本当にこれでいいのだろうか?
馬車に揺られつつその少女、ネイア・バラハは向かい側に座る人物を見る。
一人は超越者という言葉がふさわしいアンデッドでアインズ・ウール・ゴウン魔導王本人。
もう一人はその魔導王の体にもたれるようにしてすやすや眠っているネムという少女。
これからの事を考えると国家元首が護衛もつけずにここにいる事が異常といえる。
今から戦場に向かうというのに平然とついてくる少女も十分に異常だろう。
ネイアはローブル聖王国の聖騎士団に所属している。まだ叙任を受けていないので従者という立場ではあるのだが。
魔皇ヤルダバオト出現に際し敗北、聖王女を奪取されその後辛うじて逃げ延び近隣諸国に救援を求めに動いた使節団の一員でもある。
王国で救援を断られたあと魔導国に向かい取り付けた救援戦力が目の前の二人。
訂正、協力を取り付けたのは魔導王本人だけ。少女の方は空から降って来たのだった。
それは、魔導国の都市、エ・ランテルを出発した翌日。
「総員、対空警戒!」
聖騎士団員といってもまだ従者の地位にあるネイアは騎士団長から魔導王の相手をしているように命じられた。相手は国家元首であり、緊張からガチガチだった。
そんな中聞こえてくる怒声。
「み、見てまいります!」
魔導王に失礼にならないように気を使いつつネイアは馬車の外へ飛び出した。
「従者バラハ、アレを撃ち落とせるか?」
元々呼び出すつもりだったのか団長であるレメディオスが近くにきていた。副団長であるグスターボも一緒にいる。
「アレ、とは?」
レメディオスは黙って空を指さす。その先には巨大な影が。
「え……え?」
困惑する。頭上を飛行しているのはドラゴンだった。ただ飛んで行ったとかではなく、ゆっくりと大きな円を描く様に頭上を飛んでいる。まるでそれは獲物を見定めているようにも見える。獲物とはもちろん地上にいる自分達だろう。
「聞こえているのか? お前の弓で射落とせるかと聞いている!」
どう考えても無理だろう。確かにネイアは剣より弓の方が秀でている。そこは優れた技能を持つ父譲りだ。だが、飛行中のドラゴンに向かって射かけてその鱗を射抜き撃墜できるかと問われれば考えるまでも無く不可能だ。
「む、無理です!」
「ちっ、やはりか。こうなれば攻撃しに降下してきたところを迎え撃つしかないな。従者ネイア、とりあえず弓の用意もしておくように」
命令通り『とりあえず』で弓を射かけたら真っ先に注意を引き狙われかねない。
それは死ねと言われるのとそう変わらない。
「どうしたのかな? 騒がしい様だが」
流石に外が気になったのか魔導王が出てきてしまった。そして、聖騎士達の様子を見まわしその視線の先に気づく。
そして、大きなため息をつくようなしぐさをした。呼吸なんて不用のはずなのに。
「あー、あれは警戒しなくても良い。武器は収めてくれ」
「し、しかし!」
「二度は言わない。あの娘に武器を向けることはまかりならん」
食い下がったレメディオスがふらつき後ずさった。殺気というわけではない。だが、その一言にはとてつもない重圧があった。
動けなくなる聖騎士達を後目に魔導王は空に手を振った。魔導王以外が動けなくなっている中、ドラゴンが下降してくる。ネイアは死も覚悟した。
「やっぱりアインズ様だった。キーリの嗅覚は流石だね」
その声に聖騎士達は別の意味で固まった。
下からは見えなかった声の主がドラゴンの背中から降りてくる。ドラゴンは声の主を下ろすとできるだけ小さく翼をたたみ地に頭をつけて動かなくなった。それはさしずめ王の前で膝をつくそんな姿を連想させる。
「なるほど、ドラゴンの宝に対する嗅覚というものを少し甘く見ていたようだ。街道を進んできたとはいえこうもあっさり見つかってしまうとは。誰が探しに来るように言ったのだね?」
「アルベド様です。アインズ様お一人でお出かけしちゃったから『命令』されていないネムに探して御供しなさいって」
「確かに。ネムを命令で縛ることはできないな。帰れと言っても聞きもしない、か。カストディオ団長、すまないが同行者が一人増えることになる。かまわないな?」
「その、娘を、ですか?」
ドラゴンの背に乗って現れた娘。それだけでも脅威なのに魔導王の『命令』ですら聞かずに普通に話す。どういった立場なのか把握しない事には許可も出せない。本来なら。
「かまいませんが、その、大丈夫なのか? 行先は……」
行先は戦場なのだ。
「確かに危険だが彼女の危険は使役獣であるドラゴンが守る。あのドラゴンの強さはそうだな……エ・ランテルで警邏していた騎士のアンデッド、アレよりも強いぞ」
「あ、アレより……」
視線に含まれるのは畏怖。アレより強いドラゴンを使役するこの娘は本当に何者なのか?
キーリストランもまたネム護衛の為と強制強化訓練を施されている。今ではレベルも上がり、また、アインズを神と定め信仰が生まれたためか種族由来の魔法以外に使用可能な信仰系魔法も増えた。とはいえ、そのほとんどはネムの防護に向けられているのだが。
出会いの場では大いに混乱したものだが近くで過ごしてみると人懐っこい年相応の少女だった。何よりもネイアの顔を見ても全く怖がる様子が無いのが良い。
魔導王に一切気後れしないところはすごいと思うが彼女がいたおかげでネイアもかなり気が楽だった。というのも、魔導王がネムと話している時の様子はひかえ目に見ても保護者のモノであり、本来なら雲の上の存在という感覚が薄れる。
魔導王はネムをとても大事に扱いネムもそれに受け入れている。ただ甘やかしているわけでもなくこれから向かう場所がどういった場所なのか、危険性等きちんと説明しなおしたうえで自主性に任せているようだ。
ネム曰く
「困っている人がいて、アインズ様が助けに行くならネムもできることをする。手伝ってくれるお友達も連れてきているから!」
たしかにあのドラゴンは大きな戦力になるだろうが、ネイアとしてはネムがまだ戦場に近づいてほしくない年齢であった。実際、魔導王にもたれて眠っている姿はどう考えても戦場に似つかわしくない。
「私の顔に何かついているかね?」
「えっ、いえそういうわけでは!?」
記憶を思い返していたらぼうっと魔導王の事を眺めていたらしい。
「こらこら、声を落としてくれ。ネムが起きてしまう」
「も、申し訳ありません、陛下……」
「まぁ、暇を持て余すのはすまないとは思っている。私はネムにかかりきりだからね。私の従者として勤めるよう命じられた君としてはやりにくかろう」
ネイアとしてはむしろ逆だったのだが魔導王は気にしていたらしい。
ネイアは大声で否定しそうになった言葉を必死で飲み込みぶんぶんと首を振った。
「そうか? それならよいのだが。……少し話をしようか。ネムの事だ」
聖騎士団の誰もネムの正体については触れようとしなかった。下手をしたら国家機密級だろう。レメディオスは弱みになるかもしれないから聞き出せと言っていた。まさか魔導王から話し出すとは思わなかった。だが、本当に聞いてしまってもいいのだろうか?
「ネムはな、種族を超越する可能性の塊だ。この子の前では人間もドラゴンもアンデッドも数いる亜人種でも大きな差は無い。仲良くなれるなら種族などあってないようなものなのだそうだ。起因するのは恐らく『生まれながらの異能』なのだろうが本人が正確に把握してないようなのでその力の底はいまだに見えない。……私はね、いかなる種族も平等に幸福を享受できる世界を作ろうと思っている。ネムの持つ力は私が望む世界を照らす光明だ」
魔導王はそう語りながらネムの髪を優しくなでている。
その姿は親子を幻視させた。片や強大なアンデッドの王で片やどこにでもいそうな幼子なのだが。アンデッドは本来命ある者の敵という認識なのだがここに限ってはまったく当てはまりそうにない。
「バラハ嬢、頭がついていかないと顔に出ているぞ?」
魔導王に言われて正気にもどる。ちょっと見とれていたかもしれない。
「も、申し訳ありません」
「ふふふ、まあ、とにかくネムは私にとってとても大切な存在だという事だ。それ故君に頼みたいことがある。これを―」
魔導王が虚空から取り出したのは弓だった。一目見てそれが超級の武器であることが見て取れる。
「銘をアルティメイト・シューティングスター・スーパーという。これを使いネムの身を守ってほしいのだ。ネムとしても同じ人間の、姉と近い年齢の君といると心安らぐだろう。君としてもアンデッドである私を守れと言われるよりやりやすいだろう?」
最後の一言は冗談のつもりなのだろうか?
いわれるままに渡された弓を手にネイアは固まった。手にすることで弓の凄さが直に伝わってくる。体の奥底から力が湧いてくるのだ。これはどう考えても国宝級だろう。簡単にしかも、他国の一兵士に貸与していいものではないハズだ。
「それはルーンなる古き技術で作られた物でな。故あって他人に貸与するために持ち歩いているものの一つだ。ネムの護衛には十分な力を発揮してくれるだろう」
この国宝級の武器をいくつか持ち歩いているらしい。もはや理解が及ばない。
分かった事といえば目の前の少女が国宝級の武器を用いてでも護衛しなければならないほど重要人物であるという事くらい。弓の性能に関してはもう見なかったことにした。
「謹んでお借りいたします」
内心色々な葛藤はあったが借り受けることにした。
……そもそも辞退するという選択肢はあったのだろうか?
それから数日一行は特に何事も無く聖騎士団が拠点としている洞窟にたどり着いた。ネムは洞窟内に生えている照明代わりの茸に興味津々だ。
周囲からは奇異の目で見られているが気にしない。聖騎士団とアンデッドと謎の少女という組み合わせのため仕方がないともいえる。
「お二人はこちらの部屋をご利用ください」
アインズとネムが案内された部屋は明らかに急ごしらえ感が漂っていた。ただ、拠点にいる人数を考えれば二人の為に部屋を用意することは大きな負担だっただろう。
「ネイアお姉ちゃんが行っちゃったからここからはネムの時間!」
ネイアが報告の為と部屋を離れアインズと二人になったとたんネムは服を脱ぎだした。
「こ、こら! 何をしているのだ!」
「ネムはアインズ様のお世話係だから服はコレでしょ?」
慌てるアインズをよそにネムは肩から下げた小さなポーチからメイド服を取り出す。なお、ポーチは『無限の背嚢』を改造したものでジュゲムが与えたものだ。容量制限はあるが基本的に何でも入る。今はおやつやメイド服や水が湧き出る魔法の水差し、ガゼフが用意した王国軍キャンプセット、さらにはアインズ様湯浴み用ブラシやメイド達が知恵を出し合い用意したアインズの服も入っていた。それらの大半はアインズ様のお世話用と持たされたものだった。
着替えも慣れたもので手早く終えると手鏡で最終チェック。
「さ、お掃除します!」
曰く、埃っぽくてアインズ様にはふさわしくない!
やる気十分に腕まくりしたネムも十分ナザリックに染まっていた。
数刻後、ネイアは二人の部屋に戻って来た。隣には聖騎士団の副団長グスターボ・モンタニェスもいる。
入ってすぐ首をかしげることになる。こんな部屋じゃなかった気がする。
まず、洞窟内だというのになんか妙に綺麗になっている。元々みすぼらしいだけの家具類だったがみすぼらしいなりに磨き上げられているようだ。何より目を引くのは絶対に元々この部屋にはなかった見事な寝台だ。
魔導王が魔法で作り出したのだろうか? ずっと魔導王の近くにいたネイアはまだそんな考えに何とかたどり着けた。
しかし、グスターボは違う。
「へ、陛下。そ、それは?」
思わず驚きを口に出してしまう。それも仕方がないとネイアは納得した。
「ああ、これか? これはネムが持ってきてくれた」
「部屋もお掃除しました!」
いつの間にかちょっと変なメイド服に着替えたネムが自慢げに無い胸を張る。ぽわぽわと後腰のリボンが自慢げに揺れた。
なお、ネムが持っている改造ポーチの容量は1tである。アインズ様が使うに相応しい最低限の寝台(250k)も余裕で入る。
アインズは制作者に加減しろ莫迦と叫んだという。
そこからの難しい話はネムには分からない。ちょっと張り切って掃除したこともありネムはベッドの端で丸くなるとすやすやと寝息を立て始めた。
グスターボはこの場で堂々と寝る少女の胆力とそれを幸せそうに眺める魔導王に驚き、ネイアは寝顔が可愛いなと少しだけ現実逃避した
「で、ネムの生着替えには興奮したのか?」
「するわけないでしょう!?」
「ははは、それもそうだな。固くなるモノも無いもんなw いや、そもそも全身固いかw」
「ぶっ殺す!」
以上、後々開かれる反省会という名の飲み会の抜粋でした。