛んで、12番だった。
『報告書12
何も起こらない。どうすればいいんだろう。
とにかく片っ端から〈決意〉を注入してみよう。
うまくいけばいいのだけれど。』
「………片っ端からって、もうちょっと考えてから行動しないと不味いと思うんだけど……」
書き手はアルフィスであろう報告書の内容に、思わずそう呟く。フリスクは何も言わず、じっとパネルを見つめていた。
次のパネルに進み、目を通す。
『報告書13
遺体の一人が目を開いた。』
「………目を、開いたって……生き返ったってこと……!?」
たった一行、そう書かれたパネルを読んだフリスクが目を見開き、信じられないように呟く。
……私達は父さんと母さんを失っている。死んでしまったらもう二度と目覚めはしないと分かっている。だからこそ、報告書の内容が信じられないのだろう。
「どうして……!? 〈決意〉に、そんな力が……!?」
本来の自然法則では有り得ない『甦り』という現象に対し、フリスクは動揺を隠せないようだった。
「………まだわからないよ? ただ目を開いただけかもしれないし」
「あ……そう、だね」
動揺するフリスクの頭を撫で、落ち着いたところでまた手を繋ぐ。
「さて、行こうか」
「え………うん」
改めて足元を照らしながら進むと、沢山のベッドが並んでいる部屋に着く。
「ここは……ベッドルーム?」
「みたいだね」
懐中電灯で辺りを一応索敵し、警戒しながら入ると、フリスクがそう呟いた。個人的には、此処は研究員の仮眠室か……それとも、運び込まれた遺体の安置所だったのではと睨んでいるが、黙っておこう。これ以上フリスクを怖がらせてはいけない。
「あれ、一個だけベッドが空いてる」
「ん? ……あぁ、そうだね」
部屋の中に入ると、一つだけ不自然にベッドのシーツが整えられているのに気付いたのか、フリスクが声をあげた。
「調べる?」
「………うーん、後でいい」
「そう」
そのまま辺りを照らしながら壁際を伝い、時計のかかっている壁の所まで移動する。明かりに照らされて、パネルがあるのが見えた。埃を被っている人工植物の横にかかっている時計を見ると、針は動いていなかった。電池切れだろうか。
その横のパネルの前に立つと、ピッという音を立てながら内容が表示される。
「『報告書14』……さっきの続きみたいだね」
「そうだね」
報告書のナンバーを読み上げたフリスクに頷き、内容に目を通す。
『報告書14
崩れ落ちた被験者全員が……目を覚ました。
全員が歩き回って何事も無かったかのように会話している。
彼らは死んだのではなかったのか……?』
「………やっぱり、生き返ったんだ……!」
報告書の内容に目を見開き、フリスクはそう言った。
何故。
その横顔には、そうありありと書かれていた。
「……多分だけど。前の報告書に、決意の力ってさ、『生きようとする意思』って書いてあったじゃない」
「……? そうだね。それがどうかしたの?」
突然私が話し出した話が理解できなかったのか、フリスクは不思議そうな顔で私を見る。
「此処に運ばれてきたモンスターってさ、『崩れ落ちてしまった』とは書いてあったけど、『死んでしまった』って訳ではなかったんじゃない? この地下世界のモンスター達って、死んだら塵になるみたいだし。それに昏睡状態………えーっと、深い眠りについて、目を覚まさない状態だったって書いてあったしね」
「絵本の眠り姫みたいに?」
「うん………うん!? うん、まぁ、そういうこと」
『昏睡』という言葉を聞いて顔を顰めたフリスクに対して簡単な言葉に言い換える。すると、予想斜め上の喩えが返ってきて一瞬面喰らうが、自己解釈の説明を続ける。
「その状態のモンスターってさ、『生きようとする意思』が段々と少なくなっていってると思うんだ。それで、その意思が完全に無くなっちゃうと、塵になってしまう。でも、まだ完全に無くなってしまう前の状態の時に『生きようとする意思』の塊である〈決意〉を体の中に入れたから、生き返ることが出来たんじゃないかな」
「………成る程」
私の自己解釈を含んだ説明に、フリスクは頷き、改めてパネルを見て、そしてパネルに触れる。
「………もし、だけど」
「ん?」
ぽつりと、フリスクが言葉を紡ぐ。
「……もし、もしも、ぼくたちがお父さんとお母さんの事故現場に居て。それで、直ぐにぼくの〈決意〉をあげることが出来たら。………お父さん達は、まだ生きてたのかなぁ……?」
フリスクが縋るように私を見て言った言葉に、思わず目を見開く。………それ、は
「………多分、無理だったんじゃないかな」
私は、フリスクの言葉を、否定した。
「…………そっか。そうだよね」
その言葉に、フリスクは少し悲しそうな、落胆したような顔をして、顔を伏せる。
………父さん達の事故は、言ってしまえば、よくあるような、それこそテンプレート通りの事故だった。車の運転手は父さん達を轢いて逃げ、未だに捕まっていない。轢かれてしまった父さん達の方は………私達姉妹に面会させてもらえないほど、酷い状態だったらしい。きっと、良くて四肢がもげたり、あらぬ方向に曲がっていたりしたんだろう。最悪の場合は……挽き肉だ。もしソウルがその場に留まっていたとしても、体がそんな状態のままで『決意』を流し込んだりしても、きっともう、父さん達は動かない。生きて、笑いかけてはくれない。
「……ごめん、変なこと言っちゃった」
「ううん、私も一緒のこと考えてたから、気にしなくていいんだよ。………さて、先にこの部屋の探索を終わらせちゃおう」
「……うん」
申し訳なさそうに謝るフリスクに笑いかけ、話を探索することに逸らす。そのまま話を完全に逸らしきれないかと話題を探して横を向くと、薄い光が目に入った。
「あ、セーブあった。行ってきたら?」
「うん」
セーブするように促すと、フリスクは私の手を離し、光へと駆け寄っていく。フリスクがセーブを行っている間に、部屋のベッドを調べておく。確か、この部屋のベッドの一つに鍵があった筈。何処だったかな……
一列ずつ光をベッドに当て、何処かのベッドが盛り上がっていないかを調べていると、二段目の手前のベッドが少し乱れていることに気付く。光を当てると、ほんの少しだけ盛り上がっている。そう言えばこのベッドだったっけと思い出し、かかっているシーツを捲った。
「終わったよ……って、何してるの?」
「……いや、このベッドに何かあるみたいで……」
セーブを終えて近付いてきたフリスクの質問に言葉を返し、中腹辺りまでシーツを捲ると、鈍く光を反射する黄色い鍵が出てきた。
「あ、やっぱりあった。鍵発見」
「えっ!? 本当だ、すごい……!」
それを手にとってフリスクに見せると、心底驚いたような顔をする。
「またキーチェーンに取り付けておいてくれるかな。多分またどっかの装置に使うでしょ」
「あぁ、そうだね。分かった」
フリスクに鍵を手渡すと、快くフリスクは携帯を取り出して、付属のキーチェーンに黄色の鍵を取り付けてくれた。
「………さてと、あと探索するところはないかな?」
懐中電灯で辺りを適当に照らしながらそう呟くと、
「あ、待って」
フリスクから待ったがかかった。
「………やっぱりあのベッド、ちょっとだけ寝てみてもいい?」
恐る恐るといった様子で、フリスクがそう提案してくる。『Player』は寝ることを選んだのか、と内心苦笑する。
「………いいけど、私も一緒に寝させてね?」
「! 勿論!」
また恐怖体験せにゃならんのか、と一瞬苦い思いが過るが、ベッドで現れるやつは無害どころか優しいやつだったことを思い出し、大人しくフリスクに手を引かれて先程のベッドの前まで行く。途中、部屋の隅にドッグフードの皿を見る。埃を被っていないそれは、つい最近まで使われているように感じた。
「……あ、結構寝心地いいよこれ」
「そうなの? ちょっと詰めて」
「うん」
既に靴を脱いでベッドに寝転がるフリスクに続き、私も靴を脱いでベッドに寝転がり、フリスクと向かい合う。ベッド特有の布の柔らかい感覚が全身を包んでいき、ほっと安心するような気持ちになる。その瞬間だった。
ふうっ、と、背後が突然寒くなる。
「……!!!!」
咄嗟に目を閉じてフリスクを抱き締め、何も見えないように自分の体で目隠しをする。
うしろに、なにか いる。
突如現れた気配に、頭の中で警鐘が鳴る。
静かな部屋に、息遣いが、みっつ。
私と
フリスクと
そして…………
息遣いが、近付いてくる。
――――――――…………
顔を、覗き込まれている気がする。
フリスクも気配に気付いたのか、抱き締めている体が震え出す。
誰なのか確かめたくても、体が固まってしまって動かない。
―――――――――――………
なにかが、近付いてくる。
少しずつ
すこしずつ
スコシズツ。
そして、その気配は下に動き、
ぱさり、と私達の上に何か薄い、布のようなものがかかる。
そう、例えるなら………シーツの、ような。
―――――――おやすみなさい
ひんやりと冷たい何かに、ぽんぽん、と頭を撫でられる。
その優しい手付きで、昔母さんが寝かし付けてくれた時のことを思い出した。
何故か、思い出してしまった。
「………かあ、さん」
ぴたりと、頭を撫でる何かが止まる。
自分が何を口走っているのか理解し、しまった、と後悔していると、直ぐにその何かはまた動き出し、撫でてくれる。
本来ならば、ここでこんなに長く撫でてはもらえない筈なのに。
困惑しながらもそれを甘んじて受けていると、一頻り撫でて、不意にその気配は消えてしまった。
フリスクを離してからばっ、と勢い良く飛び起きて辺りを見渡しても、誰も居ない。
ただただ、静かな薄暗い寝室以外に、もう何も無かった。
「………今の、って……」
フリスクはゆっくりと体を起こし、辺りを見渡す。
「……多分、ここのモンスターだと思うよ」
「………優しかったね。お母さんみたいな撫で方だった」
「そうだね」
撫でられたのであろう自分の頭を擦りながら、フリスクはそう言った。その言葉に、同意しておく。
「…………降りよっか」
「うん」
寝る気も起きない為、靴を履き、ベッドから降りる。フリスクが降りるのを待ちながら、先程の撫でられた感覚を思い出す。
………無害なのは、知っていたけど。フリスクの言うとおり、本当に、母さんみたいな撫で方だった。
もう声も思い出せない、大好きだった母さんの笑顔が、ぼんやりと脳裏に浮かんで、消えた。