オーバーロード ー小鬼の調停者ー   作:ASOBU

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自宅待機で時間はあるはずなのに筆が進みません。
FF7Rとかマムタロトとか誘惑が多すぎるのがいけません。
毎日投稿とかしておられる方々、ホントにどうなってんだアレ……

そんわけで聖王国編となります。


連れ去られた聖王女

「卑劣な! 人質とは!」

「人質? 違うな。一目見た時から思っていたのだ。コレはいい武器だ、と」

灼熱を纏う赤黒い肌に燃え上がる炎の翼、隆起した筋肉を纏った巨体。

魔皇ヤルダバオト。その悪魔はそう名乗った。

その剛腕は召喚魔法で呼び出された天使達を殴っただけで四散させ、その皮膚は聖剣の、その持ち主が全力で放った一撃ですら弾く。さらには転移魔法まで操り、今彼女の主は魔の手の中にある。

聖剣を構えこの状況を打開できる手段を空っぽな頭を盛大に空回りさせて考えているのはローブル聖王国、聖騎士団団長レメディオス・カストディオ。

彼女の主はカルカ・ベサーレス。ローブル聖王国のトップである聖王女。美貌と才能を持ち合わせもつ稀代の王。

しかし、その美貌は今、魔皇ヤルダバオトに両足を握られ苦痛に歪んでいる。具足の上からとはいえ高熱に焼かれ続けているのだ。どれだけ身をよじろうとも魔皇ヤルダバオトの手をこじ開けることはできない。周囲に焼けた脂の匂いが漂い始める。

もう、あまり時間は無かった。

すぐにでも助けに動きたい。だが、カルカを人質にされていては手が出せない。そう思ってのセリフだったが。

「……武器、だと?」

返って来たのは意味の分からない言葉だった。

しかし、次の行動を見て理解した。否、理解させられた。

魔皇ヤルダバオトは軽く剣の素振りでもするかのように頭上に持ち上げたカルカを振り下ろした。当然人間の体はそんな加重に耐えられるようにはできていない。自重に耐えかねた膝が砕けカルカの押し殺した悲鳴が上がる。

「さて、行くぞ?」

ヤルダバオトが歩を進める。本当にカルカをこん棒のように使うつもりなのだ。

先頭にいたレメディオスが後ずさり、それに伴い他の聖騎士達も後退する。

一体どうすればいいのか。

レメディオスの思考はフリーズしてしまい身動きできなくなってしまう。

そんな時だった。

「なるほど、確かにいい武器かもしれんが、ちと耐久力にかけるな」

知らない声。声の主が気になったのかヤルダバオトも足を止めそちらを見る。

「ソレ、俺に預けないか? 俺は武具職人だ。ちゃんと使い勝手いいように打ち直してやるぞ」

声の主は家屋の屋根の縁に腰掛ける小柄な影。妙に小綺麗な服を着ているが見間違いようは無く。

「ゴブリンごときにこの武器の良さがわかるのか?」

「ああ、わかるとも。数多の武器を打ち続けてきた。数多の防具を作り続けてきた。俺にはそれしかできないからな。そんな俺が見てもわかる。ソレはいい武器だ。少し打ち直せばもっといいものになる」

「ほほう……」

なぜこんなところにゴブリンが? しかも、打ち直すだとか言っているがそれは武器ではなく人間であり聖王女であり絶対に取り返さなくてはいけない人なのだ。

事態についていけず固まるレメディオスを一瞥することも無く魔皇と子鬼は向かい合う。

「確かに脆すぎるかもしれん。だが、壊れやすい方が有象無象に恐怖を与え、その心を砕きやすい。そうは思わんか?」

ぶおんとカルカが空気を裂く。殺しきれない悲鳴が響き渡る。

「あー、まて。ホントに死ぬからそれ。死なれちゃ困るんだ」

「なに、もう少し持てばそれでいい」

「良くない。良くないから――」

ゴブリンの姿が消え、ほぼ同時にヤルダバオトの手からカルカが消えた。

「こうさせてもらった。あ、ちょっと寝てろ」

カルカはヤルダバオトの魔の手を離れゴブリンの肩に抱えられていると気づくと同時に脱出をはかる。しかし、ゴブリンが小さな鈴を鳴らすと意識を失った。

「面妖な。転移妨害の魔法がかかっているはずだが?」

「残念ながら効果は無かったようだ。さて、目的のモノも手に入ったしお暇しようか。後は好きにしてくれ。皆殺しにしようが奴隷にしようがお好きにどうぞ」

そして、現れた時と同じようにゴブリンは唐突に消えた。肩に担いだカルカと共に。

その事にレメディオスが気づけるまで少し時間が必要だった。

「道化が。まぁ、いい。そろそろ我が軍勢がこの都市に到着する時間だ」

まだ固まるレメディオスを無視してヤルダバオトは手を空に向ける。

「これより地獄をくれてやる。星の贈り物と共にあるがままを受け入れよ」

ローブル聖王国北部城塞都市カリンシャに星が落ちた。

 

 

「……ここは……?」

気づけば自室のものより寝心地の良いベッドの上。

恐る恐る体を起こすと違和感に気づく。足がなんともない。魔皇ヤルダバオトの手によって焼かれた痕も砕かれた膝もなんともない。体の調子から高位の治療魔法が施されたのだと気づく。いったい誰に、か?

部屋を見回してみれば身につけていた戦装束一式もきちんと手入れされた状態で置いてある。今の自分はゆったりとしたそれでいて肌触りの良い寝巻姿。

訳が分からない。おそらくここへ自分を連れてきたのは一瞬しか見えなかったがあのゴブリンなのだろう。武器だの打ち直すだのそんな話をしていた気がする。

なおさら現状が分からなかった。

「とりあえず、ここを出ましょう。国に帰らなければ」

少なくともあの場で死なずには済んだらしい。生きているなら国へ帰ることが出来る。生きているならあの悪魔に対抗する手段を見つけることが出来る、はず。

身体が震えた。恐怖だ。

抵抗する手段? そんなもの、思いつかない。アレはそういう次元の存在ではない。

捕まって武器扱いされてよく分かった。

「痛みは無いか? 少なくとも体の怪我は治っているはずだが」

震えから蹲り肩を抱いていたが声がした方に顔を向ける。部屋の入口扉から入ってくるのではなくベッドに腰掛けるゴブリン。声からして間違いなく自分をさらったゴブリンだった。

「大丈夫そうだな。なら自己紹介といこうか。俺はジュゲム。この城の主だ。お前さんは今代の聖王で間違いないな? 影武者だったら泣くぞ」

分からないことだらけだがここを脱出するにも情報足りない。カルカは意識を切り替えジュゲムと名乗ったゴブリンに向き直った。

「はい。間違いなく私が聖王女カルカ・ベサーレスです。とはいえ影武者ではないことも証明できませんが」

「ふむ、今の言葉に嘘は偽りなし、だな。あ、これ嘘を見破る魔道具な」

ゴブリンの手には小さな水晶玉。ほんのりと青い光を帯びている。

それが本当なら下手なことは口にできない。野良ゴブリンなら口先で切り抜けることもできるかもしれない。だが、これだけ流暢に人語を解し嘘発見器まで持ち出す知性を持ったゴブリン相手にはそれも不可能だろう。そもそもこんなゴブリンは聞いたこともない。

「本物と分かったところで情報をくれてやる。ここは俺の国にある俺の城。お前さんの待遇は客人だ。三食昼寝付き。見張りはつけるが国内を自由に見て回ってもかまわない。どうせ出られないからな。で、客人には当面ここにいてもらう。期間に関してはいまのところ未定。聞きたいことがあれば答えるぞ?」

否、聞いたことは無いが読んだことはある。あると言われているゴブリンの国、その王の名は非常に有名だ。人間に味方し荒れ狂う魔神を討って回ったその物語はどの国でも子供の寝物語の一つに取り上げられる。ただ、それは昔話だとされる。そもそもだれが書いたのかも分からないモノ。

「では、なぜ、私がここに連れてこられたか。ゴブリンの英雄王ジュゲム・ジュゲーム様との接点が思いつきません」

「あー、それ半分間違いだから様とかつけなくていいぞ。さておきそれしか聞くことないわな。話し出すと長くなるからとりあえず、座れ。飲み物と軽く腹に入るものだな。3日も寝っぱなしだから腹も減っているだろう」

ベッド脇のベルを鳴らすジュゲムをよそに、カルカは3日も経っていることに驚いていた。

国がどうなったのか、レメディオスはどうなったのか? ヤルダバオトは?

聞きたいことは山ほど出てくる。だが、メイド服のゴブリンが運んできたスープの匂いが鼻をくすぐると全部消し飛んだ。焼きたてであろうパンの匂いも空っぽの胃にしみる。

自分が空腹であると認識してしまったらもうダメだった。

はしたないと思いつつもパンとスープから目が離せない。飢えの恐ろしさというものを初めて味わった。民が飢えなくて済むように国を富ませなくてはと決意を新たにする。

「聖王女様も話より腹を満たす方が先決だな。しばらく席を外す。食べ終わったらそこのベルを鳴らしてくれ」

いうが早いかジュゲムの姿は消えていた。メイドゴブリンも気配無く部屋を出る。

気遣いはうれしい反面ちょっと恥ずかしかった。

しかし、それよりも食事である。

普段ならゴブリンが作った食事など警戒心が先立ち手を付けることは無いだろう。だが、今は欠片も警戒していない。飢えとは本当に恐ろしい。

乳白色のとろりとしたスープは非常に口当たりがよくパンととてもあう。立場が立場なので相応に良いものを食べていた自覚はあるがそれより遥かにおいしい。

二口目からは無我夢中で食べた。

 

皿を空っぽにして一息ついたところでベルを鳴らす。お腹も満たされたことで今後どうするか、まともに向き合う余裕ができた。呼吸を整え部屋の扉を見据えジュゲムが来るのを待つ。

だが、ジュゲムが普通に来るわけも無く。瞬きした間にジュゲムはそこにいた。

さっきもそうやって部屋から消えたのだから同じように現れるのも道理といえば道理なのか。遅れてメイドゴブリンが現れスープ皿を片付け代わりに水差しとグラスを置く。

「城下で作らせている果実水だ。喉が渇くならのむといい。で、いつまでたっているんだ? 話は長くなるぞ。座れ座れ」

一瞬警戒してしまったが今更かと思いなおしジュゲムと向かい合う形でテーブルにつく。

「では、先ほどの話の続きをお願いいたします」

「最初は……そうだな、実の所ゴブリンの英雄王ジュゲムは二人いるという話でいいか。俺は子鬼の王でジュゲムだがどこぞの誰かが書いたお伽話に出てくる魔神を討伐して回ったのは別のゴブリンだ。魔神討伐を指示したのは俺、だが、実際に討伐したのは俺の息子だった。物語になる過程で混ざったんだろう。だから英雄王と呼ばれるのは好かん。気さくにジュゲムさんでいいぞ」

「なるほど。ではジュゲムさん。もう一つの答えも聞かせてください」

聞きたい事としてはもちろんこちら優先だった。真摯に答えてくれるようなのであとはどこまで真実かを見定めるだけ。

「接点、だったか。これも昔話になるんだが……昔々、とある地方に居を構える豪族がいました。彼はそれなりに周辺への影響力を持ち配下の都市も栄えていましたがある時、手持ちの軍隊ではどうにもならない存在が侵攻してきたとの報告を受けることになりました。そんな折、どこからともなく駆け付けたのは何と亜人の集団。侵攻してきた『何か』を追ってきたというではありませんか。彼は藁にもすがる思いで亜人の集団を受け入れ『何か』すなわち魔神の討伐を依頼したのです」

ソレは有名な物語の1シーン。

魔神討伐の為他種族とも手を取り転戦し続けたゴブリンの英雄王のお話。それぞれがどこで起きたことなのか等語られていない。ただ、それらは事実だったとだけ書き記されている。亜人の脅威に常に曝されている聖王国では受け入れがたい事実ではあるが。

「で、だ。さっきも言った通り実際に魔神討伐をやったのは息子達。俺は後方でその豪族とカードゲームに勤しんでいたわけだ」

カルカは思わず椅子からずり落ちそうになった。

「か、カード?」

「しかも、賭けカード」

古くからポーカーと似たようなカードゲームは存在する。往々にして賭け事にも使われながら。

「当時転戦に転戦を重ねていたから糧食の確保は最優先だったが種族が違う故簡単じゃない。まぁ、俺が転送しても良かったんだが国庫を開けるより現地調達した方がいいってことで交渉した。最初は、な。だが、あいつは言いやがった。民の感情があるから表立っては奪ったことにしろ、と」

物語では英雄王ジュゲムは行く先々で色んな種族と手を取り合い魔神を討伐して回っている。だが、事実はそうではなかった。種族が違えば相いれないのが普通なのだ。亜人同士でもぶつかり合うのが日常茶飯事。そもそも交渉のテーブルにお互いが座ることすら難しい。

共通の敵がいてようやく交渉が成り立った形だったのだ。

「それで、だ。息子たちの帰りを待つ間暇だったからじゃあ、根こそぎ奪ってやるよと意気込んで賭けカード始めたわけだが……見事に惨敗身ぐるみ剥がれた」

この話を聞いてよかったのか、少し不安になってきた。

そんなカルカをよそにジュゲムは続ける。

「今にして思えばイカサマだったのだろうな。手札が常にフォーカード以上とかどう考えてもおかしい。……さておき完勝したあいつは糧食の強奪を見て見ぬふりする事以外に一つ頼みごとを追加したわけだ。本当は色々危うい立場にいた自分の子供の為、だったのだろうが」

そこでジュゲムはカルカの顔をじっと見る。

「なるほど、面影があるな」

「っ……」

「曰く、『あんたが特別な子鬼だという事はなんとなくわかった。頼み事っていうのは私の子供や子孫が危機に陥った時、一度だけ助けてやってほしい』とな。まぁ、長生きしてる俺をこんな簡単に!?とか口にしちゃってはいたが普通信じるか?」

ソレはローブル聖王国建国前の話でありソレは今まで『一度』も使われずにカルカの代まで残っていた。賭けカードの口約束。ソレが解答であり、ジュゲムは愚直に守ったのだ。

「酷なことだというのは分かっているが俺が頼まれたのはつまるところ子孫に降りかかるかもしれない命の危機からの回避だ。国に関しては関知しない。理解できるな?」

守るべきは個人であり国ではない。それが聖王女であっても。

「本当はあの悪魔の元から連れ出した時点で放り出しても良かったのだが、自力で帰国して死なれても後味悪いからな。当面の間軟禁させてもらう。文句があったら賭けの対価に国を入れなかったアイツに言え」

「先ほども当面の間と仰いましたが事態が鎮静化すると見越しておられるのですね?」

あるいは過去の魔神のように自ら討伐に乗り出すつもりなのか?

「まぁ、な。噂くらいは聞いているだろう? アインズ・ウール・ゴウン魔導国の話を。あそこの国是はありとあらゆる種の共存、果ては平等と恒久平和ときたもんだ。アンデッドがこれを言い出すんだからどうかしている。だが、本当にそれを為そうとするなら近隣国の危機に因縁のある手駒を動かす可能性もあるかもしれない」

「王国が有する3チーム目のアダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモン……」

かの冒険者はレメディオスですら手も足も出なかったあの悪魔に手傷を負わせ撤退させたという。そんな彼が因縁からヤルダバオト討伐に乗り出すかもしれない。

あくまで可能性の話。

そうならなかった場合どうなるのか。間違いなくヤルダバオトに聖王国は食い荒らされる。

「ジュゲムさん。助けていただいたことはありがたく思います。ですが、私は聖王女として国に戻らねばなりません。それが、死ぬことに直結していても」

「ダメ」

「どうか!」

「無策の死にたがりの言う事は聞けんな。まあ、でも何もできない無力感ってのもしんどいだろうから国中に鍵をばら撒いておこう。ここから出るヒントかもしれないしヤルダバオトに抵抗できる手段につながる糸かもしれない。開けてみてのお楽しみというやつだ」

「遊んでいる暇は無いのです!」

カルカは立ち上がりテーブル越しのジュゲムに詰め寄る。

その、あまりの勢いに押されジュゲムは椅子からずり落ちる事となった。

「……わかった、わかった。落ち着け。ネタばらししてやる。俺はアインズ・ウール・ゴウン本人とパイプがある。お前に覚悟があるなら繋いでやるよ」

「魔導王、本人とのパイプ……?」

「ああ。執務室、あるいは私室に直行してもいい。時々遊びに行くから不意打ちでも迎撃されることは無い(たぶん)」

「では、着替え次第すぐにでも」

「ダメ。今はまだそのタイミングではない。まずは魔導国という国を知ってからにすべきだとは思わないか? アンデッドが支配する国それしか知らないだろう?」

確かに、それ以外の情報を持ち合わせていない。

「あの国の可能性。その一端を映像にして封じ込めた水晶玉を探してもらう。それがカギだ。範囲は国内全域で数は10個。それら全てを見終えたら魔導王へコンタクトを取ってやる。期間は区切らないし使えるモノは何を使ってもかまわない。一つだけ制約をかけるとしたら殺しはするなよ。決闘までは止めない。血の気が多い配下もいるからな」

現状、脱出ができない。

ただ無為に時間を過ごすわけにもいかず、納得はしていないが受け入れるしかなく。

カルカは与えられた部屋を拠点に水晶玉を捜し歩くことにした。

 

 

 

 




珍しく出ずっぱりの主人公。
たまにはいいかな?

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