そのあと
ジュゲム・ジュゲーム。
彼はユグドラシルおいて攻略Wikiに名前が載るほどのプレイヤーだった。
ただし、それは強いからとか警戒すべきだからといった理由ではない。
選んだ種族は亜人種であるが間違ってもPKの対象にしてはならないという注意喚起の下に名前が載せられていた。
『ザ・クリエイター』そのページにはそう記されている。
外部ツールを使えば一点物の装備を作ることも可能なユグドラシルで芸術品ともいえる品々を生み出し続けたプレイヤー。
レベル100ではあるがそのビルドは生産系特化。戦闘系は種族レベルに付随するわずかなスキルのみ。あとはこれでもかと生産系スキルを詰め込んだ。
戦闘力はほぼなくレベルからのパラメータで50レベルくらいの相手ならなんとかなるといった具合。10レベル差が開けば勝てないといわれるユグドラシルにおいてレベル100なのにレベル50の相手に勝つのがやっとといえばどれだけ弱いか想像に難しくない。
ジュゲムは安全地帯である町から出ることなくひたすらアイテムの生産を続けることでそのレベルを100まで積み上げた。
噂を聞いたプレイヤーが高レベル素材を持ち込めばただ同然の金額で強力なアイテムを作り出した。噂は噂を呼びジュゲムの下には古今東西ありとあらゆる素材が集まった。
駆け出しのプレイヤーには性能実験と称して武具やアイテムを貸し与えたりもした。
その中から強力なプレイヤーに育っていった者も少なくない。
芸術に関する造詣も深く、ギルド拠点の装飾に悩んだプレイヤーが相談を持ち掛けることも。
いつしか『ザ・クリエイター』と呼ばれるようになった。
リアルでも彼はクリエイターだった。
家は富裕層であり両親が会社経営、兄が後にそれを継ぐ。
家族構成の残りは自分、そしてテロに巻き込まれ死んだ年の離れた妹が二人いた。
反企業団体による小さな爆破テロ。社会を何も動かすことなく忘れ去られた事件。
バラバラになった妹達を見た時、彼の中で何かが音立てた。
内側からくる焦燥感に突き動かされるように彼は創作活動を始めた。
自由にできる環境があり彼には才能までもがあった。
絵を描けば高値が付き、気まぐれに作ったオブジェは大企業が自社のエントランスに飾るために買い取った。
自由になる金を得た彼が目を付けたのがユグドラシルというゲームだった。
ただでさえ異様に自由度の高いゲーム。それはただ戦闘系ビルドにだけ当てはまるものでもなく。
彼は湯水のようにリアルマネーをつぎ込み自分の渇望を満たしていった。
もし、課金番付なるものがあったなら全プレイヤー中十指に入っただろう。
そんな彼が選んだ種族グリーンスキン。低位の亜人種ゴブリンの派生種である。
ゴブリン種の中では知的で手先が器用という設定のグリーンスキンには生産スキル使用時に種族レベルに応じた大成功率アップという特性が付与される。
デメリットとして身体能力虚弱、成長パラメータにマイナス補正。そもそも戦闘に向いていない種族だった。
レベル100に至る過程でついてきた上位眷属召喚のスキルで呼び出すことができるゴブリン・ロードなどはレベル70。召喚したモンスターの方が強いなんてこともザラである。
ただ、彼は自分のアトリエから出ることはめったになく戦闘経験も数えるほどしかない。
それでもインスピレーションの赴くままに、欲望の赴くままに好きなものを作り続ける。
それが彼のユグドラシルでの楽しみ方だった。
サービス最終日を迎えるまでは。
この世界に飛ばされた彼は一人だった。ギルドに所属することもなかった彼はたった一人で未知の世界に放り出された。
「素晴らしい……未知が、新たな創造の可能性が俺を待っている!」
そして、狂喜乱舞した。
ゲームでは感じることがなかった五感を得ることができる。それは彼に爆発的なインスピレーションをもたらした。
まずは静かに制作に打ち込む為のアトリエがいるということで自分の持ちうる最大戦力である上位眷属召喚をうまく使いゴブリンの集落を乗っ取った。過剰戦力過ぎたと気づいたのはだいぶ後のことだった。
アトリエを築き献上させる素材の質を上げるために配下にしたゴブリン達に教育を施す。人間といざこざが起きれば打倒するために強兵策を練り、気づけばゴブリンの集落はゴブリンの国に姿を変えジュゲムは王になっていた。
それでもジュゲムはアイテム生産を続けた。
そして、隣接する人間の国も一目置くほどの規模になっていた王国はジュゲムがこの世界にやってきてちょうど100年目、一夜にして滅んだ。
たった一発の魔法によって。
彼はジュゲムがアイテムを貸し与えた駆け出しプレイヤーの一人だった。
成長しサービス終了日を迎え、たった5人の小さなギルドごと転移してきた彼らは情報収集の過程でゴブリンの王を名乗らされている者がジュゲムであると看破した。
どういったわけでジュゲムがそこにいるのかはわからない。だが、プレイヤーであり人間である彼らは同じ人間でありプレイヤーであるジュゲムがそこにいるのはおかしいという善意でもって助け出し超位魔法の一撃でもってゴブリンの王国を滅ぼした。
ああ、なんてことをしでかしてくれたのかこのバカ共は。
同じ人間であるはずのプレイヤーに対して殺意と恨みしかなかった。
むろん表面上は取り繕っていたが。
正面からは殺せない。そもそも戦闘スキルなんてほとんど持ち合わせていないジュゲムは陰険とも呼べる策を用いた。
ギルド内に不和の種を蒔き仲たがいさせるのだ。もともとリアルに帰りたがっていたメンバーとそうでないメンバーがいた。付け込むのは楽だった。
小競り合いはやがて殺し合いに発展し殺し殺されデスペナでのレベル低下の応酬。
復活をあきらめたものが次々に出て最後に残った一人はジュゲムからリアルに戻る手段はなく自分は100年ここにいると知らされ絶望からか自ら命を絶った。
その様を見て大いに笑ったものだ。
あの時から人間だった頃の残滓は無くなっていたと思っていたのだが。
そう、あれからさらに長い年月をゴブリンとして過ごしていたのだから。
ジュゲムは目の前にいる二人の少女を見る。
日本人であった彼は黒目黒髪。妹たちももちろんそうだった。
エンリとネムはそうではない。
ああ、でも姉妹の年の差はこの二人くらいだったか。
久しく思い出してもいなかったが案外自分にも人間的な部分が残っているらしい。
「さて、色々と考えたいのは山々だが先にお客さんの対応だな」
「お客さん、ですか?」
「村に入る前に感知アイテムを撒いておいた。それに反応がある。数は20ほど騎兵だな」
びくりとエンリの体が震える。
村を滅ぼした兵士達が戻ってきたと思った。
「そこで、さっそくこいつの出番だ」
ジュゲムはエンリから受け取ったばかりの指輪をはめた。一瞬ジュゲムの姿が揺らぐ。
そして、ゴブリンはどこにもいなくなっていた。
「うん、こんなもんか。人化の指輪なんか久しぶりに使うからなぁ。エンリ、おかしなところはないか?」
エンリは何と言っていいのかわからずただ首肯する。
目の前にいるのは人間の男だった。元がゴブリンであり小さかったためか身長は低め、エンリと同じくらいか少し低いくらいしかない。成人男性としては小柄といえるだろう。
黒い瞳と長めの黒い髪を後ろで適当にまとめている。
顔つきがこの辺のものとは少し違うためか年齢の判断はつけにくい。
おそらく20代後半から30代前半といったところか。
「んー、もう少しこう……違った気がするんだが」
「大丈夫、かっこいい!」
幼いネムにとってはゴブリンが変身したという事実が衝撃的だったようだ。かっこいいといわれ満更でもなさそうなジュゲムの手をつかみはしゃいでいる。
両親の死体が近くにあるというのに。
今まで平穏に暮らしていた村が滅んでしまったというのに。
現実逃避なのだろう。ネムがはしゃぐほどエンリは自分でも怖くなるほどに冷静になった。
「二人とも、よく聞け。近づいてくる騎兵が話の通じる奴なら俺は南方から来た商人で、二人に森の案内を頼んだために襲撃を免れた。そういう設定で行く。もし、村を滅ぼした兵士の一派なら合図をするから目を瞑り、耳をふさいで何も見聞きするな。いいな?」
ジュゲムは近づいてくる一団を観察する。
本当なら情報探査系の魔法を封じたスクロールを用いて情報収集したいが時間がない。
「武装に統一性があまりない……正規軍ではなく傭兵か……?」
やがて騎兵団は村の広場にやってきた。先頭の男に倣い見事な整列を見せる。
「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。近隣を荒らして回っているという帝国兵の討伐を任じられたものである。この村の生き残りは……貴方達だけなのか?」
先頭の男がリーダーらしい。この兵士の中で一番強そうだ、とジュゲムは判断する。
その男は村の様子を眺め悔しそうに顔をゆがめる。
「戦士長殿。私は南方より流れてきた商人でジュゲムと申します。それ故に訂正させていただきます。この村の生き残りは後ろの二人のみ、です」
「……そうか」
ジュゲムの説明を受けガゼフは馬を降りた。そして、戸惑っているエンリとネムに深々と頭を下げた。
「すまない。王国の民を守るのが我々の役目。だが、我らの力が足りないばかりに常に後手に回り続けている」
王国戦士長というからにはそれなりの特権階級だろうに。ガゼフは偉ぶりもせずただの村娘であるエンリとネムに頭を下げた。
「エンリ、その王国戦士長というこの方を知っているか?」
「えっと、以前知り合いに噂話で聞いただけですが……すっごく強い方だとか」
エンリの言葉にガゼフは苦笑した。
「確かに、個の力ではそれなりだと自負している。しかし、実際はこうして何の役にも立っていない」
「戦士長! しかし、それは貴族共の―」
「皆まで言うな。横やりが入っていても事実は事実だ」
部下に慕われているのだろうとなんとなくわかった。部下の兵士達も一様に悔しそうに。
そんな部下たちを諫めガゼフはもう一度ジュゲム達に向き直る。
「ところで貴方達はどうやって、その……」
エンリとネムに気遣ってかガゼフは言葉を濁す。
「彼女達は私に雇われて薬草の群生地を案内してくれていました。襲撃の時偶然にも村を離れ森の中にいたのです。村には私の連れてきた護衛もいたのですが……村の方々と一緒に積み上げられておりました」
「そう、ですか。……して、この後どうなさるおつもりか?」
「王都に行けば以前お世話になった方がいます。彼女達共にそこを目指すつもりです。このまま見捨てておくこともできませんので」
「わかりました。では護衛をつけさせていただきます。それと……少々お待ちを」
部下達が騒めく。ガゼフはそれを無視しつつ羊皮紙を取り出すさらさらと書きつける。
「王都へ向かう際、この書状をエ・ランテルに寄り都市長へ渡してください。王都への便宜を図ってくださるでしょう」
「なんと! ありがとうございます。しかし、その……貴重な戦力をお借りしては戦士長殿の任務に支障をきたすのではありませんか?」
「問題ありません。国民の生命を守るにも我らの任務ですので。五騎護衛につけ。残りは哨戒任務を継続する!」
「なりません! 襲撃された村の様子がいままでと違います。ここは罠の最奥。ただでさえ割き続けていた兵力をこれ以上減らすわけにはまいりません!」
「副長、命令を繰り返す。五騎この方達の護衛につけ。人選は任せる。残りは村人を埋葬した後次の村へ向かうこととする」
「……わかりました。私以下5名、村人の埋葬をすませた後3名の護衛として王都へ向かいます」
「それでいい。ジュゲム殿、力仕事は我々に任せてもらおう。貴方はその娘らとともにいてやってくれまいか」
「わかりました。その前にエンリ。ご両親を」
優先的に埋葬されるにあたりようやく両親の死を直視したネムは大声で泣き出した。
つられてエンリも。ジュゲムはその後姿を黙ってみている。
二人の少女の泣き声が響く中、屈強な戦士団によって粛々と埋葬が進められていった。
「神官ではない故簡易となるが……凶刃に倒れた村人達に祈りをささげる。黙祷!」
ガゼフが場を仕切りそこにいた全員がそれにならった。
しかし、その静寂は村の外から駆け込んできた騎兵によって破られた。
騎兵は静かな空気を察したがそれどころではない情報に大声を上げる。
「戦士長! 周辺に複数の敵影! 村を包囲するように接近しつつあります!」
オリ主なんだから独自解釈の塊でもいいじゃないか、という言い訳を一つ。
ユグドラシルで戦闘以外でもレベルは上がるのか?
作中では上がるという前提になっています。なんたって、『経験』値ですから。何事も『経験』ということで。
さて次回、カルネ村を描くならこのシーンは外せませんということで人気者の登場です。
なお、活躍する予定はありません(ネタバレ