オーバーロード ー小鬼の調停者ー   作:ASOBU

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あけましておめでとうございます。
宣言通りにはなりませんでしたが本年1発目です。



黒き獣の蹂躙

超位魔法〈黒き豊穣への貢〉。

アインズ・ウール・ゴウン魔導王の力を示すため強力な魔法を使う事になった時、それを選んだのは好奇心からだった。効果は広範囲への即死付与。そして、その死者に比例してとあるモンスターを召喚する。

これまでの実験でネムの持つ『生まれながらの異能』の効果範囲はおおよそ解明できていた。鳥や獣に近い姿をもつ魔獣はそのレベルに関係なく支配下に置かれた。また昆虫系の魔物やそれに近い蟲人の類にもかなりの効果を及ぼす。コキュートスですらネムの『お願い』を断るのに気力を振り絞った。影響は人間に姿形が近づくにつれ薄れていくようではあるが亜人種の一部にもある程度の効果があった。

それらを踏まえたうえで今回の実験だ。

魔法によって生み出される召喚獣にその力は及ぶのか。被召喚物でも人型に近い天使や悪魔には効果がない。一方で悪魔や天使でも見た目が獣、あるいは明らかに人外な物には一定の効果が及ぶ。そこから考えられるのは線引きがすべてネムの主観によるものであるという事。では、見た目がグロテスクな子山羊には、データ上は魔獣と分類されているアレに効果が及ぶのか否か。

アインズの知的好奇心と戦場で力を示す強力な魔法という条件が合致した。

ただ、一つ問題がある。それはネム自身だ。

強力な異能を秘めていても年端もいかない人間。数か月前に両親を失ったばかりの少女の前で大量虐殺を行おうというのだから。

拒否されれば別の超位魔法を使う用意もしてあった。

「最後にもう一度だけ問う。実験に付き合ってくれるか?」

「……」

ネムは答えない。

「ここで使う魔法は二つ想定してある。どちらを使用してもナザリックに大きな利益をもたらすのは間違いない」

「ネムが……ネムが我慢したらアインズ様は喜ぶ?」

「そうだな。召喚された者にお前の力が及ぶのかそれを知ることができたなら私は大いに満たされるだろう。だが同時にネムに苦痛を与えたくないとも思っている」

魔法で殺される人間には何も感じないがネムに関しては別だ。

今となっては手放す気も無ければ壊す気もない。

「……ネムは悪い子です。……悪い子だけどどうかお願いを聞いてください。どうか、ガゼフお義父さんとブレインおじさんだけは連れて行かないでください……」

何が起きるかは先ほど説明してある。声は震え再び付けた仮面の下は涙を浮かべているだろう。

ネムは奪われる多くの命とアインズに失望されたくないという自分の気持ちを天秤にかけ、結果アインズを取った。

「もちろんだとも。そこは安心するといい」

二人のやり取りを聞いていたニンブルは震える体を必死に律した。

この少女が選んだのは間違いなく大惨事を引き起こす選択肢なのだろうと察してしまったから。養父であるガゼフと知己であるブレイン『だけ』は殺さないでほしい。彼女はそう言ったのだ。

まともな、否、そもそも人間の選ぶ選択肢ではない。少女が実は人の姿をした悪魔でしたと言われたならば納得もできよう。

だが、ニンブルはネムを知らない。両親を殺されたことで残された心への傷跡は年齢の差でエンリより遥かに深かった。僻地の農村という小さな世界で育ったネムは親へ依存する。そうすることでしか生きてはいけないから。何もなければそれでよく、小さな世界で、それなりの苦労はあれど何事もなく生きていたはずだろう。

しかし、現実はネムから依存先を心的外傷と共に奪い去り未知の世界へと放り出した。生存能力のない少女は本能的に依存先を求めた。

ジュゲムとの短い旅の末出会ったのはネムを求め受け入れてくれるアインズだった。

種族は違ったが些細なこと。大事な事はネムが生きていくために、ネム自身を委ねることができる相手であるという事。出会ってから数か月、人格形成に重要な時期にアインズに触れたことでネムにとっての世界はアインズを中心に形作られることになった。

そのネムが一番恐れる事はアインズにもう来なくてよいといわれる事。

アインズに捨てられる事が何よりも恐ろしい。それだけは、例え、今から多くの人間が死ぬと聞かされていてもアインズに失望される選択肢だけは選べない。

アインズは意図していなかったのだがギルド要員として登録した時点で、ネムの中で『世界』は『アインズ』よりも軽いモノとなっていた。

 

 

かくして超位魔法は解き放たれた。

 

 

戦場を満たすのは完全な静寂だった。

ほんの一瞬で王国軍の片翼、数にして7万の命が奪われた。起きたことが理解をはるかに上回っていたせいで帝国軍も王国軍もただ茫然と動く者のいなくなった左翼部隊を見つめた。

 

最初に事を理解したのは帝国軍、その中でもニンブルだった。ネムとアインズの話から虐殺を行う魔法だろうという事は想像でき、覚悟していた。だからこそ、理解したが受け入れることはできなかった。足から力が抜ける。震えを抑えることはもう出来ない。帝国軍で最強の一角とよばれるニンブルだったが最早そんなものはどうでもよくなった。

「う、嘘だ……嘘だと言ってくれ……」

両膝をつき頭を抱えると小さくなって震え出した。

四騎士のそんな姿を目の当たりにして帝国軍にも理解とどよめきが広がっていく。

 

「ん? どうかしたのか?」

アインズが蹲ってしまったニンブルを振り返る。声にも反応できず動かない。

立場的にその行動はよろしくなかったが誰が責められようか。

「アインズ様のお声を無視するなんて不敬です」

しかしながらナザリック勢には通じず。撲殺すべく杖を振り上げたマーレをアインズが慌てて止める。

「よい、マーレ。他の者より間近で見た分刺激が強かったのだろう。なに、観客はまだ後ろにもいる。それに、まだこの魔法はこれからだ」

これ以上に何かあるのかとニンブルは耳を疑った。

「みろ、出てきたぞ」

アインズのどこか楽しそうな声。7万もの人間を皆殺しにして何故そんな声が出せるのか。

ニンブルは恐怖で体がこわばっていたが何とか顔を戦場に向ける。何が出てきたのか気になった。

そして、後悔した。

 

ずんぐりとした丸い巨体に無数の触手、数か所にむき出しの口。

「メェェェェェーーー」

そして、見た目にそぐわぬ声。

黒き豊穣への貢により黒い子山羊が5体生まれ落ちた。

 

「ネム」

声をかけられたネムの肩がびくりと震える。アインズのローブの端を持つ手に力が籠る。

「どうだ、あれらの声は聞こえるか?」

「うん、大丈夫……みたい」

ネムは一歩前に出て黒い子山羊の方を向き手招きした。

「みんな、おいで。ごめんね、少しだけ怖いと思っちゃって」

「メェェェ……」

ネムの声に応えるように5体の子山羊が一斉に体向きを変える。どう見てもアンバランスな体型だが器用に足を動かし帝国陣地へ向かって移動を開始した。

アインズもマーレもネムも平然としている。子山羊はアインズとネムの支配下にはいっており危害を加えられる心配はない。

だが、帝国軍の騎士たちは違った。得体のしれない、とんでもないものが近づいてくる。

地響きが足元を揺らし始めると一気に恐慌状態が広がった。

ある者は泣き叫び少しでも遠くへ逃げようと走り出す。

ある者はすべてをあきらめただ膝を折る。

ある者は何かに魅入られるように近づいてくる子山羊へと、虚空へと手を伸ばす。

そして、ある者は、ギュッと剣を握りしめた。

 

子山羊はネムに近づくと壊れ物を扱うように恐る恐るといった雰囲気で触手を伸ばす。

ネムも手を伸ばし触手に触れる。

見上げるような大きさの異形を前に、年相応の笑みを浮かべ触れる少女の姿。

「よかった、ネムはあなたともお友達になれるんだね」

視界には地に横たわる王国軍が映っているはずだが彼女は見ていない。未成熟な精神が選んだせめてもの逃避。

アインズはどこかずれてしまった感覚で、絵になるなぁなどと考えていた。

マーレはどこか嬉しそうにしているアインズをほんの少しのネムへの嫉妬と共に見ていた。

油断がなかったといえば嘘になる。当然攻撃への備えはしてあったしこの戦場はナザリックに監視されているから外敵の侵入も容易ではないはずだ。

そして、ここは帝国軍の陣営であり周辺はナザリックの威光を見せつけるために編成した軍勢が固めている。万が一、敵対するプレイヤーが奇襲をかけてきても――ジュゲムはそんなもんのこってねぇと笑っていたが――凌げる用意はあった。

外からは万全だったのだ。しかし、内側からの守りは油断と小さな嫉妬によって万全ではなかった。

 

「悪魔め! 死ねぇ!!」

跳ね起きたニンブルは剣を抜くとネムに向かって突進した。

彼我の距離は僅かに数歩。

 

「え?」

アインズは実験の成功も相まってほんの少し気の弛みを見せた。これが自分への攻撃なら半ば自動的にカウンターをぶち込んでいただろう。だが、剣先はアインズなど眼中にない。

「あっ……」

マーレはニンブルが動いた時には反応できていた。攻撃の矛先がダメージを受けないにしても至高の御方に当たってはならないという思いから即座に迎撃態勢を取る。そこで気づいた。狙いがアインズではなく自分でもなくネムだと。当然アインズはネムも護衛する対象としてマーレに命じてある。仮にもナザリックの所属となりアインズの庇護を受けている人間だから護衛する事は当然。

当然なのだが、アインズのネムを見る眼差しが自分に向けられたいという小さな嫉妬が行動を鈍らせた。

 

自分は死ぬだろうと自覚していた。だが、それでも命を懸けてでも人類生存のためにやらねばならないと思った。

人類の行く末を左右しかねない存在? 

どう考えても悪い方へ導く悪魔にしか見えなかった。7万の命と二つの命あっさり天秤にかけ二つの命を取る様な精神性。人間の皮をかぶった悪魔にしか見えなかった。

とどめは異形の、7万の命を生贄に召喚された化物と笑顔で戯れている姿。

怖気の走るその姿を横目に見て確信に至る。

 

一歩。魔導王は間抜けにも驚き声を上げた。

二歩。護衛の少女は恐ろしいまでの反応速度で身構えたがどういうわけか攻撃を躊躇した。

三歩。本人に戦闘能力は無いらしく気づいてもいない。

四歩。その首をはねるまであと一歩。積み重ねた訓練は裏切らない。

しかし、五歩目は踏み出されることなく。

 

ぐしゃ。

 

高速で振り下ろされた触手はニンブルを捉え一瞬で、鎧が一枚の板になるほどの勢いで叩き潰した。当然、ニンブルだった中身は紅い霧と肉片となって四散した。

ただ、今回はその勢いが仇となる。

叩き潰された拍子に折れた剣先は持ち主の最期の意思が乗り移ったかのようにネムに向かって高速で飛んだ。

 

右の脇腹が熱い。そう思って手を伸ばすと自分の体からはみ出る赤いモノが見えた。

本能的にそれが外へ出てはいけないものだと悟り止めようと押さえつける。

だが、そんな事では脇腹から臍のあたりまでできた刀傷、そこから溢れる血と内臓を押さえられるわけがない。

アインズが何か叫んでいる。

しかし、それはすぐに聞こえなくなった。

 

アインズは怒りで目の前が真っ赤になったが即座に鎮静化が起きる。

ふつふつと鎮静化しきれない怒りが湧いてくるが状況を把握、伝言の魔法を行使する。

「シャルティア、転移門を開け! 30秒以内にペストーニャを連れてくるのだ!」

それと同時にアイテムボックスから赤いポーションを取り出すとネムの傷口に振りかける。わずかに出血量が減るがあまり効果が出ていない。

「ちっ、やはりか!」

これはある程度想定していた効果だった。レベル1の一般人に下級ポーションを使った場合同じような致命傷でも治療することができた。一方、強制強化訓練でレベリングしたフォーサイトのメンバーに使用すると一本で完治とはならない。致命傷が重傷になる程度だ。

これは下級ポーションの効果がHPを一定値回復させるとなっているからなのだろう。レベルアップを図った結果、HP上限が伸び初期の回復量では相応の効果にしかならない。

実験に付随してレベルが上がっているネムもやはりそうなのだ。

最悪復活魔法があるがこれに関してはまだまだ不確定の要素が多い。基本的にユグドラシルと同じだがこの世界では死者が復活を拒否する場合があるという。実際に復活しない事例があるのだからそうなのだろうと言われているだけであり、生前にそう望みそうなるのか魂が離れる時にそう願うのか死者は語らないので誰にもわからない。

復活の確率が100%ではない以上、それに信頼を寄せるわけにはいかない。

ネムを失うわけにはいかない。ネムがアインズに依存しているのと同様にアインズもネムに依存しているのだ。

 

 

―アインズの寝室。

もう限界だった。

支配者ロールを続けていくうちに溜まるストレスが限界だった。

存在しないはずの胃がしくしくと痛む。空洞のはずの眼窩の奥がキリキリと痛む。

誰も近づけるなと一方的に命じて、何か言いかけたメイドの口を閉ざすとベッドにダイブした。魔法で部屋を隔絶すると口から飛び出すのはひたすらに愚痴だ。

ここにいるのはアインズ・ウール・ゴウンではなくただの鈴木悟。

ナザリックの支配者ではなく元サラリーマンの人間。

虚空に消える愚痴は誰にも聞かれず消えていくはずだった。

「アインズ様……、ですよね?」

どこか自信なさそうな誰何の声。無いはずの血の気が引いた。

見せるべきではない支配者アインズ以外の姿を見られた。見せてはいけない鈴木悟を見られた。相手はソファーから顔をのぞかせるネム。実験を前にここで待機させていたことを今更ながらに思い出すが後の祭り。

即座に始末するべきかという考えが頭をよぎる。ネムが吹聴すればナザリック崩壊の危機にもなり得る。

アインズの葛藤をよそにネムはベッドに飛びのり正座するとポンポンと自分の膝を示す。

「ネムでよかったらお話聞きますよ?」

役に立ちたいという意気込みが伝わってきた。

今から思えば精神的に参っていて判断力が低下していたのだろうが、結果はいい方へ転がった。虚空に向けて愚痴るより誰かに聞いてもらう方が、数倍気分が晴れる。人間孤独では生きていけないのだと思い知った。体はアンデッドだが心までそうある必要はないと気づいた。

少女に膝枕されて愚痴り続ける骸骨という絵面はちょっとアレだが。

 

 

命じてからの時間がひどく長く思える。

「アインズ様、お待たせいたしました」

実際の時間は10秒足らずか。シャルティアは連続して転移門を行使してペストーニャの腕をつかむと有無も言わせず飛んできた。

「ペストーニャ、ネムを死なせるな。復活魔法は最終最後の手段と知れ」

「はい、直ちに……わん」

「目途が立てばナザリックに戻りいつもの部屋で寝かせておけ。後で様子を見に行く」

「アインズ様はどうなさいますか?」

「そうだな……当初の目的を完遂するとしよう。お前達も、そのままというわけにもいくまい?」

アインズの紅い双眸の向く先は異形の子山羊達。

「メェェー」

アインズの言葉に応えるように子山羊達は触手を振り回す。

「好きに暴れろ。ただし、殺してはいけない者には注意しろ」

子山羊達は歓喜に触手を震わせ死の進軍を開始した。

 

これはただの八つ当たりだ。精神鎮静化のせいで冷静になっているためその自覚もある。

だが、それでもアインズははけ口を求めた。

 

 

ただ両軍が向かい合ううちは戦争の体を成していた。

だが、いま行われているのは虐殺、蹂躙、殺戮だろう。

恐ろしいほどのスピードで、撤退する王国軍に肉薄すると踏みつぶし触手で薙ぎ払う。

槍衾を形成し抵抗を試みる部隊も僅かながらにあったがアリが象に挑むようなものだった。

抵抗の有無にかかわらず踏み潰され叩き潰され中身を全てぶちまけ死んでいくだけ。

 

 

 

 




書きたいことは溜まっていくけどそれを文章に起こす時間がないのです。
一応プロット的な物だけは聖王国編まであったりしますがいつになるやら……
それもこれも最大金冠そろわないのが悪い!

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