オーバーロード ー小鬼の調停者ー   作:ASOBU

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スタート地点といえばここですよね?



カルネ村争乱 その1

その村はカルネ村と呼ばれていた。リ・エスティーゼ王国領であり人口120人ほど、農業とわずかながらの狩猟、そしてトブの大森林の恩恵で日々を暮らす小さな村だ。

王国の辺境ではありふれた小さな村の一つ。

農具や家畜などはほとんどが村の共有物でありそれらの世話や整備なども家々が持ち回りで行う。

その日、乳牛の乳の出が悪かった。鳴き声もどこか力がない。

それならばと薬草の在庫を調べるが見事に底をついていた。

彼女はそこにはいない前日の担当者に一言二言文句をいいつつ厩舎を出る。

そして、村の猟師に森へ入る旨を伝えた。それは村にある数少ない掟の一つだ。それを済ませるとトブの大森林へ向かった。

もちろん奥地へ入るわけではない。カルネ村周辺は特別な理由からほとんどモンスターと出くわすことがない。とはいえ、大森林は人間にとって魔境であり一つ間違えれば命を落としかねない危険な場所。ほんの少し、森の外縁を掠めるようにして恩恵を得るのだ。

 

一歩踏み込めば気温も変わる森の中、少女は周囲に気を配りながら目的の薬草が群生している場所を目指す。この村に限ったことではないが森の周辺で暮らす民は若いうちから薬草や茸の知識を持つ。それは少しでも森の中にいる時間を減らすのに必要なことだ。

あと少しで群生地につくというタイミングで彼女は足を止めた。視界の端に入ったものを恐る恐る振り返る。森の中には本来あるはずのない人工物、よく旅人や冒険者が着込むフード付きローブの端だった。下草に埋もれてよく見えないがローブだけ風で飛ばされてきたわけではないらしい。つまり、それを装備している者がいた。

「っ、大丈夫ですか!?」

穏やかな辺境の農村で育った彼女に見捨てるという選択肢はなかった。

声をかけ体をゆする。

「み……水を……」

枯れてはいるが成熟した男性の声が返ってきた。声をかけられたことでわずかながら覚醒したらしい。

「ちょっとだけ待っていてください!」

そう言い残すと彼女は一目散に村へ戻っていった。

「ま、まずい……今の……人間じゃねーか……」

残された者はどこからともなく指輪を取り出しはめようとして、今度こそ力尽きた。

 

「こっちです!」

「街道から外れて森の中で行き倒れとは……訳ありか? しかも、この体格……子供?」

自分一人では村へ運べないからと少女に連れられてきたのは村に一人だけいる猟師の男。

「声はそんな感じじゃなかったような?」

「ふむ、とりあえず水を欲していたようだから飲ませてあげなさい」

「はい」

少女はうつぶせに倒れていた男に水を飲ませるべく上を向かせる。

そして、息をのんだ。

「こ、こいつは……ゴブリンだと!?」

人間ではなかった。めったと現れることはないがそれはモンスターであり人間の敵だった。

普段は徒党を組み、オーガとともにいることもあるが基本的に一体でいることは珍しい。

そもそも村の周辺に現れる事も非常に稀なのだ。

「エンリ、離れなさい」

猟師は腰のマシェットを抜く。瀕死の一体だけなら問題なく殺せる。戸惑うことなくとどめを刺しもう少し森の奥へ死体を捨てる。それが一番村に害のない対応だ。

猟師の意図を悟りエンリという少女はゴブリンに背を向け顔を伏せた。人間に害をなす存在とはいえ首を落とされる瞬間など見たくはない。

「指輪……?」

うつむいた時に足元で光ったのは精緻な彫刻が施された指輪だった。この森の中には場違いなそれを思わず拾う。なぜこんなところにと考えゴブリンの様子を思い出す。

うつぶせに倒れ手を伸ばし、もう少しで届く位置。

もしかして、この指輪はこのゴブリンの物ではないか?そんな考えに至りエンリは今の状況がどうなっているのかも忘れて振り返った。ああ、しまったと思った時には手遅れで。

「ふん!」

今まで数多くの獲物をしとめてきた猟師の振るうマシェットは寸分の狂いもなくゴブリンの首に振り下ろされほんの数ミリの長さ薄皮一枚だけ切り裂いた。

「な、なんじゃ!?」

何が起きたのかわからずうろたえる猟師。

「っ……容赦ねぇな、人間は」

ゴブリンは痛みからかまた意識が戻ったらしい。すぐ横にいるエンリに視線を向ける。

「取って食ったりしないから水、一口くれないか?」

その声は理性的な響きに聞こえエンリは言われるままに持って来ていた水袋を口元へ運ぶ。

ゴブリンは力なく震える手で受け取ると一気に飲み干す。

「ぷっはー、生き返るわー。しかも、ほんのり塩味とは! 脱水症状に効果覿面じゃないか……」

農村で塩は貴重だったがエンリは農業に従事する経験からゴブリンの状態を察していた。まあ、人間だと思っていたわけだが結果オーライであった。

人心地ついたのかゴブリンは気だるげに体を起こし呆然としているエンリに向きなおる。

「声からするに見つけてくれたのは嬢ちゃんかな? 助かった、恩に着る」

「や、その、私はたまたまでっ」

ゴブリンに頭を下げられ困惑するエンリ。隣の猟師も事態についていけていなかった。

「この辺の地図は頭に入っていたんだが何分昔すぎて地形が変わっていたらしい。あると思っていた水場が枯れ果てているとか何の冗談だ……体力には自信があったんだが他を探すうちにここで力尽きてたわけだ」

あっはっはと笑うゴブリン。

「その、もう、大丈夫なのですか?」

「まあ、贅沢を言えば井戸を借りて水の補給をしたいが……人間の村に入るわけにはいかんだろ。そのあたりはわきまえているさ。まだダルいが……最悪一旦帰るさ」

一人しゃべり勝手に納得するゴブリン。

「さてと、あんたがたには礼をせねば。手作りの品で申し訳ないが効果は保証する」

エンリ達を置いてきぼりのままゴブリンはどこからともなく二つの品を取り出した。

猟師は見逃していたがエンリは見ていた。ゴブリンの手首から先が消えて次の瞬間にはアイテムが握られていたところを。なにか、見てはならない物を見た気がした。

取り出された一つは2匹の蛇が彫り込まれた小さな髪留め。

それをエンリに手渡す。一瞬だけお互いの手が触れエンリはその手に実体があることに安心してしまった。

「それは君に命の危険が訪れてしまった時、君を守ってくれるだろう。相手のレベルが30以下なら多分大丈夫」

れべるとは何だろうか?

よくわからなかったがお守りみたいなものらしいと思っておく。

「で、猟師のあんたにはこっちを」

猟師が言われるがままに受け取ったのは石細工のカエルをあしらった首飾り。薄緑の石でできていたそれはいまにも動き出しそうなほどの出来だった。

「これはあんたの隠密スキルを底上げする魔法が掛けてある。狩りの時にでも役立ててくれればいい」

「ま、魔法!? マジックアイテムなのか!?」

マジックアイテムは基本的に高価なのだ。街に行けば生活用のマジックアイテムも存在するが辺境の村ではまずお目にかかれない。

しかも、ゴブリンのお手製だという。異様なゴブリンに猟師の警戒度がどんどん高くなっていく。流暢にしゃべり首に鉈を受けて薄皮一枚しか傷つかずマジックアイテムを生産する知能を持ったゴブリン。どう考えても関わりたくない相手だった。

「気に入らんなら売り払ってもかまわないさ。出自さえごまかせばそこそこの金にはなるだろう」

それでも困惑する二人にゴブリンは苦笑し小さく―そりゃそうだよな―とこぼした。

猟師が困惑するのは奇妙なゴブリンに対する警戒心から。

一方エンリはゴブリンのあまりに人間くさい仕草と話し方に不思議と恐怖心が湧かなかったから。伝え聞いていたゴブリンとはあまりにかけ離れていた故に。

「じゃ、これ以上関わっていたくなさそうだし行くとするか」

そして、ゴブリンは振り返ることなく森に消えていった。残された人間二人はただそれを見送るしかなかった。

 

これがただのエンリ・エモットと変なゴブリンの最初の邂逅。

この時はまだお互いの名前も知らない。

 

「あ、指輪……」

拾った指輪は握りしめたままだった。

 

 




章立てせず勢いで書いていたのでどれくらいの長さで投稿すればよいか思案中。

短すぎるような気がしないでもないがとりあえず、キリの良いところまでに。

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