「………」
盗品蔵での修羅場に解放された中、千翼は氷柱を全身に叩きつけられた女を見据える。
(人間じゃない……今思ったけど、エミリアも人間の感じはするけどをするけど、普通の人間より食欲が湧かない)
千翼は普通のアマゾンより強い食人衝動を持つも、今まで耐えられたのはエミリアに
この世界は一体何なのかと、改めて悩ませられたその時だった。
「ッ!?」
ーーー近づいてくる。一体……否、三体だ。
(何で……嘘…)
ーーーアマゾンの気配だ。
「ねぇ!この世界にアマゾンはいるの!?」
千翼は焦り、一同に問いかける。そんな千翼に対し、エミリアは目を見開く。
「チヒロ!後ろ!」
エミリアが叫んだ瞬間、盗品蔵の壁が突き破られた。すぐ背後から来たその衝撃に千翼は吹き飛ばされ、カウンターまで転がり回る。
「ッ!?」
直ぐに起き上がると、目の前には見覚えのある3人組が立っていた。千翼を囲っていたあの3人組だ。
「そんな………まさか…」
千翼の顔が青ざめる。
何故なら、3人組の身体から青い模様が浮かび上がっているのだから。
(まさか、あの時!?)
ドライバーを取られそうになり抵抗したあの時、千翼の持つ『溶原性細胞』が彼らに感染してしまったーーー千翼はそのように想像し、へたり込んでしまう。
「おいテメェら!何なんだ次から次へと!」
そんな3人組に対して強気で前に出るフェルト。しかし、先程とは違い真剣な顔立ちのカイトーに阻まれる。
「フェルト、ちょっと下がってて」
「ししょー……?」
珍しく真剣なカイトーにフェルトはたじろぐ。
「チヒロ?ねぇ、チヒロどうしたの!?」
エミリアはその場で震えている千翼を見て揺さぶり声をかける。しかし、千翼は全く反応せず「俺が…また……」とブツブツ呟くのみだった。
「リア、チヒロの事は後にして!来るよ」
パックの呼び声に応え立ち上がるエミリア。目の前の3人組はうねり声を上げ、身体から高熱の蒸気を発する。
「ゔぅぅぅおおおおおお!!!」
その蒸気が体全体を包み込み、それが晴れたその場には
巨漢の男ーーーゴリラアマゾン
最小の男ーーーネズミアマゾン
細身の男ーーーヘビアマゾン
と、それぞれ異形と化した3人が立っていた。
その異形に驚愕しつつも、今はこの状況を打破する為に驚いていられない。
「どうやら、徽章を取り返すだけって訳には行かなそうだね、リア」
パックの表情も余裕をなくす。
それに対するパックの声に呼応するように、
「備えはしておくものね。重くて嫌いだったけれど、着てきて正解」
先程まで氷柱に叩きつけられていた女が、氷柱を切り裂くようにして立ち上がった。
ククリナイフを振りかぶり、身軽にステップを踏むその体に負傷は見えない。羽織っていた黒の外套を脱ぎ棄て、その下の肌にフィットした黒装束だけになっている以外、先ほどまでと違いは見られない。
「私の外套は一度だけ、魔を払う術式で編まれていたの。命拾いしてしまったわね」
「へぇ、勿体無い。そんなお宝は是非欲しかったな。というか、死んだふりって君も相当性格悪いだろ?」
「面白い展開になりそうだったからね。けど本当に素敵。殺し甲斐のありそうな相手ばかりで嬉しいわ」
「させないわ。精霊術の使い手を舐めないで」
アマゾン三体とサイコパス女。敵は計4とかなり不味い状況だ。更に千翼は何故かその場に座り込んでいる。
「僕は一番厄介そうなあの女性を相手するよ。君は怪物の方を頼む」
「さっきまで撃ち合いしてた相手とよく共闘を持ちかけられるわね」
「じゃあ、君だけで戦う?その内に僕はフェルト達を連れておさらばするけど」
「っ………分かったわよ。だけど、その代わりに徽章を返してもらうわ」
「どぉ〜しよっかな」
「貴方ねえ!」
エミリアの声を遮るように、カイトーは女に対して射撃する。女はそれを弾き、戦いの火蓋を切った。
「ああもう!パック!やるわよ!」
「時間がもう無いし、直ぐにすませるよリア!」
カイトーが女を相手取り、エミリアはパックと共に三体のアマゾンに向き直る。
襲い来るアマゾン達、しかし虚空から現れた氷の盾に防がれる。攻撃を防がれた三体は宙返りを駆使してそれぞれ別方向に下がるが、その隙を突いてパックが氷柱を叩き付ける。その追撃をヘビアマゾンとネズミアマゾンは素早い身のこなしでかわし、ゴリラアマゾンは砕く。機会を見計らって再び肉薄してエミリアはそれを氷の盾で防ぐ――。
「うへぇ、凄い光景だな」
「あれが精霊使いの戦いじゃ。戦場で出くわしたら武器を捨てて逃げるのがお約束になっとる」
「そんなのと互角に戦ってるあれはなんなんだよ」
「あれはーーー」
「アマゾン」
「ん?お主知っておるのか?」
異形の事を説明しようとしたロム爺の言葉を遮ったのは、千翼の弱々しい声だった。
千翼は半開きの目でエミリア達の戦闘を一瞥する。
エミリアとパックの連携もさるものだが、三対一と不利なうえに、アマゾンは重力を無視しているかのように縦横無尽に室内を動き回り、空間を埋め尽くすように飛び交う氷塊を巧みに避ける。避け切れないものはゴリラアマゾンが打ち落とすことで無傷を保ち、折を見て反撃に転じる余裕さえ見せていた。
正に獲物を少しづつ弱らせてていく肉食獣のように、ジリジリとエミリアとパックの体力を削っていく。
「むう、若干精霊使いが物量で押しておるが、精霊が顕現できる時間は限られておると聞く。じきに日没になるが、もしあの猫精霊が消えれば状況は一気に傾くだろう」
「だからってどうすんだよ。ロム爺でもあれにゃかなわねえし、ししょーはあっちで暴れてるし、アタシだってあんなのの相手は無理……おい兄ちゃん、お前も何か案はねぇのかよ」
「…………」
フェルトの問いに、千翼は答えない。
そんな中、
「パック、いける?」
「ごめん、スゴイ眠い。ちょっと舐めてかかってた。マナ切れで消えちゃう」
ロムの懸念が的中し、次第に攻撃の精彩が欠け始めたパック。エミリアの顔にも焦りが浮かび始め、いよいよ万事休すかという空気が流れ始めた。これはいよいよ覚悟を決めるべきかと持ち手に棍棒を握り締めるロムと、眉間に皺を寄せたまま隠し持っているナイフを気にするフェルト。
「あとはこっちでどうにかするから、今は休んで。ありがとね」
「君になにかあれば、ボクは盟約に従う、いざとなったら、オドを絞り出してでもボクを呼び出すんだよ」
慈しむエミリアの声に押されるように、パックの体が霧状と化して消える。その離脱を悔やんだのは室内の全員がそうだったが、アマゾン達はその隙を突いて来る。
「そろそろ、ただ見てるだけって訳にはいかんな」
ロム爺は状況を不利と見たのか、棍棒を握りしめ、重い腰を上げる。
「加勢なしの勝算はもうわからん。なら黙って見とるのも機を逃すだけじゃ……わかっとるじゃろ、フェルト」
「わかってるっつーの。逃げるにせよ、そろそろ動かねーといけねーってな」
フェルトは戦闘準備を整えたらしきロム爺の隣に並ぶと、ふと千翼の方を見た。
「兄ちゃん、そこにいると死ぬぞ。さっさと逃げな」
「………」
覚悟を決めた二人が戦局へ出るのを、千翼はただ見ているしかなかった。
「行くぞ――ッ!」
雄叫びを上げてロム爺が戦線に参加する。振り上げた棍棒が豪風をまとってヘビアマゾンに向けて振り抜かれ、戦端が広がる。
棘付きの棍棒を突き出し、線から点への攻撃範囲の変更する。しかしーーー
「なん、じゃそらぁぁ!!」
突き出された棍棒の先端をゴリラアマゾンが軽々と掴み取っ組み合いになる。
最初は均衡していたがやはり人間、アマゾンの腕力には勝てず、ズルズルと後ろへ下がっていく。
「させっかーっ!」
フェルトがゴリラアマゾンに向けて投擲された小型のナイフ。
サクリと肩にナイフが突き刺さるが、全く意に介さずゴリラアマゾンはフェルトを一瞥する。
「ぬあああああああああ!!!」
フェルトを一瞥したゴリラアマゾンはロム爺を抱き上げ、フェルトへ向けて投げ飛ばす。
骨が床を打撃する鈍い音が響き、ロム爺の体は弾かれるように横倒しになった。
「――ぁぅ」
ロム爺は頭部を打たれて気絶し、エミリアが二体相手取っているのが裏目に出て間合いが遠い。そしてフェルトは蛇に睨まれた蛙状態で動けない。
ゴリラアマゾンの牙がヨダレを垂らし、フェルトの未成熟な肉を求めて嚙みつこうとした、その時だった。
「ーーーーーッ、カハッ」
「ッ!?兄ちゃん!?」
「チヒロ!?」
ゴリラアマゾンの牙はフェルトではなく、彼女を庇うように前に出た千翼を襲った。鋭利な牙は千翼の肉に深くえぐり込み、千翼も激痛に顔を歪めるも無理やり引き剥がしてゴリラアマゾンを突き飛ばした。
「ッガ……はぁ!はぁ!」
「おい兄ちゃん!何無茶してんだよ!」
倒れた千翼にフェルトが駆け寄る。
「………だって、これが…
俺の罪だから」
「え?」
意味不明な言葉に困惑するフェルトの肩を持ち立ち上がる千翼は、血を流しながらもアマゾン達の前に出る。
「おい………血が…」
止めようとするフェルトだが、先程アマゾンの気当たりにやられ足に力が入らない。
「チヒロ、止めて。血が出てる!私は大丈夫だから!」
フラフラと歩み寄る千翼にエミリアは止めようとするも、千翼は止まらない。
更には手で制し『これ以上、近づくな』と目で語っていた。
「チヒロ?」
エミリアとフェルトは千翼の雰囲気が変わった事に気付く。
それは、この状況を打破できる安心感ではない。
見てはならない、会ってはならない
『災害』を前にしたような感覚がほとばしった。
「……………俺の所為……で」
千翼は罪悪感を孕んだ瞳で、三体のアマゾンを見据える。
「俺が……アマゾンにしたんだ」
唸り声を上げてこちらを威嚇するアマゾンを見ながら、ポケットからアマゾンズインジェクターを取り出した。
既に巻いてあるベルトのスロットにインジェクターを入れ、液体を注入するようにインジェクターを押し込む。
「だから俺が………」
インジェクターに入っている薬剤が、千翼のアマゾン細胞を刺激し、
ゴクッ……ゴクッ……
と、生々しい音を立てながら千翼の瞳は、ネコ科の動物のように薄く光りを放つ。
「ーーーーーーー殺す」
この世に生まれた事が罪というなら
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生きる事が背負いし罰だろう
「アマゾン!!!」
その罪を背負い今、