守りたいもの   作:行方不明者X

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※注意:この話はこの小説の完全オリジナルのストーリーとなっております。原作には無い設定がSans及びクソhげふんげふんFloweyに付与されています。

※支離滅裂です

※橇が合わないと感じた人はブラウザバックをお願い致します。

※大丈夫ですか? ………それでは、お楽しみください


94.Lily's judgement 【告白】

【Sans】

 

目の前の人間が泣き止むまで待ち、しゃくりあげる人間に声をかける。

 

「……あー、大丈夫か」

「……………う、ん……ごめんね、ビックリさせちゃって」

 

涙をシャツの袖で拭い、泣き腫らして赤くなってしまった目で目の前の人間は歪な笑顔で笑った。

 

「もう大丈夫だよ」

「……そうか」

 

その笑顔のままの人間の言葉に甘え、俺は席を立つ。すると同時に、カップのアイスが運ばれてくる。

 

「お待たせ致しました、デザートのアイスです」

「そっちのやつだ」

 

俺が人間の方を指差してそう言えば、人間は驚いた顔をする。

 

「え……いいの?」

「あぁ、話に付き合わせちまったうえ、嫌な事に踏み込んで泣かせちまったからな。ほんのお詫びさ。それともバニラは嫌いだったか?」

「いや、好きだけども。別に良かったのに……ありがとう、そういうことなら、いただきます」

 

コトリという音を立てて目の前に置かれたアイスのスプーンを取り、人間は口に運んだ。

 

「ヘッ……まぁ、こんなとこか」

 

今度こそ俺は席を立ち、テーブルから離れる。

 

「気をつけていけよ、お前さん。支えてくれる奴らがいるんだからな」

「………うん、ありがとう、Sans」

 

ひらりと片手をあげて人間に手を振り、少し歩いた所で、Shortcutを発動させる。

 

シュンッ

 

という音を立て、先程のホテル前まで戻ってくる。植え込みの辺りを見ると、Lilyは植え込みの煉瓦の部分に座り、暇そうに足をぶらつかせていた。

 

「よぉ」

 

近付きながら声をかけると、Lilyは顔をあげて俺に手を振る。

 

「やぁ、お帰り。……あれ、妹はまた置いてかれた感じ?」

 

周りを見て妹の姿が見えないことに疑問を抱いたのか、呑気な顔をして訊ねてくる。

 

「ああ、話に付き合わせちまったからな、アイスを奢ったんだ。もう少しすれば戻ってくるだろうよ」

「へぇ、そうなんだ。有り難う、態々すまない」

 

へらっと笑ってそう言ったLilyに、少し腹が立つ。そのまま傍に行った俺は、左足の脛を軽く蹴り飛ばす。

 

「いたっ! ちょ、何?」

「……いや、何でもない」

「なんやねん……」

 

蹴られ損だわー、と怒る訳でもなく蹴られた箇所を擦り、大袈裟に痛がって茶化すLilyにまた苛立ちが鎌首をもたげる。兄弟に対して散々隠し事やら嘘を吐いたりしている俺にコイツに対して憤る資格は無いと分かってはいるが、そう思わずにはいられなかった。

 

「………何でそんな不機嫌なのさ。私、君に何かしたっけ?」

 

黙りこくった俺の心情を察したのか、Lilyは身に覚えがないと言わんばかりの様子で困惑した声を出す。

 

「……いや、本当に何でもないんだ。すまんな」

「ならいいけど」

 

Lilyがまた顔を伏せたことで会話が途切れ、沈黙が流れる。特にお互い話すことは無いからか、話題も出ない。チャリチャリとLilyがポケットから出した古い鍵を弄る音だけがその場に響いた。

 

ウィィン

 

暫くそのまま互いに無言でいると、ホテルのドアが開いた音がする。

 

「ごめんお姉ちゃん、お待たせ。ついでにホテルの中を見回ってたら遅くなっちゃった」

 

案の定やって来たのは先程別れた人間だった。先程まで赤くなって腫れていた目はすっかり元の色に戻っていた。

 

「んーん、そこまで待ってないから大丈夫だよ」

 

手に持っていた鍵をしまい、Lilyは立ち上がって人間にそう返す。

 

「それじゃあ、今度は私の番だね。行ってくるよ」

「うん、いってらっしゃい。あ、ホテル側の人が好意で部屋を用意してくれたらしいから、そこにいるね」

「OK」

 

そこまで二人で会話すると、Lilyは俺に向き直った。

 

「さて、じゃあ行こうか、Sans」

「……あぁ。こっちだ」

 

ついてくるLilyを連れ、俺はまたShortcutを発動させた。

 

――――――――――――――――――

 

「お、何処だここ。こんなとこあったんだ」

 

Shortcutを発動させた先は、あまり光がない暗い路地裏だった。此処なら誰にも目につかないし、あまり近付こうとはしないだろうと考えたからだ。

 

「……此処なら早々誰も来ないだろ。さぁ、この前の続きを話そうぜ」

「うん、いいよ」

 

俺の提案にあっさり乗ったLilyは壁に体重を預け、寄り掛かる。

 

「さて、この間は何処まで話したっけね。……あぁ、『糸』とかの話までしたんだっけ。で、ここじゃ人目につくからって理由でその後直ぐ解散したのであってる?」

「あぁ、それでいい」

 

俺が頷くと、Lilyはそう、と一言言った。

 

「……で、あの時の質問以外にまだなんかある? あるならまず私の質問に応えてからにしてほしいんだけど、いい?」

 

俺に了承を取ってくるLilyに、思わず身構える。何を訊くつもりか、予想がつかない。

 

「構わないぜ」

「そう、ありがと。じゃあ、質問ね」

 

 

――――――君、この世界の()を知ってるんだい?

 

 

疑惑の籠った鋭い目付きで俺を見ながら、Lilyはそう言った。その視線と質問の意図を理解し、どっと冷汗が吹き出す。

 

「……どういう意味だ」

 

冷静を装って意味を聞き返せば、Lilyはたまらないといった様子で吹き出した。

 

「はは、白を切るつもりかい? ―――……君、この世界の行く末(Ending)を知ってるね?」

 

確信があるような言い方で、Lilyは俺に訊ねる。

 

「私に……正確に言えば、私の顔に見覚えがあるんだろう、君は。……そりゃあ忘れられるはずもないよね。だって、この顔は君の弟を」

「やめろ」

 

Lilyの口から語られようとした内容の先を悟り、堪らず俺の口からかなり焦った様子の制止の声が出た。

 

「……ごめん、今のは不躾にも程があった。忘れて。

……まぁとにかく、君は私の顔に見覚えがあるんだろうね。初めて会った時からそんなに警戒されてちゃ、何かあるんだろうとは思うよね」

 

あんなに疑念の籠った眼差しで見られちゃあねぇ、と肩を竦めながら、Lilyは続ける。

 

「それに、私は君が私やあの子を怨む理由があるのを知っている(・・・・・)。……でもね、それは、ある条件を満たさないと起きない筈で、君は私やあの子を覚えていない筈なんだ。なのに、君は私を警戒したり、あの子を『クソガキ』と呼んだりした。そこで、私はふと思った。――君は、本来知っている筈のないことまで知っているんじゃないかって」

 

例えば、と目の前の人間は例をあげた。

 

「―――……あの子がこの地下世界全てのモンスターを殺し、文字通り世界が崩壊した時のこととかねぇ?」

 

ドクン、と大きくSoulが跳ね、意図せず体が揺れる。

 

「………その反応から察するに、ビンゴかな?」

 

Lilyはクツクツと喉の奥で少し笑うと、その笑顔を直ぐに引っ込め、俺を見る。その視線から、思わずに逃げそうになる。

一番最初に会った時のことと、あの会話だけでそこまで辿り着けるのかと純粋に彼女に驚嘆し、それだけ恐ろしかった。……兄弟にも言っていないが、それでも誰かに知って欲しいと思っていた『これ』を暴かれるのがそんなに怖いとは、思わなかった。

 

「ねぇSans。君は、どうしてそれを知ってるの? ……いや、質問を変えようか。君に何が起こってるの(・・・・・・・・・・)?」

 

真っ直ぐな強い視線が、俺を射抜く。

 

「………私が知っている世界では、そんな事は起こりうる筈もないんだ。でも、君がそれを知っているってことは、何かが狂ってしまっていることになる」

 

それが堪らなく不安なんだ、とLilyは言う。俺は、ただ黙っていることしか出来なかった。

 

「……話してくれ、Sans」

 

嘆願するような声で、Lilyは言った。

 

「話してくれるなら、私は、この後知っている限りの全てを話すし、私が企てている計画や『私という存在の正体』についても話そう」

「………『正体』?」

「そう、正体」

 

俺に話させる為に用意されたのであろうエサの中にあった『正体』という言葉が引っ掛かり、思わずに聞き返せば、Lilyは頷く。

 

「さっきは『あの子の姉だ』なんて言って誤魔化したけど……君だって、薄々感付いてるんだろう? 私が【異常】だってことくらい」

 

はっきりと、Lilyは自分に対する自虐を言った。……きっと自分を客観的に見た結果なんだろうと見当をつける。

 

「君は『私』という不穏分子の正体と企みについて知れるし、私は君に起きている異常現象について知れる。正にWin-Winな関係だと思うんだけど………どうかな」

 

話す気にはなれないかい?、とそこまで言って、Lilyは顔を歪めた。

………確かに。確かに、良い交換条件だとは思う。だが、ずっと自分で抱え込んできた所為か、本当に話して良いのかという不安と疑念がぐるぐると渦巻いている。その所為で、話さないようにする為に出来る限りのデメリットを弾き出して突き付けようとする思考回路にうんざりする。俺は、こんなに目の前のLilyを信用出来ていなかったのかと、そんなことを自嘲的に思った。

 

「……話し辛いかい?」

「…ああ」

「あははは、まぁ、だろうね。ある日突然急に現れて、しかも会って一日も経ってない奴に今まで抱え込んできたきたモノを吐き出すなんて相当無茶なことだ。しかも私は、君の仇とほぼ同じ顔なわけだしねぇ」

 

流石にLilyも自分がかなり無茶な事を言っているのは分かってはいるのか、そう言った。

 

「……でもお願い、話して。これを逃したら、私には、もうチャンスはないんだ」

「………? それは、どういう……」

「……それについては、君が話してくれたら話すよ。さぁ、どうするんだい?」

 

気になることを口走り、目の前の人間は顔を歪めて笑顔を作る。

 

「………俺は………」

 

人間から目線を外し、冷静を取り戻す為、幾つか思考を巡らせる。こいつなら話して大丈夫か、誰かに言ったりすることはないか、色々な事を総合的に考え、客観的に見て、そして、俺は、結論を出した。

 

「………分かった、話そう」

 

俺が渦巻く感情を抑えてそう言えば、人間は少し目を丸くしてから、にっこりと笑顔を作った。

 

「……ごめんね、ありがとう」

 

大分突っ込んでいる事を訊いている自覚はあるらしく、申し訳なさそうに人間は短く謝罪した。

 

「いや、謝るな。俺が判断した結果なんだからな」

「そう……? それじゃあ、話してもらおうか」

 

俺の言葉に首を傾げたLilyはすぐに首を元の位置に戻し、口を閉ざした。それを見てから、俺はどれから話すべきか順序を立てる。

 

――――――――――――――――――

 

暫くしてから何とか自分の身に起こっている事をまとめ、口に出す。

 

「…………ある日からか。俺は、夢を見始めたんだ」

 

意外な話の切り口に驚いたのか、Lilyはきょとんと目を丸くする。

 

「夢?」

「あぁ、それもいやに現実的で、とびっきり最悪な悪夢だ」

 

Lilyは内容を反芻するように言葉に出した。それを肯定し、俺は話を続ける。

 

「自分がそれまで生きてきた記憶も知識も、雪を踏み締める感覚も、兄弟の怒鳴り声や笑う声もちゃんと聞こえる、切り裂かれた感触や痛みさえもある、そんな夢だ。だがその夢は……毎回毎回、その夢の地下世界に生きる全てが滅ぶまでの道のりの夢だった」

「…………」

 

俺の言葉を遮らず、人間は黙っていた。

 

「地下世界から皆で脱出して夕陽を見たこともある。死んだAsgoreに代わってPapyrusが王様になったこともある。Torielが女王として君臨したこともあれば、その玉座をUndyneが奪ったこともある。数えきれないほど、そんな夢を見た。だがその全てが初めからやり直し(RESET)されて、最終的には……俺を含めた皆が死んだ」

 

そして、何よりも。俺が、辛かったのは………

 

「………俺の、弟が。Papyrusが、何度も死んだ。殺された。………他でもない、お前によく似た人間に」

 

ただじっと俺を見るLilyに、あのニンゲンの顔が重なって見えた。

 

「最初は、疲れてるんだと思ったさ。そうであってほしいと思っていた。……だが、俺の願いに反して、その夢は、毎晩続いた」

 

何度も続くその悪夢から逃れようと、幾つもの策を立てたが、駄目だった。足掻いて足掻いて足掻いても、駄目だった。

 

「今じゃあ、五秒も目を瞑ればその夢を見るぐらいにまでなった。………その内、俺は、ふとある事を思い始めた。『今いるこの地下世界こそが夢で、本当は、あの悪夢の世界こそが、俺が本当に存在している世界なんじゃないか』ってな」

「………そんな訳ないじゃないか、今、確かに君は此処にいるぞ」

「あぁ、だよな? ……分かっては、いたんだ。そんな訳がないって」

 

Lilyが言う通り、その時はそう思っていた。

だが、何度も続く悪夢に、俺の心と頭は疲弊しきっていた。

 

「何度も何度も夢が続くうち、どんどんその思い込みは大きくなっていって、目が逸らせなくなって、抱え切れない程になった。そして、今や………『こっち』が現実なのか、それとも『あっち』が現実なのか、もう、解らないんだ」

「―――………」

 

俺の心からの言葉が予想外過ぎたのか、目を見開いて、Lilyは絶句する。

 

「はは、笑えるだろ? そのおかげで俺は、お前さん達が遺跡から来た時も、『ああ、またか』としか思えなかったんだ。だが、足跡をよく見たら、今まで(ユメ)と違って二つあるじゃないか。それで慌てて追っかけてみたら、Papyrusや皆を殺したあの人間そっくりな顔の大人がもう一人いた。……それがお前だ」

 

そこで俺は、Lilyを見る。

 

「正直な話をすれば、お前が見えた時、Torielとの約束とか全部忘れて殺しそうになったよ。それほど、お前が憎かった。だが、いざ声をかけてみれば、お前は全くの別人だった」

 

―――……そう、別人だ。

分かってはいた。コイツが別人だってことは。

 

「………話は変わるが、この夢を見ていたのは、実は俺だけじゃない。………お前、Floweyって黄色い花のモンスター知ってるだろ」

「知ってるけど……まさか」

「あぁ、そのまさかだ。Floweyも、俺と全く同じような夢を見ていた」

 

肯定した瞬間、Lilyの顔が愕然としたような顔になる。見開かれた目が、嘘だろうと言いたげだった。

 

「最初の接触は向こうからだった。Papyrusが居ない隙を見計らって、アイツは俺に取引を持ちかけた。お互いに不可侵でいようってな」

 

Howdy(やぁ)』とやけに可愛らしい声で話しかけてきた声を、未だに良く覚えている。

 

「俺はその取引に応じて、こうして俺達は実質協定を結んだ。………つってもまぁ、そんなにすることは無かったんだがな」

 

話を戻すが、と俺は話を続ける。

 

「そんな訳で、俺はこの世界の行く末やお前さん達を知ってたって訳だ。………どうだ? 笑えるだろう?」

 

俺の話を聞いて暫く愕然としていたLilyは目を伏せ、少し考えてから、ぽつりと呟く。

 

「………成る程、胡蝶の夢か」

「……は?」

「君に起こってる現象のことだよ。良く似ているなと思ったのさ」

 

『胡蝶の夢』。

聞いたことの無い単語で自分の身に起こっている事を片付けられ、ぎょっとする。そんなものがあったのか、とだけぼんやり思った。

 

「ざっと説明すると、とある男が蝶になる夢を見たんだ。その夢が毎夜続き、やがて男はどちらが現実かわからなくなったという話さ。……君に起こっている現象とよく似ていると思わないかい?」

「……確かに」

 

『胡蝶の夢』について説明され、確かに似ていると納得する。

 

「だがまぁ、君に起きている現象の根本は全く違うんだろうね」

「……どういう意味だ」

 

納得しかけていた頭が、続いた言葉でまた混乱した。

 

「だってそうだろう? 胡蝶の夢はそれでも『夢』の域から出ないが、君の見ているそれは『夢』じゃない。………確証はないが、本当に起こったことだ」

「………は」

 

今、何て言った。本当に、起こった? 何を言って、

 

「あぁ、この世界が巻き戻されていたとか、そういうことじゃないから安心して?」

「………じゃあ、一体何だって言うんだよ?」

 

息が詰まりそうになったのが、寸での所で止まる。どういう意味だ、訳が解らない……

 

「……その質問には後で答えるとして、私の正体について話そうか。取り敢えずまずは先に、謝罪をさせてくれないかな。………本当に、ごめん」

「はっ!?」

 

頭を下げてそう謝罪したLilyに、俺は戸惑う。先程から意味が分からないことだらけで、俺は混乱していた。

 

「君がその夢に苦しんでいるのは多分、私の所為でもある。だから、ごめん」

 

その言葉で、混乱していた俺の頭が冷え、冷静になる。

 

「………どういう意味だ」

「そのまんまの意味だよ。それは私の所為。………『私』という存在がいるからこそ起こったバタフライエフェクトだ」

 

顔をあげたLilyは申し訳なさそうな顔をして頭を抱えた。

 

「……私が『この世界』にいることで何かしら影響はあると思ってたけど、なーんで君たちにその皺寄せがいくかなぁ……」

「何を言ってるんだ、お前さん」

 

その言い方じゃあ、まるで、

 

「お前さんがこの世界における異物みたいな言い方じゃあないか」

 

絞り出した俺の言葉に、Lilyはきょとんとした顔で俺を見ると、

 

「―――………え? うん。その通りだけど」

 

ただ肯定した。

 

「私はこの世界における『異物』だよ、Sans。本来なら、私は『あの子の姉』としては存在してないんだ」

「――――」

 

何でもないことを言うように、Lilyは言葉を紡いでいく。その言葉に今度は、俺が絶句した。

 

「――……私はね、Sans」

 

 

 

 

元々は第三者(Player)側の人間だったんだ

 

 

 

続けられた言葉に、ガツンと強く殴られたような、眩暈がするほどの衝撃が走った。

 

―――――――――――――――――――――

 

そこから俺は、Lilyの口からとんでもない事実を聞かされた。

 

コイツの正体が、俺が思いもよらないものであったこと。

 

そして、コイツが話した、とてつもない計画の事を。

 

「お前さん………それ、正気で言ってるのか?」

 

一周回って冷静になった俺は、目の前の人間に問う。人間は、ただ何も言わずに話の途中から浮かべた笑みを深めた。

 

「もしお前さんがそれを正気で言ってるなら………」

 

俺はそこで言葉を切り、人間を強く睨む。

 

「お前さん、狂ってるよ」

「―――……あぁ、知ってるよ、そんなこと」

 

ただ笑顔で、人間は頷く。

 

「だって、狂ってなきゃこんな計画立てないし。そもそも思い付きもしないし」

 

あははは、と何が面白いのか、ただにこにこと、人間は笑ったままだった。その笑顔に、俺は猛烈に腹が立った。

気付けば俺は、目の前の人間に掴みかかっていた。浮かんでいた笑顔が崩れ、近付いた顔が驚愕に染まる。

 

「意味を分かってるんだろうな、お前さんは? それはあの人間が一番望まないことだって」

 

掴みかかって、困惑する人間に俺は激情のままそう問い詰める。それを聞くと、人間は目を丸くし、穏やかな笑顔を浮かべる。

 

「………うん、分かってるよ」

 

その笑顔のまま人間は頷いた。

 

「というかさ、お前にだけは言われたくないよね、それ」

 

お前だって散々Papyrusに隠し事とかしてきた癖に、と毒づかれ、言葉に詰まる。その通りだ、本来俺にそういう資格は無い。だが、どうしても、問わずにはいられなかった。

 

「それは分かってるさ、今更棚にあげる気もない。だがな、俺は今此処で話す前にあの人間と話した時に見た涙を知ってるんだ。お前さんが苦しませて流させた涙を知ってるんだ。これぐらい問う資格はあるだろう?」

 

その言葉に、今度こそ人間は顔を歪め、顔を伏せる。

 

「………そっか、やっぱり、あの子は苦しんでたんだね。私がした行動で苦しませてたんだね」

 

でも、と人間は顔をあげ、言葉を続ける。

 

「今更もう、戻る気なんて私には無いんだよ」

「………ッ!」

 

俺を映すその瞳には、強い決意が宿っていた。

 

「………チッ」

 

俺は、その決意がもう折れないレベルの硬さにまで固まっている事に気付き、舌打ちをしてから掴みかかっていた手を離した。

 

「………ありがとね、Sans。あの子のことを思って私を止めてくれて」

 

掴まれたパーカーの裾を直しながら、人間は穏やかな笑顔で俺に礼を言う。

 

「ほんっとに、君たちは優しいなぁ」

 

少し泣きそうな声で、人間は言った。

 

「……そんな君にね、『約束』を取り付けたいんだ」

 

続いて言われた言葉に、俺はぎょっとする。

 

「………おい、俺が約束が大嫌いなことは知ってんだろ」

「うん、知ってる」

 

今しがた約束が呪いだって気付いたばっかなんだがなと思ってしまった所為で思わず低い声で言い返せば、あっさり頷かれた。

 

「君がこの約束をしてくれるなら、私もこの計画を必ず成功させると誓うからさ」

「……なんで俺なんだ? 俺以外にも、ふさわしい奴はいただろうに」

 

時間稼ぎ代わりにそう聞き返せば、Lilyは苦い顔になる。

 

「だって、君以外にこの計画を話したモンスターは一人だけでその人は事情があって無理だし、他のモンスターにこの計画を話す訳にもいかないし。……それに何より、君と私は似てるからね」

「………俺と、お前がか? は、何処が」

 

人間の言った言葉が皮肉にしか聞こえず、思わず悪態を吐いた。

 

「えー、おんなじように下の弟がいることとか、案外思考回路が似てる所とか、結構あるよ?」

 

からからと笑って、人間は言う。

 

「…………ねぇ、頼むよ。君ぐらいしか、心の底から安心して頼めるモンスターが居ないんだよ」

 

笑顔を崩して、そう頼む人間。今にも泣き出しそうな顔でそう言われ、思わず嫌になる。

 

「…………分かったよ」

「! ありがとう。じゃあ、約束ね……」

 

渋々頷けば、Lilyは笑った。そして、

 

「『―――――――――――――――――』」

「…………」

 

俺に、安心しきった笑顔で約束(呪い)をかけた。

 

「それから、もう一つ。これは、どっちかと言えば、お願いなんだけど。『私みたいにならないで』」

 

じっと、俺の目を見て、人間はそう言った。

 

「……私と君は、本当に良く似てるんだ。一歩踏み外せば私みたいに何処までも狂ってしまう程ね。……しかも私は、君が狂ってしまった世界線を知っているから、尚更そう思えるんだ」

 

ぽつりと、呟くようにそう言った。

 

「君が人間を食べるようになってしまった世界線も、最愛の弟を手にかけてしまった世界線も……その殺しを、楽しんでしまった世界線も。だから」

 

―――……私みたいに、自分のエゴを押し付けて大切な誰かを傷付けるような奴に、ならないでね

 

そう縋るように言って笑った人間の笑顔は、酷く歪だった。


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