【Lily】
三人で無言のままウォーターフォールの道を歩いてくる。ひんやりとした涼しさが体を優しく冷やすが、それより冷えているこの気まずい空気は精神をガリガリと削っていく。仕方無いよね話題がないんだもの。アニメの話をする訳にもいかないし。
「………」
「………」
「………」
どちらとも無言を貫き、気まずい沈黙の中、黙々と歩き続ける。……というか、これリバーパーソンさんに送ってもらった方が早かったんじゃないかな。
暫くすると、道の端にアイテムボックスが見え、やっと着くらしいと察する。
「………もうそろそろか?」
「そ、そそうよ!」
え、『粗相』?
首を縦に振りながら言われたアルフィスの一言に、揚げ足を取るような思考が一旦過った。おう茶化すな私の思考回路。これ以上アルフィスと亀裂いれてどうする。
そんなことを思いながら、足を進め続ける。見覚えのある風景の中を進み、やっとゴミ捨て場にまでやってきた。
『着いたわ!』
そう言って水の中に足を突っ込んで進むアルフィスの後を、フリスクと並んで着いていく。そして、アルフィスは一番奥の、私達が落ちてきた花畑にあがった。
『いつもアンダインとはここで一緒に過ごしているわ……一緒に色々な素敵なものを探しているの。えへへ、彼女って本当に……』
「……なんでアンダインが出てくるの?」
同じように花畑の上にあがり、振り返ってゲーム通りの言葉を言うアルフィスに思わずそう返す。すると、彼女はピシリと止まって首を振る。焦ってるな。
「い、いえ、何でもないわ!」
「ん、そう。なら……」
『あっ……』
その瞬間、アルフィスが私達を通り越した一点を見て止まった。
『えっ嘘。そこに彼女がいるじゃない』
「ん? マジで?」
アルフィスの隣に並んで視線の先を見ると、確かに背の高い人影がある。ゲーム通りに進む展開に、取り敢えず乗っておく。
『あなたとデートしている所を見られたら私どうしたらいいの!』
「いやそんな私達が間男みたいな言い方しなくても。何か理由があるの?」
ツッコミを入れてから白々しくも何も知らないようにアルフィスに訊いてみる。同じように並んでいたフリスクも首を傾げた。
『「どうして」……? だって、えっと……その……』
アルフィスが言葉に詰まって俯いたところで、ザプザプという音が微かに聞こえる。その音にアルフィスも気付いたのか、顔を上げた。
『うそ、やだ、ここに彼女が近付いてきているわ!』
「うん、見りゃわかる。……見つかったら不味いなら取り敢えず隠れるなり何なりすればいいんじゃない?」
「そ、そうね!」
取り敢えず慌てるアルフィスに隠れるように促すと、彼女は一層慌てながらゴミ山に突っ込み、そこら辺にあったゴミ箱の裏に隠れる。
『おーい! 来たぞー!!』
「よう。アンダイン」
アルフィスがゴミ箱に隠れるや否や、アンダインが結構な速さで手を振りながら近付いてくる。近付いてくる毎にアンダインの服装の違いに気付き、目を丸くする。
「………おりょ。ビシッと決めてるね。格好いいよ」
「え? そ、そうか?」
同じ場所に立ったアンダインを見ると、いつものひっつめている髪型を崩し、眼帯をしている左目を隠すように髪が垂れている。服も白っぽいものを下に着て、革ジャンを羽織っている。首には、スカーフだろうか。それを巻いている。ピッチリとしたズボンに、ロングブーツ。かっこよくもありながら男っぽすぎず、アンダインによく似合う格好だった。
かなり違いがある服装を素直に褒めれば、照れたように笑顔を見せる。
「で、どしたよ」
「あぁ、そうだ……」
逸らしてしまった話題を戻す為にアンダインに訊けば、彼女は私達を見ながら本題を話す。
『あたし、あー、気付いたんだが、お前があの手紙を渡すのは……悪いアイデアだったかもしれない』
「おい、頼んどいてその言いぐさはないだろ」
「う、それについてはすまん………」
アンダインの言い分に思わず顔を顰めれば、アンダインは素直に謝った。
『だから今あたしがここに来たんだ!! 手紙を返してくれ!!!』
バッと此方に手を出したアンダインがそう言えば、フリスクは首を横に振った。すると、驚いたように目を見開いた。
『なにぃ!? もう持ってないって!?』
「うん」
二人揃って首を縦に振ると、アンダインは頭を抱えて彼女特有の叫び声をあげた。
『ンガアアアア!! じゃあ彼女をここらで見かけたのか!?』
その問いに、フリスクは見える位置にあるゴミ箱の裏から垣間見える震える白色を見て、少し間を開けてから首を横に振った。
『見てないのか???』
目を丸くするアンダインに、こくりとフリスクは頷く。
『でも家にはいなかったぞ……』
「あ、行ったの?」
どうやら入れ違いになっていたらしい。でも道中で会わなかったけど、どうやって入れ違いに……あぁ、アンダインは泳いでいったのか?
『一体どこに行ったんだ!?』
そう言って、アンダインは走っていった。その影が遠くなって見えなくなった所で、ゴミ箱の裏に声をかける。
「………おい、もう行ったみたいだぞ」
その言葉に反応してか、ピクリとゴミ箱からはみ出ている尻尾が動く。そして、すすすっとアルフィスが出てきた。
『うそでしょ……』
ザパザパと音を立ててまた此方に来たアルフィスは、申し訳なさそうな顔をする。
『え……えーと、もう分かってると思うけど、ね? 私……えーと……』
そして、言いにくそうに口籠もり、少ししてから、意を決したように口を開く。
『私本当に彼女のことが好きなの。つまり、他の誰よりも断トツで好きってこと!』
「やっぱりか」
フリスクが目を見開いて驚く傍ら、知っていた私は頷いておく。そして、フリスクが一歩前に出て、口を動かした。
『ごめんなさい………ほ、ほんの、思いつきだったのよ……』
十中八九『どうしてデートしてくれたのか』とでも聞いたのだろう、アルフィスの顔が一層申し訳なさそうに歪んだ。
『あ、あなたと何て言うか、楽しく。その……デ、デートのフリをすれば? 慰めてあげられるとか?』
正直に白状し過ぎてあんまり言わない方がいいであろう言葉を口走るアルフィスに、苦笑いを浮かべておく。
『………うーん、なんかそう言うと一層駄目だと思ってきた……』
大分混乱しているのか、文法がおかしくなっている。大丈夫か、落ち着け。
『ご、ごめんなさい、またしくじっちゃった……』
「気にすんな。要らないことを口走るなんて私もあるから」
落ち込むアルフィスにフォローを入れておく。私もたまに本音がポロっと溢れるからな。
『アンダインこそ私が……本当にデートしたい相手なの……』
「うん、さっきのデートアイテム思いっきりアンダイン向けだったしね」
「そ、それは言わないでちょうだい………」
思わず本音を言って、アルフィスを俯かせてしまう。やっべ。
「それで?」
『ええと………でも、その……彼女と私じゃ釣り合わないし』
………まぁ確かに、体格差はあるけどね。
思わず言いかけた言葉を寸前で飲み込む。ここで言ったらなおのこと空気が悪くなる。
私が言わないようにしていると、アルフィスがハッとして慌てたように私達を見る。
『だからって別に、えーと、あなたがダメってわけじゃないの! その、でも、アンダインは……』
話しているうちにアンダインと一緒に居るときのことを思い出したのか、顔が少し緩む。
『自信に満ち溢れていて……強いし……そして面白いし……でも、私にはそんなもの無い。全部偽物なの』
最後は、何かを思い出したのか、酷く自虐的な口調になる。
『私は王国直属科学よ、でも……ずっとずっと人を傷つけてばかり』
癖なのだろうか、先程からたまにしている右手を右頬に宛てながら、アルフィスは影の差す顔で言う。
『彼女に沢山の嘘を言ったわ、だから彼女の知ってる私は……彼女の考えている私は実際の私よりずっと優秀な人』
……それは、人間も一緒だと思うけどなぁ。
アルフィスの言葉を聞いて、そう思う。
人間だって自分を実際よりずっと偉く見せようと見栄を張るし、誰しもが通る道だと思うけどな、それに関しては。………彼女の抱える罪には、何とも言えないけど。
『もし私が彼女とこれ以上親しくなったら……彼女はきっと……本当の私を知ることになるわ』
「……それは、嫌なんだな? でも、彼女との関係は続けていたいんだな?」
私が訊くと、アルフィスは頷く。
『……ねぇ、私はどうしたらいいの?』
自分の思いに板挟みにされて途方に暮れてしまったアルフィスが、フリスクに問う。真剣な顔で話を聞いていたフリスクは、考えるような素振りをする。
……ここでも『Player』に選択肢が提示される。『真実を言う』か、『嘘を吐き続ける』か。どちらかを選ぶことになる。『Player』はどちらを選ぶのだろう?
そして、少ししてから、アルフィスに向かって口を開く。それを見てか、アルフィスは驚いたように目を見開いた。
『真実を……?』
フリスクの口から出た言葉を反芻するように、アルフィスは言う。………『Player』は『真実を言う』方を選んだらしい。
少し安堵しながら成り行きを見守っていると、アルフィスは両手を頬に宛て、慌て出す。
『で、でも真実を伝えたら私、彼女に嫌われちゃうわ』
それはどうかな、とただ一人結果を知っている私は思う。
『そ、それより今の方が良くない? 二人とも幸せになれる嘘と……揃って不幸せになる真実とどっちがいいの?』
ゲーム通りのその様子を見て、少しもどかしくなる。
『誰だって「自分に素直に」って言うけど。………私は「自分」っていうのがあんまり好きじゃないの。だから気に入ってもらえるように振る舞えばいいかなって。えへへへへへ……』
それだけ言って、誤魔化すように笑うアルフィスに、本当に彼女は『人間』に近い思考回路をしているのだと思う。『他人に気に入ってもらえるように振る舞う』なんて考えるのは、人間ぐらいだ。
………人間臭いなぁ、本当に。これだから彼女は嫌いになれない。
アルフィスを見ながらそんなことを思っていると、暫く黙っていたアルフィスは、沈んだ顔で首を緩く横に振る。
『……いや、あなたが正しいわ』
沈鬱な顔になったアルフィスは、本音を言い始める。
『いつも怖いの……もし、皆が真実を知ったらって』
皆きっと悲しむわ、とアルフィスは続ける。
『だって私は…………』
そこで、アルフィスはぐっと唇(だろうか)を噛み、俯き気味の顔を上げた。
『でもど、どうやってアンダインに伝えたらいいの? し……真実を……』
頬に両手を宛て、アルフィスは私達を見て言う。
『わ、私そんな自信ないわ……きっと滅茶苦茶になっちゃう! どうやって準備すればいいの!?』
『アンダインに真実を話す』という方向に考え始めてくれたアルフィスを見て、フリスクは少し嬉しそうに笑って自分を指差し、口を動かす。
ちなみにここにも選択肢はあるが、『はい』か『Yes』かみたいな選択肢なので割愛する。
『ロ……ロールプレイ? ……なんかそれってちょっと楽しそう!』
顔を綻ばせたアルフィスにフリスクは満足そうに頷く。
『オッケー、じゃあどっちがアンダインの役をする?』
アルフィスの問いに、フリスクは再び自分を指差した。ここでは自分がアンダインをやるか、アルフィスがアンダインをやるかの選択肢があるんだが、『Player』は自分がアンダインをやる方を選んだらしい。
『まぁ。そうよね。当然だわ。えへへ』
「……いつから自分がアンダイン役だと錯覚していた……?」
「お姉ちゃんやめて」
「ハイ」
少しでもアルフィスがアンダインをやろうとしていた事に気付き、思わず思った事を口走る。すると、フリスクに結構強い言葉を返される。はい、自重します。
『エヘン』
一つ咳払いをしてから、アルフィスは一つ息を吸って、緊張した面持ちで此方に向き直る。
……なんかあれだな、告白予行練習に付き合わされてる状況だな、これ。面白い。
『や、やぁ、アンダイン……きょ、今日の調子はどう?』
いつも通り少しどもるアルフィスの言葉に、フリスクは頷きながら口を動かす。
『は! は! あー良かった!!』
安心したように息を吐き出し、安堵する様子を見せるアルフィス。私達が次の行動を待っていると、少ししてから、アルフィスは言葉を続けた。
『えっと、そ、それで、あなたに伝えたい、いや、話したいことがいくつかあるの』
どうした、というように、フリスクは首を傾げる。
『あー、ねぇその……私……私……私……わ、私ずっとあなたに真実をつつ伝えてなかった……』
「……んー、そこは目を逸らさない方がいいと思うよ」
「そ、そう……?」
………確か、そろそろ来る頃合いだったか。
アンダインが来るであろうタイミングを思い出しながら、頬に手を宛て目を泳がせる彼女にそうアドバイスしておく。
『ね……ねぇほら、私……私……あーもう、全部忘れて!!』
途中でアルフィスは言い淀み、そして自棄になったらしく、アルフィスはカッと目を見開いた。
『アンダイン!!! 私……私の気持ちをあなたに伝えたい! 聞いて!』
大きな声でそう言うアルフィスに、フリスクは頷く。
『あなたはとても勇敢で、そ、そして強くて……あと、すごいし……わ、私のオタクな話にもい、いつもみ、耳を傾けてくれて聞いてくれる……』
………某テニスプレーヤーの『頑張れ頑張れ(以下略)』のコピペでも言おうかと思ったけど、この分なら必要なさそうだな。
アルフィスの勢いある予行練習にそう思いながら、道の奥へと目をやる。案外近いところに、先程見た人影が見えた。あ、もうそろそろだ。
『あ、あなたはいつも私の、こ、ことを特別な気持ちに、させてくれる……た、た、例えば私の邪魔をする人はなぎ倒すって言ってくれたり……』
奥から一直線に此方に向かってくる人影を見ながら、状況判断をしておく。えっと、次は思いが爆発して叫ぶんだっけ。
『アンダイン!!! 私はもうこれ以上我慢出来ないわ!!! あなたのことが愛しくてたまらないのよ!!!』
うわ、うるさっ。
予想以上に勢いのある叫びに、思わず耳を塞ぐ。人影の輪郭がはっきりし、そして、先程褒めた服装がはっきり判別出来た。ザパザパという水の音がする。
『抱き締めて、アンダイン!! 抱き締めてほしいの!!』
「おいアルフィス、後ろ後ろ」
「え?」
そう言った瞬間、告白対象であるアンダインが結構なスピードでやってきた。………フラグ回収乙です。
『……今なんて言ったんだ?』
信じられないような顔でアルフィスを見るアンダインの言葉に、体を固まらせていたアルフィスが、はっと我に返って慌て出す。
『あ……アンダイン! いや……その……ただ……』
『なぁ、おい、ちょっと待ってくれ!』
後退りしながら言い訳しようとするアルフィスに、アンダインは待ったをかける。
『今日の服すごいかわいいな! 何か特別なことでも?』
「あ、えっと……その……」
アンダインの問いにアルフィスが口籠もり、私達を見てくる。おい、こっちみんな。
それを見たアンダインは、目を見開いていく。
『………ちょっと待てよ。お前ら三人で……デートしてたのか?』
「いや、してないよ。見てただけ」
「お姉ちゃんッ!!?」
フリスクを見捨てたともデートしてないと否定しているように聞こえる言葉を言うと、案の定あわあわしていたフリスクが食らい付いた。
『ううう、そうよ! いやちがう、その、違うの!』
アルフィスの答えに一瞬アンダインが鬼の形相になり、そして否定された瞬間困惑が混ざった変な顔になる。百面相だ、おもしろ。
『つまりその、私達はそうじゃなくて……だからその、あなたのことを想ってロマンチックな予行練習をしていたの!』
『なんだと???』
「だから言ったじゃん、してないよって」
「あ、そっちの意味だったの……?」
状況が全く分かっていないアンダインが驚いたように目を剥く。そこに乗って先程の言葉の意味を断定すれば、フリスクから安心したような声が聞こえた。悪ふざけし過ぎたな。ごめんな。
『そうじゃなくて!!! そうじゃなくて……アンダイン……その……あなたに嘘を吐いてた!』
ちょ、おいアルフィス。下手に否定しないでくれ。また鬼の形相がこっちに向けられたんだけど。
アルフィスが口籠もって俯いた途端に鬼の形相がまた向けられ、全力で首を横に振っておく。誤解やねん。
そして、アルフィスは決意したように顔をあげ、真っ直ぐアンダインを見た。お、来るか?
『なにっ??? 何の話だ???』
アルフィスの言葉に虚を突かれたらしいアンダインが聞き返す。
『それは……その……何もかも!』
アルフィスは一瞬言い淀んだが、ちゃんと言葉を続ける。一歩アンダインに近付き、声を張り上げる。
『海藻は科学的に重要だ……みたいなこと言ったけど、本当は私……アイスの材料にしてるだけなの!』
アルフィスの告白に面食らったらしいアンダインは目を見開く。
それもお構い無しに、アルフィスはまた一歩近付く。
『それと私がいつも読んでる人間の歴史書……あれ全部ただのダッサい漫画!』
アンダインが目を溢れそうな程見開いて何が何だか分からない様子でこっちを見る。こっち見んな笑うから。
また一歩近付く。
『あとあの歴史映画……あれは……あれは、あの、アニメなの! 現実じゃないのよ!』
それでもだんだんアルフィスが本当に自分の嘘の真実を話しているのだとだけは理解出来たらしく、アンダインは真剣な顔で至近距離にまできたアルフィスを見た。
『あそれと前仕事が忙しいって電話した時はね……私……パジャマ姿でフローズンヨーグルト食べてただけ! 前に』
『アルフィス』
自棄になって己の嘘を捲し上げるアルフィスに、アンダインは静かに声をかける。
『私……あなたに認めてもらいたかっただけなの! 頭が良くて格好いいって思ってほしかっただけなの。おたくっぽい負け組じゃ……ないって』
『アルフィス』
自分で言っていて情けなくなってきたのだろう、涙がアルフィスの小さな目に浮かび、声が揺らぐ。そんなアルフィスの頭をアンダインは、私がよくフリスクにやるように、少し屈んで目を合わせようとしながら撫でる。あのがに股はこうなっていたのかと感動的なシーンには似つかわしくない思考が過った。
『アンダイン……私……あなたのこと本当に凄いって、思うから……』
『アルフィス』
ぐすぐすと涙混じりにそう伝えるアルフィスを、アンダインは優しく抱き締め、そっと背中を擦る。
『よしよし。よーしよしよし』
そして次の瞬間。
彼女はそのままアルフィスを持ち上げ、
「えっ」
驚くアルフィスを、突然出てきたバスケットゴールに向かってスリーポイントシュートの要領で、投げた。
もう一度言う。
スリーポイントシュートの要領で投げた。
投げられたアルフィスはバスケットゴールを通り、その下にあった自分が隠れるのに使った蓋がしまっていた筈のゴミ箱にインした。
「………ボール(アルフィス)を相手の(突然現れたバスケット)ゴール(とゴミ箱)にシューーーーーッ! 超☆エキサイティンッ……」
「ブッ……」
ゲーム通りの展開に思わずネタを小声で呟けば、隣で聞こえたらしいフリスクが吹き出して踞った。え、そんなに笑う?
『アルフィス!』
何故か蓋がまたしまり、アルフィスが中に閉じ込められる。そのアルフィス入りのゴミ箱にアンダインは語りかける。
『あたしも……お前をすごいと、思ってる気がする。だが気付いてほしいんだ……』
じっと、ヒーローに相応なキリッとした顔でアンダインはゴミ箱を見つめて中のアルフィスに語りかける。
『お前が今言ったことのほとんどあたしにはどうでもいい。お前が子供のアニメを見てようが歴史書を読んでようが知ったことではない』
そこで、ニヤリと、アンダインは不敵に笑ってみせる。
『あたしにしちゃあ、その手の物はぜーんぶおたくっぽいガラクタだ!』
おう漫画とかアニメをバカにすんなよ。心に響く名言とかあるしネタって結構汎用性高いんだからな。
『あたしが好きなのはお前の情熱だ! 分析的思考だ!! 対象が何であろうと! お前はそれに情熱を注ぐ!! 100パーセント!! 全力で!!』
思わず否を唱えかけたが、アンダインのターンであることを考慮し黙る。自分が惚れているのは科学者特有の分析思考だと、アンダインは声高々に叫ぶ。
『………だから、あたしに嘘を吐かなくてもいいんだ。もう誰にも嘘を吐かなくてもいいようにしてやりたいんだ』
そこで、アンダインはアルフィスに提案する。
『アルフィス……お前が自分のことを好きになる手伝いをしたい! どんな訓練が必要かあたしにはわかるからな!』
アンダインがそう言うと、ガタガタとゴミ箱が震え、足と尻尾が生える。それにぎょっとしていると、ゴミ箱の蓋が少し開き、目が見えた。いやまて、どうやってその足と尻尾の穴を開けた。出てきた方が早いでしょうに。
『アンダイン……あなた……あ、あなたが特訓してくれるの……?』
そのシュールな格好のまま、アルフィスはうっとりとした声で言う。
『ププッ、え? あたしが?』
アルフィスの問いに、アンダインはまさか、というように首を振る。
その瞬間。
すすすすっ、と、
ゴミ山の間から奇っ怪なバトルボディを着たパピルスが出てきた。
『いや、パピルスの奴にやらせるさ』
「………君何時からそこにいたん……?」
私の困惑を余所に、パピルスはゴミ山の中から文字通り飛び出してきた。そして、体勢を保って見事に着地する。スペック変な所で高すぎぃ。
『さぁ骨震いするぞ!!! 100週ジョギングしながら、自分の良さを声高々に叫ぶんだ!!!』
『いいか? 今からタイムを計るからな!』
『あ、アンダイン………』
「聞けよ脳筋ども。つか死ぬだろ突然それやったら」
三人の世界に入ってしまっているらしく、私の言葉は無視される。急な運動は控えた方がいいと思うんですけど。
『私、がんばる……!!』
「正気かアルフィス、戻ってこい」
「よし! それじゃあ始めるぞ!!」
二人の熱気に当てられたのか、アルフィスがゲーム通りにそう言った。一応ツッコミを入れつつ、様子を伺う。
ゲーム通りゴミ箱に入ったまま、パピルスに急かされて走っていった。そして、二人の影が見えなくなったところで、突如アンダインの様子が急変する。
『嘘だろおおおおお!!!』
「うわうるさっ」
アンダインの叫び声に思わず耳を塞ぐ。
『冗談だよな、そうだよな!?』
アンダインは此方に走りより、私の肩を強く掴んでガクガクと揺らしてくる。
『あのアニメ……あのコミック……あれはまだ本当、だよな!? アニメは現実だよな?!?!』
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! 揺らすな、離せ!!」
「あ、すまん」
ギリギリとかなりの力で肩を掴んで揺らしてくるアンダインにストップをかけ、離してもらう。
「で、どうなんだ!!?」
縋るように私達を見てくるアンダインに、二人して顔を合わせる。どうしよう、と目線で伝えてくるフリスクに、構わん、やれ。という意味を込めて頷き、促すジェスチャーする。フリスクはそれを見てジト目で私を見てから溜め息を吐き、アンダインに向き直り、首を横に振った。
『嘘だ………嘘だッ!! 心が砕けていくのを感じるッ!!』
「…………非常に残念なことですが………アニメは……現実ではありません……」
膝から崩れ落ちて項垂れるアンダインに追い討ちを入れておく。
……まぁ、『二次元だった筈の世界』にいる私が言えたことじゃないけどね。というかこんなことでハートブレイクすんなや。
『………いや、あたしは生き抜ける……強くあらねば。アルフィスの為に』
ショックを乗り越えたのか、アンダインは沈鬱な面持ちで立ち上がる。格好いい筈なのに笑いしか浮かんでこない。
『ありがとう、人間。真実を教えてくれて。頑張ってこの世界を生きていくさ……』
「ぐ、い、いえいえ……がんば、ふっ」
そのままの顔でお礼を言われ、吹き出しそうになる。何とか堪える。ギャグ補正ってやばい。
『またあとでな!』
「おう、じゃな……」
そう言ってアンダインは二人を追いかけていく。その背中が見えなくなると、周りに色が戻ってきた。
「…………なんか振り回されるだけ振り回されたな」
「主にぼくがね」
「ごめんて」
フリスクに声をかけると、棘のある言い方で返される。
「……いいよ、別に。気にしてないもーん」
「ごめんってば!」
明らかに不機嫌そうなぶすくれた表情で道を戻っていくフリスクの後を追う。やべぇ、やり過ぎた。
フリスクに謝りながらゴミ捨て場の中を進んでいく。すると、出口の坂に差し掛かった所で、
プルルル………プルルル………
携帯の着信音が鳴った。
「? 一体誰から……?」
立ち止まったフリスクが、携帯を取り出して電話に出る。それを見て、私の顔が引き締まるのを感じた。
「…………」
携帯を耳に宛て、フリスクは電話を聞く。そして、少し目を丸くした。少しするとフリスクは電話を切り、しまう。
「……誰から?」
「パピルス。なんか、研究所に行った方がいいって」
「………そう」
………遂にか。
「……助言通り、研究所に行くの?」
「うん、そうだね。そうする」
「………そっか。じゃあ、行こうか」
頷いたフリスクの手を繋いで引き、陸へとあがる。
「………お姉ちゃん……?」
手を引かれているフリスクから、疑問を抱いたような声が聞こえたが、聞こえないフリをした。