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ネオのブレードとレムの鉄球が幾度ともぶつかり合う。上下左右に振るわれる互いの武器は、ぶつかる度に空気を揺らし地面や辺りの木々を抉っていった。
レムの鉄球を装甲やブレードで防ぎつつ、近づき反撃する。肉弾戦はネオの方が優っており、当然レムは避ける。
「ゥウオオオオオオ!!!」
「アル・ヒューマ!」
向かってくる鉄球を弾き、ブレードを突き立てようとするも、レムは鉄球を放さずに、氷の塊でネオを吹き飛ばした。
崖の壁にぶつかり、痛みが襲う。ロズワールの魔法の所為で思ったより身体が動かせない。
ネオは冷気を纏いながら変身を強制解除させられた。とてもあんな小柄な少女とは思えない動きをしてくる。
(やっぱり………こいつも、人間じゃなーーー)
その時、風の刃が一閃。千翼の右足の膝から下を吹き飛ばしていた。
勢いのままに大きく跳ねる右足の先端を見ながら、千翼の体は大きく体勢を崩してしまう。
「ぁああああが!がっっっ!ぁぁぁあ!!!」
「痛いでしょう、苦しいでしょう。少し、待っていてください」
屈み、レムはその白い掌を千翼の傷口へと向ける。
「水のマナよ、この者に癒しを」
呟き、ふいに柔らかな淡い光がレムの掌から放たれた。光は千翼の右足、その切断面をゆるやかに覆うと、その淡い光でもって痛みと喪失感を補い始める。
痛みが完全に消えたわけではないが、それ以上の驚きが千翼を支配した。この期に及んで、レムが千翼の治癒をする理由がわからない。
「せっかく生き延びたのにあっさり死なれては、聞き出すことも聞き出せませんから」
レムの腕が引かれ、鎖の音が鳴り響くと鉄球が飛んでくる。わざわざ見える位置に鉄球を運んだレム。これだけで千翼は彼女の真意を十分に理解した。
「お聞きします。あなたは、エミリア様に敵対する候補者の陣営の方ですか?」
「……………知らない」
言った瞬間、たわんだ鎖が千翼の上半身を激しく打った。道中、枝などで裂けていた肌着があっけなく破れ、その下の肌にも同じだけの裂傷が刻まれ、千翼の絶叫が森に響き渡る。
「誰に、いくらで、雇われているんですか?」
「……………なんの話だ」
手首の返しで同様の仕打ち。まったく同じ位置を寸分の狂いなく打ちつかれる。その後も、似たような質問に似たような返事。
意識が吹き飛ばされそうになるたび、レムの手ずから回復魔法で治療され、治癒と暴力の無間地獄を繰り返される千翼。
最後まで疑問形で返す千翼の姿勢に、レムはついに吐息で感情を表現。それからふと黙り込み、いつにも増して感情の消えた瞳で千翼を見下ろすと、
「あなたは、人間を食べた事はありますか?」
1番聞かれたくない言葉であり想像通りの言葉に、千翼は寧ろ頭の中がスッと冴える。
ーーーああ、この質問か。
諦めたように確信する千翼。笑みが溢れるのが不思議と疑問に思わないくらいに。
「姉様やエミリア様が貴方と会話しているのを覗いている時も、レムは不安と怒りでどうにかなってしまいそうでした。姉様があんな目に遭った元凶が、その関係者が……のうのうと、レムと姉様の大事な場所に……」
要領を得ない言葉が恨み言のように呟かれ、怨嗟の吐息が千翼に容赦なく浴びせかけられる。
「ロズワール様が歓待しろと仰るから、レムも様子を見ていました……でも、もう監視する時間すら苦痛でならない!」
溜め込んでいた憎悪を一気に吐き出すように、レムはこれまでの感情の少なさを取り戻すように激情を千翼に叩きつけた。
言い切り、肩を揺らし、彼女は瞳に憤怒を宿して千翼を睨む。と、ふいにその瞳が驚きに見開かれた。
それは、
「ーーーなんで、だよ」
憎悪を口にしたレムの前で、千翼が静かに涙をこぼしていたからだ。
「わかって、たよ……想像、ついてたさ」
喉がしゃくり上げ、込み上げてくる熱いものが次々と瞼を通って頬に落ちる。滂沱と止めようのない涙を流しながら、千翼は途切れ途切れに涙声で、
「こんな目にあって……優しくされたのにだって、裏があるのはわかってた。でも……聞きたくは、なかったよ」
「なにを……言っているんですか?」
嗚咽を漏らす千翼に、レムは気味の悪さでも感じたように声の調子を落とす。千翼は息を絞るように彼女の目を見上げ、
「俺は、ただの人食いだってことだ」
「知ってます」
「俺は、いつも1人だ」
「当たり前です」
「なんで俺ばっかり!!!」
噴き出した激情に、レムの足が思わず一歩、後ろに下がった。寝ていた体を起こし、バランスの悪い上半身で地面を掻き、歯を剥き出すようにして千翼は吠える。
「どうして、みんな俺を殺そうとするんだよ……!俺がなにをしたっていうんだよ……!俺になにをしろって言うんだよ……!」
感情が制御できない。八つ当たりも甚だしいとわかっていながら、それでも千翼の心が、魂が叫ぶのをやめられない。
元の世界でもこの世界でも、理不尽に追いやられ、それでもなお歯を食いしばって過ごしてきた。
だが、もう限界だった。
「なにがいけないんだよ……なにが悪かったんだよ……みんな、どうしてそんなに俺が憎いんだよ……?」
分かっている……
ーーー全て俺が悪い。
ーーー俺は生きてちゃいけない。
ーーー生きることこそが罪だ。
ーーーだけど……それでも…………
「ーーーレムは」
「ガアァァア!!!」
「ッ!?」
それは千翼にとって助け舟だった。
幸か不幸か、あの盗品蔵で取り逃がしたヘビアマゾンが今になって千翼を追いかけてきたのだ。
現れたヘビアマゾンに、反射的にレムは鉄球を振り回す。
「くっ、邪魔です!」
完全ではないが、地べたを這いずるくらいなら回復した千翼はその混乱の中逃げ出す。
「はぁ!はぁ!はぁ!」
ーーー逃げろ、逃げなきゃ殺される。
千翼そう自分に言い聞かせながら、森の奥へと這いずっていく。
ーーーあんな奴知るか、喰われればいい。
自然と笑みが溢れる。前々から自分に殺気を向けて気に入らない奴だった。清々する、どうなろうと知った事ではない。
「!」
ふと、目の前にネズミが一匹通り掛かる。
コテンと可愛らしく首をかしげるネズミを見て千翼はーーー
ーーーあ、栄養。
食いついた。
ガリ、ブチブチ、ベチャ、ゴチュ、ベリベリ、ゴリゴリ、グチャ………
ーーー不味い、苦い、臭い、最悪だ、最低の味だ、それでも栄養を取らなきゃ……取らなきゃ……ダメなのに………
「オ゛エ゛ェェェェエエ!!!」
吐き出してしまう。
「………な…んで……」
ぶちまけたソレを見て千翼は涙を流す。
ーーー何で自分だけ……ロクに
「ナん……デ……俺、バッかリ」
千翼の中に潜む獣が、そう呟いた。
▼▼▼
「こぉれはまいったぁねぇ〜」
自室で書類作業をしているロズワール。常に悠々とした彼の顔が珍しく曇る。
「かぁなり強い魔法で封じたはぁずなんだが……まさかあぁれを破ってしぃまうなんて」
ロズワールは千翼は脱走した事を知っていた。そして今現在、レムが千翼を独断で追いかけた事も知っている。
知っておきながら放っておいたのは、千翼を自分にとって有益か無益か確かめる為。
力を封じられた状態の千翼程度なら、レムが仕留めるのは容易いだろう。しかし、魔法が破られればレムの勝機は無くなり殺される。
「けぇど、この気配……想像以上
もしや、自分はとんでもない博打をしてしまったのであろうかと不安になり始めるロズワールだった。