【Lily】
エレベーターから降りると、埃っぽい臭いが鼻につく。あまり清掃が行き届いていないらしいと見当をつけ、もう一度周りを見渡す。敵の影はない。とは言っても、此処の敵は特殊過ぎるから気は抜けないけど。
「………暗いね……」
「そうだね。……そうだ、懐中電灯使うか」
懐中電灯の存在を思い出し、リュックを降ろして漁る。暫くしてから硬い感触を掴み、引っ張り上げると、懐中電灯が出てきた。見た感じ壊れているところは見当たらない。
「あったあった」
取り出した懐中電灯を壁に向けてボタンを押し、点けたり消したりを繰り返す。
「電池切れとかはなさそうだ。………行ける?」
「うん」
頷いたフリスクの手を離さないようにしっかり握って足下を照らし、警戒を最大限に引き上げながら、前を進んでいく。敵―――アマルガメイツに襲われても直ぐに対処出来るようにだ。
―――アマルガメイツは、この研究所だけに現れるモンスターだ。確か英語表記は『Amalgamates』。『混ぜ合わせる、合併させる』みたいな意味合いだった筈。特徴として、体を変形させる事が出来る。正体は死にかけのモンスター達に抽出した決意を注入した結果、溶けて混ざり合ってしまった所謂複合モンスター。『溶けた』、という点から考えると、流動体に近いのだろう。変形する事が出来るのはそのためだと思われる。ただし形がしっかりすると混ざる前の元のモンスターの特徴が混ざったような形になる為、形を整える際には何らかの法則性、または優先順位があるのだろうと私は思う。彼らに物理攻撃は効かず、エンカウントした場合は『ACT』で正しい選択肢を選んで『MERCY』するしかない。
自分が知っている情報を整理しながら薄暗い廊下を進んでいると、
ピッ
「?!」
唐突に、横で明かりが点いた。それに驚いたのか、フリスクは素早い動きで横を見て、安堵したような顔をする。
「……なんだ、機械か……」
「大丈夫?」
「うん、この機械が反応しただけだったみたい」
「機械?」
ほっと息を吐いたフリスクの横に立ち、光っている壁のパネルを見る。
「………『報告書1』……」
電子パネルには、ゲーム通りの見出しが書いてあった。
「ほうこくしょ……報告書って読むの?」
「うん。報告書って言うのは、誰かに実験の結果を伝える為のもののこと。……ここでやってた研究のだと思うよ」
「…………アルフィスの言う『過ち』のことかな」
「多分」
フリスクの問いに頷くと、フリスクの顔が少し怯えた表情が引き締まる。
「……読む?」
「うん。ぼくは真実を知りに来たんだから」
一応訊ねると、フリスクは真剣な顔で頷き、パネルの前に立った。私もフリスクの後ろからパネルを覗き込む。
『報告書1
これが……王が私に望んだこと。
皆を自由にする力。
ソウルの力を解放して見せなければ。』
………報告書……というよりも日記に近い内容を見て、これは博士の記述と考えられていたんだったか、と思う。そう言えばどうなのか聞き忘れたな。聞けば良かった
自分のミスにうっかりしてたなと思いながら、次のパネルの前に立つ。すると、私達に反応してまたパネルが光り、内容を提示する。
『報告書2
結界はソウルの力で封印されている……
残念ながら、この力を人工的に構成することは不可能だ。
ソウルの力は生命体からのみ抽出することが出来る。
故に、この力を得る為には、モンスターに宿っている……ソウルを利用しなければならない。』
「……これ……モンスターの体やソウルを使って実験しようとしてたってこと……?」
報告書を読んだフリスクがそう呟く。
「……内容から察するに、そういうことらしいね」
「そんな……」
「…………この実験が正しいのかは分からないけど、でもそれでもこの報告書の人は解明しようと必死だったんだと思う」
「………そうだね」
重い空気を感じながら、次のパネルに進む。
『報告書3
しかし生きているモンスターからソウルを抽出するには大きな力が必要だ……
現実的な手段とは言えない、何よりソウルの宿主の肉体は直ぐに崩壊してしまうだろう。
そして、残留し易い人間のソウルと異なり……ほとんどのモンスターのソウルは死を迎えると直ちに消滅してしまう。
モンスターのソウルを留めることができれば……』
「………人間のソウルって、残留しやすいんだ」
「…………あー、身体と魂の結び付きの強さがモンスターより強かったりするんじゃないかな」
「そういうことかな……」
呟くフリスクに、そう返す。私もそういうオカルト系は詳しくないからよくは分からないけどね。
次のパネルの前に進む。ピッという作動音と共に提示された内容に、フリスクは目を丸くした。
「え……『報告書5』……? 4は?」
「さぁ……? 取り敢えず読んでみよう」
『報告書5
遂にやった。
設計図を元に、人間のソウルから「それ」の抽出に成功した。
これこそが、死後も残留する人間のソウルの力の源に違いない。
生きようとする意思……運命に抗おうとする心。
この力を、〈決意〉と呼ぼう。』
一瞬、最後の部分が黄色く光った気がした。目を瞬くと、その文字は他の文字と変わらない文字色になっていた。
「運命に、抗おうとする心……?」
フリスクが、それを読んで首を傾げる。
「この地下世界に於ける『決意』の定義は、そうらしいね」
「………ぼく達に見えてるあの光は何だろう? あれに触ると、何となく覚悟が決まるんだけど……それも、『決意する』って言うよね? あれも、『決意』なのかな……」
「……どうだろうね」
あの『光』について気付き始めたフリスクに、誤魔化しておく。
………あれは、決意の光なんて生易しいモノなんかじゃないと、私は思うけどね。
「……まぁ、いいや。あとは見えないけど、奥に行けばあるかな?」
「多分あるんじゃないかな」
「そっか」
それだけ会話して、また道なりに進んでいく。角を曲がると、少し広い部屋に出る。光で部屋を照らしながらざっと索敵を行い、何も居ないことを確認してから部屋に入る。
「………よし、何もいない」
「ここは……? あ、セーブ……」
不意に、フリスクの手が離れた。そう言えばこの部屋にはセーブがあったことを思い出し、振り返って一応確認する。振り返った先には光に触れるフリスクがいて、大丈夫そうだと思い直して足下を照らしていると、何か落ちているのに気付く。落ちていたそれを拾い上げて読んでみる。
『エレベー……止まった……中央のドアに……』
結構古い物なのか、文字が所々掠れている。ゲームでもこのメモ落ちてたな、と思いながら、メモを元の位置に戻し、フリスクの方を見ると、セーブを終えたのかもう既に移動し、機械の前に立っていた。
「……これ、自販機かな。何か色々並んでるんだけど」
「多分そうだと思うけどね。買ってみる?」
「うん」
頷いたフリスクはポケットを探り、取り出したコインを穴に入れる。すると、ガタン、という音がして、少ししてからパサリという何かが落ちる音がする。フリスクが取り出し口の所に手を突っ込んで中の物を取り出すと、見覚えのある袋を出てきた。
「…………え、クリスプ?」
「いや、ポペトチスプスだって」
「紛らわしいな」
思わずツッコミを入れてから、パネルの前に立つ。ピッという音を立てて内容が表示される。
「『電力室』だって。ここに入ればエレベーターが動かせるようになるみたいだね」
「ここが?」
私の言葉にフリスクは扉を見上げる。
「………開かないみたいだけど」
「そうだね。どうにかして入る手段を見つけないと」
そう言うと、フリスクは私を通り越して奥の方へと行ってしまう。そして、少しして帰って来た。
「あっちも開いてなかったよ」
「ありゃ、それじゃこっちの道に行くしかないな。……行けるか?」
「うん」
手を握ってきたフリスクの手をしっかり握り返し、先を照らしながらまた進んでいく。途中の廊下で、また先程のパネルを見つける。
「あ、パネルだ」
「またあったの?」
「うん」
二人でパネルの前に立ち、表示された内容に目を通す。
『報告書6
アズゴア王は国民に「崩れ落ちてしまった」モンスターたちの提供を呼びかけた。
彼らの遺体は今日到着した。
まだ昏睡状態ではあるのだが……すぐにも塵と化してしまうだろう。
しかしその前に彼らに〈決意〉の力を注入すればどうなるのだろう?
もしも彼らのソウルがその死後も留まることができたなら……
解放の日は我々が思っているよりずっと早くにやってくることだろう。』
「………さっきの人体実験の話、マジだったみたいだね」
「………」
黙って画面を見つめるフリスクの手を引き、前に進む。少しだけ、やり方が賢いなと思ってしまった。これならば成功すれば希望ができるし、失敗してもそのまま塵に還るだけだから、何も失う必要がない。……本当に、塵になるだけだったなら、だけど。
少し歩くと、部屋が見えてきた。中を隈無く照らし、何もいないことを確かめてから入る。流し台が奥に見え、更に警戒を強める。
「パネルあったよ。……大丈夫? 読める?」
「………読む」
人体実験が行われていたことにショックを受けたのか、少しばかり顔が青いフリスクに声をかける。私の問いに、フリスクは確かに頷く。
「………分かった、無理しないでね。気分が悪くなったら中断すること」
「うん」
フリスクにそう約束させてから、二人でパネルの前に立ち、読む。
『報告書9
あまりうまくいっていない。
遺体はどれも塵にならず、ソウルの回収が出来ない。
家族には葬儀の為に塵は返すと伝えてある。
皆は何が起こっているのかと訝しみ始めているようだ。
どうしよう?』
「…………あれ……?」
報告書の続きを読んで、フリスクが首を傾げる。
「どうしたよ。またナンバーが飛んでることが気になった?」
「いや、それもそうだけど………」
パネルをじっと見て、フリスクはまた首を傾げる。
「………これ、本当にさっきの報告書の人が書いたのかな……? なんか、違うような気がするんだけど……文最初の所が小文字になってるし」
「あ、あぁ、そうだね。………じゃあ、ここで研究の第一任者が変わったのかも」
「そうかも………」
……そう言われても、私には全部日本語に見えてるんだけどね。
首を傾げるフリスクに内心苦笑しておく。
「じゃあ、アルフィスが研究を始める前に、誰か前の人がいたのかな」
「多分ね」
「………そっか……」
フリスクはパネルから目線を下にしてからまた前を向いた。
「もう行く?」
「うん」
パネルの前から離れ、部屋の探索を続ける。
「これ、変なベッドだね」
「……そうだね。あんまり近寄らない方がいいぞ」
「へ? うん……?」
手術台を見て興味を示して立ち止まったフリスクの手を固く握り、そう言っておく。
彼処には確実にモンスターが万が一でも抵抗出来ないように縛り付けられていたのだろうと私は思う。フリスクにそれを悟らせたらまた正気が削れていくだろう。フリスクに発狂して欲しくないからな。
「………あとは流し台と、次の部屋だな。先にどっち行く?」
「……次の部屋から回ってみようよ」
「オッケー」
………先にそっちを選んだか。
フリスクの選択に従い、先に部屋の方に入ってみる。中はそこまでの広さは無く、何かのスイッチがあった。
「何だろうこれ………起動してないみたいだけど」
「さぁね。何かの制御版じゃない?」
「うーん、みたい。………スロットがあるけどここに何か嵌めるのかな」
繋いでいた私の手をほどき、フリスクはスイッチに近寄った。その隙にまた落ちていたメモを拾い、読む。
「『流し……落……た』」
「え? ……お姉ちゃん、何それ」
「分かんない。何かのメモっぽいんだけど、何にせよ掠れてるからなぁ」
「貸して」
「いいよ」
読めるところの内容を読み上げると、フリスクが振り返って近付いてくる。伸びてきた手にメモを渡して読めるようにメモを照らすと、フリスクは少し考え出す。
「うーん……落とした? 流しは流し台のこと? さっき見かけたけど、彼処に何か落としたってことかな?」
「そうじゃないかな」
私が考えるフリスクに頷くと、フリスクはまた首を傾げる。
「何を落としたんだろ………」
「……調べる?」
「………うん、一応」
私がフリスクに問えば、フリスクは頷く。
「そう。じゃあ戻ろうか」
「うん」
メモをそっと床に戻したフリスクの手を握り、また照らしながら先程の部屋に戻る。そして右に曲がって、三つの流し台の前に立つ。
「あー、どれだろ……」
「……取り敢えず全部流してみるか。排水溝は詰まってないみたいだし」
「あ、ちょっと!」
悩み出すフリスクの手を離し、フリスクが近付かないうちにさっさと蛇口を捻っていく。
一つ目。
普通に水が流れる。
二つ目。
普通に水が流れる。
そして、三つ目の流しの蛇口を捻ると。
どろり。
白い、質量を持った、水ではない何かが流れ出てくる。
「………ひっ」
後ろで見ていたらしいフリスクから、恐ろしいモノを見てしまったときの小さな悲鳴があがる。
その間にも、蛇口から白いどろどろは流れ続け、そのうち、流し台から溢れる程出てきた。
そして、その白いものが。
段々と顔をつくって。
にこりと、わらう。
――――――くすくす、くすくす
――ねぇ
「…………ッ!!!!」
笑いかけられた瞬間、そう語りかけられているような幻覚が見え、言い様の無い恐怖が背筋を這う。
ひゅっ、と口から息だけが零れ出る。
ソイツから、目を離せなくなる。
そして、その瞬間。
白いものが肥大化した。
「お姉ちゃんッ!!!」
フリスクの声ではっと我に返り、私を呑み込もうと崩れ落ちてくるソイツらから飛び退き、事なきを得る。
世界が、白黒に切り替わった。