『
ありとあらゆるライダー世界を旅して来た、世界の破壊者ーーー仮面ライダーディケイド。
今まで幾つもの世界を巡り、戦い、その度に救って来た。そんな彼もまた、新たな世界にて旅をする。
「こんな広い邸で合計7人と一匹か?改築した方がいいんじゃないか?」
現在、ラムに邸を案内されている士はあまりの広さとそれに反した人数の少なさに愚痴を漏らす。当然隠そうとはせず、ラムに聞こえている。
「新入りの癖に生意気ね。ロズワール様の邸がそんなに不満?」
「不満以外の何ものでもないだろ。この扉の数も、いったい何が何やら……」
そんな気持ちで適当な扉のドアノブをひねると
「にーちゃ素敵。モフモフ最高なのよ、モフモフモフ」
開いた瞬間、書庫の中で思うさまに小猫をモフるロリを発見した。その気配に気付き、ゆっくりとベアトリスの視線がこちらへ向けられる。
「やっぱ中身はまんまガキか」
「いいからとっとと閉めるのよ!」
魔法力にぶっ飛ばされて廊下の壁に激突する。後頭部からいって頭を抑える士を尻目に扉がバタンと激しく閉められた。
「てめ……この……!」
頭を振り、まだちかちかする視界の中でさすがの士も怒り心頭だ。今しがた閉まったばかりの扉を開き、文句をぶちまけようとするが、そこにはベッドとクローゼットが設置されただけの簡素な部屋が広がっていた。
「これがベアトリス様の『扉渡り』。一度、ベアトリス様が気配を消されたら、屋敷の扉を総当たりしない限り見つからないわ」
「なるほど………大体分かった」
つまり、屋敷の扉のどことでも、自室に繋げられる魔法という訳だ。「ひきこもり御用達だな」と呟く士は廊下の一番端の扉のところまで歩くと、
「ここだ」
「モフっ!?」
「すごいね、君!」
少女の悲鳴と灰色の猫の賞賛。
再び『扉渡り』を破られたベアトリスの顔に動揺が走るのを見届け、ドヤ顔をかます。
「『扉渡り』か、たいした事ないな」
やれやれと言った風な仕草でバカにする士に、ベアトリスは「ムキィー!」とドリルツインテを逆だたせる。
その後、士とベアトリスにより一悶着あったが邸の案内は順調に終わった。
「これで邸の案内は終わりよーーーーモヤシ」
「おい、ちょっとまて。モヤシって何だ。まさか俺のあだ名か?モモ頭」
「そうよ。あとね、私にはちゃんとラムっていう名前があるの」
「俺の名前と外見のどこにモヤシ要素があるんだよ。じゃあ俺もお前に対してあだ名だ、モ、モ、あ、た、ま!」
「ラ、ム、と、よ、び、な、さ、い!こ、の、も、や、し!!」
▼▼▼
「…………………」
ロズワールの魔法の所為で身体に力が入らない千翼は、ただ窓から外を眺めている事しか出来なかった。
今の自分には考える事しか出来ない。故に「これから自分はどうなるのだろうか」、そんな事を何度も繰り返す。
あのロズワールという男は、目の奥は何かを企んでいるような感じがした。橘と同じく、自分を利用するつもりなのだろうか。
嫌な想像が次々と頭の中で生まれる最中、ドアがノックされる。扉を開き、中へ入って来たのは心配そうな表情のエミリア。
「チヒロ、大丈夫?」
エミリアが入るや否や、布団に包まる千翼。
「………打ちのめされてるの、見てればわかるもの。詳しい事情は、きっと話してくれないんでしょ?こんなことで楽になるだなんて思わないけど……こんな事しかできないから」
エミリアは布団の上から、ゆったりと幼子をあやすように千翼の頭を撫で始めた。
布団の隙間から千翼は濁った眼差しを見せつけてエミリアの行動を跳ねのけようとする。しかし頭を撫でられる柔らかな指の感触から、どうしてか意識を切り離すことができない。
「疲れてる?」
「……………っ」
「困ってる?」
「…………………………っっ」
短い問いかけに、応じる千翼は言葉を発さずとも身体が震える。そして、エミリアはそんな千翼にそっと顔を寄せて、
「――大変、だったね」
「――――!」
慈しむように言われた。いたわるように言われた。愛おしむように言われた。
たったそれだけのことで、たったその一言だけで、千翼の内側にあったボロボロの堤防が決壊する。壊れ、破れ、溜め込んでいたものが一気に外へと噴き出す。
しかし、
「消えてくれ」
「え?」
「頼む……………頼む…から」
噴き出しかけたソレを押さえ込み、千翼はエミリアを拒絶する。
これ以上、エミリアのそばに居たら、撫でられたら、慰められたらーーー
数分後、ドアが開閉する音が聞こえて1人になったのを理解した。
「っ!…………っっ!!」
封じ込めたつもりで、しかし欠片も消すことのできずにいた激情の吹き溜まり、感情が制御できない。
一度爆発したそれは堰を切ったように溢れ出し、千翼の顔を涙で盛大に汚していった。
▼▼▼
「そぉれで、その後のツカサくんの様子はどんなもんだい?」
時刻は夜――空にはやや上弦の欠けた月がかかる頃、その密やかな報告は行われていた。
屋敷上階中央の一室。革張りの椅子に腰掛け、最初の問いかけを作ったのはロズワールだ。
「あれから五日……いや、四日と半日か。ツカサ君はどぅ〜だい?」
「そうですね――不快にも全然使えます」
耳元で囁かれ、桃色の髪を大人しく撫でられるのはラム。部屋にいるのはロズワールとラムの二人だけだ。
今、新人である士の教育担当であるラムがロズワールに報告して居た。
「やはり、彼を雇って正解だったよぉ〜だね」
楽しげに鼻歌を歌うロズワール。ラムは何処か気に入らない表情を浮かばせる。
「料理は一流、掃除は完璧、洗濯も手早く済ませてーーーーでも常に上から目線でイラつきます」
「まぁ〜、そういう人だと諦めるしかないねぇ〜彼は」
「一体、どこで知り合ったのだろうか?どうやって雇ったのだろうか?」と疑問に思うラムだが、必要以上に検索はしないようにその気持ちを押し込める。
「では、コレが本命ーーーチヒロ君はどうだい?」
「ゲロは…………閉じこもったままです」
ラムの言葉にロズワールはフムフムと頷く。「やはり危険と言っても精神的な所は弱いようだ」と結論づける。
「何も反応しないのはまだしも、最初レムが作った料理を吐き出したにも関わらず謝らず、更には出された料理は全て手をつけない。モヤシ以上に不快です」
そのダメ出しに、ロズワールはきょとんとした顔をして、直後に吹き出しながら破顔した。少しせき込むほど。
しかし、何もないのは頂けない。千翼は謎が多過ぎるのだ。故に何か変化が欲しい。
「少し、アプローチをかけて見るかな」
▼▼▼
ーー気持ち悪い。
「チヒロくん、お待たせしました。大丈夫ですか?」
ーー気持ち悪い。
「ああ、大丈夫。レムも、買い物終わり?」
ーーー気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
「はい、滞りなく。チヒロくんは、色々と大変そうでしたね」
ーーー
荷物の入った手提げを前に、小首を傾けてそう労うのは青髪の少女、レムだ。
「ずいぶんと不人気でしたね」
「まぁ、俺もその方が助かるし」
「子どもは動物と同じで、人間性に順位付けをしていますから。本能的に危険な相手かどうかわかるんですよ」
「…………」
腰を回し、チヒロは首をめぐらせながらあたりを振り返る。
背後、広場の方からはいまだ子供達嬌声が遠く響いていた。つい先ほどまでチヒロは少し離れた場所で子供達や広場を見て休んで居たのだ。
と言っても、子供達は千翼を君悪がり、犬に至っては吠えられて、レムと一緒の所為で全く休めなかったが。
現在、千翼とレムがいるのは屋敷のもっとも近くにある村落だ。
何故、よりにもよってレムと一緒にこんな所に来ているのか。それは朝にロズワールに言われた事、
『チヒロ君は流石にこもり過ぎだぁ〜し、折角だからレムと村へリフレッシュに行ったらどぉ〜だい。このままだとただの監獄と変わらなぁ〜いし。表向きはエミリア様を救った客人なのだかぁ〜ら』
である。
何とか返事を最低限に、無言を貫く。その方が不快さも少しは減る。
しかし、ふとレムは千翼を見て軽く眉を上げ、
「その手、どうしたんですか?」
「ん?……犬に噛まれた」
くっきり歯型の浮かんだ左手の傷、微妙な出血があったがそこはアマゾン特有の回復力で既に止まっている。
「傷、治しましょうか?」
「…………いいよ、直ぐに治る」
近寄ってくるレムを避ける千翼。こうやって優しそうに語りかけてくるが、やはりレムの根底から来るモノに気になり拒否する。
「傷跡は男の人の勲章と言いますから。そういえば、ロズワール様も消さない傷跡を自慢していらっしゃいます。胸のあたりの」
「………………そぅ」
早く帰りたい、そう千翼は願う。
姉の方がどれだけ良かっただろうか。
最初に会った時から、気付いていた。そいつは自分に殺意を抱いていると。
常に殺意を向けられてきた千翼だから分かる。
レムは俺を殺そうとしている。
レムの士に対するあだ名、
門(も)矢(や)士(し)です。
バルスがアリならこれもありかと思って。
そして千翼とレムのギトギトの関係、次回をお楽しみに。