オーバーロード ー小鬼の調停者ー   作:ASOBU

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新しい職にも慣れてきたので必死に書きました



ガゼフ一家の危機

城の空気がおかしい。

それはガゼフの中にここしばらく続いている違和感だった。ただ、何がおかしいのかまでは分からない。聞いて回っても誰も普段と変わらないと答える。唯一違和感を覚えたのはブレインだけだ。そのブレインも違和感の正体までは分からない。

日常なのにどこかズレている。自分だけなら疲れが出ているだけなのかもしれないが二人いる時点でズレはやはりあるはずなのだが。

「おっと!」

考え事をしていたせいで少し危なかった。

部下が振るった模擬剣が腕を掠める。

「あ、おしい!」

今は部下を交えた訓練中。考え事などしている場合ではない。

「すまない、考え事をしていた」

「えっ? 明日は槍でも降りますか?」

「今ので一本取れていたら本当に槍が降ったかもしれんな!」

気を引き締め、軽口をたたく部下の手から剣を叩き落とす。本当にらしくないと思った。

「くっ、千載一遇のチャンスだったのに……」

「しかし、戦士長が訓練中に考え事だなんて初めてかと」

話しかけてきたのは副長だ。そして、彼の言う通りでもある。

「原因は城内にある違和感、ですか?」

「……そうだ。何かがおかしい。だが、その何かがわからないから違和感の域を出ない。それがなんとも気持ち悪いのだ」

「我々にはその違和感すらわからないので何とも……」

「ああ、そうだな。すまない、気にせず訓練を続けよう」

気持ちを切り替えるように努めるがその日ガゼフは訓練で初めて部下に一本取られた。

 

昼下がりガゼフは執務室で書類に目を通すランポッサ3世の護衛として控えていた。

これもまた日常である。だがあの大虐殺の後から体調を崩し気味の王は書類を読むペースも上がらない。

数枚読み、王爾を押して別の束に置き手を手が止まる。

「陛下、少し休まれては?」

「……かまわぬ」

大虐殺を境に王と交わす会話の数が減った。地獄のような撤退戦の中でガゼフは王の側を離れ養子になったばかりの娘を追った。そこで敵国の王であるアインズと会い、娘を想う父親としての自覚を新たにした。すべてを捧げ仕えると誓った王を放置して。

その事がガゼフの中で小さくない棘として残り続けている。

忠誠が揺らいだつもりはない。無いのだが、万が一娘たちと王のどちらかを選ぶことになれば今の自分はどちらを選ぶことになるのか、考えてしまう。答えは出そうにない。

「失礼します、ザナック殿下がおいでです」

「ふむ、ザナックが? 通してくれ」

静かな時間は第二王子ザナックの突然の訪問で終わりを告げた。

「父上、相談事がありお願いに上がりました」

執務室に現れたザナックはそう前置きするとガゼフの方をちらりと見る。

それは内密の話ゆえ出て行けという視線だ。それくらいの事はガゼフでもすぐに理解できるので一礼して部屋を出る。

兄であるバルブロ王子と弟であるザナック王子。次代の王はどちらが継承するのか。

そういった話はネタに事欠かない。少し前までは年齢や勢力の差でバルブロ王子がかなり優勢だった。しかし、王都が襲撃された夜、ザナック王子は率先して王都の治安維持に尽力した一方でバルブロ王子は王城に引きこもり災禍が過ぎるのをじっと待った。

有事の際に行動力を示せるか否かは勢力図に大きな影響をもたらしたのだ。

バルブロ王子優勢だった勢力図は今やザナック王子に傾きつつある。そのせいか、自信をつけたザナック王子はさらに行動的になり秘めたる力を開花させていた。

今日の相談事も正面切った直談判だろうか。

執務室前の廊下でそんなことを考えていたガゼフだったが激しい物音に気付き周囲を警戒する。その物音は執務室の中から。

扉を開けようとして一瞬躊躇する。

だが、くぐもった呻き声が聞こえると即座に扉を蹴破った。

「陛下!」

「殺す殺す殺せ殺す王は殺す殺せ殺す」

そこで見たものは明らかに正気を失ったザナック王子がランポッサ3世に馬乗りになり短刀を何度も振り下ろしている姿だった。

「ザナック殿下! 何を!」

ガゼフは即座にザナックを引き離しにかかる。

「な、なんて力だ!?」

しかし、ガゼフの腕力をもってしてもザナックを引き離すことが容易ではなかった。まるで人体のリミッターを解除したかのような動き。無理に引きはがせばそれこそザナックの骨が折れてしまいそうなほどに。

「誰か! 誰かいないか! 神官を! すぐに神官を呼べ!!」

そんな人間離れした膂力でザナックが暴れるのでガゼフは全力で押さえつけるしかない。王の治療を頼む為大声でひとを呼ぶ。誰かが来るその時までの時間がとても長く感じた。

「こ、これは何事だ!?」

最初に来たのは望んでいた神官ではなく第一王子バルブロだった。バルブロは入ってくるなり血まみれで倒れる父王と返り血に濡れガゼフに組み敷かれている弟を見て激昂した。

「ザナック、貴様、王を、父を手にかけたのか!」

普段の行いからは想像できない聡明さで状況を把握すると腰の剣を抜いた。ただ、間違っているのは、王はまだ生きていた。か細いが息があった。先にするべきは断罪ではなく救助なのだが激昂したバルブロは気づけない。

「お待ちください! 先に陛下を!」

「愚かな弟め! 兄が断罪してくれる!」

ガゼフが叫んでもバルブロは聞こえていないかのように叫び剣を振り下ろす。

止めるべきなのだが全力でザナックを押さえつける手を離せば王にとどめを刺されかねない。それに、矛先がバルブロにも向いた時、庇い切れる位置でもない。

 

不格好な斬撃がザナックの首にめり込んだ。たしなみとしての剣術しか知らないバルブロの腕では人の首を一刀で切り落とすなどできない。噴出した血がガゼフを紅く染め上げる。

ザナックの身体から急速に力が抜けていく。首を落とすことはできなくとも致命傷だ。もう押さえておく必要が無くなってしまった。

「陛下!」

常備している水薬の栓を開けランポッサ3世の傷に振りかける。それなりに高級なものだ効果は大きくランポッサ3世の傷はふさがっていく。だが。

「ガゼ……フ……ちか、くへ……」

老齢とカーペットを濡らすおびただしい出血量、下がり切った体温。ガゼフもランポッサ3世自身ももう無理だと悟ってしまっていた。

「ここにおります。何なりと……」

「こ…れまでの、忠義、大義であった……これよりは……じ、ゆうに……いき……よ」

「っ……」

ガゼフは何も言えず、しかし、老王はその反応を見て満足そうに息を引き取った。

「ガゼフ・ストロノーフ。父は、今まで生きていたのか?」

「……はい。水薬で治療を試みましたが―」

「なぜ、もっと早く治療をしなかった!」

「いえ、しかし、ザナック王子の力が強く手をはなせる状態では……」

「馬鹿な事を言うな! 王国一の剣士であるお前にザナックを制圧出来ないわけがないであろう! ……貴様、ワザと父の治療が間に合わなくなるまで待っていたな!? ザナックとグルであろう!!」

何を言われたのか理解できなかった。ランポッサ3世の死を目の当たりにして受け止めきれずにいる今、バルブロが叫ぶことの意味が分からない。

「誰か! この男を拘束しろ! ザナックと組んで父王を弑逆した者だ!」

「な、なにを……」

混乱するガゼフ。執務室に数人の騎士とガゼフの部下が駆け込んでくる。そして、室内の様子を見て息をのんだ。

「この男を捕らえよ! 王を殺した犯人だ!」

「何を言うのですか! ザナック殿下も明らかに様子がおかしかった。あれはまるで魔法により支配されていたような気配です!」

「ほう、魔法による支配か。わかったぞ……ガゼフ、貴様魔導王と手を組んだな!」

何故ここで魔導王の名が出てくるのか。本来は問うところだが、事実ガゼフはアインズと交流がある。国にしてみれば裏切りと取られてもおかしくは無い。知られていないはずだがもし気づかれていたとしたら。

「薄汚い魔法詠唱者風情が興した国だ、正面からの戦争では勝てぬと悟りこのような下らぬ手に出たのだな!」

とっさに言い返せなかったガゼフの両腕が部下に拘束される。右側には信頼のおける戦士団の副長が。

「おい、副長! 放せ!」

振りほどこうとして、しかし、できなかった。

「な……」

この力、つい先ほどにも片鱗を見た。下手な剣術で何度も切られたのかぐちゃぐちゃになったザナックの頭部が視界に入る。

「残念です、戦士長」

副長の声に一切の感情は無く。別の誰かによって後頭部を強打されたガゼフは意識を奪われた。

 

ガゼフ邸の玄関にある小さな花壇のへりにネムが座っていた。

とっくに夕食の時間は過ぎたのだがガゼフが帰って来ないので待っているのだ。普段、どうしても遅くなる時などは朝出かける時に言付けるか、夕方になって部下の一人が伝えに来る。だが、今日はそのどちらも無かった。

ネムはアインズに依存しているがガゼフを軽んじているわけではない。この家を空けがちだがガゼフにはちゃんと娘として接しているつもりだ。だからこそ、家族がそろって取る夕食は毎日楽しみにしている。

「ネム、先にお風呂入りなさい」

「もう少し、待ってる」

「きっと、急な会議でも始まったのよ」

「……もう少しだけ」

言っても聞かないと悟ったエンリはため息とともに踵を返す。屋内に入るといかつい男が腕を組んで待ち構えていた。

「どうしたの、オラサーダルク。難しい顔して」

指輪の力で人化したオラサーダルクやキーリストランは食事がすむとすぐさま庭に戻る。一日3時間までのその効果が切れた時、瞬時に本来の大きさに戻るため以前事故が起きかけた。食後ネムと人化したまままったりしていたキーリストランの変身時間が切れあわやネムを押しつぶしかけたのだ。たまたま庭に面した部屋にいたため家が崩壊することは無かったが壁はぶち抜くことになった。それ以来すぐに屋外に出るのだが。

「嫌な力の気配がする」

以前似たようなセリフを聞いた記憶がある。

「それって、まさか、また悪魔が?」

「……いや、それほど濃くは無いから直接動くものはいないと思うが。おそらくは、悪魔所縁の宝物が動いている、気がする」

断言はできないようだがドラゴンの宝に対する嗅覚はかなりのものだ。

そして、言い出したタイミング。

「お城の中で何か起きていて……お義父さんが巻き込まれている……?」

「断言はできん。だが、今日は一段と甘ったるい嫌な臭いがする。……方向は城の方だな」

「そう。……明日は指輪の力を温存しておいて。明日の夜も帰って来なければ……ネムが寝付いたその後に」

「わかった」

その後に何をするのは口にしない。だがそれで十分に伝わるのだ。

 

結局その日ガゼフは帰って来なかった。

ネムは待ち疲れて眠ってしまったのでキーリストランが部屋に運んだ。

 

 

「お嬢様、大変ですよ!」

「またお嬢様って……。何があったのですか?」

ガゼフ邸に仕える老夫婦は旦那様の娘になったのだからとエンリやネムの事をお嬢様と呼ぶ。何度止めてくれといって聞いてくれない。

そんな老婦人が断りも無く部屋に飛び込んできて叫べばさすがに目も覚める。

「玄関に旦那様の部下の方が。言っていることが支離滅裂で訳が分からないのです。今下で夫が諫めていますが―」

悲鳴が上がった。その声は今目の前にいる女性の夫の声で。

「い……今、お、夫のこえ、が」

続いて何人かが廊下を走る音が聞こえてくる。目指す部屋はここと向かいのネムの部屋だ。

そこに目標がいる事がわかっている者の確信を持った足音。

エンリはどうするべきか決めた。

「オラサーダルク!」

庭側の窓を開け、手を伸ばせば虚空からベルトに取り付けられたポーチが現れる。即座に寝巻を脱ぎ捨てポーチの中からあの服を引っ張り出し着込む。このジュゲムからもらったたくさん入る魔法のポーチには万が一にも盗まれてはいけないものをいれ普段はオラサーダルクに持たせていた。

「お嬢様、その服はいったい……?」

「今から、外に出ることになりそうなので」

部屋の扉が蹴り開けられる。

「ひっ……!?」

「捕獲する」

部屋に入ってきたのは何度かあったことがあるガゼフの部下達。手には返り血に濡れた抜身の剣。

「副長さん、何のつもりですか?」

「捕獲する」

声にも顔にも感情は無く。戦士団は問答無用で飛び掛かって来た。

老婦人の手を取り窓から身を乗り出す。オラサーダルクに乗って脱出するつもりだった。

だが、その手が振り払われる。

「お嬢様! どうかお逃げください!」

窓の外には隠密化したオラサーダルクが控えている。だが、彼女はオラサーダルクの正体もそこにいる事も知らない。彼女にしてみれば窓の外に安全な脱出手段などないのである。

それゆえの、身を挺しての時間稼ぎ。知らせていないことが仇となった。

躊躇なく、あっさりと複数の剣が彼女を刺し貫く。

彼らは皆ガゼフの部下。何度も宴会の場になったこの家に来ていて彼女とも面識がある。

それでも関係なかった。

ギリリと歯が鳴った。それでもここでつかまるわけにもいかない。

エンリは窓枠を蹴り窓の外へ身を躍らせる。姿を隠したままのオラサーダルクがそっと受け止めそのまま羽ばたき空中へ。

「どうする?」

「ネムは?」

「キーリストランが連れ出した。まだ眠っているようだな」

「そう、じゃあ、一旦合流して王都の外へ。その後は……どうなってしまったのか情報収集を」

「……エンリ、部屋に踏み込んできた輩から嫌な臭いがした。あれは間違いなく何らかのマジックアイテムの支配下にあるぞ」

「うん、絶対正気じゃなかった。……正気なわけない。……なにが起きてるんだろう?」

「さぁな。どうせ下らん人間同士の政争に巻き込まれたのだろうが」

 

ブレインの訓練に付き合いがてら割としっかりガゼフを取り巻く環境を把握しているオラサーダルクのぼやきは実際その通りだったのだがこの時はまだ知らない。

 




原神楽しいよ。時間が吸われちゃう
ついつい二次創作書きたくなるくらいにはドはまり中。

まあ、書き出したらこっちが止まるのでやりませんが……

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