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初回特有の文字数の多さは勘弁してください。これ以降は半分くらいで調節するつもりなので(汗)
ある日ある町のある病室。数日間昏睡状態に陥っていた少年が目覚めた。彼が周りを見渡しそれとなく事情を把握するやいなやことは起こった。
「死線をサマヨいながらもよくぞ我をその身にヤドすにイったか。まずはその幸運をホめたたえよう。適合おめでとう。せっかくだ、此度の成功をシュクし、我をウけイれるのならば褒美をやろう」
言葉の称賛や喜びとは裏腹に一万もの銃口がこちらに傾いている程の危険が音になったかと錯覚しかねない声が、少年をどこからともなく襲った。
誰もいない病室。聞こえるはずのない声。だが少年は不思議には思わなかった。むしろ納得しかねないほどだった。何せその声を発しているのは他ならない
「なに、遠慮はするでないぞ。どうにせよ我をイかすための生存装置にスぎんのだ。何をコうてもユく末はカわりはせんよ」
気まぐれ。その表現がしっくりくる。良いことがあったから視界に入った賽銭箱に紙幣をいれてやってもいいか、と一時の気分でことを進めるのと同じ。しかしこれには決定的な違いがある。それはその気まぐれを起こしたのが邪悪ではあっても強大な力を持つ存在であるということだ。
「それで、クズれゆく我が肉体の元所有者はいったい最後に何をノゾむのかね。どんなネガいでもヒトつだけカナえてやろう」
命を対価にどんな願いでも叶えようと誘うその様はさながら悪魔そのものであったが既に対価は払い済みのようで拒否権がない点は悪魔よりもあくどいとも言える。ともあれ何を言っても既に時遅し。後の祭りである。後夜祭である。
場に緊張が走る中、少年は脳細胞を全て使い考えを張り巡らせる。間違いや失敗は許されないたった一度のチャンスを有意義に活用するために検討に検討を重ねているに違いない。
そして現実時間では少しの間が空いてから少年は、いや僕は頭に渦巻いていた問いの解答をついに選び抜いた。そして堂々と発した。
「なるほど夢なんだね」
瞬間、場が凍った。しかしそんなことはお構いなしに少年は続ける。
「いつかは来るもんだ、と先生先生がしつこく釘を刺すから半信半疑だったけど。ついに僕にも来てしまったよ。これが俗にいう中二病の初期症状なんだね。深層意識の願望があたかも実体を持って現れているように感じ始めるアレだよね。それにしても命を代価に何かを叶えるってそんなお手軽に悲劇のヒーロー製造機みたいなそんな使い古されたテンプレみたいな文面をわざわざ採用しなくったってじゃなくてもいいじゃないか。僕の想像力の貧相さが滲み出ているのが何より恥ずかしい。うわぁああぁああリセットしたぃぃぃいい目覚めなおしたいぃぃぃ」
寝起きの、それも病人とは思えないほど元気にベッドの上で頭を抱えて悶絶して暴れている少年が確かにそこにいた。
それとは別に呆れた声がぼそっと静かに響いた。
「…………とりあえず一回シんどけよ
「!?」
呆れたような、どうでもよさそうな声と同時に起こったのはまるで少年の心臓が誰かに掴まれたような感触。苦しい。本当に掴まれているのか、真偽はともかくとしても急な心臓停止に少年は苦しむことはできてもそれ以上は何もできない。
「この体はもう既にこの俺様、悪の帝王様のものなんだぜ。言葉の意味をカみクダいてちゃんと消化できたかよお?脳髄にイタみをキザみこませたかあ?これが現実だとしっかり理解できたかい?さあてユメミるオトコノコくん、テメエがいるのはマチガいなく悪夢みてえな現実だぜ」
そんな風にあっけなく正体不明の何か、「悪の帝王」と名乗るモノによって少年は殺された。
そして当然のようにさきほどまで少年の心音をかたどってくれていた心電図が凍り付く病室に鳴り響き渡り生命の危機を必死で警告していた。通常山なりのグラフを模るはずのモニターはただの直線となっていた。
「ピィーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
少年:死亡
「ピィーーーーーーーーーーーーギィゴガギャジャボデドォ~~」
朝から脳みそが裏返りそうな酷い音で僕は目覚めた。「絶対に寝過ごしゼロ目覚まし時計」と割と有名ものらしい。朝から不協和音とか音信不通だとかで頭痛を味わさせられてる僕にはどんなに役立つアイテムも苛立ちの対象でしかないんだけどね。
「うる、さぁいねーぇ」
そしてこの目覚ましを送ってくれたお祖母ちゃんにも八つ当たり気味に怨んでる。でもそれだって毎朝のことだし今更怨み直してもすっかり怨み慣れ廃れてる。だから意味なんてない。ただそういう気分だからそんなことを思い浮かばせてしまっただけで気まぐれと同じであやふやで不確かな無意味の象徴みたいなもの。だから真に受けないでよね。
カチッと大きいボタンを押して寝起きにしては迅速に動いて消した僕は
「おやすみ」
二度寝した。
…………。大丈夫だよ三分後にまたなるもん!三分と決まった僅かな間だから逆に思いっきり寝れるんだよ。その後しっかり起きればいいんだよ。オーケー?
「ジェソドメッゴゾイ~~」
それでもこの目覚まし音声が自動生成される無駄に洗礼された無駄な機能にはいつまでかかっても慣れそうにないね。慣れたら目覚ましとしてのお役目ごめんになるだろうから目覚まし時計くんも目覚まし時計くんで必死なのかもしれないね。存在価値を失われないように全力なのかも。ほら、よく見ると愛嬌ある顔でこっちを眺めてる気がする。こう、横長の凸凹の四角形にモフモフの毛が生えそろうこのシルエットは…………。
「これ犬だね」
…………。目覚まし関係ないじゃん。変な幻覚が一瞬見えたよ。昨日リビングで見たワンコ特集のせいだ。可愛いかったなあ。買いたいなあ。でも僕がそんな何かのお世話なんてやりきれるはずないし。
何もしてないけど朝から落ち込むよ。簡単に影響受けてその気になっちゃうんだから全く私事ながら困っちゃうよね。はぁ。
「よし、おはよう!」
機械の気持ちを察することに熱中しちゃったり、犬の幻覚を見るとかきっと寝起きでまだ寝ぼけてるせいだ。気持ちを切り替えて目覚めないと。
「そい!……あ、重っ、うぢぇ」
名残惜しくならないように一気に掛け布団をはね除けて僕は体を起こす。でも布団が重くて押し返されて「一気に」と表現できる早さじゃなくなって……。
五月中旬か下旬あたりの梅雨入りが発表されたとかなれてないとか中途半端な今日この頃。入学して二か月近く経て僕はようやく学校に馴染み静かでトラブルのない極々平凡な生活を歩んでる。懸念があるとするなら、そうだねー自宅の使い勝手が未だに覚えらてないから度々困ってるってことくらい。大丈夫そのうち慣れるよ。
さて、体を布団から出せば急に冷えてしまってさっきまでいたベッドがとても恋しくなるよね。
「一瞬たりとも離れたくないと思うこの感情は恋人達の心理も似たようなものなのかなぁ」
朝特有の特に意味のない思い付きをそっと口に出して僕は自室を出る。布団に心残りがまだあるけど今夜になればまた寝れるんだしそれまでのお楽しみとしてとっておこうかな。
さて起きたばかりの僕の体はとても滑らかに動いているなんて口があっても言えそうにないくらい眠かった。外気にさらされても、部屋を出ても、廊下を歩いてみても眠気は一向に取れそうにない。
「眠。い。」
視界も踏み出す度にガックンガックンぶれるし、視点も上手く定まらずぼやけたまま。毎日のことだけど酷い起きぞこない模様だよね。
そしてやってくる難関、その名は階段。
「このままじゃどうやっても転けるよね?」
いや待って!いま凄いこと思い着いたよ。こんな視界ならなくても、いやないほうがむしろ有意義なんじゃないかな?階段を下りるのに動かすのは足。なら目は閉じててもいいんじゃない?一歩ずつ脚を動かすだけならそれこそ目を閉じていてもできるはず。手すりさえ捕まっていれば今の僕はカタツムリ五十メートル走をぶっちぎりで最下位になれる自信があるくらい安全運転中だから……。
「うん大丈夫だよ、きっと」
そうして僕は視覚に頼ることを完全に諦めてエジプトの砂漠で水を操ってヘリを落とした人のように手すりを頼りにのろのろと階段を下ります。脚を交互に降ろすだけで自動的に下へ向かえるこの単純さには惚れ惚れするよね。そういえば単純な作業などは逆に危険性が増すとかなんとかって聞きますよね。なんでですかねー失敗なんてするはずないじゃないですかー簡単だから単純って呼ぶんでしょ?
「あ」
そんな眠気に負けてどうにか理由をつけて意地でも目を閉じていたいと思ってしまったがために愚行へ走ったこんな僕がスィッと脚を滑らせて階段から叩き落とされるのに対して弁解や言い訳が入り込むスキはどうもなさそうでした。自業自得とはいえ空中に投げ出されて僕ができることなんて、そうだね、悲鳴をあげるとかかな?月並みに普通だけど。
「うわああああああああぁーーーーーーーー」
こんな近所迷惑になりそうな朝から大声を響いても大丈夫。この家どころか近所には僕の他には誰も住んでないんだから。
「痛たたた」
何度か回転したみたいで僕は全身のあちらこちらから来る激しい痛みで完全に目が覚めたよ。体も皮が削れた擦り傷も痛覚に響く刺激もあるけど出血や捻挫はどうもないみたいだ。それに僕は一階にはすでに到着している。
「うん、やったね。目覚めて無事でついでに一階に到着している。今日は朝からついてるかも!」
そんな前向きなフレーズを唱えてからはっとした。そういえば3日前とかにも同じこと言ってたような。
「それで同じように落ちてたよね。今思い出したよ」
なんとも気づくのが遅い。ついでに今回が5、6回目の階段滑りだってのも思い出した。つくづく鈍くてなんて学習しない僕なんだろう。
いやね、起きたての寝ぼすけさんが階段を無事に下りるってのはなかなか難易度が高いものなんだよ。ここ2日は無事に降りれたのに今日は転ぶなんて。今日と昨日何が違ったのさ。何も違わないじゃないか。おっかしいなー。全く神様は不公平だなあ。
「でもこんなのいつものことだしね」
募らせたはずの不満をそんな一言でなんてことなかったように流した少年。その「いつものこと」をいつものことにしているのはそういった自己反省が少ないことや大概のことを気にしない、些細なこととだと割り切れる自身の性格が原因なのだが本人がそれにどこまで分かっていることやら…………。
「あ、鼻血が出てきたよ。もう、相変わらず僕のことながら弱っちぃ体なんだから。それでも生きれているならそれ以上は別に望まないからいいけど」
節々と痛む体を引きずるようにしながら少年の
「いってきまーす」
二転三転するといえば逆境で無頼なニートの人生や、闇の深い嘘吐きの大金取り合いゲームや、傍に立っている霊で対決する能力バトルとかが挙げれるけど僕の人生で何か二転三転したものと言われても朝の階段回転落ちを含めなければ特にこれといって何もないよ。そんな異常や異質が跋扈するようなものは僕の日常にはなにもないんだから。
朝から幼馴染が起こしにくることはない。だってつい3ヵ月前に引っ越してきたばっかりなんだから。
目覚めたら血の沼が広がってることもない。だってきちんと法律が整備された文明社会なんだから。
排気ガスにせき込むこともない。だって都会から切り捨てられた田舎なんだから。
妖精みたいなのが助けを要請して魔法使いになることもない。だってこの町は平和なんだから。
「そんなのありえて欲しくないしね」
ともあれ、確かにあの後の僕が、洗面所で湿っていた足場タオルを踏みつけて転んだり、ゴミ袋の底が破けて惨事が起こったり、おわんを熱さでひっくり返したり、シャツを引っ張り出そうと奮闘してると上に乗っていたダンボールが落ちてきたり、学ランが見当たらずあくせくしてたら
最後に今日は妙に時間の進みが遅いなー余裕だなー既に世界は1巡して戻ってきたのかなーどっかの神父が生き残った少年を始末するためにーなんて取留めのなくどうでもいいことをボーっと垂れ流していたら案の定時計が止まっていて慌てて家を飛び出しながら、学校まで15分のところに家を手配してもらって本当によかったなーでも5分の場所もあったのにどうして遠ざけるようなことしたのかな、とやや現実逃避しながら走るのが現在の僕なのです。
「ゼーハーゼーハーゼーハーゼーハー」
今朝を思い返してもやっぱりいつも通り異常のない正常で異質さの素質もない平穏で平凡な朝だったね。きっと今日も一日平和に違いない。
学校に間に合うかどうかを考えないための現実逃避にこうして今日一日を思い返すってことをしてみたけど今日一日っていったって朝から今までってなにも大したことなかったし、ダッシュによる息切れの苦しさにそれを続ける余裕もとっくの昔に消費されちゃったよ。僅か徒歩15分の距離すら満足に走り切れないほどの体力のなさのせいで朝からフラダンス踊りたくなるようなフラフラ度合いだよ。やっぱり鍛えないとだめかな。ついでに今日は遅刻かもしれないね。
「そうだ今日帰ったら時計の電池を代えるのを忘れないようにしないと」
僕のことだから、もし電池を入れ忘れたりしちゃったら明日も全く同じように慌てて家を出ることになりかねないからね。いいや1日と言わず3日いやいや1週間ぐらいそれが原因で遅刻の危機にさらされてもおかしくない。なにせ学習力のない僕のことだから同じ失敗を1週間続けることなんてよくあることだし……。最初から遅刻ばっかりしてると真面目に授業に取り組んでても出席日数で留年するかもしれないって先生先生が言ってたしそっちの方がよっぽど魔法の存在とか吸血鬼の証明よりおっかないよ。僕主観で言えば、だけど。
走って息が切れたからしばらく歩こうそして整ったらまた走ればいいや。と走らないための口実を練っている間にあっさり私立仲之宮学園1年1組にたどりつけた僕です。そのまま教室に入ると同時に誰に聞かせるでもない声量であいさつを一つ。
「おはよー」
返事を期待してるんじゃないよ。家に帰った時に誰もいないことをわかっていても「ただいま」と唱えるのと同じで意味なんてないよ。まあ僕の言葉に元々意味なんてこもってないと思うけど。
ともあれ教室にはすでに僕以外のクラスメイトが全員揃っているみたいだ。
「うわーみんな早いなー凄いなー」
尊敬の念を持ちながら時計を確認すれば予鈴三分前。……なんだ僕が遅かっただけか。そうだよね遅刻するかもしれないってはしゃいでた僕より遅い人がいたらそれこそ遅刻確定だよね。
さてさて残り時間の少なさに焦りながら早歩きして僕は窓の近い一番奥の列、前から三番目へとそそくさと近づく。しかしその付近には五人の男子生徒がいた。いや別に深夜のコンビニの如く不良のたまり場と化してる、とか僕の席ねえから!とかってはいじめられてるわけじゃないんだよ?
「やっほー
教室にいる誰も彼もが予鈴に備えている中でわざわざ僕の席に集まってくれるようなありがたーい僕の友人達だよ。
「ああセンター今日は無事に無遅刻かい?相変わらず家が近いのに遅いね」
センター、とあだ名で僕を呼ぶのはメガネかけていかにも賢そうな江覗
「逆に考えるんだよ。これくらい近いからなんとか通えているんだと」
「遠かったら遅刻の常習犯になるってことかい?」
「酷いなー。僕だって頑張ればもう一時間位早く起きれ、起きれ、れれれ、うぅ。…………もっと寝てたいよ」
「ほらな」
「ドンマイ。ブレイン ノ事 ナンカ 気ニスルナ」
「そうだね忘れる。絵覗くんの耳にいたい言葉はいつものことだしね。気にしないことにするよ!ありがとう」
「………ゼンゲンテッカイ。ヤッパリ センターハ 少 シハ 気ニスルベキ ダ」
なんかワザとロボボイスっぽい発音をするのが節折
「それよりもセンターの指をごらんなるのだ。昨日よりも絆創膏が増えてるではないか。あれほど包丁には細心の注意を払えと申しておるのに。どうしてこう不器用なのだセンターどのは」
変な口調で僕の指の傷を包丁を使ったものだと言い当てる的外れな迷探偵は玄煮
「いや僕はトイレットペーパーの端でスパッと切っちゃっただけで包丁で切ったんじゃないよ」
「紙は紙でもトイレットペーパーで指を切るとは。器用なのか不器用なのかはっきりしがたいところがあるのだな。あんな柔らかい物でどうやって指を切れるのだ」
「さあね、気づいたら切れてたからもしかしたら違うかも」
「適当であるなあ」
因みに包丁は持ったことがない。眩しいとか重いとか危ないとか料理に興味ないとかも理由の内だけど、この前読んだ流行の小説にハイライトオフにした女性が包丁持って愛を囁きながら迫ってくるというシュチュがあっての後の××な展開も含めて「どうしてこんなのが一家に一本以上常備されているんだ」と怖くて握れてない。使いこなせる気がしないしね。
「それに痣も一向に治る気配がないッスな。今朝もまたこけたかぶつけたかしったッスか。いやしかしそれでも今朝も相変わらずいい骨のでっぱりようッスね」
サラッと学ランとカッターシャツをめくりあげあばら骨とかをなぞるのは尖幅
「えっと、ありがとう」
返す言葉が感謝でいいのかは甚だ疑問しかのこらないんだけどボディービルダーみたいな人が体を褒めるだから良い骨格だって意味だよね?多分。
「おっほんおっほんげふんげふん」
声に引かれて顔を向けば、今日はまだ話していないからって意味ありげにさり気ないと表現するにはあからさまなアピールをする男子が一人いた。無理に深刻そうな顔を作って
「センター。幼女コスプレってどう思う?」
飛び出す言葉がこれである。朝から何さ。
「おい、マッスル!そこの性癖丸出しの変態の口を塞げ!」
「ちょ、ま、マッスルに頼むなよ!しゃれにならねえよ!?鼻も塞ぐな!窒息する!!」
「お前なら鼻からでもしゃべりかねん」
「人体 ノ 神秘 ダナ」
「おいこら、おまえら俺をなんだと思ってんだよ!」
「それにしてもあーだこーだ言いつつ尖幅くんの
江覗くんが尖幅くんに止めさせるほどの、この中で一番よく分らない友人。僕らの中で問題児を挙げよと言われたら5人全員一致で彼が当選するはず。クラスで何か問題がおこったら大体彼のせい。ノリとエロで世は渡って行けるが持論で、さっきから紹介しているカタカナのあだ名を僕ら全員につけたその人 威呼
いや、まあ、内容が理解できてないだけかもしれないけど。話を聞いてるつもりなのにいっつも押しが強すぎて曖昧に相づち突いて結局笑って誤魔化し終わってしまう。とりあえず変な人。
「ギブギブ。抵抗、やめる、だからマッスル参ったから緩めてくれよ」
「っスか」
「全然諦めてないのによくそんな嘘を自然につけるね威呼くん」
「おいセンターそんなこというな!不意は意図しないから意味があるのであってだな---」
「ほほう。私の筋肉から抜け出せる自身があるッスね、よろしいならばこれは拘束ではなく束縛だっスよ」
「「「何が違うんだよ」」」
変なところで声が揃う変な友人たち。
尖幅くんのいうところの束縛とやらで彼と威呼くんとの肌の接着面が一気に増えた気もしないでもないけど多分気のせいだ。尖幅くんがとても楽しそうに見えるのもきっと気のせいだ。ほら筋肉を行使する場をお届けできてるからよろこんでるんだよ。…………プロレスラーかな。
こんな人たちがこんな僕の五人しかいないかけがえのない友人達。今まで友達ができたことがなかったからこれが多いのか少ないのか分らないけれど最近になって思うことは
「友達って大変だなあ」
威呼くんと尖幅くんの格闘を目の前で見てるとふんわり脳内に浮かんでくる。でももう慣れた。そんなものだと思えるようになった。だからこれも僕のいつも通り。例え見てるだけで疲れても、疲れるものなんだと今の僕は納得できるようになっている。
だから僕が朝から騒がしくて元気ではちゃめちゃが隣で行われていても今日も大変だなぁと少し遠い目をして受け止めるだけ。
ただし時間は待ってくれないので無情にも学校の予鈴は時間厳守で鳴るのでした。
今日は特に移動教室も体育もない机に座学オンリーの比較的問題の少ない日。いくらなんだかんだと失敗したりする僕でも座っていることぐらいできる。ただ腕を振れば毎度のように文房具を落として、当てられれば音読するも数学なんだから問題を解くに決まってるだろと先生に怒られた、だからって音読も滑らかとは言いがたくて…………。
総じて駄目でも大丈夫!四月とかに比べれば全然いける馴染んでる。改善されつつある。これからだよこれから。
「いやなんだかんだ言って問題起こす数だけで言えばセンターが一番だからな?」
「そんなー冗談きついよートラブルメーカーの威呼くんに言われたって説得力ないよ。僕はどう見たってノーマルで平凡ないたってフツウのただの男の子じゃないか」
「そんな自分で根拠も持ってないことをなぜそんなに自信満々に断言できるんだ…………。それに俺云々じゃなくたって生まれからして良いとこのお坊ちゃんだしよ。センターの由来だって
「家柄なんて飾りだよ。僕に関係ないし三男だし期待されてないし名実共に破門されて差別されてるといっても過言じゃないし。それにみんな相手に上手く立ち回ってるだなんてよく捉え過ぎだよ。その場その場で僕ができる範囲でなんとなくやってるだけだよ。だから僕なんか凄くなんかないよ。現にみんなの方が凄いじゃないか」
「いやまあそうだけどよ。俺が凄いってのは何一つ文句なくその通りだがよ。それでも俺とこうしてやり取りしてるわけだろ?」
「それで?」
「それで、って…………あーーもういい!気にすんな忘れろ!」
「そーだーそーだー小難しいこと考える威呼くんはらしくないよーいつも通りチャランポランな威呼くんでいてよー」
「その言われようは俺の若干ガラスハートには痛いが、そうだな!よっしゃ、いつも通り俺の話をきけぇ(どこかのボンバー風)」
「よー」
僕の学園生活は十中八九、こんなノリで友人の誰かとおしゃべりして始まり雑談で終わる。え、それ以外?あ、ついでに勉強とか。
ともかく昼休みもおおよそそんな感じ。この時間帯は僕は昼食を取らないから一番早く食べ終わる威呼くんとは必然的に話すことが多くなるよ。それでも昼休み中、彼とだけ話しているってわけじゃなくて随時ほかの友人が話の輪に入ってくるから最終的にはみんな加わってしっちゃかめっちゃかするんだけど。ともあれ今は威呼くんと二人で彼の話を聞いている僕です。
「------------で、だ。それを踏まえて考えるんだ幼女に萌えるためでなく服に萌えるためにいっそのこと順番を逆にすればいいんじゃないかってよ。これが今朝の話した幼女コスプレの話になるんだが。どう思う」
「新しいんじゃない?」
「そうかそうか分かってくれるかセンター!ふぇふぇふぇふぇふぇっ」
なぜそう嬉しそうな反応をするのさ。僕そんな大層なことは何も言ってないよ。ただ「どう思う?」って聞くからそれとなく相づち打っただけなのに。あたかも何もかも理解しあっている者を見たような表情をするのさ。分かってないかもしれないけど僕、威呼くんの主張をこれぽっちも理解できてないからね?全然追いついてないからね?肉の目のある奴と憎めない奴くらいの溝が僕らにはあるからね?威呼くんが喜ぶ1000分の1も共感できてないよ?
でも何をどう分かり合えてないのかすら分らないから否定も肯定もできず、僕はただただ威呼くんの話の勢いに流されていく。いつも通りに。それは威呼くんとに限った話でなくて、どうしてもこうなる。話を聞くのは好きだし熱心に語る姿はなんであれ誰であれ憧れる。けど僕の理解力の低さがその熱についていけてなくて、最後にまとめられても「え、あ、そんな話してたんだ」と素で答えちゃう自分が恥ずかしい。悪気はないんだけどね。
僕がいて、周りがいて、環境があって、それなりの自由の中で何気なく生きて、何気なく話して、何気なく時間を過ごして、何気なく死んでいくんだろうなー。いつも思うけど平穏で平凡で平常で平和で平静で平行で、最上に良い幸福とは言いがたく最下に悪い不幸とも言いがたい微妙なゆるりとしたどこまでも曖昧な―――――――そんな日常。
僕にはそんなこの日々が何よりも大切なんだ。だってそうでなければ僕みたいな弱い奴は簡単に死ぬんだから。こういった整っている場所でしか生きられないんだから。
だってそうでしょう?いきなり手ぶらで無人島に送られる、あるいは急に勇者として目の前の魔王に挑む、あるいは脈絡も関係もなかった圧政者から民を守るために反逆する、などなどそんなのいきなり用意されても何もできずに死ぬに決まってるじゃないか。
それじゃあ例えばの身近な話、今爆弾が落ちてきたら何ができる?何もできない。地震が起こったら?何も。クラスメイトがナイフで一人一人刺されたら?…………。
これ以上は僕の心が痛いから切り上げるとして。つまり僕はいざとなった時何もできない。それくらいに弱い。だからそんな僕が生きるためにはただ平和であればいい。逆に平和でないと生きられない。だから僕はこれだけを望むしこれだけしか望みようがない。だって命以上に大切なものなんてないんだから。
でも大丈夫、どれだけ曖昧で微妙なラインの上で成り立っている世界とはいってもやっぱり僕みたいな弱い奴なんかがどうにかできるはずがないんだから。
と、
そんな変に自虐ながらに自信に満ちた意識があったことが僕の中にあったんだね。と、遅まきながらに気付くことができたのは今日、この日あの人に出会ったからなんだけどね。その出会いが幸か不幸かはともかくとして、主に不幸でしかなかったけど、でも確かにあれから僕は、僕の全ては良くも悪くも変わってしまったのでした。もっとも、それを自覚したのも遠い先の話だけど。
ともかく今から思えばその辺の鈍さも含めて「ああやっぱりこの頃の僕も僕なんだなあ」って感じたりしまうのです。
災害が起こってもきっと僕には害がなく、戦争が起きても僕は変わらない、なんて甘くて温い気持ちのままきっと誰よりも先にあっけなく死ぬ、まるでかませ犬のような奴とは十中八九僕みたいな人のことをいうのでしょう。
それでもまだ何も知らないこの頃の僕の頭の中はどう贔屓めに見てもお花畑だったんだよね。だって災難が起こるであろう今日のことも僕はいつも通り一文で簡潔に
「へーぃわーっだなぁー♪」
だなんて悲しくなるくらい呑気に甘い評価をくだすんだから。
友人は雰囲気で感じ取ってもらえれば幸いです
皮肉っぽい賢い眼鏡
無表情っぽいロボ男
中太りふっくら料理人
さわやか筋肉
憎みがたい変態
と伝われば十分です。はい。
あと感想とか待ってます