オーバーロード ー小鬼の調停者ー   作:ASOBU

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包囲都市解放戦

少数精鋭による頭狩り作戦、その中核たる冒険者チーム『クリスタル・ティア』のリーダーであるセラブライトは感動に打ち震えていた。

至上の美が目の前にある。

天真爛漫な見る者を癒す微笑み、スカートから見えるシミ一つない滑らかな脚、穢れを知らない繊細な指先、余計な起伏の無い完成された至高の体型。

 

それらどれもがセラブレイトの心を鷲掴みにして放さなかった。

その至宝を押し倒し自分の形を刻み込む場面を想像するだけでセラブレイトの心臓は弾けんばかりに高鳴った。

だから仕方が無かった。

この衝動は抑制したり誤魔化したりできるものではなかったのだ。

 

「お義父さん、どうかネムさんを私にください!」

「貴公、……正気か?」

 

顔合わせにと案内されて軽く自己紹介をして僅か数秒でコレである。

ガゼフはドン引きした。

否、ガゼフだけではなく、エンリもネムも『クリスタル・ティア』のチームメイトやその場にいた作戦参加者も。

目は爛々と輝き、鼻息も荒く、こともあろうに股間もぱんぱんに膨らませている。セラブレイトはそこそこ女性受けもする美男子だったがすべて台無しであった。

「正気ですとも! 本気ですとも! これほどの美を前にしてこの衝動を抑え込めるわけも無く!」

その眼に宿すは狂気。

「娘をいくつだと思っている?」

「今! 今だからこそ、醜く成長する前だからこそ心惹かれるのですよ!」

放置すればネムの貞操が危機にさらされる。

事実、彼の毒牙にかかった幼子は複数いる。だが、彼の立場と力を前にそれらすべての被害者が泣き寝入り状態になっていた。

 

今のガゼフにとって家族たる娘二人の安全が最優先だ。この国を追われることになっても守るべき存在だ。

本当にこの男がネムを毒牙にかけようというのなら、躊躇せずに斬る。

ガゼフが剣に手をかけ、場の空気は一触即発状態に。

 

それを動かしたのはネム本人だった。

見えざる何者かに耳元で囁かれた言葉にふむふむと一人頷くと自分からセラブレイトに近づいていく。

「おお、私の愛に応えてくれるのですね! さあ、我が腕の中に!」

両手を広げて抱きとめようとするセラブレイトの前で立ち止まると思いっきり股間を蹴り上げた。

「ぎょぺっ!?」

全力で。

現在レベル16であるネムの全力である。鎧は身につけていない状態とはいえ成人男性であるセラブレイトの身体が目に見えて浮いた。それほどの衝撃を受けた部位がどうなるかは察するべし。

「なんか怖いから御断り!」

向けられた視線は敵意ではない。だが、とてつもなく怖かった。体に絡みつくどろどろとした視線。寒気がした。

(ネム様、ああいう男相手に明確な拒絶を示すためのいい方法があります)

ネムに悪い虫が近づかないようにすることもそう囁いたアカカゲに命じられた任務であった。

 

「ネ、ネム……」

ガゼフも男であるためちょっと腰が引けた。周囲にいた男たちも同様。

ただ、セラブレイトの行動が目に余ったため憐みの視線を向ける者はいない。

「あー、お嬢さん。怖がらせてすまなかった。チームメイトとしてちゃんと制御するから許してくれ」

「うん、怖かったからお願いします」

泡を吹いて丸くなっているセラブレイトが引きずられていく。

「なんだか酷い事になったがそろそろ本題に入らせてもらおう。俺は『クリスタル・ティア』のアーネスト、盾役をやっている。んで、リーダーがアレだから時々チームのまとめ役もやらされる。リーダーも戦闘の時はマトモなんだが……」

アーネストと名乗った男は哀愁を漂わせていた。苦労しているらしい。

「まずこの地図を見てくれ。うちのレンジャーが調べてきた前線までの安全なルートだ。ここを抜け、極力接敵せずに今国内にいるビーストマンの一軍、そのトップを狩るのが今回の作戦だ。ビーストマンの群れには突出した強個体こそいないが指揮官たる個体は存在している。それに乗じて侵攻を遅滞させる、あるいは押し返す」

少数精鋭でもって奇襲し指揮系統に混乱を与え、前線の部隊でそこをつく。

ガゼフは奇襲部隊に、オラサーダルクとキーリストランは前線の部隊の援護に回ることになった。

「出立は明後日、最前線までは5日ほどの予定だ。ガゼフ殿もそのつもりで旅支度を頼む」

「了解した」

 

 

前線要塞都市 カリン

 

「おい、起きろ。交代の時間だぞ」

「あぁ……もうそんな時間か。ふあぁ……奴らの様子は?」

「胸糞悪い宴会が続いてるぜ。まぁ、あれが続く限り俺達も生きていられるわけだが」

「ちっ、寝起きに聞くもんじゃねーな」

「違いない」

ここは数か月前から対ビーストマンの最前線になっている都市である。元々は交易の中継点規模の都市だったが前線の後退に伴って要塞化を進め現在は守りの要となっていた。

しかし、今防衛兵力の倍近い数のビーストマンに包囲され兵士達の命も風前の灯となっているのだ。ビーストマン1体に対して人間の一般兵10人が同等の戦力とされる中で倍のビーストマンに包囲された兵士達はすでに諦めきっていた。

 

欠伸を噛み殺しつつ見張り塔に向かった兵士は眼下で繰り広げられている狂宴に顔を顰めた。

目立つ大きな焚火の上には股間から口まで串刺しにされた人間が何人も炙られていた。

その側では血の滴るもぎたての腕に噛り付くビーストマンが火箸片手に火力を調節している。

天幕だけの簡易テントの下では何人もの人間が腑分けされ濃密な血の匂いは見張り塔まで漂ってきそうだ。その周辺に屯するビーストマン達はジョッキ片手に騒いでいる。

ビーストマンの一軍は侵攻に備えてここまでの侵攻で狩って来た人間を食料に宴会を開いていた。ここまでの慰労と攻撃に向けての英気を養うために。

見るに堪えない光景だがそれが続いている限り侵攻はなく、都市に籠った兵士達は生きていられる。

昨夜から続いている狂宴も交代前にみたそれとだいぶ様変わりしていた。

「侵攻は日没と同時ってとこかな?」

ビーストマンはその身体能力に任せて素手を好む者も多いがこの一軍は簡易的にだが武装を整えている。防具は革の胸当てと鎖帷子程度だが武器は丁寧に磨き上げられ今か今かと出番を待っているようだ。

数は少ないが弓兵や投石兵の姿も見える。

宴会と同時進行で準備も整いつつあるらしい。

 

首都からは救援が来ると知らされていた。それまで持ちこたえればいいと。

それに希望を持ったものもいたし、すでに無理だと断じていたものも少なくなかった。

それでも、持ち場を離れる者はいなかったのだが。

見張り塔の兵士はビーストマンの宴を視界の端にいれつつ最期の食事をかじり始めた。

味気ない棒状の携帯食料。

最期がこれかぁとわびしさを覚える彼に大きな影が差した。

咀嚼を止め首をかしげる。

ここは見張り塔の上でありこの都市で2番目に高い場所。一番は中央にある商工ギルドを改装した指令所だが太陽の位置関係上影が見張り塔に届くことは無い。

では、なんの影なのか。振り返った兵士の手から携帯食料が零れ落ちた。

 

太陽を背に高度を落としてきたのは白銀に輝く鱗を持った巨大なドラゴン。

恐怖で体は引きつったが、ドラゴンは都市など眼中にないのかすさまじい速度で見張り塔のすぐ側を通り過ぎた。

「今の……」

背に人間が乗っていた。一瞬しか見えなかったが長い髪をなびかせこの世のものとは思えぬほど神々しい衣服を纏った女性。

 

風の噂を聞いた事があった。竜を駆る女神が悪魔に侵略された王国の都市に現れ民を導いたという。あるいは戦場に降り立ちこの世のものとは思えぬ凶悪な魔獣を倒したという。曰く、人間種の危機に降臨した女神であると。

はっと、我に返りドラゴンの姿を追う。

「ほ、本当に……」

視線の先、ドラゴンは降下体勢に入った。

その先にはビーストマンの野営地が。

 

 

「煩わしい弓兵がいるな。エンリ、閃光弾を装填せよ」

オラサーダルク単体なら無視するが今はエンリを背に乗せている。下から射られる矢の威力でエンリが纏う服の防御を抜けるとは思わないが万が一を考えて先に排除する。

「発射角は右前方45度、カウントに合わせろ」

「わかったわ!」

 

『クリスタル・ティア』を主軸とした頭狩り作戦、その実行を知らせるため先行してきたエンリとオラサーダルクは上空から完全包囲されている都市の状態に気づいた。

首都から早馬を使い強行軍で進んできたが僅かに間に合わなかったらしい。

ならば逆に奇襲をかけ少しでも敵兵力を削っておくことにした。

 

影に気づき弓を構えるビーストマンの弓兵達が見えてくる。

見張り塔のすぐ横をすり抜けるとエンリは目を瞑り片腕でボウガンを構える。風圧に負けないように角度を固定するのもだいぶ慣れた。竜王国への旅路の途中繰り返した訓練の賜物だ。後の細かい調整はオラサーダルクがすべてやってくれる。エンリはただ声と同時に引き金を引くだけだ。

「3、2、1、今!」

弓を構え、あるいはただ単におどろき上空を見ていたビーストマンの眼前が強烈な光で白く染まる。ある者は網膜を焼かれのた打ち回りある者は何が起きたかわからないまま凶悪な爪に引き裂かれた。またある者は巨体の着地に巻き込まれ挽肉に、残った者も前後不覚状態のまま巨大な尻尾に薙ぎ払われその身を砕かれた。

 

ドラゴンが飛来して僅か30秒ほどの間に都市北側にあったビーストマンの陣地は崩壊した。そこには総数500人ほどのビーストマンが存在したが最初の襲撃で1割が、着地後薙ぎ払うように吐き出された極低温のブレスで6割が骨の芯まで凍り付き即死した。

生き残った者は恐慌状態に陥り我先に他の陣地めがけて逃走を試みる。

「どれ、もう一つ二つ陣を潰しておくか」

「私は降ろして。私達の姿を見て驚かせてるかもしれないから先に砦に入るわ」

「わかった。身を潜めているものはいないようだが用心していけ」

「わかってる」

オラサーダルクは血に濡れていない場所に降ろすと高度を上げた。

エンリの目から見てうれしそうにしていたオラサーダルク。エンリの前では避けていたビーストマンの踊り食いでもするつもりだろう。

正直、今目の前に広がる光景も十分精神に来るものがあるためありがたい。

食糧にされた人間とビーストマンの氷像。死体しかないのだ。

エンリは足早に砦に向かう。

 

しかし、その足はすぐ止まることになる。

「ま、待て、人間!」

氷像の間から出てきたのは虎の頭部をもつビーストマン。だが、動きは鈍く全身血まみれだった。

「ドラゴンを使役するお前、危険……こ、殺す!」

運が良いのか悪いのか最初の襲撃で即死せず大けがですんだらしい。ギリギリ致命傷にはならなかったという状態だがドラゴンから離れた使役者を殺すくらいはできると考えて死んだふりを止めて出てきた。

 

エンリの身体能力は白金級の冒険者に匹敵するほどあるらしい。

それがはっきりと自覚できたのは首都からの旅路の途中、熟練の冒険者達や義父から護身術の手ほどきを受けてからだ。確かに、オラサーダルクの背から飛び降りても平気だし重い物も軽々と運べる。

その身体能力で一般人は嘘だろと言われてしまった。

とはいえ、冒険者やガゼフもエンリやネムを戦闘に出すつもりはない。それ故に食後の運動がてら教えたのは戦闘技術ではなく護身術。女性だと甘く見て襲い掛かって来た相手に対するカウンターの手ほどきだ。

 

首を捉えるべく真っすぐに伸びてくる筋肉を纏った強靭な腕。ただでさえ弱い人間の女であるという油断からそれには技術も速度も無かった。

エンリは左へ半歩移動してそれを回避、伸び切った腕を左手で逆に捕まえる。

「な!?」

そのまま引っ張れば相手は前にバランスを崩す。

エンリの右手にはジュゲムの短剣が。後は倒れ掛かってくるビーストマンの首をなぞるだけでビーストマンの首は転げ落ちた。

 

相手を殺したのはこれが2回目。明確な敵意を持って殺したのはこれが初めて。

『気持ち悪い』

それがエンリの素直な感想だった。

今のオラサーダルクは自分はエンリの支配下であり剣と盾であると公言しているがエンリとしてはすでに支配下に無いことは気づいているので、パートナーとして一緒にいるつもりだった。

だからこそ、いずれ自分も戦う必要があるとずっと考えてきた。命のやり取りをオラサーダルクに全て押し付けるのは嫌だと。

思っていたより冷静に、思っていた通りに動けたのは良かったのだが。

鼻腔を持たす血の臭いが、オラサーダルクの背で嗅ぐそれよりもっと濃く感じて気持ちが悪くなった。

こみ上げてきた吐き気を抑え込み傾城傾国のスリットから短剣をベルトに戻す。スリットが深すぎると思っていたがこういう時は便利かもしれない。そんな考えで首無し死体から意識を反らすと小さく呼吸を刻み息を整える。返り血を浴びていないことをもう一度確認すると砦の門に向かって歩き始めた。

 

「と、いうわけで間もなく『クリスタル・ティア』の皆さんを筆頭にした本体が到着します。これが女王陛下からの命令書です」

砦に入るなりエンリは兵士達に囲まれた。だが、妙に距離を取られたので女王がしたためた指令書を手渡す。

それでも微妙な空気が漂う。

「あの……、何かまずい事でもあるのでしょうか?」

「あー、いや、なんというか。……こほん。私はこの砦の司令官をしている。救援は待ち焦がれていたし頭狩り部隊にも期待している。の、だが……」

司令官を名乗る男も周辺の兵士も苦笑を浮かべている。

「エンリ、戻ったぞ」

よくわからない空気の中、オラサーダルクが舞い降りた。

流石にこの距離でドラゴンと向かい合うのは怖いのか多くの兵士がさらに距離を取る。

「包囲していた部隊は殲滅しておいた。少々生き残りはいるかもしれんが問題にはならんだろう。それで、何だこの空気は? 我が恐ろしいというだけではあるまい?」

「きょ、強大な竜よ、本当に包囲部隊を壊滅させてしまったのか?」

「ああ、全方位掃討しておいたぞ」

「その中に獅子の頭部を持ち2本の角飾りをつけた個体はいたか?」

そう聞いたのは司令官だ。どこか緊張が見て取れる。

「獅子に角……ああ、喰ったぞ。ひと暴れして小腹が空いていたからな。少し頑丈で肉付きがよかったから覚えている。うまかったぞ」

今では人間の食事も大好きだがたまには生肉も食べたくなる。哀れビーストマンはオラサーダルクに踊り食いされた。

「それが敵部隊の長だ」

「む?」

「本隊が来てから狙う予定の敵将だな、それ」

思わずエンリとオラサーダルクは顔を見合わせた。

「えっと、……つまり?」

「本隊が来ても目標はすでにいない、という事になるかな」

司令官はそう言って再び苦笑いを浮かべた。

 

ドラゴンが救援に来ただけでも驚いたがそれを使役している少女もかなりの強者だった。

見張り兵曰く、負傷していたとはいえビーストマンの兵士の突進をあっさりといなしその首をナイフ一本で落としたという。そんな彼女達はあっさりと自分達を死地から救い出してしまった。全滅を覚悟していた状況から一転の奇跡。部下達の一部が女神の降臨だとか言っていたが的を得ているなと思った。実際身につけている服も武器にしている短剣も神々しい力を放つ超級の品であると見て取れる。

そんな女神様本人はやりすぎてしまったことに今更ながら気づいてオロオロしていてほほえましかった。

 

「ど、どうしよう……お義父さん達の出番を無くしちゃった、みたい?」

「むぅ……も、問題あるまい。あやつらがぶつかれば少なからず負傷者も出ただろう。それが阻止できたと思えばいいだろう」

「う、うん。そうだね。……でも」

エンリとしてはここまで目立つつもりは無かったのだが。

予定としては包囲部隊以外にいるビーストマンの本隊をガゼフらが叩き功績にするはずだったが残っていないらしい。もとよりガゼフの活躍を見せるための参戦だったはずなのだ。

「別の戦場でもかまうまい。あの男の強さならビーストマンの武将級でも相手にならんぞ。活躍の場はいくらでもあろう。エンリが気にする事ではない」

「そう、かな?」

少し釈然としない部分はあったが包囲されたままにしておくわけにもいかなかったので仕方なかったと割り切ることにした。

 

翌朝、明るくなってから砦の兵力総出で生き残りの始末と死体の処理が行われた。

頭狩り部隊が到着したのはちょうどその真っただ中であり、困惑することになる。

「ごめんなさい!」

ガゼフらが到着と同時にエンリは思いっきり頭を下げた。

その後司令官から状況を聞き皆苦笑するしかなかったのだった。

 




セラブライトとガゼフのやり取りは書きたかっただけ

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