レムは村へ急いで走っていった。
士から聞いたらあの話、それが千翼だとすればレムの責任だ。しかし、そのアマゾンが千翼であって欲しくない…そう感じている。
すると、村の住人が松明を持ちながら何かを探しているように見えたので、声をかけた。
「あぁ。村の子供たちがみんな消えて、それで村の大人たちで探してるんだ」
間違いない。と確信したレムはモーニングスターをどこからか取り出し、助けに向かった。
そしてしばらく走り始める。
「っ……いた」
平原のようなところに子供達はいた。皆が弱り果てていて、喋るのもやっとという感じなのにも関わらず
「お姉…ちゃん…ま…だ、もう一人…奥にッ…」
ふと辺りを見渡す。村で見た、犬を抱えていたおさげの女の子がいないのだ。
急いで応急処置をするレムは、子供達の治療と千翼の心配に板挟みになる。
「でも、アマゾンは呪いなんて使わない……じゃあ誰が……ッ!?」
もう少しで応急処置が終わる。その時だった。森の方角から唸り声と共に黒い影が向かってくる。一体だけではない、何十体も、
「魔獣………と、アマゾン!?」
迫り来る魔獣と、後方にてそれらを率いるであろう『ドーベルアマゾン』がレムの目に入る。
一時置いておいた餌を取りに来たのだろうか。兎に角、応急処置を終えたレムはモーニングスターを取り出し戦闘の態勢をとる。
「ッ……流石にこの量はキツイですね…」
多勢に無勢、最初は圧倒していたものの、更に子供達を守りながら戦うレムは魔力も体力も尽き掛けている。
それに追い打ちをかけるように、リーダーであるドーベルアマゾンが魔獣達に、喝を入れるように吠える。
「くッ……もう…ここで…」
ドーベルアマゾンの号令のような遠吠えで自分の目の前に、土砂崩れのようにこちらへやってくる魔獣達。
諦めかけた時だった。
-
「ごぇ!?」
眼前で、魔獣の頭部に背後から放たれたフック状のクローが突き刺さった。
血飛沫がばらまかれ、真正面にいたレムも頭からその鮮血を浴びる。
「あれ……は!?」
「ふぅ……………ふぅ………」
自動的にワイヤーが巻かれ元の位置に戻るクローの主ーーーレムの目の前…魔獣達の背後には、全身血に濡れたネオが姿を現したのだ。しかも、その腕の中には足りなかった女の子が抱き抱えられている。
「ッ!ちひーーー」
放心していたレムは、ネオに向かって左右に散る二匹の魔獣の猛攻を見て思わず悲鳴のような高さで名前を呼ぶ。
しかし、クローを装備する右腕が、ぞんざいに振るわれる。旋回にはクローに付属するワイヤーが伴い、ワイヤーに連結するクローが突き従う。
凄まじい勢いで回転するクローは軌道上の全てを薙ぎ払い、魔獣の胴体を直撃。そのまま胴体を真っ二つになるほど吹き飛ばす。
そして、左の拳が相方の魔獣の鼻面を真上から撃墜。拳骨の威力が頭蓋を陥没させ、頭部が地面に埋まるほどの拳打に即死する。
「・・・・・・」
レムは目の前で行われた虐殺に目を見開き、呆然とする他に反応ができなかった。
「まさか……子供を守りながら………」
よく見れば、ネオの姿が、あまりに壮絶だったからだ。身体を守る装甲のあちこちに、爪や牙のいずれかによる裂傷がいくつも刻まれている。青い皮膚には浅からぬ手傷がいくつも浮かび、頭からかぶった返り血が多すぎて元の色が判別できないほどだった。
やはり、村を襲ったのは千翼では無かったのだ。千翼は今の今まで魔獣とそれを率いるドーベルアマゾンと戦っていた。
「キャッ!?」
加勢に行こうとしたその時だった。魔獣達の隙間を通って、子供がレムの元へ投げ込まれた。何とかキャッチしたレムは、投げた態勢を取るネオを見て驚愕する。
「アマゾンは……人を食べないと…」
なのに、ネオは食べるどころか守っていた。
自分の空腹よりも人を助ける事を優先した。何というバカな奴だろう……しかし、それでもレムにとって最早、千翼はアマゾンとは違う生き物に見えていた。
めまぐるしい状況の変化、しかし底辺だけは変わらずレムたちは不利にある。少女をレムの元へ投げ込んだその機を見逃さず、魔獣の群れが一斉にネオのその背中に飛びかかっていた。
「――――ッ!」
それを見たレムの表情がふと崩れ、その下から悲嘆に暮れたレムの顔が表れた。
▼▼▼
「チヒロ君!!!」
「――がああああああああああああ!!!」
噛み砕かれた左腕の激痛に、ネオが絶叫を上げる。直後、右足が、左脇腹が、背中に、同時に牙の感触が埋まった。ネオの視界が真っ赤に染まる。痛みはもはや痛みとわからない。足首が砕かれた。ごっそりと、脇腹の肉が持っていかれる。血が、中身が、漏れ出す。こぼれ落ちる。
「チヒロくん――!!」
悲鳴のような声が聞こえる。
聞こえた方に顔を上げようとしても、もう体が自由にならない。バランスが崩れた。砕かれたのと反対の足首も半分ほど千切れて、地面に倒れ込んだ。すぐ目の前に、牙の並ぶ口腔が迫る。喉笛に迫る牙。それが目の前で鉄球と地面に挟まれて叩き潰れる。血が散る。自分の血か、それとも。
意識が飛びかける。消えたとき、どうなるのかわからない。
ーーー命がこぼれ落ちていく
ーーーバカなことをしたものだ
と、自分でもそう思う。
痛い、苦しい、遠い、見えない、聞こえない、命がすり減る。穴のあいた脇腹から、砂時計の砂のように命がこぼれ落ちていく。
消える、終わる、なにもかも――俺は。
「死なないで、死なないで、死なないで!」
泣きそうな声。
泣き声。
一体、誰の声?
俺は――
▼▼▼
「チヒロ君!チヒロ君!死んじゃ…死んじゃダメ!死なないで!死なーーーー」
叫びかけた瞬間、レムの背筋が凍った。
おそらくは同じ感覚を味わったのだろう。魔獣自身も、そして追いついてきた追跡者たるドーベルアマゾンも、一斉にその動きを止めている。
予感があった。確信があった。
濃密な『死』の気配だけが漂っていた。
――ゆっくりと、倒れていたネオの体が起き上がっていた。
あれだけ派手な攻撃を受けたというのに、立ち上がるネオの素振りには負傷の気配が見当たらない。それどころか、受けたはずの傷口が見る間に塞がる。すさまじい回復力に高熱を発し、血が蒸発して赤い靄すら生み出すほどだ。
そして見た、レムは見た。
ぐるりと、周囲を睥睨するネオの
ーーーその理性の消失した瞳を
ーーー太く禍々しい6本の腕を
ーーー周囲を埋め尽くすような無数の触手を。
「ーーー、ーーーか……あが…あぁぁぁ」
剥き出しの残酷さから溢れる声を放つ。
「ア゛ーーーーーーーァァァア!!!」
仰け反り、6本の腕を広げ絶叫した瞬間、全身の触手が四方八方へ向かう。足を止めていた先頭の魔獣が反応するより先に、その首が触手により切断される。
一瞬にして絶命した魔獣、その体躯を思い切り蹴りつけ、後方に控える他の魔獣を牽制。
動きの止まるものから順に、凶器である触手を巻きつけそれを叩きつけ、血の華と死骸を次々に量産していく。
「オ゛ーーーーーーーォォオオ!!!」
なにより恐ろしいのは、理性を失った瞳のネオが正気をなくしていない。
彼はそのほとばしる獣性に身を委ねながらも、状況を見失っている訳ではないのだ。その圧倒的な力で、己の内に燻るなにがしかの因縁を吐き出している。
血が弾け、頭蓋が潰え、腸と脳漿がおびただしい勢いで草原にばらまかれる。
膝をつき、痛みも忘れて、レムはその光景に見入っていた。
今、声を出す勇気がない。それをしてしまえば、ああして暴れるネオの意識に入ってしまえば、殺されてしまいそうな気がしてならない。
ーーーいや、絶対に殺される
状況に呑まれるレム。
そのレムの足元には、
無残にひび割れたドライバーが虚しく転がっていた