オーバーロード ー小鬼の調停者ー   作:ASOBU

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今年も残すところ20日切りました、相変わらずの遅筆ですが細々と続けていきます



魔皇ヤルダバオト(偽)

行軍は順調だった。そもそも屈強な肉体を持つ各種族の猛者だ。体力的には問題ない。ナスレネのみ『飛行』の魔法で速度を補ったため他より消耗が激しいが仕方がない。

「して、これから先はどうする?」

「思ったより数がいるな……以前は数体だけだったのだが」

眼下に見える元々はいずれかの種族の居住地だった場所に数多くの悪魔が蔓延っている。

個々の強さは首領達にしてみれば問題ない程度だが如何せん数がいる。このまま切り込めば騒ぎが大きくなり奇襲にはならないだろう。

「ロケシュさん、ロケシュさん。ネムにいい考えがあります! デミウルゴス様に教わりました!」

「……参考までに聞こうか」

「ネムが捕虜になります!」

なんとなく嫌な予感がした。

 

 

「判断に困る者を捕虜にしたので連れてきた。通るぞ」

門番の悪魔に一方的に告げロケシュ達は歩き出す。

「……本当にうまくいくじゃろうか、これ」

「第一関門は突破したが、さて……」

居住地跡に踏み込んだのはロケシュとハリシャの二人だ。ハリシャの肩にはロープでぐるぐる巻きにされ猿轡をかまされたネムが担がれている。

反逆がすでに知れている可能性があるバザーは後方で待機、隣にナスレネを置き彼女の『飛行』ですぐに駆け付ける算段だ。

残るムゥアーは先行して隠れ潜んでいる。戦闘時にはうまく奇襲をかけてくれるだろう。

 

二人が目指す先は石で造られた一際大きな住居。おそらくは長の住居であったものだ。

途中何体かの悪魔がすれ違うたびに訝し気な視線を向けてくるが特に止められるわけでもなく、丘陵地帯を司る悪魔の居室へたどり着いてしまう。

「ここまですんなりと来てしまうと罠を思い浮かべるな……」

「奇遇じゃな、ワシもじゃ」

「むぅむむぅむ?」

ハリシャの肩にいるネムが何やらしゃべろうとするが猿轡のせいで通じない。本当は猿轡のマネっぽいもので十分だったのだがなぜか本人の希望でこうなった。

「何を言っているのかわからんからここは無視させてもらう。まぁ、万が一罠の時は見えざる護衛に外へ連れ出してもらえ」

「ヤルダバオト以外が相手ならそれくらいの時間稼いで見せようぞ」

「うむ、違いないな。ヤルダバオト以外なら遅れはとらん」

「むむぅ! むむむ!」

相変わらず何を言っているのかさっぱりわからない。

とりあえず、スルーすることにしてロケシュは扉を開けた。

 

「なんだ、反逆の知らせを受けて戻って来てみればたったの二人か」

謁見室を兼ねる広間の中央にそいつはそびえたっていた。

全身から熱気を迸らせる巨躯の異形。ヤルダバオトがそこにいた。

凶悪な魔法の前に屈したあの時とは姿が違うがそこにいるだけで死神に抱き着かれるような気分になる存在感はヤルダバオトそのものだ。

「どうした? わざわざ少数精鋭できたのだろう? 待ってやるから呼び寄せたらどうだ?」

完全にヤルダバオトの手の内だったという事らしい。

間もなくナスレネに連れられたバザーも広間に集う。そして、目の前の存在を見て全てを悟った。

だが、勝てない戦いであろうと、ここで引くという選択肢は無かった。反逆がバレた以上遅かれ早かれ一族は根絶やしにされるだろう。それは各種族の長共通の考えだ。

バザーには引けない理由がもう一つある。

ネムの事だ。真なる王にネムを任された。

その娘を喪うという事は命あるものの未来を全て失うという事と同義である。

バザーはそう思い込んでいた。

見えざる超級の護衛もいるがレメディオスの件もある。何事にも確実は無い。

バザーは下賜された剣を抜くと身構えた。

例え自分が死んでも、否、ここにいる族長と見えざる護衛全てを犠牲にしてでも無事に逃がさなくてはならない。

 

ロケシュ達が悲壮な顔で、それでも何とか闘志は維持した状態で戦闘態勢に入った後方でネムはどうしたものかと考えていた。

目の前にいるヤルダバオトはデミウルゴスが忙しい時に教師役を務める3体の悪魔の内の一人なのだから。

 

事実その通りで今目の前にいるヤルダバオトはデミウルゴス直属である憤怒の魔将だ。本来のヤルダバオト役である憤怒の魔将はその任務を全うすべく小都市でアインズの引き立て役として死闘を演じている。

ではなぜここにいるかという話なのだが単純。

上司たるデミウルゴスに試練となり立ちはだかりネムの成長を見てこいと言われたからである。

この世界の生物は至高の御方のように自らクラスを選択することが出来ず、素質と何を為したかという経験でもって自然とクラスを得てレベルアップするらしい。

少なくとも野良魔獣が訓練の末、戦士職を得て鎧を装備できるようになりネム自身も近接職を得たりしている。そして、今回の聖王国行きである。

ここで彼女が何かを得るのか、あるいは変化はないのか。それは分からないが身近で『ナザリック学』を教えていたかの魔将ならいち早く見えるのではないか。

そういった理由で彼はここにいる。

実の所少し楽しみにしていた。ナザリック最上位の頭脳を持つデミウルゴスですら『何をしでかすかわからない予測不能な存在』と言わせた娘である。至高の御方が一目置くのも理解できる。脆弱な人間にも関わらずナザリックを、至高の御方を尊び理解し、尚且つ役に立とうと頑張る姿は同じくナザリックに名を連ねる者としてほほえましく思える。だからこそ、自分という難事を前にしてネムがどうするのか楽しみであった。

 

「むーむ、むむむむむ?」

ネムの声だが相変わらず猿轡がかかったまま縛られている。

しかし、声に応える者はおらず、長達はヤルダバオトから視線を逸らせずにいた。

「むー! むむっむぅ!」

誰も反応しなかったので縛られたまま動き出した。器用に身体を捩り少しずつ前へ。

「むむむ! むむぅ! むっ!」

拘束を外してとアピールしたいのだろう。びたんびたんと跳ねだしたが視線を外せば死ぬ確信があるため振り返ることはできない。

「お前達、見ていて面白いが拘束を解いてやったらどうだ?」

魔将は笑いをこらえるのに必死だった。よくもまぁ、あんな器用な動きができるものだと思いながら、絶望と向き合っている長達に助け舟を出してやる。

だが、悲しいかな悪魔の言葉を真に受ける者はいなかった。

「やれやれ。では、こうしよう『火球』」

憤怒の魔将が行使できる魔法の中で最弱である『火球』を無強化で放つ。狙いはネムへ。

瞬時にバザーが反応した。

「させるか!」

射線に立ちはだかり『火球』を一閃。バザーの目前で破裂した『火球』は勢いそのままにバザーを飲み込む。

「ほう、ほぼ無傷で耐えるか。その鎧、ただの鎧ではないらしい」

下賜された鎧の性能を知っている魔将のわざとらしいセリフは置いておいて一番驚いているのはバザーだ。下手をすれば瀕死の威力と覚悟していたにもかかわらず毛皮の先が少々焦げた程度で済んだ。剣にしてもゆがみや刃毀れも見当たらない。

魔導王に感謝の言葉を捧げつつ飛び下がりネムの拘束を外す。

「すぐに逃げろ。魔獣とドラゴンを使い少しでも遠くへ。あれは……時間稼ぎすら怪しい」

そもそも、ヤルダバオトがここにいる事すら想定外だった。この状況でネムを守り切れるとは思えない。護衛を伴いすぐに離脱させるのが最善手だ。

「見えざる護衛の方々、すぐに撤退を―」

「しないよ?」

「は?」

「本当はアインズ様がヤルダバオトさんをやっつけるはずだったけど……ここにいるってことはネム達にそれを任せるってことだよね? アインズ様はネム達にできない事を押し付けたりしないよ」

「無茶だ! あれは我らでどうにかなる次元の存在ではない!」

「だとしてもやってみないとわからないよ」

「やらなくて――っ!」

ネムはニコニコと微笑みながら精いっぱいに背伸びをしつつバザーの口の前に人差し指を添えた。

「大丈夫、ネムは死なないから」

どうしてあの存在を前にそれだけ余裕でいられるのか理解できなかった。

こんな状況にも関わらず動きを止めてしまったバザーの横をすり抜けネムは魔将の前に。

その足歩取りは軽い。他の長達も唖然としている。

 

ネムとしても少しドキドキしている。

命の危険は絶対にない。怪我する可能性も無い。ネム自身にそういう心配は無い。

心配なのはバザーやロケシュといった亜人の長達が巻き込まれることだ。

バザーは武具を下賜されていたので多分大丈夫だろうが他の人は選択を間違えると多分、殺されてしまう。それは絶対に避けたい。

「お、お主、何を考えておるのだ?」

最前列で魔将と相対しているロケシュは震える声も隠せていない。ロケシュ自身そんな状況にもかかわらず、この人間は本当に何を考えているのか分からない。

後ではバザーが我に返り取って返してくる。

しかし、その時にはネムと魔将は向かい合っていた。

 

「娘、殺す前に一応聞いておこう。お前はここにいる存在の中で最弱。姿を隠した護衛がいるようだが弱点たるお前の守りに徹する限り戦力になり得ない。それにもかかわらずなぜおまえは我の前に立つ?」

「聞いてみたいことがあったからです」

「ほほう、大した娘だ。面白い、戯れに答えてやろう」

「ヤルダバオトさんは何故こんなことをするのですか?」

「こんな事? ああ……亜人を支配し人間を恐怖のどん底に叩き込む事か?」

魔将から熱気が広がり、長達が耐え兼ね後ずさる。それほど耐えがたい熱気なのだがネムは汗こそ垂らしているが下がりもしない。元々メイド服にそれなりの属性耐性があるのとジュゲムが与えた強力な加護の指輪のおかげでサウナ状態だが耐えられる。

なお、普通の人間の場合即座に発火する環境である。

「簡単なことだ。お前たち人間は呼吸をするなと言われて生きていることが出来るか?」

「無理だと思う」

「そうだろう。悪魔にとって 光の下に生きるすべてに対する悪意こそがそもそもの存在理由だ。やめろと言われて止めることが出来ると思うか?」

「うん、できるよ」

「……何故だ?」

「知り合いに悪魔さんがいるから。みんな人間やそれ以外にもいい感情は持っていないみたいだけど、アインズ様の旗の下共存に向けて動いているよ。だから、貴方もできるハズ」

「魔導王に、悪魔の存在理由を曲げさせるほどの力があると?」

「うん。だから、貴方も魔導国の民になって? そうすれば万事解決だよ?」

「くくく……この状況でも勧誘するか。やはり面白い娘だ。殺すのは惜しくなった」

魔将が一歩踏み出す。熱気が増しネムも耐え兼ねて少し下がった。

「故に、捕獲し四肢をもぎ、杭に刺し貫て魔導王の前に生かしたまま持っていこう」

「やっぱり言葉だけじゃダメなの?」

「当然だろう? どうする? 抵抗するのかしないのか?」

「……するよ」

ネムの言葉に応えて二つの影が姿を見せる。

「アカカゲさん、アオカゲさん。姿を見せるのが本意じゃないのは分かってるけど……皆がお屋敷の外に出るまで時間を稼いでください『めーちゃん』も呼びます」

「「御意」」

彼らも相手が何者か理解しているので緊張感は無い。それでも、一応形ばかりの戦闘態勢に入る。

「側を離れるなら小娘も焼き払うが?」

「二人いる我らがそれを許すとでも?」

次の瞬間、アオカゲが飛び出し鋭い蹴りを放つ。ヤルダバオトはそれを正面から掌で受け止め一歩も動かず耐えて見せた。

そこから繰り出される体術と忍者刀による斬撃。ロケシュやバザーでは視線で追いかけることもできない高速連撃をヤルダバオトは余裕を持って捌ききる。

当然両方本気ではなくスパーリングのようなものである。ぶつかり合う度に大気を震わせ地を揺らすそれが現地勢にはとてもじゃないがそう見えないだけで。

アオカゲが前線にいる間にネム達は屋敷を飛び出した。

「言われるままに出てきたはいいのだが、どうするつもりだ?」

「お屋敷の中にいると崩れて危ないから外に来ただけだよ」

ネムの手には3つ目の紅白玉が握られている。

「その中に起死回生の一手が入っていると?」

「ネムのお友達で一番強いよ! 出てきて、めーちゃん!」

 

閃光と共にそこに現れた大質量は同量の空気を押しのけ突風を巻き起こしつつ顕現した。

「な……なん、だこれ、は……」

生じた突風からネムを庇ったバザーはそれを見上げて言葉を失った。ハリシャやロケシュは元より大きめの口をあんぐりと開けたまま硬直している。

足元からは上が見えないほどの巨体。先ほどまでいた屋敷は顕現した巨体に巻き込まれて崩壊した。

それほどの大きさをもつ、一目見ただけで理解できる暴力の塊。

漆黒の皮膚に同じく黒光りする無数の触手がうねり

『めぇーーー』

あまりに似つかわしくない声で鳴いた。

ここで誰も悲鳴を上げなかったのは流石と言えよう。

『めぇー、めぇー』

「めーちゃんも心配してくれてたの? ごめんね、心配かけて」

それほどまでに理解不能な存在がネムを、壊れ物を扱うようにそっと触手で持ち上げじゃれついている。

 

「面白い。面白いぞ、小娘! 見ろ、亜人共!これを前に思うところは無いか? 悪魔の支配下にいるのと悪魔ですら正気を疑う存在を使役する者の支配下にはいるのと、そこに大きな違いはあるかな? くは、くははははは!」

「ひどいなぁ、こんなにかわいいのに。ねぇ?」

「めぇ」

 

いやいや、流石に『かわいい』は無理だろう。

 

ヤルダバオトや護衛のハンゾウ、キーリストランやバザーにロケシュ達亜人達もこの時ばかりは気持ちが一つになった。

気づかないのはネムだけである。

 

「かわいい、か。知っているぞ? その化物は数万の王国兵の命を生贄に捧げて生まれたのだろう? 悪魔より悪魔らしい所業の産物ではないか」

「生まれは、そうだけど……生まれたら一個の命だもん。そこに貴賤なんて無い」

「なるほど、それがお前の考えか。ますます興味が湧いた。おしゃべりはここまでにしてさっさと捕らえるとしよう」

「めぇえええぇ!」

身構えるヤルダバオトと足元に注意しつつ前に出る子山羊。

想像絶する殴り合いが始まった。

 

憤怒の魔将は魔将シリーズの中では珍しい物理特化純戦士型である。

レベルは84、高レベルモンスターにふさわしく純戦士系だが複数の魔法も行使できる。

さらに、この個体はこの地に来てから召喚されたものではなく、デミウルゴスの副官としてカスタマイズされ創造された個体でありパラメーターにおおよそ5レベル分のボーナスが付与されている。

一方で子山羊は死霊魔法特化のアインズが行使した魔法で召喚され、ビーストマスターのクラスを持つネムに使役される形でここにいる。カタログスペックとしてはレベル91。

しかし、ネムに自覚は無いが特殊技能によってバフがかかりただでさえ高いレベルがさらに強化されていた。

 

そんな超高レベルパワー型の2体が殴り合えばどうなるか。

 

「ありえん、ありえん、ありえん……」

ロケシュはとぐろを巻いて小さくなると頭を抱えて現実逃避した。

「……」

ハリシャは白目剥いて立ったまま気絶。

「はやく、はやく終わって、おくれ」

ナスネレはぺたりと地面にへたり込み水溜りを作っていた。

刺激臭が漂うが咎める気力のある者はいない。

「……」

バザーは両腕を組みネムの後ろに立っていた。震える体を必死に律して。

魔導王に会う前のバザーなら恐怖にかられ恥も見分も無く逃げ出していただろう。

それほどまでに見る者に狂気を齎す戦い。

 

縦横無尽に動く触手がヤルダバオトに襲い掛かり空気を震わせる衝撃と共にそれらを捌く。

時に炎を纏い触手を殴りつけその巨体を揺るがす。

魔将は魔法を使わず殴り合いに興じていた。

理由は単純、周囲のゴミを巻き込むから。先ほどの行動からネムがゴミを保護しようとしているのは明白。ネムが必要と判断したなら今後の為に生かしておくべきなのだろう。

故に、この塵しかいない世界で全力を振るう相手がまだ見つかっていない世界において、魔法に枷はかけつつも自分の力を振るうことが出来るこの機会を楽しむことにした。

相手は特殊な召喚魔獣なので特殊技能こそもたないが単純な肉体強度なら自分より上である。手加減の必要はない。

 

「めーちゃん、がんばれ!」

しばらくの殴り合いの後、足元からの応援という名の無自覚な追加バフに応え子山羊はギアを一段上げた。

「む!? ぐっ!?」

加速に対応が遅れ魔将は初めてクリーンヒットをもらう事になる。

それでも何とか追撃を躱し距離を取った。

明確な痛みが殴り合いで高まった熱を急速に冷ましていく。

とても楽しく、とても満足した。同僚たる他の魔将に自慢しなければならない。

しかし、にやけそうになる表情を無理やり変えさも不満そうに距離を取る。与えられた配役はちゃんとこなさねばならないのだから。

「……業腹だがここまでだな。その魔獣を潰すには準備が足りん。小娘、そして塵共。その命しばし預けておこう。いずれ、捻りつぶしてやるが」

「えっと、つまり逃げると?」

「ああ、そうだな。今この時は尻尾を巻いて逃げるとしよう。この地もくれてやる。亜人共が反旗を翻した以上この地に価値も無いからな」

魔将は翼をはためかせ上空へ。くるりと子山羊の上空を一巡すると空の彼方へ消えていった。

 

「いった、か……」

もう限界だった。バザーが息を荒げて膝をつく。

本当に、生きた心地がしなかった。

戦闘中にあの悪魔が何度か視線をこちらに向けた時、子山羊の触手が割り込んでこなければその回数分殺されていただろう。小便を洩らさなかったのは奇跡に等しい。

「いっちゃったねー。はい、バザーさん。元気が出るお薬」

SAN値直葬状態の面々にネムはマインドポーションを配って回る。

直接戦ったわけでもないのに立っているほども辛い状態であり非常にありがたかった。

倒壊の際に巻き込まれたのか少し離れた所で瓦礫に埋まっていたムゥアーにもポーションをぶっかけておく。少なくとも肉体的なダメージは回復する。

 

「周辺にいた悪魔の兵士も消えたようだな。ムゥアー殿、念のため哨戒を頼めるか?」

少し時間を置き体力気力共になんとか問題ない程度に戻したロケシュは元司令官の立場からか弛緩した場の空気をとりなす。

「わかった。後方に待たせてある伝令はどうする?」

「ついでに知らせてやってくれ。悪魔の脅威は去った、と。後は逃走したヤルダバオトを魔導王が討ってくれればひとまずは集束か。……その後の事はその時に考えよう」

正直今は族長としての立場も強者としての立場も全て投げ捨てて巣穴に戻りひっそりと暮らしたい気分だったが目の前の娘がそれを許してくれないであろうことは予想出来ていた。

「ロケシュ殿、俺とナスレネ殿は一旦囚われた部族の元へ向かう。ネムを任せていいか?」

「……まぁ、いいだろう。今後の事を考える時間がほしい。ハリシャ殿、少し知恵を貸してくれ」

「儂も部族の事が気になるが……頼まれれば否とは言えんぞ」

バザーとナスレネを見送り小さくため息をつく。

今後の事。それを口にするだけでも頭が痛くなる。

そもそも、ネムが口にするあらゆる種族が平等で争いの無い国というのが想像つかないのだ。

しかし、今までのままというわけにはいかないだろう。

悪魔の強権の下とは言え、アベリオン丘陵の亜人は一つの旗の下に集った。その時点で過去の在り方とは大きく変わってしまっている。一度変わってしまったものは二度と元には戻らない。ならば、新たな環境に適応していくしかないのだろう。

 

あれこれ考えているといつの間にか側にいたネムがコップを差し出していた。

中には柑橘系の匂いがする果実水で満たされている。

「……もらおう」

「はい、どうぞ」

相変わらず不思議な人間だとは思う。人間の、しかも子供となれば亜人と遭遇しただけで泣きわめくのが基本だ。だが、こいつは。

 

「ふふふ、これでみっしょんこんぷりーと、だね!」

「姫、お見事でござる!」

じゃれ付き盛り上がる一人と一匹を横目に一口すすった果実水はちょっとシャレにならないほどおいしかった。

 

 

後にロケシュは魔導王アインズ・ウール・ゴウンから『ローブル及びアルビオン自治領域守護者』として封ぜられ胃を痛めながら個性豊かな亜人種をまとめていく事になる。

任された領域は聖王国の領域も含むが人間種はほとんどいない。

 

 

何故なら―

 

 




もう少しで聖王国編も終わる予定です

いつになるかわからんけど……

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