その後まもなく聖騎士団は夜陰に乗じて捕虜収容所を襲撃することになった。
魔導王が同じ拠点を使用していた場合に起きうる拠点への亜人襲撃の可能性を指摘したため元々の計画を前倒しにしての出立となっており慌ただしくはあったが何とか部隊の様は整った。
その一団の最後尾にて、ネイアは魔導王と並び馬に乗って進んでいた。
だが、どうしても後ろが気になる。姿は見えないがすぐ後ろにネムと共にドラゴンがいるらしい。襲われることは無いと理解できていても気にしないでいる事などできなかった。
しかも、ネムはどこから連れてきたのか金時計を首から下げた変わったウサギを抱いたままそのドラゴンの背で寝ているらしい。時間も時間なので仕方がないのかもしれないがなんとも緊張感がない。
「あのような使い道は私では思いつかなかったな。アンデッド故仕方がないといえばそれまでか……」
とは魔導王の言。よくわからなかった。
「行くぞ!」
「「「おう!」」」
レメディオスが収容所となった村目指して馬を駆る。それに続く騎士団員達。
襲撃方法は至ってシンプル。神官達が天使を召喚し見張り台を制圧、その援護の受けた聖騎士達が破城槌を用いて門を正面突破するというもの。
「皆! これよりヤルダバオトより我が国を取り戻す最初の戦いを始める! 我らに正義を!」
レメディオスは旗を突き立て聖騎士達を鼓舞する。
同時に天使が召喚され聖騎士達も一丸となり突っ込んでいく。
ただ、夜警にはすぐに発見され村の中が騒がしくなる。一応奇襲にはなっているようだが間もなく見張り台にも迎撃兵が現れる。そこから矢が放たれるが一団の先頭を突き進むレメディオスはその矢を打ち払い進撃速度を落とすことは無い。
「破城槌、構え!」
門にとりついた聖騎士達が破城槌をぶちかます。門が大きく軋むが一度では破れない。
「もう一度だ!」
亜人もそれをさせまいと城壁内から熱湯や岩を落とす。だが、予めかけられた耐火属性の魔法と鎧に阻まれ大した効果は無い。
数度繰り返される衝撃で門は破壊寸前の所まで追いつめられる。
「下がれ!」
そんな時、聖騎士団ではない大声が響き渡る。声の主は見張り台の上にいる亜人。今は天使達に制圧されていたはずだがこの亜人種は険しい山岳地帯に住み城壁すらも簡単に踏破する能力を持つ。直接壁を蹴りあがり見張り台に現れた亜人はバフォルクと呼ばれる種族だ。
「貴様! 卑怯な!」
聖騎士達が叫ぶ原因はバフォルクが手に持つ少女のせい。首にナイフを押し当てられた少女はぐったりとしていてほとんど生気を感じさせない。
「早く下がれ! この人間が死ぬことになるぞ!」
騒めきと共に聖騎士団が後退する。
異変を悟った後方の神官達もレメディオスに合流すべく前線へ移動する。
「我々も向かおう」
「はい」
戦闘に参加する予定が無かったアインズもネイアを伴いレメディオスに合流する。
ふと気づきネイアは振り返る。目を凝らしても見えないがそこにいるハズ。
離れる前に声を掛けようかと思ったがネムが寝ているならその方がいい。わざわざ悲惨な戦争を見せる必要はない。
「バラハ嬢?」
「申し訳ありません、陛下」
ネイアは気づけないがネムはすでにそこにはいなかった。
「くっ……あれでは攻められん! どうすれば……」
人質を盾にされレメディオスは後退を余儀なくされていた。
このままでは救援を呼ばれ亜人の大軍を持って殲滅されるだろう。引くという選択肢はすでに無い。しかし、彼女の信条から人質を無視して攻め込むこともできない。
そして、人質が有効と見たバフォルクがどういう行動をとるか、想像もできていなかった。
魔導王が合流してくるのとほぼ同じタイミングで見入り台上のバフォルクが人質の少女の首を切り裂いた。激しく血しぶきを上げ悶え、苦痛と恐怖に目を見開き間もなく死んだ。
「き、貴様! 言うとおりにしたぞ! なぜ人質に手を出した!」
「お前達の動きが鈍かったからな! さあ、次の人質もこうなってほしくなければもう少し下がりそこで動くな!」
見張り台のバフォルクは死んだ少女を突き放し別のバフォルクによって見入り台に引き立てられた少年を拘束する。
「二人目も殺されたくなければ言われるとおりにしろ!」
そう叫ばれてはレメディオスも言われるままにするしかなかった。周囲からそれが悪手だと言われようとも。彼女の中では誰一人として見捨てることなくなされてこそ正義なのだ。
それがいかに困難な道であろうとも人質を見捨て正義を曲げることはできない。
砕けんばかりに歯を噛みしめ後退するレメディオス。見張り台のバフォルクを睨みつけ、おかしなものに気づいた。
「ごめんね、ネムがもう少し早く起きてたら間に合ったかもしれないのに」
その声に気づきバフォルクもその存在に気づいた。
首から血を流し息絶えた元人質の隣にいつの間にか人間がいた。バフォルクに人間の細かい年齢は分からないが人質にした子供より少し上くらいだろうか。問題はソレが自分に気づかれずにそこにいたという事だ。この人間自体は余り脅威を感じない。彼の戦士としての勘だった。だが、生き物の本能がこの人間に敵対してはならないと訴えてくる。
行動を決めかねているとその人間が振り返る。不思議な光を湛えた目が合う。
「降参してください。そうすればこれ以上だれも傷つかなくてすむから、ね?」
その言葉は正しい。心の底からそう理解した。
理解はしたが彼は戦士だった。心を殺し抗う。戦士としての彼は目の前の人間を脅威と定め排除するべきだと確信した。
それは言ってしまえば反射行動に近かった。理解できない存在に対する恐怖からの行動。人質にしていた少年を投げ捨て同時に踏み込む。
人間とバフォルクの距離は元々あってないような距離だ。
ナイフを振り下ろす。その人間はバフォルクにでもわかるくらい悲しそうな表情だった。
「ダメ、なんだね……」
小さな呟きがバフォルクに聞こえることは無かった。
元々『隠密のアミュレット』というアイテムは身を隠すためのアイテムであり攻撃行動をとった時点でその効果は一時的に切れる。
ナイフを振るったバフォルクは見ることも無かったが、ネムの側に控えていたキーリストランが突然姿を現した。
聖騎士も、門の反対側にいた他のバフォルクもそれに気づき硬直した。そうならなかったのは上半身を喰いちぎられた見入り台上のバフォルクとずっとキーリストランの姿が見えていたアインズだけだった。
キーリストランはネムと人質にされていた少年を掴み取ると身を捩る。強靭な尻尾が巨体と筋力に任せて唸りを上げる。聖騎士達の破城槌攻撃を受けて半壊していた門がその一撃に耐えうるわけも無かった。轟音と共に弾け飛び裏側に構築されていたバリケード共々粉々に粉砕される。その破片は散弾となって裏側で作業していたバフォルク達を挽肉に変えた。
「何をぼさっとしている? 門が開いたぞ!!」
レメディオスやネイアを含め事態について行けず硬直していた聖騎士団だが魔導王の声で正気に戻った。
崩壊した門、ほとんどの者が負傷し恐慌状態のバフォルク達。その意味が頭に染み渡る。
「総員突撃! バフォルク共を殲滅しろ!」
腐っても聖騎士団長のレメディオス。いち早く立ち直ると一喝し同時に総攻撃が開始された。
「アインズ様……ネムの言葉だけじゃダメでした」
しょんぼり顔のネムがアインズの側に戻って来た。
「そうか。あの亜人種は人間と違い力に重きを置くのだろう。言葉より先にある程度力を見せる必要があったのかもしれないな」
「でも、アインズ様。ネムは強くなんかないよ?」
「実際の所、レベル的には恐らくあのバフォルクと同じくらいかもしかしたら上かもしれないが……。そうだな、見た目ではわからないから仕方がない。それにネムよ、以前も言ったが肉体の強弱だけが強さではないぞ。心の持ちようやネムに協力するキーリストランも立派なネムの力だ」
優しく髪をなでながら諭すアインズ。ネムはその感触を楽しみながら思い返す。
姉に従うオラサーダルクも自分の事を剣と盾に例えていた。いつも側にいてくれるキーリストランもわざわざ言葉にはしないがそうなのだろう。
「……次はもっとうまくやります。うまくやって魔導国の一員になってもらえるように説得します」
それがネムの選んだやり方だった。誰でも家族がいなくなるのは怖いはずだ。だからアインズが目指す皆が幸せになれる国作りをネムなりの方法で手伝う。
戦争は怖い。
真っ赤に染まった大地と恐怖に顔を歪めた死体の山を克明に思い出しそうになるから本当は近づきたくない。
敵対するから戦争になる。ならば、敵対勢力を説得しアインズの国に取り込んでしまえば、聖王国の味方をしているアインズの民にしてしまえば『敵』はいなくなる。
ネムなりに考えた最良の方法だった。
決意を新たにするネムは足元にすり寄って来たうさぎを抱き上げすりすりした。
「ところでネム、クロックラビを使って本当によく眠れたのか?」
ネムがすりすりしているウサギはナザリックにおいても番が二組いるだけの希少な存在だ。
一見普通のロップイヤータイプのうさぎだが体の半分ほどの大きさの金の懐中時計を首から下げている。無害そうに見えるがこれでもレベルは70でありユグドラシルにおいて時間対策が必須なレベルと言わしめる原因の一角であった。
レベル60後半のモンスターパーティーにさりげなく紛れ込みそれまでと同じように対応しようとしたプレイヤーに時間操作魔法の洗礼を食らわせる初見殺し。なお、真っ先に殺しにかかると死に際に時間停止10秒を敵対者に付与する。対策が無ければ他のモンスターに総攻撃を食らう事になる。
そんなうさぎだがネムには完全無害なのでお気に入りだ。
「はい、朝までスッキリ気分です!」
よほど抱き心地が良いのだろうかすりすりが止まらない。
「陛下、どういうことですか?」
隣に控えていたネイアが口にする。
そもそも今宵の襲撃に当たり出撃前のネムは時間のせいもあって眠気でフラフラしていた。ドラゴンの背で寝てきたとは言うが馬に速度を合わせるため徒歩で揺られながらの短時間睡眠故本来ならスッキリとは程遠いように思える。
「このうさぎはな時間を操作する能力を持つ。眠ったネムの時間を操作して引き延ばし睡眠時間を水増ししたのだろう。……状態異常を引き延ばすなんて私では思いつかなかったな」
拠点を出発した直後、ネムはアインズに睡眠魔法をかけて欲しいと頼んだ。到着までぐっすり寝てしゃきっとしてからアインズ様の役に立ちたいと訴えて。
そもそも状態異常にはかからないように対策をするものと考えていたアインズは考えもしなかった。魔法付与による睡眠状態になり深い眠りに落ちたネムの時間を4倍に引き延ばし2時間の行程を8時間分にした。もとより飛行するキーリストランの背でも眠れるネムだ、深くたっぷりと眠ったことで深夜にもかかわらず元気いっぱいだった。
「終わったようだな」
聖騎士団のおよそ半数がレメディオスを先頭に戻ってくる。皆返り血に濡れ疲労の色が濃く顔に出ている。
「おい、貴様! なぜ、最初の人質を助けなかった!」
そんな様子で戻って来たレメディオスが最初にしたことはぬぐい切れていない血に濡れた聖剣の切っ先をネムにつきつけ怒鳴りつける事だった。
副団長のグスターボもネイアも戦場から戻って来た聖騎士団員も、そして、アインズすらレメディオスがそんな行動に出るとは思いもしなかった。
「最初からドラゴンを嗾けておけばあの人質が死ぬことは無かった!」
余りの物言いに正気が疑われた。そもそも、夜襲の際戦場に子供が立つなと後方に下げようとしたのはレメディオスだ。
「うん、残念だったけど間に合わなかった。ネムが後ほんの少し早く起きていたら間に合ったかもしれないけど……。団長さんなら……助けられたの?」
「ぐっぎ……」
そうはなっていないから今の状況がある。解放軍側に死者はおらず負傷者も零ではないが限りなく少なくなった。
バリケード構築と迎撃のためバフォルクのほとんどが門の付近にいた。その大半がキーリの攻撃で挽肉にされることになりそこへの突撃は奇襲となりほぼ一方的な攻撃となった。被害が少なかったのはそのおかげといえよう。
「団長、さすがに大人気が無さすぎです」
グスターボが進み出てレメディオスを下げると彼は膝をつきネムに視線を合わせる。
「怖がらせて申し訳ない。此度の救援本当にありがとう。おかげでこちらに死者は出ずに制圧出来ました。団員を代表して礼を言います。団長も今は気が高ぶっていてあんな物言いになっていますが国の為、国民の為必死なのです。どうか、嫌わないであげて欲しい」
「大丈夫、です。ちょっと怖かったけど……ネムはネムにできる事だけやります。それがお手伝いになるかはわかりません」
それだけ言うとネムはアインズのローブの陰に隠れた。
「レメディオス殿、さすがに大人気ないだろう。万が一ネムが怪我をしていたらどうするつもりだったのかね?」
魔導王は隠しきれていない不機嫌オーラを纏っていた。
「ふんっ」
鼻息荒くレメディオスはそのまま歩み去る。残されたグスターボは胃が痛くなった。
一呼吸おいてグスターボも頭を下げレメディオスの元へ去るとアインズはちらりと何もない空間を見る。そこには姿を隠したキーリストランがいてレメディオスへの殺意を隠しきれないでいた。あと少しグスターボの介入が遅れていればキーリストランは容赦なくレメディオスをひねり殺していただろう。それがアインズの不興を買い自分が死ぬことになっても止まっていなかっただろう。だからアインズは言ってやった。
「次は好きにしろ」
人間にはほとんど聞き取れない言葉が誰に向けられたものか瞬時に把握したキーリストランは地に頭をつけ最敬礼の姿勢をとった。
そして、アインズは聖王国の他の都市があるであろう方角を見る。
「しかし、初手でこれとは先が思いやられるな……」
色々と思いめぐらせつつネムの頭をなでる手は止まらなかった。
*おおっと*
レメディオスさんになにやらフラグが立ちました。