オーバーロード ー小鬼の調停者ー   作:ASOBU

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あれ……四月も折り返し地点?
時間経つの早すぎませんかね?


遅くなりました、ごゆるりとどうぞ


エピローグB

 

目を開ける。視界に入るのはベッドの天蓋。細工の限りを尽くされたきらびやかな部屋。

手を上に伸ばす。節くれだった指、尖った爪、茶緑色の皮膚、引き締まった筋肉。

起き上がる。人間の子供程度しかない体躯。人とは違う醜悪な顔。

あいも変わらずゴブリンであるオレだ。

「退屈しなかったからこの100年は早かったな」

経過した年も表示する特殊な時計は前回の邂逅から100年たったことを示す。

そろそろ、次の被害者がこの世界に放り込まれる。

つまり、仕事のお時間だ。

 

今この大陸はほとんどがアインズ・ウール・ゴウン魔導国の支配下にある。

始まりの地であるエ・ランテル周辺からあれよあれよという間に規模を広げ、種族問わず他国を取り込んでいった。手段に関しては大半がそれなりに平和的に進んだのも驚くべきところだ。まぁ、国境が隣接したと同時に魔導国へ攻め入ったミノタウロスの国がその当日に逆侵攻を受け完膚なきまでに攻め滅ぼされたのを見れば敵対は下策というか不可能と考えた国が大半だろう。

それを実際に繁栄している人魔混合の都市を目の当たりにすることが後押しする。

ほとんどの国が属国という形で最初は取り込まれ、徐々に教化というか、洗脳というかなんやかんやで丸く収まっていく。ワースゴイ。

実際のところ、民にとっては誰が支配者かということよりどうやって生きていくかということの方が大事であり、魔導国の生活水準に触れてしまうと元の生活に戻ろうなどとは誰も思えなくなる。その頃には属国から完全に魔導国領へなってしまうわけだ。

 

さて、転移した先、大首都エ・ランテルはその繁栄を物語るにふさわしい都市となっている。

当初は三重だった城壁も都市の拡大とともに解体され閉塞感はない。そもそも、誰もここまで攻め込めないし攻め込もうとも思わないので城壁を作る必要性がないのだ。

一応東西南北に24時間営業の関所があり首都内へはそこから入ることになっている。

無論、オレは通らないが。

 

100年前の転移者、モモンガが興したこの国は強大な支配者の下いかなる種族も平等に民として扱われる国だ。人間種も亜人種も異形種も不死者ですら争うことなく平和に暮らす想像だにできなかった理想郷としての姿。正直な所、100年でこうなるなんて思っていなかった。びっくりだ。

今街を走り回る子供達の半数は色々な種族のハーフかクオーター。

この世に存在する神様とやらの気が狂っているのかあるいはそれこそ奇跡という奴なのか、それとも元々この世界では起きてもおかしくなかったことなのか。

兎にも角にも皆種族を超えた愛の結晶である。それらが一緒になって遊んでいる。

……遺伝子云々は考えるだけ無駄だろう。ちなみにアンデッドは無理っぽい。

 

「そこのちっさい旦那ぁ! 今朝〆たばかりのこかとりす焼きだぜ、おひとつどうだい?」

声をかけてくるのは小さな露店からはみ出さんばかりの体躯を持つ巨人族の男。体格差実に10倍近く。見上げる首が痛い。

「お前さんがでかいだけだろうに。そうだな、2本くれ」

「味はどうするね?」

種族が違えば味覚も違う。こういう串焼きを売る露店は香辛料や特殊な素材を備えている。

「じゃあ、この奇想天外灼熱味でたのむ」

「お、冒険するねぇ! あいよ、奇想天外灼熱味2本、まいどあり!」

種族が違えば食べ物も違う。人食い鬼と恐れられていたオーガなんかは本来何の肉でもよく人間が狩りやすいから人間を襲っていたにすぎない。だが、極一部の異形種には人間しか食物として摂取出来ない種もいた。多種多様な種族が集まれば特定の種族が食べ物である種族も当然存在するのだ。

広い大陸を全て平定してみればちらほらと少数ながら出てきたのだ、そういう種族が。

全ての民は平等でありアインズの庇護下にある。それ故に勝手に狩りをするのは反逆行為。

だが、食べねば飢える。種が滅ぶ。

それに対してアインズの奴がとった施策は想像絶するモノだった。

 

それがココ。大都市に各一つある『繋ぎの神殿』。

自ら進んで他の民の糧となることを決めた民が訪れる場所だ。

50年ほど前まではまともに機能していなかったが世代を重ねるにしたがって意識改革という名のマインドコントロールが浸透し今では定期的に多様な種族が自らの命を捧げに来る。

次の代へ命を繋ぐ神殿を司るのは王たるアインズ・ウール・ゴウン。王が礼と共に民の命を奪い他の民に繋ぐ。自らを捧げた民は至福に包まれたまま苦しまず死ぬ。特定の種族は感謝と共にその血肉を食料にする。

よくもまぁ、うまくまとまったものだと思う。最初は狂気の沙汰かと思ったが。

なお、神殿で実際に手を下すのはモモンガ本人ではなく9割9分影武者である。大仰な身振り手振りはハニワ顔のNPCだろう。転移であちこち飛び回り殺して回っているらしい。

ついでにネタばらしすると神殿を訪れる人数では到底必要量を賄えない。

実際食料を供給しているのは100年経っても絶賛稼働中のデミウルゴス牧場である。

規模も管理する種も大いに拡張され今や大陸中に存在する。

無論秘密裏に。

厳重に隠蔽されてはいるが何かの拍子に迷い込んでしまった運の無い者はもれなく家畜の仲間入りを果たす。

ちなみにモモンガはその事実を知った時2、3日引きこもったらしい。

いつまでたってもメンタルは人のそれである。

 

焼き鳥を頬張りつつ神殿の入り口を眺める。

オレがここへ来た理由は旅の道連れ探しだ。100年前はあっさり終わってしまったがなんとなくで拾った姉妹との旅はそれなりに面白かった。今回もどうせならアクセントがほしい。どこにいるかもわからない来訪者を探す当てのない旅だからな。

 

さすがに眺めていても訪れる者はいなかったので中へ入ってみる。

中は天に召される順番待ちがそこかしこにいる。そういった者は厚遇され時が来るまで衣食住を保証されこの神殿で過ごす。同時に遺恨を残さず旅立てるように可能な限りの願いが叶えられる。静かに過ごす者が大半ではあるが中には最期だからと酒池肉林に溺れる者もいるとか。

今この神殿にいるのはほとんど静かに祈りをささげているか最後に生きた証を残さんと創作に励む者くらいのようだ。

そんな一角に人だかりがあった。騒がしいわけでもなくその一角に近づいた者が一様にして足を止めてできた人だかり。

面白いのは様子を見に行った管理者のエルダーリッチも同じように足を止めていた。

 

そして、その原因を目の当たりにする。

 

思わず息をのむ。

モモンガがそこにいた。

否、本人がそこにいるかと錯覚させるほどの絵がそこにあった。

縦2mほどの大きなキャンパスの前に一人の少女が筆を振るっている。つまり、未完成なのだがそれでも見る者を惹きつける絵だ。オレでもここまでのモノは描けない。

オレが描いた絵やデザインは割と金になったがそれと比べるのも烏滸がましい。

万人に衝撃を与える至高の一枚。

アンデッドにすら感動を与え動きを止めてしまうほど。見ているだけで鳥肌が立つ。

これはヤバイ。その才能がやばい。

そして、何よりこの才能が間もなく死ぬということが最もやばい。

 

必死に筆を振るっていた少女がふとその手を止める。

熱中していたがさすがに周囲の状況に気づいたらしい。

集まる視線に恥ずかしくなったのか少女はそそくさと割り当てられた自室に戻ってしまった。

ただ、絵はそのままであり一部の者が祈りを捧げだした。

そのあたりになって管理者のエルダーリッチも正気に戻ったらしい。軽く頭を振り検査を受けねばなどとぼやいていた。

「それは状態異常じゃないぞ」

「む、見苦しいところを見られてしまった。しかし、今の行動不能状態が状態異常ではない、と?」

「それは感動っていうんだ。お前さんはあの絵に心を奪われていたんだぞ」

「感動……感情……そのようなものは持ち合わせていないと思っていたが……これは……」

アンデッドすら魅了する絵とはどれほどのものか。完成が非常に楽しみだ。

「浸っているところ悪いが一つ聞かせてくれ。あの絵の作者、順番はいつだ?」

「あ、ああ。……たしか、本来は今日だったが絵を完成させる事を望んだので今は未定だ」

「そうか、ありがとう。お前さん、識別番号は?」

魔導国で召喚されたアンデッドにはすべて識別番号が割り当てられている。それが各々の個体名のようなものだ。働く場所、召喚された時期等が農民に貸し出されたスケルトン一体にまで割り振られている。

「私か? 私はNZM28だが、それがどうした?」

「番号若いな。最初期に生み出された固体か。長く存在しているならそういうこともあるのかな。面白い」

「話が見えないのだが」

「ああ、すまん。こっちの話だ。オレはもう行く」

「あ、ああ」

腑に落ちないという雰囲気のエルダーリッチを放置して転移した。

転移先はこの国の支配者の執務室である。

 

「邪魔するぞ」

「え、ちょ、ジュゲムさん!?」

何年たってもこの男はこの反応を見せる。いい加減慣れてもいいだろうに。

いや、面白いからこのままでいいか。

「半年ぶりくらいか。ちょっと話がある。いいか?」

何やら書類と格闘していたようだがなぜか今は人間形態。

そして、いつも横にいる秘書然とした淫魔の姿が見えない。

いや、見えてた。執務机の下から服の裾が。あと、何とも言えない甘ったるい匂いが。

ああ、なるほど、オタノシミチュウでしたか!

だが、紳士なオレは気づかないふりをすることにした。

「は、話ですか聞けなくもないですが……もう少ししたら休憩するつ、ぅ、つもりでしたからその時にでも!?」

明らかに隠せていないが気づかないふり続行。面白いし。

「ああ、大丈夫だ。手は動かしながらで構わん時間はとらせんさ」

「そ、そういうわけにっ、も! き、機密文章もありますしぃ!」

おいおい、手加減してやれよとは思うが必死なアインズが面白すぎる。

続行。

「んじゃ、後ろ向いておくから聞け。エ・ランテルの繋ぎの神殿になとてつもない才能を持ったやつがいてな。あれが死ぬのは惜しいから止めてくれ。本来は今日がその日だったらしいが描きかけの絵が完成してからにしたいといってたそうだ」

「今日で、絵を描く……ああ、それって私の絵を描いてませんか?」

「会ったのか?」

「えぇ、くっ、たまたま時間が空いていた時に間近で姿を見たいと希望した娘がいまして。一息がてら謁見の許可を出しましたぁ……ぅ……」

アインズ撃沈。何もないように取り繕ってはいるがモロバレである。

で、そのまま淫魔の攻めは終わらないようで。アインズの顔が引きつり、オレは必死で笑いをこらえる。ここまで来たら見て見ぬふりを続けるべし。

「絵は見たのか?」

「見てはいませんが……あの子そんな才能があるんですか」

「絵の完成を見に来たとか理由をつけて会い、死ぬのを思いとどまらせろ。お前から言えば確実だろう」

「確かに止めることはできますが……そのあとどうするんです?」

「今年で100年目だ。旅の道連れにオレが引き取る」

「100年……もう、そんな時でしたか……」

「来訪者がお前さんの所のギルメンなら魔導国の名を聞けばすぐに会えるだろう。それならそれでいい。だが、もし、アインズ・ウール・ゴウンの名を聞いて身を隠すような奴ならオレが間に入る必要が出てくるかもしれん」

ギルメンの話を出した途端、殺気が飛んできた。器用にもアインズに悟られないようにして。つーか、淫魔ってとことん器用だな。ご奉仕しつつ殺気を飛ばすとか。

「一人でぶらぶら歩くのもつまらんからな。あの才能をさらに磨きつつ旅するのが面白そうだ。もし、あの娘を予定通り解体するとかいうならお前さんのありとあらゆる秘密を吹聴して回るぞ」

「いや、拒否なんてしませんけど!」

「ならいい。休憩時間になったら頼むわ。あとで礼はする」

いい加減2種類のニオイが鼻をつきだしたので退散しよう。

「オレは繋ぎの神殿にいるから適当に呼び出してくれ」

「ええ、わかりました。では、準備ができ次第」

「ついでに、後でいいからNZM28ってエルダーリッチに話を聞いてみろ、面白いことが聞けるぞ」

「面白いこと?」

アインズが首をかしげるがそれには答えず、最後に爆弾を投下しておこう。

「じゃ、オレは行くわ。アルベド、音も出さない技巧はすごいと思うがアインズが全然取り繕えてないわ。手加減してやれよ」

「え、ちょ、アルベドはこの部屋には!?」

無視して転移した。

 

ところ変わって繋ぎの神殿。

ちょっと外で時間をつぶして戻ってきたら神殿内は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

まぁ、予定もないのに魔導王陛下が来るとなればさもあらん。

とりあえず目についたあのエルダーリッチNZM28を呼び止める。

「おや、先ほどの。すまないが今は時間がなくてな。案内等が必要なら他の者に頼んでほしい」

「いや、時間は取らせない。アイ……陛下が来ると聞いてな。遠くからでもお姿を見ておきたい。何時に来られるんだ?」

「お前もその話か……気持ちはわからんでもないが。ちょうど一時間後だ。はぁ……では私は失礼する」

「ああ、ありがとよ」

つけもしないため息をつくアンデッド。100年の年月は本来不変の者にも少なからず変化を与えているらしい。

ではでは、件の少女の様子を見に行ってみよう。

 

そう思って部屋の前にやって来たのだが。

部屋の前にはナザリックのメイドが数名立ちはだかっている。

「何かあったのか?」

素知らぬ顔をで声をかけてみる。

「アインズ様がこの部屋の娘に会いに来られるのよ。だから今必死に磨き上げているわけ。だから男の人は離れてね」

「陛下が直々って、何やらかしたんだ?」

「さぁ? 私たちはアルベド様から謁見に相応しい格好にしておくように指示を受けただけだから。はいはい、離れて離れて!」

追い払われてしまったので仕方なく離れた。

 

そして、定刻。

アインズからの伝言を受け『繋ぎの間』、この神殿を訪れた者が入ったら二度と出てこれない部屋に直接転移する。

ちなみに隣には解体室があり、この部屋で死んだ者が運び込まれ血の一滴、骨の一片まで余すことなく回収されるのだが今回は使われない。

「来たか」

壇上の玉座には支配者モードのアインズ。

最下段には緊張し縮こまった少女。聞いていた年齢より幼く見えるのはやせ細った身体ゆえか。彼女がここへ来たのは口減らしだったらしい。

この国では弱者へ手厚い保護がなされるため貧富の差が小さくなった。

小さくなった。つまり無くなったわけではない。

諸々の理由で貧困にあえぐ者も少なからず存在する。

彼女の場合父親が病で急逝し、国から支給される保護では鏡台の多い家族が食べていけなくなった。

消費が一人減れば母親の稼ぎで何とかなると考えた彼女は自らの命を捧げに来たらしい。

 

「素晴らしい才能だ。グリム、だったな。我が保護下でその才能を伸ばさぬか?」

「……え?」

この部屋に来て魔導王と謁見するということはすなわち最期の時。

本来はそのはずなのだからグリムと呼ばれた少女も覚悟を決めてきていたのだろう。

想定外の言葉に少女はぽかんとしている。

「お前の描いた絵を見させてもらった。この才能をここで喪うのは国にとっても損失だ。聞けば我流というではないか? 才能ある師を用意した。彼の元にその才を磨き国を代表する芸術家として生きてほしい。これが我が願いだ」

「……」

「無論、お前がここへ赴いた理由は聞き及んでいる。私の治世が至らぬばかりに辛い決断をさせたな。これからも生きるというのなら魔導国がその才能を買い取るという形で支援を用意しよう。弟妹が一人立ちできるまでは問題ない額だ。どうだろうか、これからも我が国の臣民として生きてはくれまいか?」

少女の目からこぼれた涙は感動のモノか、あるいは死なずに済んだ安堵の涙か。

 

気にはなるが聞くのは無粋というものだろう。

 

 

「別れは告げたか?」

「はい、ジュゲム様」

「師匠と呼べ」

「……お師匠様」

「まあ、それでいいか」

永遠に帰ってこれないわけではないのだがいつ戻ってくるかわからないので一応家族と別れを告げさせた。

まあ、ホームシックにでもなったら一瞬で連れて帰ることができるので形だけだが。

 

グリムという名の天性の絵描きが生きることを選んですぐ師匠として紹介された。

絵画に関してはぶっちゃけ俺の方が教えを請いたいくらいだが事実粗削りな部分も散見されるので一応の形だ。たぶん、すぐに教えることは無くなるだろう。

この天才画家は生まれる直前の卵。

今までの狭い世界という殻を割れば大いに成長するだろう。

ということで見分を広げる旅の始まりだ。

 

「どこか行ってみたい場所はあるか?」

「……海、見てみたいです」

内陸の農村で育ったグリムの世界に海はなかった。

なるほど、最初の目的地としてはアリだろう。

「いいだろう、では出発だ」

いつもの転移ではなく歩き出す。

 

ツレがいるのだ、これもありだろう。

100年前のツレを思い出し少し懐かしい気分になりつつ歩き出す。

 

本来の目的は異界からの来訪者を探すことだが……

割とどうでもよくなりつつあった。

 

 

 

 




エピローグは次で終わります。
最後は……まあ、誰かまるわかりですよね

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