王都への街道はトブの大森林沿いに北上するルートと一旦西に向かい後に北上していくつかの都市を経由するルートがある。都市経由ルートは少々遠回りになるが随時補給ができる。人々の往来も多く野盗やモンスターと遭遇する可能性も低い。一方で大森林沿いルートはモンスターの襲撃を受ける可能性が高いためあまり使われていない。ジュゲムはあえてそちらを選んだ。
宿泊はグリーンシークレットハウス・改があるしモンスターに遭遇したところで〈下位眷属召喚〉でも使えば十分対処できる。街への出入りに煩わしさを感じていたからこその選択だった。
夜。街道から少しそれた所にグリーンシークレットハウスを展開しジュゲムの手料理がふるまわれる。
「これもカレーですか?」
入っている食材はカレーと似ているがスープが白い。カレーと違い刺激的な匂いはせずむしろ甘い匂いがする。
「これはクリームシチュー。同じ煮込み料理ではあるが別物だ。ささ、冷めないうちに食ってしまえ。ついでに作りすぎたから今日はおかわりも自由だ」
グラっと心が揺れるがここは我慢することに。美味しすぎる食事は乙女にとって劇薬なのだ。馬車から降りて歩いたり寝る前にストレッチを欠かさなかったりと努力はしているが効果があるのか自信はない。
食後エンリが後片づけはじめネムは作業するジュゲムの横で昼間見た夢の話をしだした。
曰く、もう少しネムが小さいころ村に迷い込んだ子犬を飼っていたこと。その年は不作だったので村の人々には黙ってご飯をあげていたこと。でも、子犬は弱っていくばかり。仕方なく親に相談したら子犬をその親の下に返すのが一番といわれたこと。悲しかったけどお別れしたこと。その子犬が大きくなってネムを背中に乗せて走っている夢を見たと。立派な角がかっこよかったと。
はて、とジュゲムは首を傾げた。
「……犬に角は生えていないよな?」
夢の中なら別にいいのだが。
「はえてたよ? 小っちゃかったけど」
嘘は言っていないらしい。ふとエンリを見ると複雑そうな顔をしている。
「あとね、ちゃらちゃら鳴る紐を体に巻いてたよ」
いやまて、それは犬じゃない。と、言いかけたがすんでのところで言葉を飲み込む。
悪霊犬―バーゲスト―低レベルとはいえ魔獣に属するモンスターである。狼のような姿をしており頭部に二本の角を有す。体には鎧にも武器にもなる鎖を巻き付けている。性格は残忍で狂暴。獲物を狩る時も長時間いたぶる習性をもつ。
たとえ生後間もない幼生体でも人間に馴れるような種ではない。
「本当にネムになついていたのか?」
「はい。……別れるまでは」
エンリの反応でだいたい想像がついた。ネムになついているとはいえ村に魔獣がいるというのはどう考えても村の危機だ。親元に返す。そういう体で処分されたのだろう。
「ネムはもっと小さいころから動物の扱いがうまかったんです。この馬車を3頭引きにする時だって―」
戦士団から借りていた馬も一緒につなごうとする時に馬同士の相性が問題だったのか嫌がったのだ。
だが、ネムが話しかけ諭すようにするとおとなしく従った。まるで言葉がわかるかのように。
「ビーストテイマーの素質でもあるのかあるいは『生まれながらの異能』、あるいはその両方が噛み合ったか?」
「そ、そんなすごいんですか?」
「??」
ネム本人は何もわかっていない様子。
「ちょっと気になるな。よし。……ネム、ペットほしくないか?」
「犬?」
「いや、それ以外でも何でもいいぞ」
「じゃあ、ドラゴン!」
「ちょっと、ネム! 何を馬鹿な事言ってるの!」
ドラゴンなんてお伽話の中に出てくる存在だ。実在するのは知っているが直接会うのは恐怖でしかない。
「いや、名案だな。二人の護衛にも使えそうだ」
「なんで乗り気なんですか!? ドラゴンですよ?」
「どうせ支配するんだからそれくらいの方がいいさ。ではエンリ、準備してもらおうか」
にやりと笑うジュゲム。
絶対ろくでもないことを考えているに違いない。
「準備って何をするんですか?」
「着替えろ」
飛んできたのは例の純白ドレス。しぶしぶ2階の寝室へ行き言われたとおりにドレスを着る。持っている時はサイズが合わないと思ったがそんなことは無く。実際着てみると自分用に作られたと錯覚するくらいぴったりと体に合った。
ちなみにマジックアイテムが持つ特性が働いただけであるがエンリは知らない。
大きな姿見に全身を映してみる。
体のラインがはっきりと出すぎて少々恥ずかしい。太ももまで入ったスリットのせいで歩き方にも気を遣わねばならない。ただ、全体的に何というか、大人の色気が足りない。
特定の部分が足りないとは思いたくない。悩んだ末一枚余分に挟んでみることにした。
「んー、なんか足りないな」
ジュゲムから見ても何か物足りないらしい。
一枚では足りなかったかと危惧したが部分的な話ではないようだ。
「そう? お姉ちゃんすごくきれいだよ!」
首をかしげるジュゲムと絶賛してくれる妹。
「ああ、足りないってのは雰囲気的な……ああそうか、エンリちょっとこっち着て座れ。髪型いじるぞ」
慣れた手つきで髪をすきまとめていく。左右それぞれ団子状にまとめ髪飾りで止める。
普段と違う髪型に違和感がすごいがジュゲムは納得のいくものができたようだ。
「後はこれとこれとこんな感じか」
首には鈴付きのチョーカー、二の腕まである黒い長手袋に膝上まである黒のソックスにそれを固定するためのガーターベルト挙句それに見合うレースの下着まで。
下着まで替えるのは抵抗あったが、この場で着替えさせるぞと言われ結局折れた。
一通り身に着けてみて感じるのはどれも一流貴族が身に着けるような特級品であろうこと。
肌触りも着心地も段違いだった。というか、下着の着け心地が別格だった。
「こ、これでいいんですか……?」
いざ見せるとなると気恥ずかしいものがある。
「完璧だな。誰もが振り返るぞ」
「ネムも着たい!」
「んー、お前さんにはちょっと早いかな。残念ながら似合いそうな外装の服ももってないな」
「あの……ところでこれを着て一体何を?」
「あーそうだった。着せ替えが面白くて本題を忘れるところだった。エンリ、今からいうことをきちんと覚えろ。じゃないと―」
ジュゲムの声が低くなり、同時に気温が2、3度下がったような寒気に襲われた。
「死ぬぞ」
ほら、やっぱりろくでもないことなのだ。
「ほぇ……おっきー」
ジュゲム、エンリ、ネムの3人が見上げるのは大きな城だった。
豪華絢爛な城だが廃墟となった今は人の気配はなく静まり返っている。無音の中自分達の足音だけが響く。
「ここ、どこなのですか?」
「アゼルリシア山脈の中、廃棄されたドワーフの王城だ」
「アゼルリシア山脈……」
トブの大森林の北に位置する山脈。王国と帝国とをわける国境線としても扱われる。
徒歩なら軽く一週間以上かかるだろう距離だがあの鎖の力で一瞬だった。
「お姉ちゃん、ちょっと寒い」
「そう?」
自分の方が明らかに薄着だが寒さは感じない。もしかしなくても身に着けているどれかの効果なのだろう。
「あ、すまん。耐寒装備忘れてるな」
ジュゲムは厚手のフード付きローブを取り出すと二人に差し出す。一方でジュゲムは人化の指輪を外した状態。普段着であろう布の服のみ。
指輪を外しているということはこの先に人間はいないということなのだろう。
何が待ち受けているのかわからないが手順を間違えると死ぬらしい。怖いがジュゲムに引き返す気がない以上帰る手段がない。
そうしているうちにひときわ大きな扉にたどり着いた。
「フードもかぶっとけ」
二人が従ったのを確認するとジュゲムは扉に手をかけた。
明らかに一人では動かせそうにない扉だが大した抵抗もなく開いていく。
同時に気温が少し下がった気がした。
「ふん、城に土足で踏み込んだ愚か者には気づいていたが貴様だったか」
「ご無沙汰しております、オラサーダルク様」
広い玉座の間にうず高く積まれた煌びやかな金銀財宝の上に鎮座するのは青白い鱗を持つ巨大な一匹のドラゴン。その周囲に侍るように別の個体が3匹。
寒冷地に適応し冷気に対し絶対耐性を持つ種フロスト・ドラゴン。その中でも強大な力を持ちこの地を支配する王が玉座にいる一匹。名をオラサーダルク=ヘイリリアルという。
「神出鬼没な貴様が来たということはまた何ぞ献上しにきたのか?」
普段たかがゴブリン1匹の事など記憶しないがこの個体は別だった。最初はまだ若かった頃、当時の巣穴に迷い込んできた時。小腹が空いていたので食事にしようとしたところ、宝に目ざといドラゴン種も唸らせるほどのマジックアイテムを差し出し命乞いしてきた。
他の一族には秘密だがオラサーダルクが王として君臨するまで力を得たのはそのマジックアイテムの影響が大きかった。
それから何年か置きに自分の下に訪れては恩返しにと秘宝を献上していく。
何者なのか、どういった意図があるのか気にはなったが所詮はゴブリン。企みがあったところで何ができるというのか。
それに、正直な所次は何を持ってくるのか楽しみな部分もある。
実際、今回も宝への嗅覚がすでに刺激されている。
ゴブリンの後ろにいる若い人間の雌。それが身に着けている衣服。複数あるどれもがかなりの力を秘めていそうだ。オラサーダルクは逸る気持ちを抑え支配者然とした態度でゴブリンを見下ろす。
「ご慧眼さすがです。お察しの通り、此度の献上品は後ろの二人が装備している品々。装備している人間自体は夕餉の一品にでも、と」
「ふむ、気が利くことだな」
人間の、しかも若い雌となればかなり良質な肉といえる。あまり堂々と人間を襲うと討伐隊を組織される可能性が出てくる。負ける気はないが居城に土足で踏み込まれるのは不快だ。それゆえ久しく人間を食っていない。一族の者にも禁止令をだしてある。
それを察してかこのゴブリンは面白いものを持ってきた。
「二人とも、ローブを脱げ」
ゴブリンが人間に命じると二人はフード付きローブを脱いだ。
「ほう……」
大きい方の雌が来ている服、一目見ただけで特級品であることが知れた。それ以外の品も何らかの力を秘めている。むろん自分が装備できる類のものではないが宝としての価値はかなり高そうだ。
一方小さい方の装備で特筆すべきところは指輪くらいか。
もっと近くでよく見たいが王が動くべきではない。
「許す。こっちへ来い」
重々しく命じるが二人は動かない。恐怖で動けないでいるようだ。
「ほら、早く行け!」
ゴブリンに押され二人がゆっくりと歩を進める。
大きい方は恐怖に顔をこわばらせながら、小さい方は緊張しつつも何故か目をキラキラさせながら。
そこは二人とも震えながら来るところだろうに。
「小さい方、貴様なぜ恐れぬ」
思わず疑問が口に出た。
「えっと、かっこいいなとか、強そうだなと思ったからです」
声が震えているがそれは恐怖に震えているのではないらしい。まさか感動しているとでもいうのだろうか。珍しい反応に少なからず興味がわいた。
「貴様は何故ここにいる?」
「ええっと、ジュゲムさんに拾われたからです」
「生贄にされるために拾われたのか」
「いけ……? んと……お姉ちゃん……」
大きい方はオラサーダルクの様子を窺うように見る。小さい方とは違いその目には明らかな怯えの色が。
「発言を許す」
「あ、ありがとうございます。私達は住んでいた村が滅びてしまいのたれ死ぬ運命だったところを拾われました。その時に死んでいた身……何でも言うことを聞くという条件で生き永らえました」
「生き永らえました!」
胸をはって大きい方に倣う小さいの。この自分を前にして恐れもしない人間に本来なら恐怖を刻み込むため腕の一本でも食いちぎってやろうという気が湧くはずなのに。
何故だかそんな気が全く湧いてこない。
「生き永らえてもここまでだぞ。どうだ、命乞いの一つでもして見せてみろ」
つい興が乗った。周りに侍るドラゴン、すべてオラサーダルクの后である雌達から驚きの視線が送られてくる。驚かれるのも無理はないと自覚もある。およそ生物の中で最強種であるドラゴンが、その中でも山を統べる王がたかが人間の雌と会話しているのだから。
「ゆ、許されるなら……どうか、妹だけはお目こぼしを……」
「ふん、ありきたりだな。見逃してどうなる。たかが人間一匹……食われずに済んだところで結局のたれ死ぬぞ」
万が一気まぐれを起こし小さい方を残しても城に人間が食べられるようなものなど残っていないし、城から出た所でアゼルリシア山脈は幼子一人で生きていける環境ではない。
「じゃあ―」
小さい方が期待に満ちた目を向けてくる。
「ネムとお友達になってください!」
オラサーダルクの思考が停止した。小さい方は今何と言ったのか。
確認すべく小さい方を見るとこれが言いたかったとでも言わんばかりの態度。
腕を伸ばしその小さい頭に爪先を乗せる。あとわずかに力を込めれば頭蓋を割ることができる。ちょっと力を込めて爪をはじくだけでも首がへし折れるだろう。殺すなら一瞬。
そんな漸弱な生き物が言うに事欠いて友達になれと。
戸惑い。后たちも同じ。湧いてくるはずの怒りと殺意が湧いてこない。
あり得ないことにそれもいいかと思えるほどに小さい方の言葉は力がこもっていた。
「わ、私からもお願いします!」
勢いよく頭を下げる大きい方。同時に途方もない力があふれ出た。
小さい方の言葉よりさらに大きく心を揺さぶられる甘美な誘い。抗えない。否定的な思考がまたたく間に白く塗りつぶされ書き換えられていく。支配者であった自分がより圧倒的強者に支配されていく感覚。
数瞬の後。
この人間の願いに従い、小さい方の友となるべきだ。そう『理解』した。
ゆっくりと、驚かすことのないように。
強大なドラゴンが二人の人間を前に傅く様に地面に頭をつける。
三匹の后から驚きや敵意の視線が刺さる。それもそのはず。このポーズはドラゴンがとる敬服の形、服従の姿勢だった。敬愛し仕える王がたかが人間にその姿勢をとれば当然の反応だと言える。
「従おう。これよりこの命はそなたらのもの。我が爪はそなたらの剣、我が鱗はそなたらの盾とならんことを」
「何を言っているのですかオラサーダルク!」
声を荒げたのは后の一匹、ムンウィニア=イリススニム。かつてオラサーダルクと熾烈な領土争いを繰り広げた末敗北し妻として迎えられた者。そんな彼女からすれば夫の態度が理解できない。
「言ったとおりだ。最後の命令を下す。一族皆をここへ呼んでくるのだ」
理解できないし戸惑いや怒りしかないが王の、強者の命令は絶対。
王が狂った原因とそれを連れてきたゴブリンには殺意しかわかないが明らかにオラサーダルクが警戒している。手を出す隙はなかった。
后たちが玉座の間を出ていくと主がへたり込んだ。見たところ怪我はないが脆弱な種である人間にはドラゴンから向けられる敵意ですら耐えられなかったようだ。
後で后たちをたしなめておかねばならない。
「本当に、ネムとお友達になってくれるの?」
「すまない。種が違う故友としてふさわしい態度がわからない。だが、望まれるならどこへでも共に行こう」
「ほんと? やったー!」
オラサーダルクの鼻先に抱き着くネム。以前の感覚からだとあり得ないことだが、まったく不快ではない。
「私はネム・エモット! お姉ちゃんはエンリ! あなたは?」
「我が名はオラサーダルク=ヘイリリアル」
「ん、よろしく!」
「うむ、よろしく頼む。して、一つ聞いておきたいのだが……この状況は貴様の差し金ということでよいのだな?」
「ああ、そうだ。そのためにこれまでに色々渡してきた」
オラサーダルクとジュゲムの視線がぶつかりあう。
「元々は鉱山のカナリアにするつもりだったんだよ。強いドラゴンが倒されるような状況になればプレイヤーが絡んでいる可能性が高くなる。そのためにあちこちに用意したカナリアの一つだ」
「プレイヤーとやらが何かは分らぬが……不愉快だな。この私を小鳥扱いか。不愉快で即殺してしまいたいところだが……エンリよ、そんなに不安そうな顔をするな。そなたの命令がない限り殺しはせん」
「恩人なのは本当ですから……そんなことは頼みません」
「そうだよ、喧嘩はしちゃだめ」
二人の人間の言葉にドラゴンとゴブリンは肩をすくめた。
しばらくして玉座の間にオラサーダルクの一族が集まってきた。
数は后も含めて19匹。広い部屋ではあるが巨体を持つドラゴンがこれだけ集まればかなり狭く感じる。オラサーダルクは財宝で彩られた玉座にとぐろを巻きそれらを見下ろす。まだ幼年の竜から自分と同じくらいの体格にまで育った竜、中には数年ぶりに顔を見るものも。
エンリ達はオラサーダルクの背後に隠れるようにしていた。きっと大丈夫と頭でわかってはいても多数のドラゴンから殺気をぶつけられて正気でいられる自信がエンリにはなかった。一方で、ネムは目をキラキラさせている。
何でそんな反応ができるのか不思議でしょうがない。
「聞け。我が妻、我が子達よ。私は今日この地を去る決意をした」
元々ドラゴンは単体で行動する。生後数年で親元を離れ自らの縄張りを作り暮らす。だが、オラサーダルクはあえてそうせずドワーフから奪い取ったこの地を一族の巣と定め妻たちにここで産卵し子を育てよと命じた。ドラゴンは年齢と共に強くなる。ならば、弱いうちから単体で暮らし淘汰される可能性を減らすことで一族としてさらに強くなっていく。ドラゴンとしては異端ともいえる考えではあったが、そのために培ってきたものを捨てる。
父であり王であるこの地最強の竜がそういった。動揺は推して計るべし。
「以後お前達は好きに生きよ。協力し今までと同じように王城に留まるも良し、新たな縄張りを獲得しに旅立つも良し。この地を統べた王はいなくなるものとして考えよ」
「改めて聞くけど、正気なのオラサーダルク?」
先ほど声を荒げたムンウィニアだが、幾分か落ち着いた声で問う。
「無論だ」
「その人間とゴブリンにたぶらかされたわけじゃないのね?」
「強い者に従う。それが摂理だ。私より強い人間がいて、その人間が共に行くことを望んだ」
「どう見ても脆弱な人間の雌にしか見えないのだけど?」
「確かにそうだが考えてもみろ。この地で最強の俺が従う事を決めた。それこそ強さの証といえよう。異論がある者は前に出ろ―」
人間に従うと宣言しても放たれる覇気はこの地最強の王である証。
「全力でねじ伏せてやる」
王が正気であり本気だと悟るとムンウィニアはオラサーダルクに背を向けた。
「さようなら、もう二度と会いたくはないわ」
母竜が玉座を去るにあたりムンウィニアの子供達もそれに続く。
躊躇した者もいたが他の竜も一匹、また一匹と玉座の間を離れていった。
残っているのはたった2匹。片方は后であるキーリストラン、もう一匹はその長男でありなぜか鼻の頭に眼鏡を乗っけているヘジンマール。
「お前達はいかんのか?」
「そうね、種の本能としては人間ごときに従う者の側にいたくはないけど……ここに残ってもロクなことにならないのがわかっているから。もし、許してもらえるなら私もついて行っていいかしら?」
「ち、父上! 私もどうかついていかせてください! ずっと部屋に籠って知識を蓄えてきました。それを少しでも使ってみたい! あれだけの知識を受け継ぐ人間やドワーフのいる外の世界というものをこの目で見てみたいのです!」
オラサーダルクはこうなると思っていなかった。全員いなくなるものだろうと考えていた。
だが、捻くれ者の后と一族きっての出来損ない。それらが同行したいという。
「エンリ、かまわないか?」
判断に困ったので主に伺いを立てる。
「だ、大丈夫です」
エンリは半ばヤケになっていた。こんな強大なドラゴンが自分に従うと言っている。自分の着ている服の力だとは聞いているが気が気ではない。ドラゴンがその気になれば吐息の一吹きで死ぬ。そんな絶対的強者がさらに2匹。しかもそちらは服の影響下に無い。
どの個体が暴れても同じなら1匹も3匹も同じである。
そう葛藤した上の大丈夫なのだろう。面白いようにコロコロ変わるエンリの表情からジュゲムはあっさり看破した。
実際何もしなくても大丈夫そうである。傾城傾国の支配は確実だし、そのドラゴンの方が強い以上その配下のドラゴンも下手なことはしない。ついでに、ネムの影響も大きい。
ユグドラシルのようなクラスレベルからくる特殊能力ではないこの世界独特の力。
ネムに与えられた『生まれながらの異能』はおそらく獣、はては魔獣やその最上位たるドラゴンも等しく敵対させない力とでもいえるか。
「そう、じゃあよろしくお願いするわ。私はキーリストラン……キーリとでも呼んでくれればいいわ」
「わ、私もよろしくお願いします!」
興奮した様子でエンリに詰め寄るヘジンマール。
「ひっ」
その勢いに驚きエンリが一歩下がる。次の瞬間オラサーダルクの尻尾が唸りヘジンマールは広間の端まで吹っ飛んだ。
「我らの体躯を考えよ、ヘジンマール。貴様のいう知識とやらはどこへ行った?」
「も、申し訳ありません……」
「とりあえず、3体か。では、これを使ってくれ」
ジュゲムが取り出したのは銀のアミュレット。相変わらず精緻な細工が施されており一目見て強力な力を秘めているとわかる。
「その図体でついてくるのはさすがに目立つからな。認識阻害と不可視化が込めてある。オリジナルには劣る複製品だがこっちではたぶん看破されないはずだ」
「貴様、そのような財宝をどれだけ隠し持っているのだ……?」
ドラゴン3匹はこのゴブリンに対して驚きを隠せない様子。
「オリジナルでないならあとで色々分けてやる」
「底が知れんな、貴様……」
「そうだな、少なくともここにいる誰よりも年寄りだぞ。年長者は敬うように」
そういう態度は胡散臭かったがエンリが信用しているようなのでとりあえずは問題ないとしておく。
使い方を聞き発動させるとエンリとネムが驚いたように周囲を見回す。
本当に見えず認識できていないようだ。試しにネムを尻尾の先でつついてみるがそれすら気づいた様子はない。確かにこれなら目立たず見守ることができて敵対者に対しても不意打ちが可能になるだろう。これで劣化品という。
オラサーダルクは隠密を解除するとゴブリンに向き直った。
「ゴブリン、名は何という?」
「ジュゲム・ジュゲーム。お前さんが名を聞いてくるなんて思わなかったな」
「貴様も護衛対象に入っている。互いに名を知らぬと不便であろう」
「そうか、なら頼むな。荒事はもとより苦手なんだ。よし、目的も達したところで全員近くに。よく考えたらグリーンシークレットハウス展開したまま置いてきてるからそこへ飛ぶぞ」
「場所さえ分かれば我が翼で―」
オラサーダルクが何か言いかけたが姿ごと掻き消えその声は途切れた。
こうしてジュゲムとエンリ一行は3匹のフロスト・ドラゴンを仲間にしたのであった。
エンリならドラゴンに乗せても似合うハズ(期待