「おぉ。君がチヒロ君だぁ~ね?」
「……」
エミリアの後をついていき、朝食の部屋へ入ると、そこにはピエロっぽいメイクをした男性が立っていた。
領主と聞いていたので、一言で言えば橘のような人物かと思えば、まさかの予想の斜め上だった。
「んー?元気がないみたいだぁ~ね?大丈夫かい?」
ロズワールが顔をぐいっと近づけ、こちらの様子を伺う。
「えっと…俺は………その」
「あぁー。堅苦しいのは嫌いなんだぁ~よ。気楽に話してもらって構わないさ」
「とりあえず席につこうか」と、言われたので座ったが、次にドアからまた新しい人物が姿を現した。
「あら?もう起きたのかしら」
そこには両側をドリル状で髪を結んだ幼女、ついさっき自分を気絶させた子だった。
「ふん。相変わらず獣臭くて気に食わないのかしら。それよりニーちゃはどこなのかしら?」
「ごめんなさいね、彼女はベアトリス」
エミリアが口添えし、ベアトリスは出てきたパックを見て「ニーちゃ〜」と先程のジト目が嘘のように子供の笑顔になる。
「では君の服から察するに、余程遠いとこから来たと見るねぇ〜」
ロズワールはそう切り出すと同時に、千翼はこの国のことを聞かせてもらった。
「あの徽章、そんなに貴重なものだったの?」
あの盗まれた徽章はどうやら王の選抜に選ばれた証のようなものだったらしい。やはり彼女を手伝って正解だったのかもしれない。というか……
「そんな物を……」
「し、仕方ないでしょ!?盗まれたんだから!」
強気にはなっているが、全く言葉に重みがない。
「……だから本当にチヒロには感謝してるの。だからなんでも言って。叶えられることならしてあげるから」
「いや、俺は……」
「なんだったら、ここで暫く寝泊まりしていくかぁ〜い?傷も癒えていなぁ〜いし、こっちとしてはお礼にもなるしねぇ〜」
千翼の言葉を遮るように、両手を広げて言うロズワール。
「それでも………」
「私たちを食べてしまうかも……かな?」
ロズワールの言葉に俯いていた千翼は顔を上げる。驚愕に染まった千翼の表情を見て、ロズワールはクスリと笑っていた。
「君がアマゾンなのはエミリア様から聞いていぃ〜るよ。しかも、かぁ〜なり危険な存在みたいだぁ〜しね」
「そこまで言ってないわ、ロズワール!」
訂正させようとエミリアは両手を机に当ててロズワールに向かって叫ぶ。しかしロズワールは何処吹く風のようにあしらい、千翼に指を指す。
「身体が重くて、上手く身体が動かないだろぉ〜う?それは私が君にある魔法をかけたからなんだぁ〜よ。誤って僕の大切な従者に襲いかかられちゃたまらないからねぇ〜」
「ッ!?」
急いで服をめくると、腹部におかしな紋様が浮かび上がっていた。この紋様が千翼の不調の原因らしい。
「ロズワール!聞いてないわよ!?」
「しかしエミリア様。最低でもこれくらいの配慮は容認して貰いたいもんだぁ〜よ。だって彼はアマゾン。人肉を食らう獣だ〜し」
「俺をアマゾンなんかと一緒にするな!!!」
今度は千翼が机に手を叩きながら立ち上がる。その目は憎悪と怒りに満ち、ロズワールを睨んでいる。
「まぁまぁ、落ち着きなぁ〜よ。せっかくの料理が冷めてしまうし、食べた食ぁ〜べた」
千翼に料理を食べるように言うロズワール。その瞳には何か企んでいるように見えた千翼は、渋々椅子に座るも……
「お〜や?食べないのかぁ〜い?」
目の前に出された料理を勧められるも、食べる気がしない。例え空腹でも千翼の身体が、受け付けようとしない。
「ッ………」
しかし、ここで料理を食べなければ更に疑われる。千翼は恐る恐る、料理をその口の中に含み…………
「ゔお゛え゛ぇぇぇぇぇえええええええ!!!」
トラウマが蘇り、胃の内容物と一緒に吐き出してしまう。
「ち、チヒロ!?」
「やっぱぁ〜りね」
それを見たエミリアは狼狽え、レムとラムは表情を変えずに掃除用具を取りに、ベアトリスはナプキンで口周りを抑る。
ロズワールは確信したように席に立ち、
「何か腹に一物抱えてるようだし、そうだとしても人食いの獣を野に放つなんて領主としてできなぁ〜いしね。だけど、エミリア様を救ってくれたのは事実だぁ〜し」
コッ、コッと千翼の目の前まで移動し、まるでバカにするかのように頭を撫でた。
「それぐらい弱った君なら、レムやラムも簡単に倒せるかぁ〜らね。ここで監視下に置く事にしたんだぁ〜よ。悪く思わないでね?」
今気づいた。千翼は確信した。
このロズワールという男、外見や性格的な面は全く違うが、内に秘めた本性はあの男ーーー『橘 雄悟』と似たものを持っているという事を。
「さて、新人君。彼を部屋へお連れしてくれたぁ〜まえ」
パンパンと手を叩くロズワール。その呼び声と共にドアが開かれ、1人の青年が入ってきた。
「紹介すぅ〜るよ。つい最近……というか昨日、この邸で働く事になったーーー」
「全く、初仕事がお前みたいな奴のお守りとはな」
悪態を吐きながら、千翼を部屋へ連れてベッドに放り投げる青年。
千翼はロズワールにかけられた魔法と、先程の精神的なダメージによりベッドで蹲るのみだ。
「しかしお前も大変だな。アマゾンだからってだけで殆どの奴がお前を警戒してる。警戒してないのは銀髪くらいだ」
「……違う…………俺は…」
「人間か?」
弱々しい声で否定しようとする千翼だが、彼は御構い無しに話を続ける。
「お前が銀髪を避けていたのは、あまり近くにいると食欲が強すぎで襲いそうだったから……違うか?」
「…………」
「人を食べたい………普通の人間はそんな事、思わないに決まってるだろ?つまりお前はそういう事だ」
千翼は倒れながらも、ベラベラと話し続ける青年を睨みつける。怒りのこもったその瞳を見て、彼は面倒そうにため息を吐く。
また何か言おうとした矢先、ドアが開かれそこからラムが入って来た。
「ちょっと新人の貴方。ゲロを運んだなら早く来てちょうだい。ただでさえ忙しいんだから、邸を案内するわ」
朝食の際に嘔吐してしまい、ゲロ=千翼という事なのか、そんな不名誉なあだ名を付けられた千翼。たった1人になった部屋の中、千翼はただ倒れているだけしかできなかった。
「さて、今回の世界も面倒な事になるみたいだな」
ロズワール邸の新人ーーー『
流石のロズワールも、千翼をそのまま邸に置いておく事はマズイと思い魔法で千翼を弱らせました。
そして士、千翼と一緒にいた方が良いと考えたので、騎士団を即刻辞めてロズワールの邸に。この話の裏には、黒い密約があったとか無かったとか。