オーバーロード ー小鬼の調停者ー   作:ASOBU

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後に語られる事となる女神の伝説
その2ページ目


竜を駆る女神と黒き獣

戦場を見下ろす空の上、殺戮が繰り広げられる様を目の当たりにしてエンリは呆然としていた。

空から見下ろすと一目瞭然。

黒が動くと地上が赤く塗りつぶされていく。そして、その範囲はどんどん広がっていく。

「なんて、こと……」

「もはや手遅れだな。最良の選択肢は帝国への即時降伏だったわけだ。エンリ、先に釘を刺しておくが我らが行ってもできることは無いぞ? アレ相手に時間を稼ぐにしても30秒持てばいい方だ。人間の足では作り出した30秒で逃げ切れるような相手でもない」

そもそも兵士の心が折れているように感じる。恐怖に呑まれ座り込んでいるものが大多数。

恐らく、ガゼフは耐えていそうだがアレに向かって勝てる要素は微塵もない。オラサーダルクでも勝率、というよりアレの前に立ち生き延びることができる確率はほぼゼロだろう。

「……王都の惨劇の後、ドラゴンに乗った女神が現れたなんて噂が立ったでしょ?」

「まあ、あれだけ派手に動けばさもありなん、か」

「30秒の時間稼ぎで逃げ切れるなんて思わない。ただの自己満足にすぎないとも思う。……そんな自己満足に付き合わされるなんてついてないわね」

「ははは、本当についてないな。さあ、主よ。命令を」

「オラサーダルク。1分だけ付き合って」

「ちゃっかり想定の倍持たせろというのか。いいだろう、しっかり掴まっていろ!」

オラサーダルクは翼をたたむと頭から落ちるように急降下。その間にエンリはボウガンに矢を装填する。

奇しくも太陽を背にして戦場に舞い降りた竜を駆る女神の威光に黒い化物は足を止める。

踏み潰される直前だった地上の兵士達は翼の作る影に気づき空を見上げる。

「ば、化物が止まった……?」

子山羊が止まったのは殺してはいけない対象が目の前に立ち塞がったから。

だが、当然兵士達はそんなことを知るはずもない。ドラゴンが止めたのだと勘違いする。

そして、その背にいる少女の姿を誰かが見つけた。

この世のモノとは思えない美しい服を纏ったその姿、それは夜でも陰ることなく兵士の眼に焼き付いていた。

「女神だ……。お、俺は見たことがあるぞ! あの夜もどこからともなく舞い降りて俺達を助けてくださったんだ!」

絶望の中に現れた一筋の光にざわめきが広がる。だが、そこで騒いでほしいわけではないのだ。エンリは水平に矢を放つ。矢は耳障りな甲高い音を立て飛んだ。同時にざわめきも止む。

大きく深呼吸を一つ。

「立って走りなさい! 立ち止まることなく振り返ることなく! そこにいると邪魔です!」

不思議と良く通る声。

その叫びは恐怖で動けなかった兵士に一歩を踏み出させた。一部の将官が一定の規律を取り戻し、兵士をまとめて動かし始める。

「立て! 立って走れ! ここで俺達にできることは何もない!」

王国軍全体の数からすればほんのわずかな数だったがエンリの姿を見た兵士達は組織だった敗走を敢行することができた。

 

「くくく、邪魔とまで言い切るか」

「もう、笑わないでよ恥ずかしいんだから。柄にもない事している自覚もあるし」

「いやいや、面白いものを見た。そのせいか奴さんも攻めあぐねているようだぞ」

「そ、そうなの?」

実際目の前にいる黒い化物は動きを止めていた。触手はうねうねしているが攻撃してくる様子もない。攻めあぐねていると言われればそうなのかもしれない。素人のエンリには判断できかねた。

一方オラサーダルクは内心首をかしげていた。なぜ攻撃を仕掛けてこないのか、と。

あれから感じる気配は自分より遥か高み。特殊な攻撃を持つタイプには見えないがその分肉体の強靭さは折り紙付きだろう。距離を詰め触手で捉え縊り殺すだけでいい。

それをさせない限界ぎりぎりの機動で持たせることのできる時間を30秒と算出した。しかし、何もせぬまま30秒はあっさり経過した。

何度かブレスを撃ち込んでみるが触手の一本が防御に回り直撃は阻止される。効果のほども防御した触手が2、3秒動かなくなる程度。外皮はめっぽう固いらしい。

「あまり効いていないみたいね」

「清々しくなるほどの力量差だな」

以前自分を殺したアレより数段マシだがどうしようもない実力差なのははっきりと自覚できているのだ。

時間稼ぎという目的なら達成できそうだが果たしてそれがどれくらい可能なのか。

本当に攻撃してこない理由も謎なため楽観もできない。

さて、どうしたものかと悩んでいるとなじみのある匂いが鼻をくすぐる。

不死者と亜人と人間の混成軍というある意味驚異的な軍団の中ひときわ大きな体躯が見える。

見間違いようもなく后であり誰よりもネムを愛するドラゴン、キーリストランだ。

それがいるという事は近くにネムがいるという事。

エンリ曰くネムが先生と慕う人物は帝国の関係者らしい。

そして、あそこは帝国軍の陣地でもあり、あの軍勢は間違いなく、己を死の淵から引き戻した死の王の軍勢。

聡明なオラサーダルクは一つの仮説を立てる。

自分の力をもってしても、人間の中で探索に優れた者の助けを借りても終ぞ発見できなかったネムの言う『お友達』。そのお友達の正体がなんとなくわかってしまった。

まさか、とは思う。死の王に自ら近づく生物がいるとは思えない。

家族の安全を保障する代わりにネムが持つ『生まれながらの異能』を揮えと脅されているのか。そうであった方が幾分かは現実味があるのだが、ネムは嬉々として出かけていたような気がする。

「オラサーダルク、難しい顔してどうしたの?」

人間に表情を読み取られるほど顔に出ていたらしい。最近のエンリは妙に鋭くて困る。

これも成長の表れなのだろうか。

「いや……何でもない」

「そう? じゃあ、さ。試してみたいことがあるの」

「ならやってみればいい」

「でもね、その前に言っておかないといけないと思って」

そういうエンリの声音が気になり首を巡らせオラサーダルクは振り返る。

「今までありがとう。支配されたフリを続けてくれて」

「……気づいていたのか。いつからだ?」

「違和感は王都の惨劇が終わった朝から。何というか、距離感が変わった気がしたの。だからこそ……今ならアレを止められる気がする」

エンリはホバリングするオラサーダルクの背に立つと子山羊に向かって手を差し伸べる。

「お願い、どうか鎮まって!」

その瞬間、エンリの周囲に光り輝く龍が浮かび上がる。

「この光……」

神々しく輝く光の龍が乱舞する光景にオラサーダルクは息をのんだ。

忘れもしないオラサーダルクの在り方を変えたあの光だった。

 

傾城傾国の使用条件は女性であること。それだけである。

後は対象を指定してただ命じればいい。

 

「おー、傾城傾国使うか。ん? そういうモノだって教えてなかった気がするが……はて?」

魔導国のゴブリン部隊に紛れ込んで観戦していたジュゲムは首を傾げた。

「まあ、同じ魔法で召喚されたモノ同士をぶつければ1体は確実に止められるな」

 

「傾城傾国! 子山羊を支配するつもりか!?」

その光に気づいたアインズも驚くがすでに止めようもない。

「ネムの姉だから自由にさせているけど効果を理解して使っているなら割と脅威だぞ……」

アインズがぼやくその眼前で子山羊が光の龍に絡めとられた。

 

 

最初に伝わってきたのは怒られるかもしれないという怯えだった。

子山羊は踏み潰した人間の残骸から足を浮かせ僅かに移動する。そして、赦しを求めるように上空のエンリに触手を伸ばす。

「オラサーダルク、近づいて」

「本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫、この子はもう鎮まったわ。あの時と同じ、声が聞こえる」

「……そうか」

オラサーダルクが子山羊に近づき、エンリは伸ばされた触手に触れた。

「酷なことをお願いすることになるけど……ごめんなさい」

エンリが子山羊に下した命令は、同時に生まれ落ちた他の子山羊への足止め指示。まったくの同種なら完璧に足止めできるだろうという算段だった。

「メエェー」

子山羊はエンリを驚かしたりしないように気遣いつつ向きを変える。

向かう先は別の方向で王国軍を蹂躙している子山羊の前に。

ただし先ほどと違うのは死体や、腰を抜かして座り込んでいる王国軍を器用に避けて移動している事。場合によっては目と鼻の先を通過することもあったが死傷者ゼロである。

そんな動きを続けつつも徐々に加速していく。

王国軍を蹂躙する事に夢中になっていた進行方向にいたもう1体が気づいた時にはすでに手遅れで。

空気を震わせる轟音と共に弾き飛ばされ王国軍撤退際にできた僅かな空地に転がり出る。

ここなら人間を巻き込まず足止めできる。

エンリに支配された子山羊はまだ混乱している元同胞に触手を伸ばすとその触手を数本まとめて絡めとる。こうすることでどちらかの触手がちぎれない限り命令通りの足止めができるのだ。

完全に敵意を感じ取ったアインズ側の子山羊Aは絡めとられていない触手で殴りかかる。

エンリに支配された子山羊Bも応戦、触手による殴り合いが始まった。

そもそも、特殊な能力を持たないパワー型のモンスターでありお互いが拘束されている状況では取れる攻撃手段も触手による殴打か噛みつきくらい。そして、相手は同じ魔法で召喚された同種である。体力も攻撃力も基礎値は同じ。

突如仲間割れを始めたバケモノを前に撤退できず腰を抜かしていた王国兵はただ茫然とそれを見る。傍から見たらAとBに見分けはつかず、どっちが先に攻撃を仕掛けたのかですらもうわからない。

出来る事といえば空気を震わせる打撃音に身を竦ませることだけだった。

 

 

支配下に置いた子山羊Bを見送った後、エンリ達も移動し別の方向を蹂躙していた子山羊Cの前に立ち塞がった。当然エンリ達に手出し不可の命令を受けているため子山羊Cもエンリ達を前にして動きを止めた。

「やはりか。私も一つ試してみたいことが出来た。どうする?」

「やってみて」

戦闘においてはオラサーダルクに一任する方針であるエンリは即答。

「アレの周囲を旋回する。何度か接近も試みる」

高機動戦になることを察したエンリは黙って体勢を低くした。

「行くぞ」

想定通り攻撃してこないなら遅滞行動は容易である。進路に立ち塞がり反撃不能の距離なら動きを止めるのが現状、触手が届く範囲に近づけばどう動くのか。

人質として、あるいは恭順の報酬としてネムの家族に手を出さないよう命令されているなら、もし攻撃してきてもこちらを殺す気が無い攻撃なら逃げ切れる自信はある。

急加速からの化物の触手が届く範囲まで接近して離脱を繰り返す。

流石に射程圏まで踏み込めば反撃はしてくる。まっすぐに伸びてくる触手の一撃は重く数発殴られたら撃墜されるだろう。だが、殺気のない攻撃は単調で読みやすい。

接近して確信した。エンリを殺す気はない。そして、恐らくだがオラサーダルク自身も。

このままの状態が維持されるのなら1時間でも交戦していられるだろう。

 

ゆえに、近距離戦はすぐにやめ少なくとも触手の射程外、中距離長距離から攻撃すべし。

行動に移そうとした直前触手の動きが変わる。オラサーダルクの意図を悟ったのか、相変わらず殺気はないが捕獲しようと触手が蠢く。

「ちっ、聡い奴が!」

思わず悪態をつくほどの行動速度。逃がすまいと絡みつく触手の群は的確にオラサーダルクの逃げ道を塞ぐ。それでも、まだ直撃は回避できる。背にしがみつくエンリの腕にさらなる力が籠るほど無茶な機動で回避。

現状では逃走不可。ならばと方針転換する。離れるのではなく更なる接近を。

いうまでもなくオラサーダルクはフロスト・ドラゴンである。年を重ねた上にジュゲムの施したドーピング効果もありその強さにふさわしい肉体を持つ。レベルにして50半ば。

頭の先から尻尾の先まで全長はおおよそ15m、ほっそりとした体形だが頑強な鱗の下に隠された筋肉は相応の質量を持つ。極限までの加速が乗ったその質量がぶつかればどうなるか。

 

ズズン、と再び戦場の空気が大きく震えた。

 

「メエェェ!?」

子山羊はオラサーダルクをはるかに上回る質量を持つがオラサーダルクの蹴りを食らった瞬間、少し浮いた。想定以上の衝撃に触手が統制を失う。

オラサーダルクはそのスキを見逃さず急速離脱。追いすがる触手が何度かオラサーダルクの体に届くが捕獲するには至らない。離脱成功と思ったその刹那、何かがちぎれる音がした。

「あ……」

切れたのはエンリが座る鞍を固定するベルト。エンリへの被弾は避けるように気を使い続けていたが鞍までは気に留めていなかった。鞍はあくまで馬用として作られこのような戦闘は当然のことながら想定されていない。ギリギリを掠めただけだったがそれでも耐えられるものではなかったのだろう。

突然鞍がオラサーダルクから離れ、同時にエンリの体も浮きあがる。エンリは両手でオラサーダルクの背にしがみついていたがこれには対応できなかった。背中から離れたエンリはそのまま重力に引かれて落下する。

落下するエンリは妙に冷静だった。化物の触手は繊細な動きが苦手なのかエンリを取り巻くものの攻撃も捕獲もしようとしない。うっかり潰してしまう事を恐れるように近づくだけで触れてこない。オラサーダルクはすぐに反転したが触手に阻まれ近づけないでいる。

このまま落下するとたぶん、死ぬ。それは避けたい。ならばどうするか。

ふと名案が浮かんだ。それは数日前に図書館へ入り浸り読んでいた英雄譚の一つだ。

巨大な邪竜の頭部にある弱点にとりついた勇者だが必死の抵抗にあい振り落とされる。だが、勇者はあきらめず手にした剣を邪竜の首に突き立て落下を免れる。

そこから再び反撃にうつるそんなシーン。普通の神経なら再現してみようなどとは思わないだろう。

考えるより先に体が動く。周囲で蠢いていた触手に自ら足をかける。うまく足が届かなかったので片足に落下の衝撃が加わることになりみしりと嫌な音が体の中から響く。それでも無理やり力をこめ蹴る。落下のベクトルが無理やり変わり黒い壁、もとい子山羊Cの体表が近づいてくる。足に留めたベルトから短剣を抜くと体表にぶつかると同時に突き立てた。

非常に痛い。もう少し弾力があるかと思っていたが本当に壁のような固さだった。しこたま全身を打ち付けることになったが地上に落下するよりマシだったはずである。

しかし、問題が一つ。

「え、刺さってない!?」

否、刺さっていないのではなく。

「メェェエェー!?」

オラサーダルクの蹴りを受けた時の声が驚愕とするならこれは悲鳴だった。エンリが普通の短剣と考えているそれはレベル90の前衛型モンスターの防御を平然と貫きまるで熱したナイフでバターを切るように固い皮膚を切り裂いていく。かかっている力はエンリの体重のみ。

「うぷっ」

切り口から溢れるどす黒い粘液がエンリに降りかかる。臭いもきつく泣きたくなったのだが一応の抵抗はあったのか落下速度が遅くなった。振り返れば間もなく地上、伸びたエンリの身体能力なら問題なく着地できる距離。足の負傷が気になったがこの臭いからちょっとでも遠ざかりたかった。今度は黒い皮膚を蹴りジャンプ。着地は痛みが走り失敗してしりもちをつくことに。

体中あちこち痛いがあの高さから落下したことを考えると無事に着地できたと考えるべきだろう。

しりもちをつき目の前に広がる視界には体表を大きく切り開かれた子山羊Cの姿が。

「オラサーダルク! 攻撃!」

ガラ空きになったエンリの側に着地、子山羊Cの切り口に両手をかけると左右に割り開く。

流石に痛かったのか触手が打ち据えてくるが殺害不可の命令が効いているためオラサーダルクを動かすまでには至らない。

割り開き露出した肉に爪を立てさらに奥まで突き込む。中は思っていた以上に、不自然なまでに柔らかく内臓らしきモノはあっさりと傷つき壊れていく。その度にどす黒い体液があふれてくるが子山羊Cの抵抗自体は先ほどと変わらない。こんな状況になっても殺そうとして来ない。

ならば、全力で攻撃させてもらおうと決める。

「外は固くても中はどうかな?」

オラサーダルクは鋭い牙を剥きだしに子山羊の切り口へ頭を突っ込んだ。もちろん中は何も見えないが無理やりねじ込み噛みちぎり『大きく脈動するナニカ』に喰らい付くと喉の奥に極限の冷気を集束させる。ゼロ距離どころか体内へしかも核へ直接強力なブレスが叩き込まれたのだ、さすがの子山羊も大ダメージを受けた。返り血で鱗を汚したオラサーダルクからふらふらと距離を取ると地響きと共にその巨体を横たえた。

 

それとほぼ同時に残った2体の子山羊も蹂躙を止め帝国陣地側へ向きを変えた。

そう、残ったのは2体である。

エンリの前には力尽き地に伏している子山羊Aとほとんどの触手を喰いちぎられ全身から黒い体液を流す瀕死の子山羊Bがいた。

「ごめん、ごめんね……」

確かに足止めをしろと命じた。出来るだろうという確信もあった。だが、平和に生きてきたエンリにこんな状態になってまで足止めするという事までは想像できなかった。

2体の僅かな明暗を分けたのはバフの量。アインズの魔法適正による被召喚者へのバフと傾城傾国が被支配者へ施すバフの量。実際数字にすると1%の差だったのだがその差がBを生き残らせた。とはいえ、治療手段を持たないエンリには何もできず、止まらない体液の流出は子山羊Bが間もなく死ぬことを明確に知らせていた。

「どうする? 今の状態ならとどめを刺してやれると思うが……?」

「っ……でも……」

こんなボロボロの状態になっても傾城傾国でつながった子山羊Bは兵士への被害ゼロで足止めを成し遂げたことを誇らしげに伝えてくる。そして、自分の死を気にしないようにとも。うまくいったことを喜ぶべきだと。

エンリはそう簡単に割り切れることは無く、ただ、刻一刻と尽きていく子山羊Bの命を呆然と眺めていることしかできなかった。

 

そんな時、エンリの足元にどこからともなく拳大の玉が転がってきて靴の先に当たってとまる。あまりの唐突さに首を傾げつつも思わずエンリがそれに手を伸ばす。

「エンリ、止せ! 訳の分からないモノに不用意に触れるな!」

突如虚空から現れたソレに『オタカラの匂い』を嗅ぎ取ったオラサーダルクが叫ぶが時すでに遅く、赤と白2色に塗られた玉はエンリの手の中に。

「投げ捨てろ!」

「っ!」

オラサーダルクの怒声。エンリは反射的に手の中のソレを投げる。

子山羊Bの足元に転がったソレはパカンという軽い音共に口を開けるように割れた。

続いて起きたのは暴風。オラサーダルクはエンリを翼でかばい自身も暴風に体を持っていかれないように低く地に伏せる。

風の音に混ざり子山羊Bのか細い悲鳴がこぼれた。

 

「何だったのだ、今の風は……? む、消えた?」

エンリが顔を上げると子山羊Bの姿が消えていた。

「おかしいわ、姿は見えないけど……ここにいるのがわかるわ」

死んではいない。声も聞こえず姿も見えないがすぐ側にいる。あの朝のような喪失感はない。まだ繋がっているのがわかる。

「この隠密のアミュレットと同じような力か?」

「ちがう、と思う。近くにいるけど触れられない場所にいる、みたい? よくわからないわ」

「ふむ、訳が分からんな。原因はアレだと思うが……」

オラサーダルクの視線の先には紅白の玉が。今は再び口を閉じているようだ。

「あ、あの中だわ」

「あ、こら不用意に触れるなと!」

「大丈夫、触れた今ならわかる。あのこ、この中にいる」

「あの巨体だぞ? いや、ソレは明らかに常軌を逸した宝物だろうから否定しにくいが……本当か?」

「……中で眠っているみたい。それに怪我の治療もゆっくりだけど。出し方は分からないけど、持ち運べるならその方がいいわ」

支配下に置き、もしあのまま生き延びたとしても連れまわすことはできなかっただろう。そして、この地に放置することもできない。

この玉の存在に作為的なものを感じつつもエンリはありのまま受け入れることにした。

「ふむ、ではこの後どうする?」

「当初の予定通りにお義父さんを探しましょう。すでに手遅れかもしれないけど、ネムの為にも必要なことは伝えないと」

「そうだな。場所は……む?」

実の所、オラサーダルクは早い段階からガゼフの場所を把握していた。あの混乱の中単身敵陣を目指し移動していたことも。

その気配が無くなっていた。オラサーダルクが追っていたのはガゼフが身に纏うオタカラのニオイだ。万が一死亡していたとしても残滓も無く消えることは無いハズだ。

「消えた……どういうことだ? あまりに唐突な消え方だぞ」

「唐突な消え方……もしかして、ジュゲムさん?」

「む、ガゼフが危機に陥りあのゴブリンが助けに入った可能性、か」

ジュゲムの神出鬼没ぶりが頭をよぎり、オラサーダルクは顔をしかめた。

「とにかく、この戦場にいる理由も消えたな。余計な噂になる前に退散するとしよう」

「あはは、もう手遅れかもしれないけど……」

こんな予定ではなかったのだが、今回も思いっきり目立ってしまった。

惨劇の夜の行動だけでもいろいろな噂が立ってしまっていたのに、今回はさらに目立ってしまった。基本的に上空にいたから顔を見られたりはしていないだろうがそれでも人の口に戸は立てられないだろう。

すこし、胃が痛くなった。

 

 

 




子山羊の大きさなのですが、小説版で読む限り10mくらいのイメージだったのですがアニメ版でははるかに大きく30~40mくらいの大きさに見えました。
ここではオラサーダルクの大きさを鑑みアニメ版の大きさを採用しています。

・紅白のアレ
モ〇スターボール。
100年以上も続く超々々長寿ゲームシリーズとのコラボアイテム。
レベル制限なし、職業制限なしでモンスターをテイムすることが出来る。
100%捕獲できる課金版とイベントクエストをクリアすることで手に入るお試し版が存在する。今回のはジュゲム手持ちの課金版。



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