ちょっと18-Gになりそうなシーンだったためバッサリカット。
だいぶ、マイルドになった……ハズ。
「緊急事態だと聞いて飛んできたが……」
豪奢なローブを身にまとった強大なアンデットが見た目相応の姿で泣きじゃくるダークエルフに困惑している。
アンデットの名はアインズ・ウール・ゴウン。この地を支配する者でありユグドラシルから転移してきた中身は一般人である。本来のプレイヤーネームは別にあるが諸事情で今はアインズと名乗っていた。
「アウラ、詳しく説明してくれないか?」
「だってぇ……ひっく、私のアイデンティティーがぁ……ぐす」
ガチ泣きであった。支配者たるアインズ・ウール・ゴウンを前にしても取り付く島もない様子で。地下に広がる大迷宮ナザリック大地下墳墓の第6階層の階層守護者、最高ランクのNPCが初めて見せる姿。もう少し見ていたい気がしないでもないがどういった状況なのか詳しく聞きたいのも事実。
「マーレ」
「はい、アインズ様」
説明に進み出たのはアウラそっくりのダークエルフ。スカートをはいているが男である。
「えっと、お姉ちゃんが連れてきた人間とどちらの支配力が上か試してみたんです」
付き従っていたドラゴンが言うにはこの子供は『生まれながらの異能』を持つらしい。効果はありとあらゆる魔獣を従えるというもの。アウラお気に入りのフェンリルですらアウラの命令に従わなかったらしい。ならどこまで支配しうるのか、またどちらの支配力が上なのかを連れてきて実験した。
方法は簡単。第6階層に存在する多種多様な魔獣を集め互いに命令を出す。
アウラは待機せよ、と。ネムは一緒に遊ぼう、と。
「結果がアレ、か」
「……はい」
視線の先には血だらけだった服からメイド服に着替えさせられたネムがいる。
そして、実験に集めた魔獣その一匹の例外もなくネムの側に。ただの人間の子供が強大な魔獣たちと戯れている。それぞれ強さはピンキリだが大体が人間なんぞ撫でただけで殺せるような魔獣たちだ。上は課金ガチャの景品であった高レベルのドラゴン、下はほぼ愛玩用の獣まで。それらが、無防備に腹を見せもふられたり背に乗せ駆けまわっていたり。それはもう、楽しそうに。
困惑しているのはアインズだけでもないようで。いまだに目の前の光景を信じることができないのかぽかんと口を開けたままのキーリストラン。
「……こんなのが一定確率で生まれるのか?」
「申し訳ございません、至高の御方。私もこれ以上お伝えできる情報を持ち合わせておりません」
キーリストランは逃げ出したい気持ちを押さえつけ目の前の、恐らくこの地の支配者であるアンデットに平伏する。
「では、直接聞くとしよう」
アインズは魔獣と戯れる少女に近づいていく。驚かさないように仮面でもかぶろうかと思ったが今は支配者ロール中なので断念した。
アインズが近づくと魔獣たちが動きを止める。
ネムはそれで近づいてくるアインズに気づき大きく目を見開いた。
「娘、その力はいつからあるのだ?」
「……力って何のこと?」
逆に聞き返されるとは思わなかった。本当に何のことかわからないのか顔いっぱいに疑問符を浮かべている。
「魔獣を従えているその力だ。『生まれながらの異能』というやつなのか?」
「……そうなの?」
自覚も全くないらしい。それよりも気になることが一つ。
「お前は私の姿が怖くないのか?」
パッシブスキルのいくつかは解除しているが見た目は生物全てに恐怖を与えるアンデット。装備も未知の力に備えて神器級で固めてある。そんな姿を前にして驚いた様子ではあったが、全く怯える様子がない。
「んと、優しい目をしているから大丈夫かなって」
よりにもよってこのオーバーロードにその言いよう。未知の力を警戒してギルド武器のレプリカまで持ち出しフル装備できた自分が非常に滑稽で思わず変な笑いが出た。
だが、それもすぐにアンデットの特性により抑制される。
「チッ、抑制されたか。まあ、よい、お前は面白い奴だな。名前は何という?」
「ネム! ネム・エモット!」
「ネムか。ではネム、その類稀なる力を研究し我がナザリックの為に役立てると約束できるならばこの私、アインズ・ウール・ゴウンの名の下にその庇護を受け生きることを許そう。どうだ?」
アインズの後ろではマーレが息を呑んで見守っていた。拒否したら殺す、そんな殺気も湛えて。杖を握る手に力がこもる。
「うーん、よくわかんないけど……お姉ちゃんを探すのを手伝ってくれたらいいよ?」
「なるほど、条件付きか。いいだろう。マーレ、止めろ」
事もあろうか至高の御方の温情溢れる提案に注文を付けた愚か者を誅殺すべく動いたマーレだがあと少しの所で止められた。
アインズは思考する。この世界に来て経験した訳の分からない能力『生まれながらの異能』。最初に接触した能力者は色々あってうっかりダメにしてしまった。殺すつもりの無かった人間を手にかけた直後での遭遇、ささくれだった神経はほんのちょっとの不注意を生み出したのだった。そして目の前に転がり込んできたセカンドチャンス。しかも、年端もいかない子供で成熟した者より制御が楽そうだった。この世界を知る為にも多少の譲歩はするべきだ。それに、子供が目の前で撲殺されるのを見るのが嫌だった。
「それで、姉とはどこでわかれたのだ?」
ならばさっさとその姉を見つけてセットで支配下に置いてしまおうと。
「えっと、ね。王都で一緒に寝てたのに、起きたらいなくなってたの。オラサーダルクと一緒に出掛けたみたいなんだけど朝になっても帰って来なくて……。キーリがオラサーダルクを追いかけてくれて飛んできたんだけど……オラサーダルクはすっごく強いドラゴンなのに死んじゃって……」
目に涙が。
王都での作戦時ドラゴンが飛来して冒険者たちの味方をしたという報告は受けていた。被害を受けたのは取るに足らない召喚悪魔だけであったからそれだけなら重要視していなかった。だが、そのドラゴンに騎乗していた者が無視できなかった。
ナザリックが誇る最上位NPCの一人シャルティア・ブラッドフォールン。彼女にワールドアイテムを用いて支配しつつも何の命令もせず放置するという理解不能な行動をとった。だが、アンデットの精神支配耐性も貫通した支配を解除するには一度殺すしかないという苦渋の判断を迫られることになる。
実際はアインズとの戦闘が佳境に入った時、唐突に支配が解除されたので殺さずには済んだのだったが。その元凶もシャルティア自身が捕獲してきて憎らしい小娘は装備をはぎ取った後この手で四肢を切断しシャルティアに下賜してやった。眷属化の後延々と玩具にされるのだろう。
そのことが思い出されて、非常に嫌な予感がしてきた。
「至高の御方様。どうか、ネムに代わり説明することをお許しください」
言葉の元は平伏しているネムの支配下にあるドラゴン。ネムは泣きじゃくりまともな話はできそうにない。
「かまわん、許す」
子供達の泣き声が響く現状、他の者が代わりに立たないと話が進まない。
「ありがとうございます。まず、オラサーダルクとはネムの姉であるエンリが支配していたドラゴンの名前です。キーリは私の事でございます。それを踏まえましてもう一度説明を―」
「まて、今何と言った?」
今このドラゴンは聞き捨てならないことを口にした。
「オラサーダルクというドラゴンを支配していたのはネムではないのか?」
「は、はい。私や息子は自らの意思でネムと行動を共にしていますがオラサーダルクはエンリが装備しているマジックアイテムの効果だと―ひっ!?」
豪奢な杖を握る手に力がこもり軋む音が響く。キーリストランにしてみれば何か不興を買ったのだと思い心臓が止まるかと思った。身を縮こまらせガタガタ震えてアインズの反応を窺う。
傾城傾国の効果はエンリから奪った時に鑑定して確認してある。いかなる耐性も防御も貫通する精神支配。ただし、その効果対象は常に一人だけ。シャルティアの洗脳は戦闘中に解除された。あの姉を守っていたドラゴンはアイテムによって支配されたという。
確認すべき点は一つだけ。
「では、お前達が行動を共にすることになったのはいつだ? 正確に答えよ」
「は、はい。あれは―」
キーリストランンというドラゴンが答えた時間はシャルティアとの戦闘が終わった時間と合致した。つまり、シャルティアを支配下に置いているにもかかわらずそれよりはるかに格下のドラゴン相手に傾城傾国を使ったことになる。
ナザリックに何か仕掛けてくるならそんな無意味なことはしないはず。今の今までナザリックに敵対する者の仕業と決めつけていた。そうであるという前提で行動してきた。
そう思っていたからこそエンリに恨みつらみをぶつけた。
しかし、話を聞くと違和感がぬぐえない。
エンリという娘は傾城傾国の力を理解して使っていない可能性もある。そもそも、シャルティアが覚えている限りの話を聞いた中に出てきたこの世界ではそれなりに強そうな人間達はどこへ行ったのか。傾城傾国を装備していたのは老婆だったという話だったではないか。
もう一度確認をとる必要がある。そう判断したアインズはシャルティアに『伝言』の魔法を使う。
『シャルティア、私だ。ちょっと確認したい事があるから第6階層へ来てくれ』
『はひぃ! アインズ様!? 申し訳ありんせん、ちょっとだけお時間を頂きたいのですが―ああ、もうちょろちょろと!』
『騒がしいな。取り込み中か?』
『す、すぐに向かいますゆえ!』
魔法が一方的に切られる。普段ならこんなことは絶対にしないだろう。何かが起きているそんな気がした。
今度は別の相手に『伝言』を繋ぐ。
『アルベド、シャルティアの様子がおかしい。そちらで確認できるか?』
『シャルティアは現在、死蝋玄室で……何この反応……侵入者!?』
『侵入者だと!? ばかなどうやって入ってきた!』
『――監視者に確認を取りました。転移魔法発動の形跡あり、直接シャルティアの下へ侵入したものと推測します』
前代未聞の事態だった。
「何……だと……」
アインズが第6階層に来る少し前、仄かに甘い匂いに刺激されエンリは意識を取り戻した。
「ここは……?」
何か恐ろしい事があった気がするが思考がまとまらず何も思いつかない。
どうも自分は大きなベッドに寝かされているらしい。ふかふかの枕、肌触りのよいシーツ。かなり高級品なのだろう。魔法のログハウスにあったベッドと同じくらい寝心地が良かった。妙に全身がだるいのでこのまま寝ていようかと思ったがここがどこなのか把握する必要があるのも事実。
エンリは体を起こそうとしてひっくり返った。
混乱する。もう一度体を起こそうとする。しかし、失敗。
あるべきものがないために。
「い、いや……」
見てしまった。
「うそ……夢……やだぁ……」
鋭利な刃物で切断されたかのような切断面。ガラスでも押し当てたかのように血管も筋繊維も骨もありのままに見える。それでいて血は流れてこない。
両腕は二の腕あたりで、両足は太もも半ばで綺麗に切断されていた。
エンリは半狂乱になって起き上がろうとするが当然のことながらうまくいかない。
「あら、起きたでありんすか」
その声は聞き覚えがあった。同時に何が起きていたのか思い出してしまう。
シャルティアを洗脳した罪という身に覚えない事で引きずって行かれた先は死を体現したようなアンデットの前。恐怖で凍り付くエンリに死んで楽になれるなど思わぬことだと告げられ両手足を切断されたあと得体のしれない魔法をかけられた。
「その様子だと思い出したようでありんすね?」
「やっ……来ないで……」
「ここは私、シャルティア・ブラッドフォールンの居室である死蝋玄室。お前の身柄はアインズ様にお願いして下賜していただいたの。これから眷属にして未来永劫玩具として飼ってやりんす」
無理やり引き起こされ声の主が視界に入る。風呂上りなのだろうか拭き切れていない水滴が残る裸体。肌は白く傷一つない。筋肉もついているように見えない細い体。
そんな体のどこにドラゴンを倒す力があるのか。
「ひっ―」
答えは簡単人間ではないから。
耳まで裂けた口に並ぶのは注射器を思わせる鋭い歯。
わざわざ、恐怖を煽るためにゆっくりと時間をかけて近づいてくる。
身をよじってもまったく無駄で。
すぐに呼気が当たる距離。エンリが再び意識を手放したのは無理からぬことだった。
「はい、ストップ。そこまで。お願いだから止めてくれ。OK?」
声に反応してシャルティアが振り返る。今は自分一人で楽しむために部下も部屋から追い出してある。そもそも聞いたことのない声だった。
声の主はゴブリン。何でこんなところにゴブリンがいるのか理解不能だった。
「はあ、よかった止まってくれた。間に合わなかったかと思って焦ったじゃないか」
「何者か知りんせんが……ここを私の居室と分かっての侵入でありんすか?」
濃厚な殺気が放たれるがゴブリンはどこ吹く風で。
「そんなもん、知るか。俺はエンリがいる場所に飛んできただけだ」
シャルティアはベッドから飛び降りるとフル装備で臨戦態勢に。
何者かわからないがナザリックの防衛網をすり抜けてここへ来たらしい。それが事実なら野放しにはできない。しかも、この女の関係者らしい。この場で捕らえて背後のいる奴らも全て引きずり出してやることにする。
最初から全力で仕留めにかかる。だが、全力で振り抜いた槍は空振りに終わる。ゴブリンの姿が消えていた。現在位置はベッドを挟んだ反対側に。
高速移動したようには思えなかった。もう一度突進。空振り。今度は玄室入り口付近に。
もう一度繰り返し気づく。あり得ないことだが。
「なぜナザリック内で転移できる!」
そもそも転移魔法を使っている様子もない。では一体何なのか?
「なんだ、やっぱり転移阻害くらいしているのか。それにしても、ナザリックか。思った以上に大物だなおい。仕方がない。一旦仕切りなおすか」
ゴブリンは再び転移。ひょいとベッドの上の女を肩に担ぐ。
逃がすまいと攻撃に移ろうとした時、『伝言』の魔法がつながった。
『シャルティア、私だ。ちょっと確認したい事があるから第6階層に来てくれ』
『はひぃ! アインズ様!? 申し訳ありんせん、ちょっとだけお時間を頂きたいのですが―ああ、もうちょろちょろと!』
また転移で攻撃を回避される。
『騒がしいな。取り込み中か?』
『す、すぐに向かいますゆえ!』
目の前の敵を捕獲することに焦ったシャルティアは普段なら絶対にしないことをやらかす。
一方、ゴブリンは短距離の転移を繰り返すだけで攻撃してくる様子がない。
シャルティアとの距離を一定に保ちつつ手足を切り落とされた女の様子を調べているようだ。
「命に別状はなし、か。しかし、達磨にして飼うとか……理解できん。治療は問題なさそうだしいいか。それじゃあ、邪魔したな」
「あっ……」
阻止する暇もなく。出てきた時と同じように忽然とゴブリンは消えてしまった。せっかく下賜してもらったおもちゃと一緒に。
「く……くそがぁ!! 絶対に見つけて八つ裂きにしてやる!」
誰もいなくなった死蝋玄室に主の声がむなしく響き渡った。
「で、……どこだ、ここ?」
傍らには目を真っ赤にして泣きはらした転移先の目標。王都にいるハズということでネムめがけて転移したのだが。
ネムの周りには凶悪な魔獣が多数。それらに思い切り警戒されている。
「どこだかわかんない」
「そうか。王都じゃないことは確かだな」
「なんかね、もやもやーってしたのをくぐったらここだったよ」
「もやもや、ねぇ……。しかし、これは運が向いてきたかな。キーリ、エンリを頼む」
「それは……かまわないけど。なんで、あなたはアレを前にして平気なの?」
アレとは突然現れたゴブリンに驚いているのか微動だにしないアンデット。
「平気な理由? アレと俺は同類だからさ」
ピクリとアンデットが反応した。眼窩の赤い光がジュゲムを捉える。
「初めまして、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』ギルドマスター・モモンガ君」
その名前が出た途端、キーリは自分がフロスト・ドラゴンであるにもかかわらず氷漬けになったような錯覚に襲われた。だが、ジュゲムは気にした様子もなく薄い笑みを作り言葉を続ける。
「いやいや、悪名高き有名人で助かったよ。さすがに古い記憶だがすぐに思い出せた」
赤い鎧の女が言っていたナザリックという言葉、と情報サイトにもスクリーンショット付きで掲載されていたギルドマスターの情報。
まあ、間違いはないだろうと。
実際ジュゲムの勘は間違っていなかった。