ご無沙汰しております。途中で放棄はしませんよ?
気合い入れて書いたら切り所が微妙だったのでちょっと長めに。
個人的に4千から5千字くらいが読みやすいと思ってるのですが今回倍となっております
のんびりお読みください
王都から少し離れた場所にある街道沿いの休憩施設にエンリ達はいた。最低限の屋根と壁がある簡素なもので心休まる場所ではないがここは王都からも近く利用者がほぼいないためとりあえずの隠れ場所としては問題なかった。
「帰って来たみたいよ。もうすぐ着くわ」
「じゃあ、合流したら入ってきて」
「ええ」
今オラサーダルクはキーリストランにネムとエンリの守りを任せて偵察に行っている。
その帰還を遠くから察知したキーリストランと別れてエンリは休憩所内に戻った。
中ではネムが掃除をしている。曰く動いていないと不安になるから、と。
何故か、家を出た時は寝巻のままだったはずなのだが妙に上等そうなメイド服っぽいものを着ていた。
もしかして、王女様にもらったものなのだろうか?
謎は尽きない。
「ただいま、街道から王都の方を見てたけど追手が出てくる気配はないみたい」
エンリはエンリで周辺を調べてきた。全身傾城傾国セットに着替えなおしたので防御も万全である。まあ、野生の獣や王都周辺に住む魔獣などはドラゴンの気配を察して姿を隠している。怖いのは人間だけ。
「おかえり、おねーちゃん。みてみて、かなり頑張った!」
利用者がおらず埃っぽかった休憩所内は綺麗に拭き清められ見違えるようになっていた。
そんな休憩所の外には小さいながら井戸があったので水分は問題ない。食料もボウガンやらを買った時についでにそろえた長期保存食がベルトポーチにいくらかある。一旦オラサーダルク待ちという事にして保存食でお腹を満たすことにした。
「戻ったぞ」
それから間もなく人化したオラサーダルクとキーリストランが入って来た。
「思った以上に酷いことになっている。姿を隠し屋根の上から盗み聞くだけでは足りなかったのでな、指輪の力を消費してしまったが情報の確度は高いはずだ」
ネムが差し出したグラスを乾すとオラサーダルクは話を始める。
「まず、最初は……そうだな。この国の王が死んだ。原因は第二王子及び戦士長の共謀による弑逆だそうだ」
「お義父さんが……? えっと、何かの間違いじゃなく?」
「わからん。だが、第二王子はその場で処刑され、ガゼフもまた夕刻に処刑されるらしい」
「え? しょけ……え?」
エンリの目が点になった。ネムも理解が追い付いていないのかぽかんとしている。
「同時に新王として第一王子が即位するのだとか。……間違いなくこいつの陰謀だろうな。これから城に向かって喰い殺すか」
「ちょ、ダメよ。そんなことしたらこの国にいられなくなっちゃう!」
新王殺害なんてことになれば賞金首だ。しかも、歴史に名を遺すレベルの。
「エンリよ、この国に固執する必要があるのか?」
「だって、この国は生まれた国だし……故郷というか……」
「酷な事を言うがお前の生まれ故郷は滅んでいる。新たな家も養父がいてこそだ。その養父も罪人として処刑されようとしているのだ。生活の基盤がこの国である必要性はすでに無いと思うが」
「で、でも、行く当てなんか……」
エンリのその言葉にネムが顔を上げた。そして、何か言いだそうとして口を開き、そのまま言葉を飲み込んだ。
本当はアインズ様の所へ行こうと言いたかった。ネム自身はそれでいい。アインズは間違いなく温かく迎えてくれる。ガゼフにしても間違いなく受け入れてくれるだろう。
ただ、姉は。
すれ違いから姉の心に深く刻まれたトラウマ。アインズの魔法で蓋をしているが、トラウマの原因であるアインズに会う事で魔法が解けてしまう可能性が示唆されていた。そのためずっと秘密にしてきた。第三王女をカバーストーリーにでっち上げてまで誤魔化してきた。そこまでして、アインズが会うべきではないと言っている。
ならばそれが正しいはずだ。ネムのとっさの思い付きで秘密をあかすのが間違っている。
エンリは下を向き考え込みネムの百面相と内心には気づけない。
一方オラサーダルクはネムが何も言いださないのを確認してから口を開く。安全面ではネムに委ねる方がよさそうだがオラサーダルク自身は避けたい選択肢だ。
「行く当てなのだが、とある情報源から聞いた話では今竜王国で戦える力のある者を欲しているそうだ。あの地なら王国とも直接国境を接していないしガゼフなら能力も名声もあるから亡命には最適だそうだ。……ついでに言えば竜王の系譜が王族でありドラゴンの受け入れも他の国より容易だろうと」
「竜王国……」
とある情報源はいつも通り唐突に頭の上に現れ竜王国について一方的に語るだけ語ると来た時と同じように消えた。捕獲を試みたがかすりもしなかった。忌々しい事この上ない。
「竜王国は大陸中央方面のビーストマンの国からの侵略にあっていてかなり危ういらしい。だからこそ周辺国最強というガゼフの亡命はすんなり受け入れられるだろう。おまけとして2体のドラゴンと強大な魔獣もついてくる。我らだけですべての侵略を押し返すことは不可能だがこの翼で後方へ浸透し指揮官を狙い撃ちすれば戦線をかき回すことくらいはできるはずだ。売り込み文句としてこれほどのものはあるまい」
最悪他の戦線が耐えきれずデッドラインにかかるようならエンリが所持しているアイテムの中にいるアレを解き放てば侵略すら覆せるとも言われた。さすがにそれは口にしない。
「お義父さんは……なんていうかな……?」
「あやつだけなら間違いなくこの国に残るだろう。だが、今はそうではないからな」
家族を持ってしまった今、その命を危険にさらしてまで残り続ける選択肢をはたして選ぶことが出来るだろうか。
「なんにせよ、ガゼフを取り戻してから聞けばいい。とはいえ、地下牢に囚われている今は手が出せん。チャンスは処刑の直前、恐らく新王も顔を見せるだろうからせいぜい恥をかかせてやろう」
王城前の広場で行われる公開処刑は厳重な警備の下行われるだろう。だが、オラサーダルクの前では何の役にも立たない。それはもう一方的な奪還劇となるだろう。
「ただ一言、取り返してこいと命じればいい。姉妹二人で旅立つ選択もあるが……その目を見れば問うまでも無いな」
「……ネム、これは私が決めたことだから。ネムはただついてくるだけ。どんなことになっても、ネムに責任は何もない。いい?」
エンリはネムの頭を撫でながら言う。
王に逆らう覚悟は決めた。
「オラサーダルク、必ずお義父さんを連れ戻して」
「いいだろう。任せておけ」
自信たっぷりに請け負うドラゴンは実際止められる者などいない。それこそ魔導王や魔導王が大虐殺の末呼び出したあの仔山羊でもない限り無理だろう。
ガゼフやブレインですら鱗一枚切り落とすのが関の山だった。城の警備をする衛兵が何百人集まろうと止めることは不可能。
奪還は確実なのだから考えるべき事は竜王国に行ってからの事だ。
血のよう紅い鎧、■■■■■■■の血に濡れた槍。
気持ちを切り替えようとした時、エンリの脳裏に何かがよぎる。
同時に激痛。声も出せずエンリの意識はブラックアウトした。
ほんのりと冷たい風が頬を撫でエンリは意識を取り戻す。
「……あれ、ここは?」
少々硬くひんやりとした何かに荷物のようにぞんざいに乗せられている。
「えっと……どうして寝ていたのかしら?」
直前の記憶はオラサーダルクにガゼフ奪還を命じた所で途切れている。
「下手に動くと落ちるわよ」
まだぼーっとしている意識を覚醒させる。というよりそうせざるを得なかった。
場所は王城の一際大きな屋根の上。そこに寝そべるようにしてキーリストランがいた。
エンリはその背にある荷物台だ。確かに、下手に動けば王城の屋根から真っ逆さまだ。
「あ、おねーちゃん。目が覚めた?」
声の主、ネムはキーリストランの腕に抱かれこちらを見上げている。
「うん、大丈夫……だと思う。何で、眠っていたのかしら?」
「き、きっと疲れてただけだよ。ネムは朝まで寝てたけどおねーちゃんはそうじゃないでしょ?」
ネムが隠し事をしているのが一目でわかるが問いただすより前に眼下の光景を見て思いとどまる。
城門前広場に即席で造られた処刑台。その周辺に集まる市民たち。誰が処刑されるのか大々的に通達されているため戸惑いの声が多く、半信半疑で見に来た者も多い。
太陽は大きく傾き間もなく処刑が行われる時間となる。
「オラサーダルクはどこに?」
「城門の屋根の上だよ。王子様……新しい王様?を一番驚かせるタイミングで姿を見せるって」
「……そう」
王城の屋根の上からでは遠すぎて詳細な様子がわからずもどかしい。
「キーリストラン、もう少し近くに行けない?」
「誰にも気取られない場所という事でここにしたわ。……ネム、この前あげた鏡を出して」
「うん、わかった」
ネムがポーチから引っ張り出したのは直径30cmほどの鏡。
『遠隔視の鏡』その手鏡版である。いつの間にかポーチに取扱説明書と一緒に入っていた。ただ、それを素直に言うわけにもいかないのでキーリストランが持っていた財宝の一つという事にした。
なお、下手人は言わずもがなポーチの制作者であるジュゲム。エンリのベルトポーチにも同じものが放り込まれているが気づいてはいない。それどころか気まぐれで作ったアイテムを勝手に入れることもある。『自由と不自由』を使えば相手のインベントリアイテム内に直接転送することも可能だった。
「こーしてこーすれば……ほら!」
処刑台周辺を見下ろす視点でみた光景が映る。わざわざ作られた処刑台に沿うようにある貴賓席に着飾った貴族と、さらに一段高い場所にバルブロ王子の姿が見えた。
そして、地下牢の方から罪人が引きずられてくる。
木製の首枷に両手も拘束され、地下牢にいる間拷問でも受けたのか傷だらけであり着ている服ももはや襤褸切れと変わらない。足首にも木の板枷が取り付けられまともに歩くこともできない。それゆえ引きずって連れてこられた。
あまりの状態にエンリもネムも息をのむ。民衆の騒めきも大きくなった。
「静まれ、静まれぃ!」
ガゼフが碌な抵抗もできないまま処刑台に拘束される間に一人の文官が声を上げる。
「これより大罪人、ガゼフ・ストロノーフの公開処刑を行う!」
文官は携えていた羊皮紙を広げるとそれを読み上げ始めた。
「一つ、この者は王国戦士長の地位にありながらアインズ・ウール・ゴウン魔導国と内通していた。一つ、この者はザナック王子と共謀しランポッサ3世陛下を弑逆した。一つ、捕縛に際し諫めに来た部下数十名を殺害した。以上の罪により四肢を粉砕、切断した後串刺し刑とする!」
静かにするようにと衛兵があちこちで声を上げるがそれでも止まらないほどのざわめきが広場を埋め尽くす。そんな中、バルブロは大の字に拘束されたガゼフの側へ。民衆からは夕日の逆光で見えていないがその顔をは醜い笑みに歪んでいた。
「何か言い残すことは無いか? 新王が聞いておこう」
「……部下達も巻き込んだのですね?」
「ああ、『お前が』殺したな。使いの一つも満足にできない無能だ。仕方あるまい」
ギリと歯を食いしばる。ついでに殺されたのだと悟った。
「陛下は……このような手段に出ずともバルブロ王子を推しておられた……なのに……!」
「そうか。だが、遅かったな。さっさと王位を退いてくださればこうはならなかった。すべては父上の判断力の無さが原因だ」
「……最期にもう一つ。……娘達には手を出すな」
飲まず食わずで拷問を受け続け、暴れる体力も最早無い。それでも視線に込められた気迫は周辺国最強の名にふさわしい。
バルブロは顔を引きつらせ後ずさった。背筋に冷たい何かが走る。だが、ガゼフの拘束が完璧であると確認すると再び下卑た笑みを浮かべる。
「それも、手遅れだな。娘達も間もなく捕縛されるだろう。捕まえた後は……気に入れば適当に使ってから後を追わせてやろう」
「そうか、ならば安心だ。思い残すことは無い」
「何?」
返って来た言葉にバルブロは眉を顰める。
一方ガゼフは安心していた。
まだ捕まっていないのなら、絶対に捕まることは無いだろう。二人の娘に仕える二匹のドラゴンと強大な魔獣を相手にしては王都にいる全兵力をぶつけても蹴散らされるだけだ。それだけでなく、ドラゴンすらも上回る力を持つ二人も動いてくれるはずだ。
だからこそ、思い残すことは無かった。
「……まあ、いい。処刑を始めろ」
バルブロが少し面白くなさそうに指示を出す。巨大なハンマーを持った処刑人が姿を見せた。
『わざわざ殺す必要はないぞ。贄は生きたままでいい。鮮度が落ちる』
広場全域に妙に通る大きな声。だが、声の主の姿は見えない。
『それに、少しおかしいではないか、新たな王よ。契約では300の贄を差し出すとしたはずだが?』
見えない声の主が続ける。
新たな王と呼ばれたバルブロは目に見えて狼狽えだした。
「だ、誰だ! 姿を見せよ、不敬であるぞ!」
精一杯の虚勢でバルブロが叫ぶ。
「ああ、見せてもいいのか? 騒ぎを起こすのは避けておこうと気を使ったのだが」
声の主を探して騒めいていた広場が静まり返った。目の前に現れたモノを見て誰もが口を閉ざした。
巨大な青白い鱗を持つ竜が処刑台の横にいた。誰よりも高い位置からそこにいるすべてをまるで虫けらでも見るかのように見下ろしている。
「改めて問う。我が宝物から貸し与えた他人を支配下に置くアイテムの対価は300人の贄であったはずだ。刻限を前に用意できたのは一人だけという事か?」
ソレの効果を知っている。そう宣うドラゴンを前にしてバルブロは無意識に『支配の邪眼』を握りしめた。そして、その力を開放するがドラゴンの様子は変わらない。
「それとも、集まった住民にそのアイテムを使い贄として差し出すつもりだったか?」
竜眼が静まり返った市民の方を向く。
動けば喰われる。そんな気配を感じ、誰も動かず声も出さない。
「な、何を訳の分からないことを言っている!」
そのような空気の中で引きつってはいるが声を上げるバルブロは中々の胆力といえようか。
「ふん、言葉が通じないわけではなかろうに。では、もう一度言ってやろう。お前は新たな王になるために我が財宝の一つである他者を支配下に置くアイテムを我から借り受け前王殺しを遂行した。その罪は支配効果を受けなかったこの男にかぶせる計画だったではないか。貸し出しと対価の刻限は今日の夕刻。わざわざ出向いてやったのだ、疾くと用意せよ」
バルブロの顔から血の気が引いていく。貸し出し云々以外は事実なのだから。
とはいえ、どうすればいいのか思いつかない。混乱する頭を必死に回す。
まず、ドラゴンの機嫌を損ねるのは論外だ。何よりも位置が悪すぎる。巨大なドラゴンが手を伸ばせば、あるいは首を伸ばせば届く距離にいる。とっさに逃げられる距離ではない。
まだ貴賓席にいたのなら護衛の兵士を盾にすることもできるだろうが今近くにいるのは処刑人だけ。その処刑人の位置もガゼフを挟んだ反対側なので盾にするには絶望的だ。
次に、ドラゴンの言い分を認め『支配の邪眼』を手放しドラゴンの言う生贄を用意する場合。
『支配の邪眼』を使えば広場にいる民の多くを支配下に置き生贄として差し出す事も可能だろう。だが、このアイテムは邪眼というだけあってはっきり見えていて個人を判別できる対象にしか効果が及ばない。城門前広場にいる全員を見分ける事などできず確実に取りこぼしが出る。そして、取りこぼしの前でそれを行うという事はドラゴンのいう事が事実であり王位簒奪を目論んだのが自分であるという証明になる。
生き延びるだけならドラゴンに従うしかない。だが、その後は?
自分の所業を認めた後、正気に戻った者達がとる行動は?
ちらりと処刑台のガゼフをみやる。間違いなく、次は自分がここに拘束されることになる。
ドラゴンがなぜ事実を知っていて何を目的に現れたのかは分からない。わからないからこそ、どうしていいかわからない。今の所、ドラゴンはバルブロの返答を待つ気でいるらしいが。
オラサーダルクは悩んでいた。この後どうするかを。
ついつい調子に乗って贄を300などと言ってしまったが本当に差し出されても困るし、剣を向けられても面倒だ。エンリやネムが見ている手前無駄な殺しはしたくない。
悩み、とりあえず王子の出方を待つ。あのマジックアイテムを奪い取ることは確定事項としてそれ以外は返答次第とする。
と、どこかで嗅いだ匂いが動く。
日は沈み暗くなったにもかかわらず広場は暗いまま。かがり火を灯すの用意はされていたが強大なドラゴンを前に誰も動けない。言葉も発しない。
ただ、無音ではない。足音が一つ。
「お兄様、もう、認めましょう……」
光は乏しく顔は見えないがそれは第三王女ラナーの声だった。
誰も身動き一つしないためその声は非常に良く通った。
「強大な竜の機嫌を損ねてはいけません。すべてを認め受け入れマジックアイテムをお返しして裁きを受け入れましょう。計画すべてを知りつつも、気づかぬふりを続けていた私も同罪。共に裁かれます」
バルブロを取り巻く状況は一瞬で悪化した。民の前でもう一人の王族が暴露した。それはすべてが事実ではないが今この状況では否定もできない。
だが、逆に光明も見えた。ラナーが近づいてくる。『盾』が近づいてくるのだ。
バルブロはじわりじわりと移動する。貴賓席から歩いてくるラナーと向き合う体で立つ位置を調整する。ドラゴンは気にした様子を見せない。しかも、ラナーは何を思ったのかバルブロに近づかずドラゴンの方へ。そして、巨体を見上げ口を開く。
「力強きドラゴン様、契約を守れなかった事へのお怒りはごもっとも。しかし、私達は王族です。愚かな策で王位を簒奪せんとしても、民を贄に差し出す事はできません。ですから、どうかこの私の身を対価に怒りを沈めていただくわけにはまいりませんか?」
オラサーダルクは大いに混乱した。
なんだか変なことになって来た。目の前にいる人間はネムやエンリと面識があるらしい。というのも、身にまとう香水の匂いと同じ匂いをネムが三度ほど、エンリが一度帯びて帰って来た。独特な匂いだったのではっきりと覚えている。
そんな人間がしゃしゃり出てきて自分を生贄にしろなどという。そもそも生贄云々はただの戯言でありこの場から連れ出すのはガゼフのみだ。
視界の端で王子が徐々に距離を取る。ばれていないつもりなのか、あるいは逃げ切る自信があるのだろうか。
色々とめんどくさくなってきたオラサーダルクは口内でブレスを滞留させ極小の氷塊を作り出すと背を向け一歩踏み出したバルブロの足元を射抜く。木の板で作られた粗雑な処刑台はあっさり破損しそこへ足を突っ込んだバルブロは受け身もとれず顔から床に突っ込んだ。足が変な方向に曲がっているが無視してバルブロを捕まえると首からお宝を奪い取った。
「逃げるつもりのようだが……この我から逃げられると思ったのか? 愚かだな。とりあえず、これはもらっ……ごほん、返してもらおう」
久しぶりのお宝ゲットでつい本音がこぼれかけたが取り繕う。そして、奪った効果は劇的だった。バルブロによる支配の解けた貴族や衛兵が困惑の表情を浮かべている。被支配中の事はすべて覚えているらしい。
その混乱する兵士の中から一人だけ抜刀し突進してくる者がいる。クライムだ。
「ラナー様!!」
勝てぬ相手と理解しつつもクライムはラナーとドラゴンの間に立ちはだかる。
にらみ合うドラゴンと護衛の兵士。一触即発の空気が出来てしまった。
『二人共連れてきて』
突風が広場を撫でる。同時にオラサーダルクの耳に飛び込む囁くような声。
視界の端には頭スレスレを掠めて飛んで行ったキーリストランの後姿。方針は決まった。
「剣を向けられた以上皆殺しにしてもいいのだが……面倒だな。そもそも人間と契約したのが間違いだったか」
まず右手でガゼフの鎖を引きちぎると掴む。
「ただ、無手で帰るのも癪だ」
続いてラナーとクライムを左手でまとめて捕獲する。クライムが暴れようとするがラナーの身体と密着しているためすぐに動きを止めた。余談ではあるがクライムの顔はラナーの胸に挟まった。柔らかかった。
「対価はこれだけとしよう。新たな王よ。お前は見逃してやる。せいぜい、残された短い生を謳歌しろ」
王位簒奪者の末路など知れている。だが、王を失くしたこの国がどうなるかは興味もない。
オラサーダルクは翼を広げると一気に高度を上げた。
オラサーダルクの羽ばたきが起こした暴風が治まって数十秒経過してやっと広場に音が戻った。それは悲鳴であり苦痛に呻く声であり糾弾の声であった。
「おとーさん、これ飲んで」
ここは昼間身を隠していた街道沿いの休憩所。
致命傷ではないもののボロボロであったガゼフにネムはエリクシールを飲ませた。レベル的には中級品で十分だったのだがネムはその辺深く考えていない。
傷も癒え体の自由も取り戻したガゼフはどうしたものかと悩みながら周囲を見回した。
ガゼフの左右にそれぞれエンリとネムが。そして正面にはラナー王女と護衛のクライムがいる。ドラゴン達はまだ家で待っているであろうハムスケを迎えに行ったらしい。
「お義父さん、もう、平気ですか?」
「ああ、秘薬のおかげでな」
「じゃあ、さっきの話に答えてください」
処刑場から奪還されてここへ着くなり娘二人は竜王国への亡命を提案してきた。
「この国に留まるという選択肢はないか?」
ガゼフとしてはやはり未練が大きい。王族を失い大きく荒れるであろうこの国を見捨てるのはあまりにも辛かった。
「ありません」
ガゼフの問いに強い意志を持って断言するエンリ。エンリにしてみれば二度も居場所を奪った国だ。未練などないという事だろう。
「戦士長、私も亡命をおすすめします。それに、この国の混乱は貴方が思うほど長く続かないでしょう。おそらく、かの国が動くでしょう。慈悲深き王と聞くあの方が崩壊する国を見過ごすとは思えません」
「ラナー殿下……」
かの国、慈悲深き王。ラナーの言うそれが誰を指しているのかはガゼフもすぐわかった。
聡明な王女がそう未来を見据えるならおそらくその通りになるだろう。
「それに、父も貴方が自由であることを願ったはずです」
「……陛下……」
今わの際に仕えてきた王は確かにそういった。
王は気づいていたのか。王以外の守るべきものを持ってしまったことを。
気づいていたからこそのあの言葉。
「ラナー殿下はどうなさるおつもりですか?」
自分が決断を下す前に聞いておかねばならない。彼女もこの国に残れば処刑台に上がることになりかねない。
「私ももう国に戻りません。愚かにも国民より大切なものが出来てしまったので」
そういうとラナーはクライムの手を取った。
「ラ、ラナー様何を!?」
驚くクライムが愛おしくてその腕の中に身を預ける。手のやり場に困りわたわたさせているが最終的に体重をかけてくるラナーを支えるためその肩で収まった。内心は心臓バクバクである。
「クライム、無責任にも王族たることを捨てた私ですが共にいてくれますか?」
真っ赤になったクライムは混乱と緊張から声は出せず、それでも最大限の意思表示として何度も大きく頷いた。
「と、いうわけで戦士長。私とクライムはアインズ・ウール・ゴウン魔導国へ亡命し一市民としてひっそりと生きていきます。亡命を求める際、王国の現状を訴えれば最悪の事態は避けられると思います。王族であることを捨て、民を捨てた私に残された最後の義務です」
「わかりました。ご無事を祈っております」
「それで、エンリさん。お願いがあるのですけど……」
「えっと、その……、領空侵犯と思われたくないので近くまでなら」
「ええ、ありがとうございます。十分ですよ」
亡命するとはいえ、王族であるラナーに深々と頭を下げられると一般人であるエンリはどうしても気後れしてしまうのであった。
一応の王国編終了
次は竜王国でひと暴れして一応の完結にする予定
モンハンライズもswitchごと買ってしまったので次はいつになるやら。
空を飛ぶガンランスが楽しすぎるのでまた少しずつ書いてまいります