オーバーロード ー小鬼の調停者ー   作:ASOBU

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働き方改革とやらで降ってわいた9連休という事で二話分続けて投稿となります


少女と秘書官

視界に入ってきた威容に息を呑む。

壁は白を基調に精緻な細工、天井は高く吊るされたシャンデリアは七色の宝石が彩る。左右の壁には部屋を飾るようにいくつもの紋章が編み込まれた旗が並ぶ。まさに玉座の間。自国の玉座の間もかなりの物だと自負はあったがこれと比べるとなんとも陳腐に見えてしまう。

そして、中央に敷かれている深紅の絨毯。それを挟み左右に並ぶとてつもない力を秘めているであろう異形。かなり小さな、腕に鎖を巻いたゴブリンと思わしき人型もいれば巨大なドラゴンもいる。昆虫種、粘体種、アンデッドなんでもアリだ。それらの視線が物理的に絡みついてくるかのようにも思える。

だが、いつまでもそこで立ち止まっているわけにもいかない。

「いくぞ」

後ろにいる部下にだけ聞こえるように小さく声を発する。

そして、彼は、バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは一歩を踏み出した。視線の先には化物達を統べる死者の王。周囲からの視線は物理的な戒めとなってジルクニフの体を縛る。それに全力をもって抗いただ一点、玉座の座す死者の王を見つめて進む。気を反らせば己の足は止まるだろうと直感していた。

また次の一歩を踏み出そうとした時――

 

ひょこっと玉座の裏から人間の少女が顔を出した。

 

ジルクニフの足が止まった。

もし、玉座の裏から顔を見せたのがアンデッドだったらジルクニフの足は止まらなかっただろう。だが、顔を見せた少女は周囲の存在と比べてあまりにその存在が希薄。玉座に侍る恐らく幹部であろう者達と比べるべくもない。逆にそのせいで異様さが際立っていた。

ジルクニフが足を止めたことで死の王は背後の存在に気づいたのか非常に人間くさい動作で肩をすくめると少女を抱き上げ己が膝の上に座らせた。強大なアンデッドの膝の上だというのに、人間にしか見えない少女は嬉しそうにほほ笑む。同時に幹部の一部から発せられる重圧が恐ろしいほどに増した。

玉座まではまだ遠く踏み出すべき足が動かない。皇帝として生きてきてちょっとやそっとでは揺るがない精神力を身につけていたはずだったがそれはうまく働いてくれない。

ジルクニフが足を止めたことで後ろに続く部下も足を止めることになる。

これ以上待たせるべきではないとわかっているのだ。実際、周囲からぶつけられる視線に苛立ちの様なものが混ざり始めている。それに伴い背後から聞こえてくるのは金属が触れ合う小さな音。恐怖からの震え。

 

「お前達、それくらいにしておけ」

 

同時に絡みつくような重圧が消えうせた。

声の主は死の王。思ったよりまともな、人間に近い声。そのことでジルクニフの心に僅かばかりの余裕が生まれた。小さく息を整え次の一歩を踏み出す。膝の上の少女は見なかったことにした。

一呼吸おいてゆっくりと進み段の下までたどり着く。

「バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。お目通りをしたいとのことです」

「よくぞ来られた。バハルス帝国皇帝よ。私がこのナザリック地下大墳墓の主であるアインズ・ウール・ゴウンだ」

「歓迎を心より感謝する。アインズ・ウール・ゴウン殿」

向かい合う二人。こうして会談が始まった。

 

会談より数時間後、ジルクニフの秘書官であるロウネ・ヴァミリネンはあてがわれた部屋で立ち尽くしていた。

ほぼ毎日出入りする皇帝の執務室より、皇城にあるどの部屋より豪華な部屋だった。その部屋を一人で使っても良いという。

ロウネは部屋の入り口に佇むメイドを振り返る。

「本当に、この部屋で間違いないのでしょうか?」

「はい」

その女性を失礼にならない程度に観察する。玉座にいた化物と違って何も感じない。あるいは隠しきるだけの実力があるのか。

「もう一つ、貴女は人間のように見えますが……間違いないですか?」

「はい。同じ種族同士の方が安心できるだろうと。私ツアレと申します。人間のメイドは私だけでしたのでヴァミリネン様の専属として配属されました。私はまだ見習いの身ゆえ至らぬところはあるかと思いますが御用の際は何なりとお申し付けください」

さらに聞けばこのエリア、第9階層というらしいがそこにある施設もツアレを通して申請を出せば基本的に使えるらしい。食事も3食でるし仕事に必要な物も取り揃えてくれるという。

悪魔への生贄だという認識だったのだが、この扱いには戸惑うばかりだ。

否、いい思いをさせてからどん底へ突き落すつもりなのかもしれない。もしくは、すでに何かされた後なのかもしれない。ロウネにそれを判断することはできないのだが。

どちらにせよ、自分が自分であると自覚あるうちは与えられた職務を全うしなければならない。人間種の、否、全ての命ある種族の未来の為に。

決意を固めたロウネの耳に扉をノックする音が聞こえる。

決意を固めたはずなのに本能的な恐怖からか体がひきつった。扉の向こうに何がいるのかわからない。だが、間違いなく人間を一撫でで殺せるような異形なのだろうと身構える。

それが無駄だとしてもせざるを得なかった。

しかし、入ってきたのは死の王アインズ・ウール・ゴウンの膝に座っていたあの少女だった。なぜかカスタマイズされたメイド服姿で。

「お兄さんが帝国の人?」

あの異形の中で逆目立ちしていた異様。ただそこにいてニコニコしていただけだったのだが場所が場所だけに鮮烈な記憶として残っている。

「あ、ああ。そうだが」

「アインズ様がね、話しやすい人間がいなくて緊張しているだろうから話し相手になってあげなさいって」

ロウネは混乱した。今の発言を真に受けるなら彼女は人間なのだろう。だが、あの場所に平然といた以上ただの人間であるわけがない。そんな者が話し相手に? 何を隠している? 何を企んでいる?

「お邪魔、ですか?」

「いや、そういうわけじゃないが。……貴女はゴウン殿の側近ではないのですか?」

意図も状況もわからないことだらけ、ここは敵地であり孤立無援。ならばまずは情報収集からだ。気合を入れなおす。ただの少女にみえても油断はできない。

「ん? 違うよ? 私はネム。ネム・ストロノーフです!」

「……は?」

いきなりの爆弾発言に取り繕えなかったため思わず変な声が出た。長く皇帝の改革に携わりちょっとやそっとでは、少なくとも人間相手なら揺らぐことは無いと自負していたが。

一瞬で情報を精査する。隣国の要人である王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。当然ながらそれを取り巻く状況などは逐一報告として上がってくる。それによると一ヶ月ほど前にどこからか養女をとったという。人身売買だとか禁止されている奴隷扱いだとか敵対する貴族たちは吹聴していたがおよそそんなふうには見えないと聞く。

何よりも問題は今の少女の言が本当ならアインズ・ウール・ゴウンはすでに王国と深いつながりを持つという事になる。下手をすれば皇帝との会談はただの茶番となり果てる。

「ス、ストロノーフというと……王国の戦士長を頭に浮かべるのだが?」

「うん、お義父さん!」

隠す気ゼロどころか邪気のない笑顔で正解を告げられた。

「でも、お義父さんはネムがアインズ様の所に遊びに来ているのしらないよ?」

まだこの地にきて数時間だが断言できる。気軽に遊びに来るような場所では断じてない。

思わずそう叫びかけたが飲み込む。こっそりと息を整え少女の眼を見る。人間相手ならほとんどの嘘は看破できる。そして、その眼に嘘偽りはない。

だから余計に混乱するしかなかった。

本当に遊びに来ているだけだというのか。

あり得ない、あり得るわけがない。どう考えてもおかしいだろ。

「お兄さんはなんてお名前? けんぶんをひろげることはいいことだって、アインズ様が。色々お話したいな」

「……」

何と答えていいものか、鍛え上げられた脳みそで答えを絞り出す。

 

 

「本当にどうしたものかと悩んだものでした」

「へー、そうだったんだ」

「そうですよ。ですが、貴女がいたおかげで私は気負うことなく職務を全うすることができました」

あの混乱しかなかった邂逅から早一か月。王国への宣戦布告がなされると同時にこの地の任務を解かれることとなった。そのことをネムに伝えるとお疲れ様会なるモノを企画されてしまった。

メンバーはネム、ロウネ、フォーサイトの4人。場所はフォーサイトに与えられた第6階層のログハウス。テーブルにはネムを介してささやかな食事が用意されていた。ささやか、とは言うがロウネを含む帝国出身者が食べたことのないような料理の数々がずらりと並んでいるのだが。この一か月で慣れたつもりではあったがこの場所では人間の感覚や常識なぞ何の役にも立たない。

「でも、忙しい中時間作ってくれたからこれが書けたよ」

ネムからロウネに差し出されたのは小さな便箋。拙い王国語で書かれた手紙だった。

「今から読んでも?」

「恥ずかしいから今はダメ」

「わかりました。では帝国に戻ってからにしますね」

生贄だと思っていた。生きては帰れないと思っていた。だからこそ待遇にも驚いた。

しかし、実際は帝国とナザリックとを繋ぐ特使として扱われアインズ・ウール・ゴウン魔導国建国に当たって必要なことをすり合わせる日々が続いた。

アンデッドによる単純労働力の確保、それで職を失う者は優先的にアンデッドにはできない職へ斡旋。望むなら教育を、望むなら職業訓練を。それに伴う法整備、意識改革案など。それを人間、亜人、他のこの大陸に住むすべての種族に行おうというのだから恐ろしい。

全ての種族が協力し合い共存するなんて話は夢物語だと誰もが言うだろう。笑い話にしかならない。だが、アインズ・ウール・ゴウン魔導国においては話が違ってくる。死に囚われない絶対的な支配者がいて、その支配者に絶対的な忠誠を誓う者が大勢いる。ここへ来る直前まで幹部の誰かを寝返らせるなどという話もあったが断言できる。それは不可能だと。そんな者達が一つの楽園を夢みて進むのだ。阻めるものなどありえず、不可能もまたない。

もちろん一朝一夕で出来るとは言えない。まずはモデルケースの完成を目指すのだ。

此度の宣戦布告もその布石であった。

 

ナザリックでの生活でロウネは考え方を変えていた。否、変えられたのかも知れないが今となってはどちらでもよかった。なまじ国政に携わっていたため可能性に希望を見出してしまったのだ。

「先生、食べないの?」

「あ、いやすまない。いつもの癖で考え事を」

ロウネは意識をこの場に戻す。案の定ネムは唇を尖らせ不機嫌ですアピールをしていた。

やれやれと肩をすくめる。ああなってしまうとしばらく口をきいてもらえない。まさか生き残っているとは思っていなかったワーカー、フォーサイトの面々も同じような反応だ。

彼らもロウネ同様ネムと縁を持ったことで色々変わったのだろう。

 

人間の視点と異形種の視点それらを同じ目的に向かって近づけあるいは妥協しつつ根幹となる法となす。言葉にするとそれだけだが作業としては神経を磨り潰すような過酷な作業だった。価値観も違えば思想も信仰も居住形態も食料も何もかもが違う。想定するケースだけでもごまんとある。疲労が限界に達する頃、少女は部屋にやってくる。

最初は当たり障りのない話だった。常に与えても当たり障りのない情報を取捨選択し話してやっていた。そんな中頼まれたのだ。読み書きを教えてほしいと。

曰く、姉は養父に教えてもらっている。しかし、自分はまだなのだと。

気分転換にと始めたが気が付けば先生呼びであった。

正直な所、周辺に話しやすい人間がいたことは大いに歓迎すべきだ。このナザリックでたった一人、言葉を交わす人間は最低限のみのメイドだけ。そんな状況が続いていれば確実に心が折れていただろう。

 

ロウネはいまだに不機嫌アピールをしてくるネムの皿に自分の分のデザートを乗せてやる。一瞬で不機嫌さはどこかへ行ってしまった。花のような笑顔を浮かべデザートを口に運ぶ。

こんな簡単に御せる相手だが現在のナザリックに置いて階層守護者に次ぐくらいの影響力を持っていると本人は自覚しているのだろうか。至高の御方に気に入られているという事はそういう事なのだが。

「なあ、ロウネさん。本当にそんな国ができると思うか?」

和らいだ空気の中ヘッケランが真面目な顔で疑問を口にする。

「ナザリックが総力を挙げれば可能性があります。ただ、私達が生きてそれを見ることは無いでしょうが」

「すべての種が共に生きる世界、か。普通は夢物語だと吐き捨てるところだが」

「――支配下、あるいは保護下に置かれているとはいえ私達は異形種と生活している」

「その、可能性とやらの一端を知ってしまったんだよなぁ」

ぼやく様にいうヘッケランの視線はロバーデイクへ。

「私に至っては妻と子を持つことになりましたし」

そう、ロバーデイクはひと悶着あったがナザリック内のとある人物と結婚することになっている。

いわゆる出来ちゃった婚だがアインズが種族を超えた奇跡に大いに喜んだためナザリック内は大歓迎ムードだ。

「しかし、そのようなことを外で口にすれば狂人扱いされるでしょうな」

「……ヴァミリネンさん。貴方、まさか?」

「ええ、狂人になろうかと思っています。ここでのことも未来の計画も全て皇帝陛下に伝える旨許可を頂いています。おそらく、魔導王陛下は私がこうなることも見通しておられたかと」

ロウネはそれ故にアインズがネムを近づかせたのだと思っている。異形の恐怖に囚われず物事の本質を見よと。今目の前にあるモノが可能性の一端であると。

「―それでも難易度は高い」

「承知しています。だから先に謝っておきます。聡明な皇帝陛下が道をたがえることは無いと思いますが万が一失敗して魔導王陛下の怒りを買い、人類が滅びたら私のせいという事で」

「おいおい、こんな席でさらっという事かよ」

「何を言っているのですか。こんな席だからこそ言えるのですよ」

デザートを食べ終えたネムは何やら難しい話に首をかしげる。ただ、その話からは嫌な感じはしないので口を挟むことは無い。

そんなネムがふと外を見る。ログハウス周辺にいる魔獣がネムに知らせてくれた。

イスから飛び降りると玄関へ走り扉を開ける。

そこには今まさにノックをしようとしていたアインズの姿があった。

「いらっしゃいませ、アインズ様!」

「気配を消してきたつもりだったが……いや、森の中を通った時点で魔獣達から知らせが行くか」

「うん!」

「すまないな、人間同士の集まりに顔を出して」

室内ではロウネやヘッケラン達が慌てて跪いている。

今日は人化の指輪を装備した状態。人間の集まりという事で気を使ったつもりだがあまり効果はない様だ。

「少し用があって来たのだ。ロウネ・ヴァミリネン」

名を呼ばれロウネの体が意図せず震える。何か不興を買ったのか、そんな考えが頭をよぎる。

「わ、私にでございますか」

「お前はこの地での任を解かれたといっていたな。祖国へ戻り、国の為に、そして、世界の為に茨の道を進むのだろう?」

ロウネは息を呑む。一瞬迷い、不敬とも取られかねないが顔を上げると決意を新たにアインズの眼を見る。

「は、はい。私は魔導王陛下の治める世界に可能性と希望を見出しました。しかし、それは今の世にはまだ早すぎるもの。いずれ来る世界の為にこのロウネ・ヴァミリネン、少しでも新たな世界の受け皿を作る事にこの命すべて使い尽力する所存であります!」

命を懸けてでも事を成そうとする人間の力強さ。アンデッドになった今の自分にはないものを見出し、アインズはどこか嬉しそうに頷いた。

「よかろう、その決意しかと受け取った。これよりお前に我が祝福を与える。外へ出るのだ」

アインデッドの施す祝福とは一体何なのか。不安だが、断るという選択肢もまた無いのだ。

不安そうに見守るフォーサイトのメンバー。一方でネムは平然としている。

ネムと目が合った。

「大丈夫だよ、先生。外にあのアンデッドがいるからぱわーれべりんぐってやつだと思うの」

ネムもやったよ、と。聞いた事のない単語だった。

わからないことだらけだが重い足に鞭打ってログハウスを出る。

ログハウスの前にはアインズと巨大なタワーシールドとフランベルジュを持つ死の騎士が一体佇んでいた。

だが、違和感がある。ナザリック内で時々目にする死の騎士とはどこか違う。兜や鎧は黒く煤けタワーシールドはよほどの熱に曝されたのか熔けて変形しおよそ盾としての形を成していない。さらに全身からうっすらと煙を立ち昇らせ辺りには何とも言えない嫌な臭いが立ち込めている。いうなれば、炎に焼かれ瀕死の状態。

「ロウネ・ヴァミリネン。これは儀式である。そのメイスを持ち、立ちはだかる死を超克せよ」

ログハウス入り口の階段には一振りのメイスが立てかけてある。

ずっしりと重いメイスを手に取る。文官として生きてきたロウネは武器を握った記憶がない。戦闘なんていうものとは縁遠かった。自分の武器とはすなわち頭脳であったから。そんな者が武器を持ち伝説のアンデッドに挑めという。

「怖いか。だが、安心しろ。これがお前に牙を剥くことは無い」

怖い。足がすくむ。大丈夫だといわれても目の前の存在はとてつもない恐怖を与えてくる。

「お前が選んだ道を進む途中、理解しない者の手によって志半ばに倒れる可能性があるかもしれない。だが、この騎士を超えることができたなら、お前は一度だけこの世に舞い戻るチャンスを得る」

息を呑み言葉の意味を反芻する。

世界には復活魔法が存在する。だが、ほとんどの場合生命力の損失に耐えきれず灰となるという。この儀式はそれを回避する儀式だと理解した。

文字通り、死を超克するための儀式。死の王の前では、死も終わりではないのだ。

ロウネはメイスを握りなおすと恐怖を振り払う雄たけびと共に死の騎士に躍りかかった。

 

儀式なんて言ってみたものの、これはただのパワーレベリングである。ネムで色々試した結果見つけたなかなかいい手だった。ネムや戦闘技術を持たない人間が倒せる相手というのはほとんどなく、最弱のスケルトンでもそれなりに時間がかかり効率が悪すぎた。ではどうするか。

 

死の騎士は防御に優れた盾として重宝されていた。それは防御に偏った能力値だけでなくその特殊能力にこそ真価がある。それはどんな攻撃を受けても1度だけHP1残して耐えるという能力。逆に言えば、フレンドリーファイアが解禁されているこの世界においては意図的にHP1だけ残すことができるということ。通常ではどうにもならないレベル差を無理やり覆しラストアタックボーナスを付与するのだ。

アインズの魔法を受けてHP1状態だった死の騎士がロウネの振るったメイス、以前ネムに使わせたイベント武器と同じ魔法付与を施されたそれが当たる。つまりは当たりさえすれば1ダメージはいる。

それは余りにもお粗末な一撃だったがアインズの命令により回避も防御もとらない死の騎士は偽りの命を全て消失、ゆっくりと倒れ地面につく前に黒い霧となって消えた。残されたのは肩で大きく息をするロウネのみ。

 

なお、拉致してきた一般人や野良ゴブリンで試した結果、死の騎士一体で7から8レベル上昇することがわかっている。これを利用すれば低位の復活魔法に耐えられない者でも1回は耐えることができる。また、近接武器を使用させることによって戦士系のクラスを付与することになり肉体的にも少し強化されるという寸法だ。

もちろん上位の復活魔法を使えばレベル低下も起こらないが死の騎士一体召喚し生贄にするコストの方が安上がりなのだ。

アインズはこれを『死を超克する儀式』と名付け、失うと惜しい文官などの人材に保険として施すことにしていた。ロウネの場合自分の理想とする世界に共感し実現に尽力するという。そんな希少な人間を何かしらの事故で手放すのは惜しかったのだ。

 

「儀式は成った。ロウネ・ヴァミリネン、その尽力に期待している。では邪魔したな。後は人間同士で好きにするといい」

こうして墳墓の主は去り汗びっしょりになったロウネは地面に座り込んだ。

「ロウネさん、大丈夫……じゃないな」

「申し訳ありません、腰が抜けてしまって」

無理も無いだろう。反撃してこないといわれても相手は伝説級のアンデッド。ナザリックにおいてアレは最下層クラスでありアレ以上のモノが大量にいる事も理解している。

が実際に武器を持ち相対するとその存在感は常軌を逸していた。

「俺達も訓練と称してアレと何度もやりあってるが最近ようやく倒せるようになってきたくらいだぜ」

ヘッケランは苦笑しつつロウネを助け起こす。

なお、ヘッケラン達はアインズよりさらなる戦力強化を命じられている。目標だというレベル50というのがどれくらいかはわからないがまだまだ足りないらしい。あといくつ生死の境をさまよう戦闘訓練をこなせばいいのか怖くて聞くにも聞けない。

それでも、武器を新調した今、死の騎士相手なら問題なく勝てるようにはなってきた。

「はい、先生。お水だよ」

ロウネはネムから差し出されたコップを干すと先ほどのネムの言葉を思い出す。

「そういえばネムも儀式をやったといっていましたがよく耐えられましたね」

「最初はスケルトンをたくさんやっつけてー、その後に山盛りゾンビに油をかけて火をかけたり部屋いっぱいの死霊に聖水をかけたりもしたよ。死の騎士は5回くらいやっつけたかな」

「……よく、こなせましたね」

想像を絶するラインナップに一瞬意識が飛んだ。

「うん、最初は怖かったけどアインズ様が見ていてくれたからがんばれた!」

年端もいかない少女にやらせることではないと思ったがネムがいいなら問題ないのかと思いなおす。同時にネムの立場が気になる。

ネムがアインズの事を語る時の目、あれは恋する少女の目だ。本人にはまだその自覚がなさそうだが周囲はそう思うまい。特にアインズの周囲に侍る女性達は危険分子とみるだろう。一方でアインズはネムをとても大事に扱っている。ナザリック内ではほぼ最弱なのだからそれなりの保護はあるべきだろうがこの一か月同じ最弱であるロウネから見ても少々過保護に思えた。

そして、それら条件二つが重なりある噂がメイド達に流れているらしい。

アインズはネムを后の一人にするべく自分好みに育てているのだと。なんでも、至高の御方の一人が図書館に持ち込んだ書籍の中にそのような趣旨のものがあったとか。

 

「ネムの顔に何かついています?」

ネムに問われてロウネは思考を引き戻す。

「いや、将来美人になりそうな笑顔だなと」

「もう、先生からかわないでよー」

照れ笑いしつつネムはロウネの肩を軽く突いた。

「うわぁーーー」

結果ロウネは地面と平行に飛んだ。5mほど飛び全身で着地さらに3mほど転がって白目をむいていた。レベリングが無ければ死んでいたのは間違いない。

「え、せ、先生!?」

慌ててロウネを助け起こすネムを横目にフォーサイトの面々は大体似たようなことを考えていた。これがぱわーれべりんぐとやらの効果なのではないだろうかと。

実際その通りでありネムの戦果を並べてみるとスケルトン約50体、ゾンビ約30体、レイス約30体、死の騎士5体。

実は姉に匹敵するほどのレベルになっていた。自覚がない分性質が悪かったりもする。

助け起こし大丈夫と聞きつつ体を揺さぶるその手にも容赦は無かった。

 




昔アークザラッドというゲームがありましてな。
アンデッド系のモンスターは大ダメージ与えてもHP1で耐えて2~3ターン後に復活するという特性がありました。しかも、その間無防備をさらすのでどんなレベル差があっても攻撃が100%当たるので使いづらいあるいは育てにくいユニットのレベリングに多用してました。
まんまそれです。

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