オーバーロード ー小鬼の調停者ー   作:ASOBU

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もう一回切ろうかと思ったのですが切りどころに悩んだのでそのままで。
ちゃんと1話ごとにまとめられる技能がほしいのです。


エ・ランテルにて その2

途中道を聞きつつ、疲れたとぐずるネムをなだめつつ見覚えのある場所までたどり着いた。

有名な店だったため道を尋ねるとすぐ教えてもらえた。店の看板は読めないが見覚えがあるので間違いないはず。

「ここなの、お姉ちゃん?」

「そうよ。昔から知ってるお友達のお家よ」

「男の子?」

「うん。薬草に詳しくて今はポーション職人をしている男の子」

「ふーん」

なにやらニコニコしだすネム。エンリは首を傾げた。

妹の反応がイマイチわからないので気にしない事とする。

入り口のドアを引いてみる。閉店の看板がかかっていたが抵抗なく開いた。

不用心なと思いつつ店内へ。明かりはついておらず不気味な雰囲気を醸し出す。

「こんばんは」

声をかけてみるが返事はない。

「誰かいませんかー?」

カウンターから中を覗いてみるが誰もいない。その時かすかに感じた臭い。

「どうしたの、お姉ちゃん?」

固まった姉。妹はそのスカートを引っ張って気を引く。

「ネム、いい? いうことを聞いて」

最近嫌というほど感じた臭い。痕もなく治癒されたのにずきりと膝が痛む。

「扉の陰から外を見ていて。絶対に出てはダメよ? それでね、兵隊さんが通った時だけ外に出て兵隊さんを連れてきて。わかった?」

「お姉ちゃんは?」

「奥に入ってンフィーを探して見る。外、お願いね」

頷いた妹が店の扉に張り付くのを見てカウンターの中へ。

正直怖かった。だが、自由を奪うほどの恐怖ではない。自分でも不思議なほどに落ち着いている。

一歩進む度に濃くなる臭い。気のせいであってほしかった。

最初の部屋を覗く。作業部屋のようだ。薬草特有のにおいが充満している。

「ここ……じゃない」

薬草でないそれが何の臭いかとっくに理解している。

次の部屋へ。倉庫だろうか? 部屋へ続く扉は半開きとなり臭いはそこから溢れてくる。

ドアノブに手をかけ止まる。開けるべきか否か。

一瞬後ろを振り返るが誰も店内に来る様子はない。

覚悟を決めて開ける。

「誰か、いませんか?」

返事はない。動くものもない。同時に濃くなる臭い。

濃厚な血の臭い。体外に流れ出た血が変質した死の臭い。

パニックになりそうな状況だったが落ち着いている自分に驚きつつもゆっくりと中へ。

倉庫の奥の壁にもたれて座る人影があった。どす黒い水溜りに両足を投げだし下を向いている。

「……ンフィーレア?」

ピクリと人影が反応した。駆け寄ろうとしたがなぜか本能がそれを拒否する。

ソレはぎこちない動きで立ち上がる。

ゆらゆらと不気味に揺れながら一歩一歩近づいてくる。

一歩進む度に額に空いた穴からどす黒い液体が噴出し床を汚す。

ソレは僅かな光の下にたどり着いた。

変色した皮膚、白く濁った眼、だらりと口からはみ出した舌、血まみれの顔だったがそれは知り合いのものだった。

「リイジーおばあちゃん……」

街一番と謳われる薬師リイジー・バレアレの変わり果てた姿。

悲鳴を上げて卒倒してもおかしくなかった。だが、そうはならなかった。臭いで察してしまっていたのか、あるいは慣れてしまったのか。

怖いくらいクリアな思考でどうするかを決める。

「ごめんなさい!」

ある程度近づかれたところで素材の積まれた棚を倒す。動死体、ゾンビとなったリイジーは避けようともせず下敷きになった。まだもがいてはいるが重さの為か何かに引っかかっているのか出てくる様子はない。

「何の音だ!?」

店の方から何人か来るのがわかった。とたんに足から力が抜けた。ぺたりと床に座り込む。

「な、ゾンビ!? 君、大丈夫か!」

男の首元には銀のプレート。男は棚の下でもがくゾンビを警戒しつつエンリの元へ。

「私はペテル・モーク。冒険者だ。この、ゾンビは……知り合いか?」

エンリは頷く。ペテルと名乗った冒険者は剣を抜いた。

「見ない方がいい。この方に眠ってもらう」

「お願い……します」

 

リイジーにとどめを刺し二人は連れだって店を出る。

「お姉ちゃん!」

憔悴した様子の姉に気づきネムは飛びつくように抱き着いた。

顔を上げるとペテルと名乗った冒険者以外に3人にいる。

「ルクレットとダインはそれぞれ詰所と冒険者組合に行ってもらいたい。リイジー・バレアレ氏が何者かによって殺害されゾンビにされた。家族であるンフィーレア君は行方不明だ。何かしらの事件に巻き込まれてしまった可能性がある」

「マジかよ、わかった。ダインちゃん、俺は遠い詰所の方へ行く」

「わかったである」

細身の男と髭を生やした体格のいい男がそれぞれ走り出す。

「ニニャは中に入って遺留品がないか魔法で探知をたのむ」

「はい」

魔法を使って、ということは店に入っていった華奢な人は魔法詠唱者らしい。

「話を聞いても大丈夫かい?」

「はい」

「君はリイジー氏と知り合いだと言っていたがどのような?」

「昔から村で採取した薬草を卸しに来ていました。家族ぐるみの付き合いがあります。孫のンフィーとは年齢が近かったせいもあり仲が良かったです」

「もしや、君がエンリ君かい?」

思わず一歩下がる。名乗った覚えはない。

「申し訳ない、驚かすつもりはなかったんだ。そうか……何としてでもンフィーレア君を探し出す必要が出てきたな」

「どういう、ことです?」

「ああ、順を追って話そうか」

ペテルが話し出す。

彼ら冒険者チーム『漆黒の剣』は縁あってもう一つの冒険者チームと共同でンフィーレアの薬草採りに護衛としてついていくことになった。ちょうどエ・ランテルから出る時に衛兵が話している噂を聞いた。

それはトブの大森林近郊の農村が次々に焼き討ちにあったというもの。中には皆殺しになった村もあるという。

 

もしかしたら知り合いのいる村かもしれない。

 

「そう思い立ったンフィーレア君と我々は中継地として寄る予定になっていたカルネ村に急いで向かった。そこで見たものは滅びた村だった。彼は君の名を呼んで泣いていたよ。間違いなく君も死んだと勘違いしている」

廃墟になり誰もいなくなった村を見ればそう勘違いしてもおかしくはない。

ンフィーレアの状態が依頼の遂行に支障をきたしたため中止となりそのまま帰還、エ・ランテルに入ったところで解散となった。

ペテル達は冒険者組合に報告した後、ンフィーレアの様子が気になり店に向かったところ店の前で衛兵の足に抱き着いて騒ぐ少女に出くわした。兵隊さんを連れて行くと繰り返す少女の様子がおかしかったため衛兵に代わりペテルが代表して店内に入ったのだった。

「バレアレ家ほどの有名人が何かしらの事件に巻き込まれたとなれば都市長か薬師組合あたりから探索の依頼が冒険者組合に来るはずだ。大丈夫、すぐに見つかるよ。もちろん、私達も全面的に協力する」

くいくいとエンリの袖が引っ張られる。ネムが眠たそうにもたれかかってきた。

普段ならとっくに寝ている時間だったため限界に達したらしい。

「宿は取ってあるかい?」

「はい、この場所に」

「では、仲間が戻ってきたらそこまで送ろう。妹さんはおぶっていく」

「ありがとうございます」

それから二人は無言で、ネムはとうとうエンリにもたれかかったまま瞼を閉じた。

(なんで、こんなに思考がクリアなんだろう……)

世話になったリイジーが死に、その死も不死者にされ穢された。

悲しみも怒りも恐怖も感じるがそれを客観視している自分がいる。

この身を穢されて死の淵に足をかけた時、心のどこかが壊れてしまったのだろうか。そんな気すらしてきた。

(なんで、バレアレ家は襲われたんだろう?)

リイジーは街で有名な魔法詠唱者であり高位の魔法である第三位階というところまで使いこなすと聞いたことがある。とにかくすごいらしい。

そんな魔法の使い手が一撃で殺されていた。血が出ていたのは額だけだった。室内に争った形跡もなかった。そんな事まで冷静に観察できていた。

そして、ンフィーレアが本当に攫われたのなら目的はきっとアレなのだろう。

昔、ンフィーレアが話してくれた彼自身の『生まれながらの異能―タレント―』と呼ばれるモノ。

たしか、どんなマジックアイテムでも使用可能、だったはず。エンリ自身は詳しく知らない。だが、ンフィーレアが悪用されたら恐ろしいと言っていたのを覚えている。

誰かがンフィーレアによくないことを強要しようとしているのか、あるいは――

 

もう目的はなされた後か。

 

「ペテル、簡易ですが現場検証終わりましたよ」

「おつかれ、ニニャ。どうだった?」

「まず、リイジー氏を殺害したのは刺突武器を使う凄腕の戦士だと思う。それと、そのリイジー氏をゾンビ化したのは第三位階の〈不死者創造〉。このことから最低でも犯人は二人で両方かなりの手練れだと思う」

「ほかに分かったことは?」

「何も。あえて言うなら犯人たちはこういうことに慣れている、といえるかも。証拠になりそうなものが何も見つからなかった」

「……今出来ることは無いか。他の二人が戻ったらエンリさん達を宿まで送っていこう」

「エンリ? もしかして、ンフィーレアさんの……?」

「はい、友達です」

一瞬間ができた。隣のペテルも何やら複雑そうな顔をしている。

「え? あ、そうなんだ。ボクはてっきり」

「はい?」

「いや、何でもないよ」

何でもないと言われれば納得するしかなかった。そういえば、ネムもンフィーレアの話をした時変な反応をしていた気がする。

なんとなくのけ者にされた気がして面白くなかった。

 

「何やら騒がしいですね」

宿に向かって移動中、聞こえてくる騒ぎ。

耳を澄ますと微かに聞こえてくる悲鳴や戦闘音。

「おいおい、ちょっとやそっとの規模じゃねーぞ!」

チームの目と耳を兼ねる野伏のルクレット。調べてみて青ざめていた。

「アンデットの軍勢が墓場から溢れたとか言ってやがる……」

エ・ランテルはその城壁の中に巨大な墓地がある。そういった場所には時々アンデットが湧き放置しておくとその特性からより強力なアンデットが生まれる。それを避けるために墓地には毎日巡回する兵がいるしアンデットがいたら即時撃破されていた。

だから、アンデットがあふれるなんてことは起こりえない。

「おい、リーダーどうする?」

「お二人を送っていったらすぐに墓地の方へ。ルクレットは一足先に情報収集を。合流はいつもの場所で」

「あいよ!」

「あの、ここまでで大丈夫ですから」

さっきより騒ぎは大きくなっている。遠くでは戦える者は集まるように叫んでいる声も聞こえる。

エンリはネムを起こすと無理やり立たせる。ぐずってはいるが今は無視した。

「お願いします! 皆さんは必要とされている人のところへ行ってあげてください。もう、あんな光景は見たくないです」

カルネ村の時とは違いこの都市には戦う力がある。なら、その力は必要とされる場所で使われるべきだ。今は安全な場所にいる自分を宿まで送り届ける必要はない。

「わかりました。では我々は行きます。絶対にアンデット共はこの区画まで近づかせません」

「任せるのである!」

「エンリさん、もしかしたらこの騒ぎの中心にンフィーレアさんがいるかもしれません。カッツェ平原ならまだしも警備されているエ・ランテルの墓地でアンデットがあふれるなんて異常すぎます。もし、何かしらの高位マジックアイテムが関わっているなら可能性はあります。だから、私達が前線に向かえば両方解決できる切欠になれるかもしれません」

ニニャは解決できるとは言わなかった。冒険者達は総じて自分や仲間の力を把握している。

自分達だけで解決できるなんて思っていない。気休めでも言いはしない。

「それでも、お願いします!」

自分が引き留めている間にあの恐怖を味わう人が増えるかもしれない。そう思うとその場にはいられなかった。

エンリは勢い良く頭を下げるとそのままネムの手を引き走り出した。

 

『漆黒の剣』のメンバーと別れエンリは一心不乱に走った。

自分から送り出すようにして別れたのに。そうするべきだと思ったのに。

直感とでもいうのだろうか、あるいは敏感になりすぎているのか。

ただの思い過ごしであれば一番いい。別れる瞬間、彼らから死の気配がした。

何もかもが悪い方に転がる気がした。

 

宿に駆け込むとそのままベッドにダイブする。

妹はすぐに眠ったがエンリはそうはならず、シーツをかぶりただ朝が無事に来ることを祈った。

 

控えめなノックの音に気付く。

一応朝になったらしい。眠れず重い頭を軽く振って覚醒させると返事をする。

「お休みのところ申し訳ありません。都市長パナソレイ様から手紙をお預かりしています」

そういえば朝になったら都市長のところへ行くという話になっていた。室内を見渡すがジュゲムの姿はない。朝までには戻るといったが間に合わなかったらしい。

扉を開けると支配人がいた。挨拶と共に手紙が差し出される。

「では、失礼します」

「あ、待ってください!」

エンリは字が読めない。もし、訪問する時間のことだったりしても困る。

「その……読んでいただけませんか?」

「よろしいのですか?」

読んでもらったところで、ジュゲムが帰ってこない事には動けないのだが。

 

内容はこうだった。昨夜エ・ランテルを襲った未曽有の危機により都市機能の一部が麻痺。大混乱に陥ったため会う時間が取れなくなった。

だが、リ・エスティーゼ王国戦士長から頼まれた事案でもあるため蔑ろにはできない。折衷案として王都までの旅で必要そうな物資を馬車に積み込み王都側の城門に預けてあるのでそれを使ってほしいとのこと。

封筒には城門の兵士に対する命令書も同封してあった。

 

「そんなにひどかったのですか?」

「私もこれを届けに来た使者殿と少し話した程度ですので詳しくはお答えしかねます」

「……そうですか」

「ところで朝食はどうなさいますか?」

「あ、でもお金が……」

無い。そういうつもりだったが体の方は正直で。小さくない音が鳴った。

エンリは羞恥で小さくなるがそこは支配人、プロの対応をとる。

「ご安心を。宿泊費ですがパナソレイ様から食費も込みで一週間分お預かりしております」

「じゃ、じゃあ、二人分お願いします」

「承知いたしました。部屋に運ばせますのでしばらくお待ちください」

 

食事を済ませエンリとネムはぼーっとしていた。

いつジュゲムが帰ってくるかわからないので部屋を開けるわけにはいかない。都市が混乱しているため空気がどこかピリピリしている。変なことに巻き込まれたくはないので昨夜のように気楽に散歩も避けるべきだ。

ンフィーレアの事、知り合った『漆黒の剣』の事、色々気になるが自分が動いたところでできることは知れている。今はただ待つしかなかった。

「帰ってこないね、ジュゲムさん」

「そうね。何事もなければいいけど……」

ネムにはそういったが何事もなければちゃんと朝までに帰ってくるだろう。

いい事か悪い事かどっちかはわからないが何かはあったのだ。そのせいで帰るに帰れないでいる。待たされる者の身にもなってほしい。

最長で一週間はここで待っていられる。お金が無い以上そこまでだ。

それまでに何とか稼ぐ手段を見つけて払えるランクの宿に移動しなければならない。

いや、都市長が用意してくれた馬車という手もあるがあくまで王都までの旅用なので食料等にも手をつけたくない。最終手段だろう。

やはり自分が働きに出るべきだ。その間ネムは部屋でジュゲムが帰ってくるのを待っていればいい。問題は働き口だがタイミングはいいかもしれない。

都市機能は麻痺し混乱しているという。何かと日雇いの仕事があるかもしれない。

「おう、ただいま。ちょっと寝過ごしたな」

ポリポリと頭を掻き眠そうに欠伸を一つ。

「……」

色々考えていた自分が馬鹿らしくなり、とりあえずジュゲムをひっぱたいた。

 

「機嫌直せよ、ほれ土産もあるぞ」

エンリは部屋の隅で拒絶のオーラを立ち昇らせている。そんなエンリにジュゲムは一枚の衣類を投げてよこした。

広げてみる。

「うわぁ……」

不機嫌さは一瞬で吹っ飛んだ。

純白の生地、何でできているのかわからないが手触りは極上。形は一応ドレスといっていいのか。純白の生地に映える金糸の刺繍も素晴らしい。今にも動き出しそうなドラゴンが縫い込まれている。

「高そう……」

もっと他に言葉はないものかとも思ったが語彙のなさゆえそれしか出なかった。

「値段付けるなら……まあ、高いぞ。同格のアイテムだが情報だけで金貨5億なんて話もあったな。それらの実物が金貨で取引されたなんて話は……いや、あったな」

何か面白い事でも思い出したのかジュゲムは笑い出した。一方でエンリは笑えない。

聞いたことのない金額に思考がフリーズした。

「ねーねー、ネムにはお土産ないの?」

「いや、あるぞ。エンリとお揃いだ」

それは指輪だった。自分の指にはまっているものと同じ。

「ところで街が騒がしいが何かあったのか?」

「墓地からアンデットがあふれて都市機能が麻痺、だそうです。私も詳しくは知りませんがこれが届いていました」

「ふーん、まあ、王都に向かうからこの都市がどうなろうと関係ないな」

ジュゲムはすぐにエ・ランテルを出るつもりのようだ。

だが、ンフィーレアや『漆黒の剣』の事も気になる。

なんとか情報だけでも入手できないだろうか? どこに行けば手っ取り早いか。

「で、エンリ何をそわそわしている?」

考え事をしているのが一瞬でバレた。隠しても仕方がないのでンフィーレアの事や冒険者チーム『漆黒の剣』の事を伝える。

「なるほどな。しかし、お前もひどい奴だな。恋人のこと忘れるなんて」

「え?」

「あら、違うのか。今の話を聞く限りンフィーレアはお前さんの家族を悼んで泣いていたわけじゃなかったんだろ?」

たしかに、ペテルはそう言っていた。あの時のペテルやニニャの表情を思い出す。

「なら、少なくてもンフィーレアはお前さんを友達以上に見てたんじゃないか? ま、推測にしか過ぎないが」

どうしよう。そんなつもりは微塵もなかった。あくまで世話になっている薬師の孫。年齢も近かったから確かに会話も弾んだ。それでも年に何度かしか会う機会はなかった。

そんな彼を友達以上になどと考えたことは無かった。ただ、言動を思い返してみると確かにそうと受け取れなくもない。

「年齢も年齢だしそれなりにアピールくらいしていたんだろうが……不憫な」

なぜかエンリが悪いような言い方をされた。ちょっとムッとする。

「なんだか私が悪いような言い方になっていません? と、とにかく! 気にはなるので街を出る前に寄り道がしたいです」

「ふむ、正面からふるつもりか」

ジュゲム達がいっていることが正しければそれはそれでうれしいのだが、好きか嫌いか二択で聞かれれば好きなのだろうけどこれはきっと愛ではない。

「無事を確かめたいだけです!」

「行くのはかまわないが本当に行くのか? 好きだ嫌いだのは置いておくとしてンフィーレアが無事だとは限らないだろう? お前は耐えられるのか?」

可能性には思い当たっている。都市機能がマヒするほどの大ごとになり、その渦中にいたのなら。騒動を起こした者が攫っていたとしたら。

「……でも、行きます」

「わかった。ならば出る準備をしろ。あ、その服はこっちで預かっておく」

お土産と渡されたがまた自分には想像もつかないようなすごい品なのだろう。素直に従っておく。

「忘れ物は無いかもう一度確認しておけよ。俺はチェックアウトしてくる」

忘れ物も何も自分の持ち物なんてほとんどない。一通り室内を見て回るとそのまま二人で受付に向かう

「金貨5枚とは……ただ宿でなければ避けたいな。安い所でいいのに……」

そんなことをぼやきながら階段を上がってくる人物。黒鉄の全身鎧を着た男。

階段は狭くはない。が、その男から放出される気配はまるで立ちはだかる壁のよう。 

エンリとネムはほぼ無意識に壁に張り付き道を譲った。

「ん、ああ、すまない。ちょっと考え事をしていた」

一瞬前の気配が嘘のように消え、男はエンリ達を避けるようにすれ違う。

壁の様な気配に隠れて気づかなかったが後ろにもう一人いた。

一言で言い表せばとんでもなくきれいな女性。同性であれど思わず見惚れてしまうくらい。

「邪魔よ、下等生物―ガガンボ―。なぜモモンさ、んが避けなければならないのですか」

すれ違いざまに罵倒された。何だったのだろうと首を傾げつつ階下へ。

「綺麗な人だったね」

「鎧の人もすごい迫力だったね」

街一番といわれるこの宿に泊まるのだからきっとかなり有名な冒険者なのだろう。

妙に庶民的な言葉が聞こえた気がしたが気のせいだ。

 

―冒険者組合

国とは独立した機関であり、今となっては無くてはならない施設である。

掲示板に張り出された依頼書を眺める者、受付で倒したモンスターの部位を換金する者、ラウンジスペースで情報交換をする者。誰もが差はあれど一般人とは違う雰囲気を持っていた。

そんな中似つかわしくない3人組に注目が集まる。

「な、なんか見られているような……」

ジュゲムの変化がばれないか不安だった。ここには普通ではない者たちがいるのだから。

もし、ゴブリンだと看破されたらどうなることか。

「大丈夫、この指輪を看破できるような奴はまずいないから」

一方ジュゲムはどこ吹く風で。周囲の視線をものともせず受付へ向かう。

「ちょっと聞きたいことがあってきたのですがよろしいでしょうか?」

商人モードで受付嬢に話しかける。相変わらずの切り替えっぷり。

「はい、冒険者組合へようこそ。何をお答えしましょう?」

「昨晩の騒動の際連れの二人がある冒険者チームにお世話になりまして。そのお礼をと思ったのですがチーム名しか伺っていませんでしたのでここへ聞きに来るのが手っ取り早いかと思った次第です」

「冒険者の情報は場合によってはお答えしかねますがよろしいですか?」

一応個人情報という概念はあるらしい。チームによってはメンバーの数すらも秘匿しているところもあるとか。

「かまいません。それで『漆黒の剣』というチームなのですが」

そのチーム名が出た途端冒険者たちがざわめいた。

「……少し、お時間いただいてもよろしいでしょうか?」

受付嬢は表情を硬くしたまま奥へ。

「なにか触れてはいけないことだったのでしょうか?」

小声で聞いてくるエンリにジュゲムは肩をすくめた。

 

数分後受付嬢が戻ってきた。

そのままここでは話せないということで案内され別室に移動する。

通された部屋には一人の男が待っていた。精悍な壮年の男で服の間から見え隠れする筋肉は優れた戦士であることを示唆していた。

「先に自己紹介させていただく。私はエ・ランテル冒険者組合長プルトン・アインザックだ」

ジュゲムも街の要人の一人が出てくるとは思っておらず少々面食らったようだ。

「その……冒険者組合長殿とお話しすることになるとは思っていなかったのですが」

「うむ。……少々長くなるがかまわんかね?」

アインザックの表情が僅かに陰る。

「彼ら『漆黒の剣』ともう一つのチーム。それらの働きによってエ・ランテルは救われたといっても過言ではないだろう」

墓地からあふれ出たアンデットは数えるのもばかばかしくなるくらい。

その中に剣士モモンと魔法詠唱者ナーベという二人が攻勢をかけた。それに追従した形で墓地に踏み込んだ冒険者チームがいくつか。その中の一つが『漆黒の剣』だった。

『漆黒の剣』はほかのチームが離脱していく中、負傷しながらもアンデットの海を踏破した。その先に待っていたのは魔法詠唱者ナーベと相対する2体のスケリトルドラゴン。魔法に対する絶対耐性を持つ強大なアンデットになす術もなかったナーベを援護する形で乱入、激戦の末これを討伐した。だが、代償は重くリーダーのペテル、野伏のルクルットが命を落とした。

残る二人はナーベと共に首謀者の魔法詠唱者と戦闘になった。

剣士モモンがもう一人の首謀者を討伐し戻った時、息があるのは満身創痍のナーベ一人だったという。

曰く、勇敢な彼らがいなければナーベも死に、骨の竜は街に解き放たれていた。自分も挟撃に会い生きて戻ることは無かっただろう、と。

エ・ランテルを未曽有の危機から救った英雄は彼らのチーム名を受け継ぐ形で『漆黒』と名乗ることにした。

「前線で戦ったものは気づいているがまだ全容の解明が進んでいないため一応機密となる。だが、彼らを知っている者には知らせるべきだと思っている」

「なるほど、残念なことに全滅ですか……」

エンリは別れた時のことを思い出す。

死の気配を感じ取った。そんな気がした。直感なのか、そういう力に目覚めてしまったのか。混乱して宿に逃げ帰るように別れてしまった。

あの時引き留めていたら彼らは死なずに済んだだろうか?

だが、今の話からすると彼らの働きがなければエ・ランテルは滅びていたかもしれない。

 

かもしれないの話は不毛だと思いなおす。

過去は変えられない。カルネ村が滅んだのも彼らが死んだのも。

 

そして、まだ聞くべきことは残っている。

「ンフィーレア・バレアレの行方は分かりませんか?」

「な!? 君達はどういう関係かね」

「私の家はバレアレ商店に薬草を卸していました。何度かあったことのある友達です」

「……そうか」

アインザックはおもむろに立ち上がると窓際へ。しばらく無言で何か考え込んでいる様子だった。

重苦しい沈黙。

「会いたいかね?」

「いえ、別に」

即答するエンリ。

先ほどとは別の意味で重苦しい沈黙が場を支配した。

「会いたいか、ということは生きているのですよね? それで、けがをしているのか今は会える状態じゃない。なら、落ち着いた後にまた会いに来ます」

聡い娘なのかそうではないのか測りかねるが。

「そうか。そうだな。最善を尽くそう」

アインザックにある決心をさせるには十分な言葉だった。

 

 

 




一方その頃黒幕
くれまんさん:鯖折りにされました
かじっちゃん:上手に焼けました

一方その頃漆黒の剣
彼らはアンデットの海を踏破できてしまった。
満身創痍でほぼ致命傷といってもいい状態だったが出来てしまった。
たどり着いた先には強大な力を持つエルダーリッチ。
去れと一言告げられただけだったが。
その声に気づいてしまった。
一瞬の躊躇の後、彼らには大いなる慈悲が与えられた。

一方その頃ンフィーレア
任務失敗からの好感度不足によりモモンさんうっかり鑑定せずに叡者の額冠だけ回収→発狂
現在冒険者組合で療養中。
エンリの好感度も足りなかったため見舞いにも来てもらえなかった。





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