オーバーロード ー小鬼の調停者ー   作:ASOBU

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長期連載されていた作品の一つが琴線に触れ、完全に読む側に回っていました
時間たつの早すぎぃ


獣を屈服させる方法

ネムが両手に持っていた玉から光があふれそれぞれ形を作る。

一つは身体に見合わない大きな時計を首から下げた小さなうさぎ。

一見無害だが何やら猛烈に嫌な予感がする。

もう一つはバザーと同じくらいの体躯を持つ強大な力を秘めた魔獣。

しかも、魔獣に至ってはその体の要所を、明らかに魔法を帯びた鎧で固めている。

なるほど、とんでもない隠し玉だった。

知らず知らずのうちに武器を握るヴィジャーの手に力が籠る。

 

「ひーめー、某苦しかったでござるぅー」

「えっ!? この玉の中苦しいの?」

「あ、違うでござる。中は快適すぎて余計な肉がつかないか心配になるほどでござる。苦しかったのは姫が怪我した時、某が何もできない場所にいたことにござる」

「中から外は分かるんだね。心配させてごめんね、ハムスケ」

ひしっと抱き合う人間とハムスケと呼ばれた魔獣。

足元ではウサギが自分も混ぜろと飛び跳ね必死にアピールしていた。

 

ヴィジャーは相手方と自分との温度差に困惑した。

自分の殺意は変わらない。

……相変わらず、向ける先がはっきりせず違和感が酷いがやることは決まっている。

だが、相手のあのざまはなんだ?

命がけの戦いを何だと思っているのか。

遊びに来たようなつもりなのか?

あるいは。

 

――歯牙にもかからぬ相手だと思われているのか

 

無意識のうちに喉が鳴る。

獣のように唸るのは本来恥ずべきことだが今はそれに気づかないほど頭に血が上っていた。

「姫、相手はもう待ちきれない様子。さ、乗るでござる」

「うん、わかった」

魔獣に促され人間が魔獣の背に取り付けられた鞍に跨り両手で斧を構えた。

たまたまなのかわざとそうしてきたのか?

四足で地を駆け、両手斧を扱うヴィジャーとネム&ハムスケのスタイルはどこか似通っていた。

それが尚更ヴィジャーの神経を逆撫でする。

「あ、いつでも降参してくださいね?」

「それは此方のセリフだ! いや、口を開く前に殺す!」

ヴィジャーは地を蹴った。

持久力でこそ半人半馬に劣るが瞬発力は獣身四足獣に軍配が上がる。その強靭なバネに物を言わせた初速はそう簡単に見切れるものではない。

そこに鍛え抜かれた自らの技が合わされば目の前の人間を両断するなど容易い。

 

「……ヴィジャー殿は、何をしているのだ?」

「いや、何をされているのか、じゃろうな……」

「あの魔獣の魔法かえ? そのような気配はなかったようじゃが……」

亜人が困惑するのは当然だった。

ヴィジャーが非常にゆっくり走っている。

というだけでは語弊がある。

本来の速度なら3秒とかかっていない。だが、実際ヴィジャーがネムのいた場所に武器を振ったのは実に10倍の時間を要した。

ゆっくり走ったわけでもなく、ヴィジャーはたった4歩でネムとの距離を詰めたにもかかわらず、だ。

地を蹴り次に着地するまでの時間も間延びしていた。明らかにおかしい。

それだけ時間を掛ければ当然斧を振った場所にネムはいない。

「じゃぁ、最初はかるーく」

真横に回り込んだハムスケの上でネムが水平に斧を振るう。

ただ、距離は離れていて当たるようには見えない。

 

次の瞬間、ヴィジャーは地面と水平に飛んだ。

 

亜人達が驚き目の見張る中、バザーは苦笑していた。

タネは聞かされていたが実際見てみるとなるほどこれはどうにもならない。しかも、今回は自分の時より『強い仕掛け』だとか。

アイテムによる不可視化の付与ではなく隠密行動に超特化した強者なら攻撃の瞬間にもその存在を悟らせることは無いらしい。

攻撃を受けた本人は本当に訳が分からないだろう。

 

土煙の中からヴィジャーが起き上がってくる。

怒り狂った獣に言葉は不要だった。低く唸ると再び凄まじい速度で地を蹴り突進する。

今度はその突進におかしなところは無い。

おかしいのはネム側だった。

超速度で振り切られた大斧をネムも斧で受けた。ただし、斧に添える手は片手で。

武器同士がぶつかった音はかなりのものだったが手応えがおかしい。まるで巨大なオリハルコン塊でも殴っているかのような。

「何のペテンだ、貴様!」

当然ながら、タネも仕掛けもあるのでペテンではあるのだがヴィジャーにしてみれば知りようがない。

そこからは大斧での連撃が繰り出される。縦横無尽超高速の攻撃をネムはそれら全てに片手で持った斧で防いで見せた。

しかも、ただ防ぐだけではない。ヴィジャーの攻撃を一切反らすことなく真正面から受け続けている。

 

「なんだ、アレは……不自然すぎる!」

ピット機関を持ち武芸を極めたロケシュの目は生物の筋肉が動くときに発する熱も視覚化して見ることが出来た。

その眼で視るネムの動きに力は全く籠っていないのだ。ただ、武器に手を添えているだけ、そうとしか見えない。とてもじゃないがヴィジャーの猛撃を受けられるようには見えない。

見えないのだが事実ヴィジャーの攻撃はかすりもしていない。

 

ネムには姿を隠した護衛が4体ついている。

1体はキーリストラン。バザー戦時彼をを吹っ飛ばしたのは彼女だ。

続いて陰に潜むシャドーデーモン。彼はデミウルゴスに命じられネム周辺の情報収集に従事しつつ万が一の時は身を挺してネムを庇う。なお、一度失敗しているので次は無い模様。

続いてネムが外出の際同行する高レベル隠密モンスターハンゾウ。バザーの攻撃を受け止めたのは彼が武器を持ち衝撃を逃がしネムは手を添えただけというカラクリだ。ネムは彼をアカカゲと呼びネム専属になっている。本来はネムに存在を悟らせるつもりは無かったのだがひょんなことから気づかれネームドに昇格してしまった。

最後はアベリオン丘陵へ出発する直前にアインズから追加された二人目のハンゾウ。

アカカゲやシャドーデーモンがネムの『レメディオスの奇襲を受けたバザーの前に飛び出す』という想定外突発行動に対応できなかったことを受けて追加された護衛だ。なお、彼もネムに存在を知られる予定は無かったのだが普通に弁当を差し出されてしまい驚愕した。すぐにアオカゲと呼ばれるようになる。

 

今回のヴィジャー戦も隠密状態のアカカゲとアオカゲが主力だ。

攻撃時はアカカゲがネムの声に合わせて思いっきり手加減して蹴った。

今の猛連撃にはアオカゲとクロックラビが対応する。クロックラビがネムに『加速』をかけ反応速度を引き上げ、アオカゲの指示通りに斧を構える。手は添えるだけ。武器がぶつかる瞬間アオカゲが手を添えその威力を殺しきる。

ヴィジャーがバトルアックスを振るうたびに起きる風圧でネムの髪が揺れるがそれ以上の影響は何らあたえることが出来なかった。

 

「ふぅ……ふぅ……ふうぅ……化物か……!」

ヴィジャーの全身から湯気が立ち昇っている。それほどの全力攻撃だったのだがネムは汗一つかいていない。騎獣に至っては暇そうに欠伸までする始末。

「ネムは人間だよ? 次はネムの番でいい? ハムスケ、第二形態!」

「了解でござる! 待ちくたびれたでござるよ」

ハムスケが上体を起こし鞍に乗っていられなくなったネムはハムスケの尻尾にくるまれ上空へ。クロックラビも鞍についていた専用の籠から移動しネムの頭の上にしがみつく。

「某はハムスケ! 姫の守人であり戦士でござる! 亜人の戦士よ、名乗るでござる!」

そう。言われてみれば間違われたので訂正しただけでまともに名乗りもしていなかった。

継いだばかりの『魔爪』の名を知らしめるための機会を求めていたのにも関わらず。

少し魔獣から距離を取り軽く息を整える。この魔獣、武人としての心得を持つのか隙無く身構えたままこちらを待っている。ならば名乗るのが筋だ。

「猛き魔獣よ、お前を打倒する者の名を心して聞け! 俺の名は『魔爪』! ヴィジャー・ラージャ―」

「右から左ー」

脇腹に衝撃。肋骨が砕けた音が内側から響く。吐き気を催す浮遊感と共に真っ赤に染まった視界には空と地面が交互に映る。最後にはゴリゴリと自らの骨で地面を削る感触が。

「……姫、今のはあまりにあんまりだと思うでござる……」

「えー、でもね? デミウルゴス様がこういうのも『お約束』だって」

「あのお方は純粋な姫になんてことを……」

ハムスケはネムに行われているナザリック高等教育に恐れおののいた。

そして、小さくため息をこぼし哀れな相手を見る。

大きく地面を抉り人型の上半身は半分以上土に埋もれていた。獣の下半身も地面抉ったせいで毛皮が裂け剥がれ、骨が見える場所もある。自慢の瞬発力を生み出した足は4本中3本へし折れあらぬ方向に曲がっていた。一言で言ってしまえばズタボロである。

そんな状態だが一応ちゃんと手加減はされているようで生きてはいるようだ。

「ハムスケー、近くに移動して」

ネムの手には治療するための小さな薬ビン。

「早く飲ませてあげないと危ないかも?」

「おそらく大丈夫でござるよ。あの御仁生命力はかなりのものでござる」

ハムスケの見立てでは放置しておいても自力で這い出して来るはずだ。無論戦闘できる状態ではないが。

とはいえ、主の意向に背く気も無いのでとっとこ近づき尻尾を下ろした。

「もしもーし、大丈夫ですか?」

近づいたネムは明らかに大丈夫ではない重傷に怯みつつも声をかけてみる。

だが、返事は無い。

「死なれたら困るから勝手にやっちゃうね?」

一応聞こえてはいるらしく折れた足が激しく動いた。

「えいっ!」

ネムは掛け声とともに薬瓶の中身をぶちまける。中身は中級回復薬である。他人に使うにはエリクシールはもったいないとアインズ様に言われたので今回は此方を使用。とはいえ、ユグドラシル産のこれはレベルにすると30~40くらいまでは十分頼りになる一本であり、見る間にヴィジャーの傷が消えていった。

治療されたと気づくやいなやヴィジャーは自力で地面から抜け出すと飛び起き距離を取る。

「……何のつもりだ?」

「え? 死んじゃったら魔導国の民になってもらえないから?」

「正気か貴様」

ヴィジャーは再び四肢に力をこめた。油断しているのか勝ったつもりでいるのかネムと魔獣の距離が開いている。生きているなら勝負は終わっていない。

次こそ殺す。必ず殺す。そう決めてヴィジャーは地を蹴った。

 

対してネムは、あまりに不自然な形で跳躍した。否、跳躍というより誰かに持ち上げられたような、他から見たら不自然な挙動。それこそ、飛行の魔法を使いましたと言われた方が自然に思える。

その動きの不自然さはどうあれ、ヴィジャーの攻撃は見事に空を切った。

そして、ネムもずっと空中にいるわけでもなくそのまま着地した。

 

ヴィジャーの背中に。そのまますとんと跨りヴィジャーの背中に直接触れる。

「こうすれば負けを認めてくれるよね?」

「……か……っ……なっ……」

一瞬前まであったヴィジャーの闘気が消えていた。極限まで大きく目を見開くと力なく四肢を折り手からは大斧が零れ落ち激しい音と共に地面に転がった。

 

獣身四足獣にあるいくつかの掟。

『背に誰かを乗せるという事は隷属の証である』

単体で強い力を持つ、誇り高い一族の中において最大級の禁忌だ。

しかも、背に乗られたのが『魔爪』を継承した者。

「もしもし、大丈夫……? ネムの勝ちでいい?」

ネムとしてはここまでの反応が返ってくるとは思っていなかった。

デミウルゴス謹製のノートには背に飛び乗れば相手は必ず負けを認めると記されていたのでその通りにしてみたのだが。なぜそうなるかを記さないあたりデミウルゴスの悪意が透けて見える。

「殺せ……」

「えっ? やだよ」

「では、死ねと命じてくれ!! 命令ならどんなむごい自死でも受け入れる!」

背に乗せた相手に隷属する。

それはつまりその命すらも最早自分のモノではなく自殺することも主の許可なくしては許されない。当然、許可なく誰かに喧嘩を売って返り討ちに会い死ぬことも許されない。

もし自殺しようものならそれこそ隷属する以上の、最大の不名誉となるだろう。

『魔爪』が人間種に隷属するという事実だけでも耐えがたいが自殺してそれ以上は受け入れられない。

ヴィジャーは鬼気迫る表情でネムに詰め寄った。

「いーやーでーーすー!」

が、ネムが応じるわけも無く。ヴィジャーは絶望の表情を張り付けたまま動かなくなった。

 

 




ネムVSヴィジャー戦

精神的にヴィジャー追い詰めネムの勝利。
デミウルゴスの教育は目に見えて効果を発揮しつつあります。

追記:サブタイつけ忘れたので編集

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