オーバーロード ー小鬼の調停者ー   作:ASOBU

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暑くなって融けてました
年々夏の気温が外仕事の人間を殺しに来てませんかね?

建築関係の方々を筆頭に空調服が流行ってますが地味に高くて手を出すか否かで悩み中。命には代えられないので買うべきなんでしょうが……

見た目がダサすぎて無理。

そんなこんなで暑さに耐えつつ更新です。

せめて作中ではと思いオラサーダルクに涼しくしてもらいました。


凍る都市

「ん……あれ……?」

気づけばベッドの上にいた。反射的に自分の衣服を確かめる。

特に乱れた所も無く、腰にぶら下げていたポーチやボウガンはサイドテーブルにそのまま置かれていた。

ずきりと頭の奥が痛み、トラウマと共に吐き気がこみ上げるが何とか抑え込む。

体を貫く鎧の男、紅い鎧、両親の死体、額に空いた黒い穴、散乱した村人、赤い光を宿した頭蓋骨。

思い出すべきではない、全てに蓋をして深く沈める。

「……気持ち悪い……」

最近時々こうなる。

自分の記憶と記憶にない地獄のような光景が断片的に浮かび上がりエンリを苛む。

なんとなく原因は分かっている。王都の惨劇から三日間の間に何かがあった。

思い出すべきではない何かが。

 

「おや、起きたのかい?」

声の主は20代半ばと思われる全裸の女性。お腹が大きくなっていて一目で妊婦と気づく。

「顔色は悪いが大丈夫そうだね。それよりも聞きたいのだけど、あんたまさか町の外から来たのかい?」

「あ、はい」

「いやー、服着ている人間なんて半年ぶりに見たから驚いちゃってね。あんたは逆に男が恥ずかしげも無くぶら下げてるモノをみて卒倒したみたいだけど」

「半年ぶり、ですか?」

「ああ。そりゃあたしらが家畜だからさ。家畜に服は必要ないのだと」

寝起きという事もあってかエンリには言葉の意味が理解できなかった。

すると女は苦笑しつつ言葉を続ける。

「あたしらはビーストマンに飼われてるんだ。なんでも祝勝会用の御馳走になるそうさね」

そう言って女は大きくなった腹を撫でる。

「御馳走ってのはこの中身。腹を裂いて取り出して調理するとか言っていたよ。まあ、つまりだ。あたしらは助けが来ることを夢見て見知らぬ男と体を重ね誰の種かわからない子供を宿して生き永らえてきたわけさね」

エンリは女の言葉をようやく理解し息をのむ。

それは数を増やすための飼育ではなく食材として解体さることが決められている飼育。

人間も同じことをやっている。だが、逆に飼育される立場になるなどと考えている人間はいないだろう。

エンリもそうだった。

それゆえに、事実を目の当たりにして胃の中の物が込み上げてきた。

「ちなみに、この屋敷に男女合わせて数十人飼われているけど年上の奴から順に食料にされてる。最初は町中で500人ほどいたんだよ。けど、徐々に喰われて残ってるのは妊娠した女と運がいい男連中、あとは初潮は来たけど孕むには未成熟な若い娘くらいかな。順番が回って来てないにしても祝勝会とやらの日が来たらみんな解体されちまう。だからみんな絶望してる。それでも、少しでも助けが来る可能性に賭けて好きでもない男に抱かれてる。だからさ……、助けに来たんだと言ってくれ」

口元を押さえ呆然とするエンリに女は詰め寄る。

「そうじゃないなら、助けに来たんじゃないなら……その服ひん剥いて男連中の部屋に放り込んでやる。大丈夫、痛いのも気持ち悪いのは最初だけだ。そのうち自然と気持ちよくなるよ。どうせすぐに慣れるから」

 

それは恐ろしいが、そうはならない。

エンリには強力な力がある。地獄のような光景を阻止する力を持つ相棒が。

意を決したエンリは女の手を振り払い窓の側へ。

鉄格子はあくまで外から取り付けられた急ごしらえの物のようだ。

 

たぶん、いける。

 

何をするつもりかと訝し気にエンリを見る女の前で息を整えると鉄格子を全力で蹴った。

深々と入ったスリットのおかげで少々恥ずかしい格好になったが気にせず全力で。

気づかないうちにめちゃくちゃ伸びていた身体能力。恐れずに向き合えばどこまでできるかはなんとなくだが把握できた。今回の遠征で一緒になった冒険者達が色々教えてくれるのも役に立った。

鉄格子は窓枠ごと外へ吹き飛び窓だった場所から冷気が流れ込む。

「あ、あんた……冒険者なのかい?」

「あ、えっと、私は違います。けど、必ず助け出しますから」

ボウガンに矢を装填。装填するのは音を出す細工のされた鏑矢。オラサーダルクを呼び出す合図だ。

「窓壊しておいて言うのもどうかと思うのですが、きっとすごく寒くなるので塞いで皆さん集まって寒さに備えてください。お願いします」

「まっておくれよ、どういう意味だい? これ以上に寒くなる?」

「説明している時間はありません。暖炉のある部屋に集まってシーツに包まるなりしてください。裸じゃきっと凍えちゃいます」

たしかに窓からはやたらと冷たい空気が流れ込んでくる。裸ではとてもじゃないが耐えられない。

「そうすれば、助かるんだね?」

「はい。この都市のビーストマンは排除します」

「排除って、どれだけいると……あっ……」

制止するより先にエンリは蹴り壊した窓を乗り越え空中に飛び出した。

この部屋は3階にありそれなりの高さだ。その窓の向こうを何かが横切る。

「ド、ドラ……ゴン?」

一瞬しか見えなかったシルエットだがあの特徴的な姿は見間違いようもない。

女は寒さに震えつつも窓から身を乗り出した。

頭上には日の光を受けて輝く傾城傾国を着たエンリと蒼白く輝く鱗を持った強大なドラゴン。エンリはロープ一本でそのオラサーダルクの背に立つと冒険者から分けてもらった特殊な矢を空に向けて撃つ。

放たれた矢は発火し赤い煙を発して飛ぶ。

色に意味を決められた信号弾で赤は『危機的状況につき作戦中止』。

 

「オラサーダルク、私が今いた建物周辺だけ残して攻撃はできる?」

「……中に捕虜がいたか」

「うん。家畜として生かされてた。ビーストマンも生きるためにそういった手段を取るのだろうけど……私は私達人間の生活を守りたい」

「ふむ、それで? どうする?」

「可能ならば……全滅」

「……珍しく大きく出たな」

「私のわがままだけど、協力してくれる?」

「無論だ。それに気にすることは無い。この世は弱肉強食が摂理。ビーストマンは弱者たる人間を喰ったにすぎず、やつらが強者たるドラゴンに狩られるのもまた当然の理だ」

エンリはやり場のない怒りを感じていた。

ビーストマンに飼育される人間。それを知った時の嫌悪感は言葉にできない。

この世界は弱肉強食。

それは理解しているし、エンリも村では動物を飼育し家畜として来た。

だからこそ、この怒りにやり場は無く、オラサーダルクに命じた言葉はそう、ただの我が儘だ。

オラサーダルクという力を持ったエンリの我が儘でこの都市にいるビーストマンはこの時を持って全滅する。

 

オラサーダルクは人間のいる家の上空に飛ぶと鱗を数枚剥がして落とす。

それを起点に使用するのはオラサーダルクが使える数少ない種族由来魔法の一つだ。

『鱗の加護』。

効果は一度だけあらゆる属性攻撃を半減することが出来るというもの。

剥がしたあるいは剥がれ落ちた鱗を起点とした空間に作用するため地上でしか使えず、空中戦を得意とするフロストドラゴンにとっては正直あまり役に立たない。

ただ、拠点防衛となる今回はおあつらえ向きだった。

 

エンリに呼ばれるまでの間、ビーストマンを掃討しつつ踊り食いも十分した。エンリの命令もあり気力も十分。今なら最高の一撃を放てるだろう。

円形の城壁に囲まれた都市の中央、その上空にオラサーダルクは舞い上がる。

ホバリングしつつ真下へ白く輝くブレスを放つ。極限まで集束された冷気であり、作戦中止信号に気づき都市から距離を取ったガゼフ一行からは天から垂らされた糸のように見えた。

ブレスは着弾点から同心円状に広がり全てを白く塗りつぶしていく。

地に触れていた足の裏は即座に凍り付き、歩こうと踏み出した足から皮膚ごと剥がれ落ちる。痛みに耐えかね倒れたならば地に触れた部分も同じ運命を辿る。起き上がることはままならず、凍り付き砕けていく身体に悲鳴を上げることになる。

元から地上に寝転がっていた怪我人などは一瞬で脳も心臓も凍り付き即死。何が起きたかわからないまま死んだ。

運よく、あるいは悪く都市外縁部にいた者は一歩も動けなるほどに体温を奪われた。呼吸するたびに流れ込む冷気は肺を凍らせ激痛を齎す。

目の前には凍り付いた市門がある。ドラゴンの暴虐から逃げ切れるそう思っていた矢先だ。本来なら敵の侵入を防ぐ頼りになる頑強な市門が氷壁となり牙を剥く。

ガチガチと顎を鳴らし、ガタガタと震える身体を抱きしめ絶望の表情を張り付けたまま、彼らはただ空を見上げる事しかできない。

 

地上にいるビーストマンにとっては永遠とも思える照射時間は実際のところ30秒ほど。

そして、糸は途切れる。

一拍置いて打ち出されたのは小さな氷を芯にした球状のブレス。

その小さな一滴は極限まで冷やされ停止した地上に大きな『動』を巻き起こした。

一瞬で都市全体を覆うドーム状に広がった『動』はありとあらゆるビーストマンを飲み込み凍結と粉砕を同時に行う。

数秒後、都市内に動くビーストマンはいなくなりオラサーダルクの勝利の咆哮が響き渡った。

 

「ねえ、オラサーダルク」

「ん? なんだ?」

「やり遂げた! って顔してるけど……あの家、本当に無事?」

「……たぶん、な」

眼下には一面真っ白に染まった都市が。『鱗の加護』がかかった家も例外ではなく。

「た、たぶんって何よ! 早く地上へ!」

「う、うむ」

会心の攻撃が決まり浮かれていたがエンリに怒られちょっと最後が締まらなかった。

家の中の人間達はギリギリ全員生存しており、エンリは全力で頭を下げる。

そして、彼らは生きていればやり直せると笑って許した。歯をガチガチと震わせながら。

 

のちに彼らは生まれた子供達に語り聞かせる。

竜に乗った女神様が私達を地獄から救い出してくれた、と。

 

「ごめんなさい!!」

「うむ、少々やりすぎたかもしれん」

全力で頭を下げる娘とやりすぎた自覚はあるらしくばつが悪そうに視線をさまよわせるドラゴン。

つい先日もこんなことがあったなとガゼフは苦笑する。『クリスタル・ティア』の面々も同様だ。前回より戦果も大きいのだ、もはや笑うしかない。

ただ、都市を奪い返しても維持する戦力に乏しい現状では正直あまり良い手ではなかった。

とはいえ、ビーストマンを完全に排除した都市を再度放棄するわけにもいかない。

話し合った末、オラサーダルクを中心に頭狩り部隊メンバーが防衛兵力として駐留しつつ首都に伝令を派遣、指示を仰ぐことになった。

 

「さて、伝令を頼んだ後は片づけからだな」

凍り付き砕けたビーストマンの破片はすでに解け始め白かった地面は肉片で真っ赤に染まる。

熟練の冒険者でも思わず顔を背けるような凄惨な光景だった。

 

―首都 女王の執務室

「……耳が遠くなるような歳ではないと思っていたが……聞き間違いか?」

「相応の歳だったと記憶していますが今回ばかりは空耳ではありません」

「いや、それでも俄かには信じられん……」

竜王の系譜に連なる故か、オラサーダルクが強力な竜であろうことは分かっていたが正直ここまでやるとは思っていなかった。

「包囲された都市を開放したうえ、放棄した都市を奪還し捕虜の解放までやってしまうとは。これでは完全にガゼフ・ストロノーフがオマケではないか」

「まったくです。今回に関していえばガゼフは完全にオマケですね。それで、どうしますか? 前線を押し上げ奪還したヴァムールの再建、防衛兵力に充てる予算は此方です。もう一方は前線はカリンで維持し兵力の回復に充てる場合の予算です」

出来る宰相は報告を受けてからのわずかな間で試算した予算を一目見て比較できるようにしてきた。

後は女王たるドラウディロンが決断を下すだけである。

それら2枚の紙を見比べ女王は頭を悩ませた。

単純な話、前線を押し上げる場合の予算は現状維持の数倍にも及ぶ額が計上されていた。

荒らされた都市の回復、再要塞化、それに必要な資材と人材の輸送コストなど並ぶ数字は頭痛を引き起こす。ただでさえ防衛費で国庫は圧迫され続けている中、リスクの高い前線への移住者には税制面での優遇処置も必要だろう。

数字と国家予算だけを考えるなら現状維持一択なのだ。兵力は減り続けている現状、防衛範囲を広げることは得策ではない。ギリギリの兵力で抵抗するより今は兵力の造成に予算を回したい。

「民はこれを暗闇の中にさす光ととらえるだろうな……」

しかし、このままでは滅ぼされるという状況でこのニュースを齎せばどうなるかは想像に難しくない。さすがにエンリ個人の名前は出さないにしても遠征隊は英雄として迎えられるだろう。そして、その功績をなかったことにするのは民意が受け入れないだろう。

「金が、金が足りん……」

「税率もこれ以上上げることは無理でしょうね。金が足りませんね、ホント」

「やはり足りないか。このまま押し負けては困るんだが」

「困るも何も国の存亡がかかっておる局面だ。どうにかしたいが、うーむ」

「仕方がない。ドラウ、融資してやろうか?」

「簡単に言うが、国家予算規模の融資をできるわけが……んん?」

ここは宰相と女王しかいないはずの執務室。

女王と宰相でもない者は本来いないはずなのだがそいつはいつの間のにかそこにいて自然に会話に入り込んでいた。手には勝手に淹れたらしいコーヒーカップが握られている。

「ジュゲム王!? いつの間に!」

龍王の系譜に連なるドラウディロンはそれこそ生まれた時から小鬼の王とは何度も面識がある。相変わらず神出鬼没にその小鬼はいた。

「まさか……この方が小鬼の王、ジュゲム・ジュゲーム様ですか? 実在したとは……」

「残念ながら生きていて幽霊でもないのでこの通り足はあるぞ。で、ドラウ。どうする?」

驚く宰相。一方別の意味でドラウディロンは驚いていた。

「本来ジュゲム王はバランサー……融資はありがたいのですが……その、良いのですか?」

「個人的にはバランサーきどったことはないんだが。まあ、いい。一部の竜王はよく思わんだろうが知ったことか。それにな、最近同郷の者と会ってな。ちょっとばかりそっちに肩入れしすぎている感がある。バランサーだというのならこちらにも肩入れしてしかるべきだろう。必要な金額と必要な物資、あとは手の届かない範囲への派兵も請け負おう。明日までにリスト化できるか?」

「可能です。が、お返しできる目途は当面立ちませんがよろしいので?」

「あー、無期限無利子無担保でいいぞ。余裕ができたらある時払いでOKだ。その代わりといっては何だが一つ頼まれごとをされてくれ」

「頼まれごと、ですか? ジュゲム王では不可能で我が国では可能なことですか?」

「そうだ。とはいっても、表立っては動かなくていい。小さな信仰の行く先を見守っていくだけでいい」

「信仰の行く先、とは?」

ドラウディロンは首をかしげる。

一方宰相はハタと顔を上げた。

「竜の、女神……」

「正解。人の願いと思いを一身に受けた者の進む道の先を見てみたい。国教を持たず竜王の系譜に連なるこの国は御誂え向きだろう」

「まさか! ガゼフ・ストロノーフの亡命も娘が支配するドラゴンも貴方の仕込みですか?」

「いや、正直最初はこうなるなんて思ってもいなかったぞ。途中からはちょっと口出しもしたが。……本当にこの世界は何が起こるかわからない。長いこといるがいまだに未知がそこかしこに転がっている。ほんと、飽きない世界だ」

「そんな言葉貴方くらいしか出せないでしょうに」

「違いない。じゃ、明日また来る。この不味いコーヒー以外と茶菓子くらい用意しておいてくれ」

そうしてジュゲムは来た時同様あっという間にいなくなった。

「……なんというか、凄い方ですね」

「うむ。自由すぎて竜王も手が出せん存在だ。味方であるうちは非常に心強いがな」

「では、ずっと味方で頂けるように努力しましょうか。あの方が欲したリストをまとめにかかります」

「ああ、任せた」

「任せた、じゃないですよ。陛下も手伝ってください。もちろん禁酒で徹夜です」

「お前、リスト化は可能と即答してたじゃないか?」

「もちろん陛下も戦力として計算しての話です。時間が惜しい、始めますよ!」

「前々から思っていたがお前もたいがい自由人だな?」

少なくてもこれで国を取り巻く状況は好転してくれるだろう。もちろんすぐにとはいかないが国民がビーストマンの食料にされることは無くなるはずだ。

そのために禁酒と徹夜くらいは軽い代償だろう。

小さくため息をつきドラウディロンも資料作成に手を付ける。

眠気覚ましに口にするコーヒーはコスト削減の安物故不味かった。

 

 

 

それから数年ほどで竜王国領内でビーストマンと遭遇することは稀になった。

噂では竜を駆る女神の威光のおかげだとか。

別の噂ではゴブリンとビーストマンが戦争を始めたせいだとも。

 

国に残された傷跡はまだまだ大きいがそれでも人々は日々を生きその感謝をささげる。

その行き着く先の少女に変化をもたらして。

 

 




とりあえず、ここで竜王国編は終了となります。

残すところは法国とエピローグくらいかな。

構想はあるので書き上げられるように後押しください!

最後になりますが感想、誤字修正には大きな感謝を

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