スレッショルドより愛をこめて <改>   作:hige2902

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挿絵がありますが、MtGを知らない人向けの解説です。わかりやすかなあとシャドバ、HSとの比較がありますが、ただそれだけです。
イラストではありません。


第二話 呪文を唱えたのは誰か/Who cast the spell

 追うか、報告をしに拠点へ戻るか。霧が晴れ、悪態をつくフイヤンとジロンドを尻目に、ジャコバンは無精髭を撫でながら思案した。

 魔術。ジャコバンが聞くには、その<土地>が発する、マナと呼ばれるエネルギーを引き出し、何かしらの現象を発現させる技術。才能。

 

 したがって、マナの源である<土地>自体が、人知を超えた自然そのものが不可思議を引き起こすという話を耳にしたことがある。地震、山火事、豪雨、嵐がその一例らしい。真偽はわからない。

 しかし、先の濃霧がその自然現象だとは考えにくい。あまりにもタイミングが良すぎる。何者かの作為によって引き起こされた魔術とみていい。

 

 魔術師は誰か。あのエルフどもではない。仮にそうなら、捕らわれるまえに魔術を行使しているはずだからだ。

 となるとあの男。バカな、ジャコバンは唾を吐き捨てて毒づく。

 魔術を扱えるほど学があろうものが、あれほどに中毒性のある実を口にするほどマヌケなのか?

 

 どこかの旧貴族のボンボンがエルフの森見たさか、ヤクの中毒に抗えずにふらふらと森にやってきたのだろうと検討していたが。どうやら魔術師の頭のできを買いかぶりすぎていたらしい。

 しかし、呪文らしき言葉を聞いていない。魔術には不可欠だと思っていたが、ひょっとするとあいつの持つようなアーティファクトかもしれない。

 

「どうする、ジャコバン」 フイヤンが忌々しげにジロンドをねめつけて言った。縄をかけておけば、少なくもどちらかのエルフはこの場に残っていたはずなのだ。 「手ぶらで帰っちゃあ、あの陰湿魔術師に嫌味を言われるぜ」

「追おうぜ、エルフは二人がかりならなんとかなる。ガキはたいしたことない」 と、ジロンド。責任を感じるというより、一人で失態を償うことを恐れている。

 

「だがあの男は魔術師かもしれん」 顎ひげを撫でながら、ジャコバン。 「だとすれば脅威だ」

「フイヤンの奇襲に反応できなかった、大したことはない。追って、寝るのを待ってから仕掛ければいいさ。それにただの霧だったじゃねえか」

「まだなにかを隠し持っているのかもしれない。ジャコバン、おれはやはり……癪だが陰湿野郎の助けを借りるべきだと思う」

 

 ふうむ、とジャコバンを目を閉じた。あの男は実を食べていた、信じられないことに生で。ジロンドは深夜を待とうというが、今夜は寝る方が難しいはずだ。

 

 しかし上手くいけば()()は――

 

「決めた、やつらを追う。どうせ行き先はわかってるんだ。足手まといのガキを連れてる、すぐに追いつく」

 

 あらかじめ、天使によって上空から点在するエルフの村の場所は把握している。エルフどもが向かうとすればここから一番近い村だろう。いちいち足跡を探す必要もない。

 

 

 

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 深い霧を抜け、彼は一転して目に写る風景の鮮明さにたじろいた。肌寒い。先の霧の水分が肌や衣類に付着していた。

 エルフの女が彼の手を離し、よこせという具合に右手を差し出す。

 見ればその姿は、暗がりのせいで泥だかかすり傷の血かわからないが、汚れてしまっている。

 

「なんだ? ああ、猿ぐつわで話せないのか。いや、子供はおれが持つよ」

 

 もう一度手を差し出し、今度は森の方向を指差す。

 

「先に行けということか? ばかを言うな……」

 

 いいさして彼は勘ぐる。このエルフの女はおれを囮にするつもりかもしれない。最初に声をかけたのも、その思惑があった可能性がある。

 先に行かせて、適当なところで姿をくらます。あの男たちが追いかけてきた場合、どう見ても森に詳しそうなエルフよりも、おれを追跡するほうが楽だ。もちろん男たちはおれとエルフがセットになっていると期待しているだろうが。

 まさか万一の場合、殿を務めて人間のおれを優先して逃がすためなどとは、ありえないだろう。そんな事は絶対に。

 

「……おれは戦いの心得が無い。もしもあの男たちと戦闘になった場合はきみだけが頼りだ。だからきみの片手を塞ぐのは合理的ではない。もちろんきみがこの場でおれを殺して子供をつれて逃げるのもいいが、男たちの主目的がきみたちである以上、追撃は続くだろう。その場合、きみは子供をつれて三人を相手取らなければならない。だから、その――」

 

 言いよどみ。疾走の動悸から肩を上下させ、口に食い込む縄に息苦しそうに呼吸をするエルフに続けた。

 

「――おれを見捨てないでくれ。前述の場合は互いにとって不利でしかない。頼む」

 

 エルフの女は何か言いたそうだったが、その暇も惜しそうに再び走り出した。数歩駆け、ぽかんとしている彼に手招きする。

 彼は子供を抱きなおし、続いた。

 

 日の落ちた森は予想よりも暗かった、月明かりはあるのだが、茂る木々の葉がそれを遮っている。その中を走るのだから彼は何度も転んだ。そのたびに子供が傷つかないように背を下にしなければならなかったが、夜に目が順応しだしてからはつまづく程度になった。目の前をいくエルフの後を追えばいいのだから。

 

 彼にとって不思議なのは、これほど全力疾走しているのにも関わらずほとんど体の疲れを感じないことだ。

 極限状態による興奮か、ランナーズハイだろうか。どうもあの実を食べてから調子がおかしい。悪くはないのだが、良すぎるのが問題であると理性は告げる。麻薬のような効果があるのかもしれない。

 しばらくすると、エルフの女の足が遅くなった。というより、左腕を庇うような走りになっている。ペースもかなり落ちてきていた。

 

「大丈夫か?」

 

 エルフはそれでも先へ進む。

 

「待て、止まってくれ。だいぶ走った、距離はかなり開いた。先に縄を解こう、その口では効率的に酸素を……走りにくいだろう。ここで小休止して態勢を整えたほうが長期的に見て有利だ」

 

 エルフの女が立ち止まり、振り返る。

 

「命令しているわけではないから、きみの意見を……いや、やはり意思疎通のためにも、せめて口の縄はといておくべきだ」

 

 やはり何か言いたそうにしてエルフの女は周囲を見回し、近くに一本の巨木があるのを見つけた。手招きして彼をいざなう。

 ついていき、なるほどと納得した。巨木には大きな洞があったのだ。大人三人も入れば窮屈なスペースだったが、ようやく人心地がつける。肉体的な疲労は感じないが、精神的にまいっていた。

 

「何か切るものはあるか?」

 

 座らせるように子供を置き、呼吸を整えるエルフの女に言った。エルフの女は腰の裏の鞘を指差す。中身はなかった。先の戦闘の際に落としたのだろう。

 

「後ろを向いてくれ、ほどいてみる」

 

 向けられた華奢な背に寄り、襟足あたりで固く結ばれている縄に格闘するが、そのたびにエルフの女は苦しそうにもがくばかりだった。

 縄は木綿で作られた基本的なもののようで。撚り合わせている細い紐を少しずつ噛み切ろうと口をつける。柔らかい髪に顔をうずめる。いい匂いがした。なんだろうか、花のような、香水?

 しばらく試したが、この様子だと夜が明けるかもしれない。それも歯と顎が正常であり続けるという前提で。

 

「なにか尖ったもの、があったらすぐに出しているよな」

 

 子供にも目をやるが、頭を振るだけだ。

 

 彼も洞に背を預け、一休みする。お手上げだ、クシャクシャになったタバコを咥え、ライターを点そうとし、こいつがあったかと、ぐったりとしているエルフの二人を見やった。

 

「火で縄を焼ききる。やけどするかもしれんが、我慢してくれ」

 

 もしもの消火のために土を一山用意し、女を寝かせ、肌を焼くよりはましだろうと後頭部で縄を慎重に炙った。

 暗闇に小さく柔らかい現代の灯りがぼんやりと揺らめく。

 少し髪が焦げたが、ほどなくしてたっぷりと唾液にまみれた猿ぐつわが外れた。狭い空間に甘い蜜のような香りがたゆたった。

 

 ライター片手に、続いて子供に寄ると身をよじって距離を置こうとする。

 

「こうでもしないと縄はとけない。悪いが少し我慢してくれ」

 

 子供はエルフの女を伺う。小さく頷かれたので、観念したように彼に身を任せた。

 複雑そうに縛られた縄だったが、よくよく見るとどこを切っても一度で拘束を解けそうだ。じっとしていてくれよと呟き、同じ手順で縄を焼く。すぐさま女が土でその付近を冷ます。

 長い拘縛から開放された子供は少しずつ身体を動かし、慣らした。

 これでひとまずと、彼は今度こそ一服しようとタバコを咥えなおしたが、臭いはあの男たちにとって追跡を有利にさせるかもしれないとためらう。

 

「あんたは、魔術師なのか」 と、手足を揉みほぐしながら、まだあどけない声色で、子供がガラスを置くような慎重さを含めて言った。

 

「いやおれは教師だよ」 ライターをポケットに戻して彼。 「理数系の……なんだって?」 口からタバコがこぼれ落ちる。

「魔術師だよ、さっきの霧はあんたがやったんじゃないのか」

 

 彼はエルフの女を見やる。やはり言葉を選ぶように、しかし子供よりも警戒して言った。彼にはそれが少し不自然に思えた。

 

「少なくともわたしやこの子ではないと思います。あなたがマナを扱ったのでは?」

 

 彼はタバコを拾い、土を払う。ひょっとしたら二度と手に入らないかもしれない貴重品だ。魔術師? マナ? MtGの世界じゃあるまいしと思考の一つが告げる。しかし別の思考が、これまでの非常識さと経験を統合し、冷ややかなロジックでその可能性を考慮する。

 

 Magic:The Gatheringの世界概念は、さまざまな次元が内包されている多元宇宙であり、限られた者はその次元間を自由に移動できる。したがってその多元宇宙の中に、彼のいた現代地球の、トレーディングカードゲームとしてMagic:The Gatheringが存在する次元が多元宇宙に内包されている可能性とその逆は、誰にも否定できない。なぜならば、それを否定するには多元宇宙内に存在するすべての次元を調べなければならない。

 

 ある特定の雪の結晶の形が絶対にないと言い切るために、降り注ぐ雪の中から一つ一つの結晶を顕微鏡で調べるようなものである。多元宇宙はおそらく、無限の広がりをもつのだから。――もっとも、同じように多元宇宙が無限の広がりを持つことの絶対の証明をできるわけではないが――

 彼にはもともと現実主義なところがあったが異常な冷静も手伝い、理性は事態を受け入れた。

 となるとおれはファンタシィな次元に渡ったのだろう。認める、ここは異次元だ。偶然か作為かはわからないが、おれは次元を歩いた。あるいは歩かされた。

 

 しかしこれでは、まるで自分は小説の中の登場人物だと自嘲する。

 元いた現実次元から見るエルフは空想の中のものだったが、いまや自分も空想上の存在と同じ次元に意識があるからだ。これは、この次元に存在する者からしてみれば失礼にあたるのだろうか? ようするに、おまえたちの次元は低次に位置すると言っているようなものだ。

 

「おれは魔術師じゃない。と思う」

「でもさっきの火はアーティファクトってやつじゃないのか?」 子供は油断なく、彼のポケットに視線を向けた。

 

「いやこれは……原始的な仕組みの発火装置だよ。誰にだって火をつけられる。やってみる?」 ライターを差し出してみる。 「ところできみは」

「やめとくよ。おれは」 と、念を押すように。 「おれは、カル」

 

 名前なのだろう。しかし、おれ、とは。なるほど買い手はその名のとおり、物好きな金持ちらしい。

 意味ありげにカルを一瞥した女が次いで言った。 「わたしはオルレアです」

 

 よければ、とオルレアが懐から小さな木の実を取り出し、彼に差し出した。小休止がてら、三人で分けて食べる。ナッツのようで、彼が食した実よりも美味しかった。

 

「魔術師はさっきのような霧を起こしたりするのか? その、マナを使って」

「あんたがやったんじゃないのか? 少なくともおれじゃない」

「聞くところによればそうらしいです。わたしでもありません、そもそもわたしたちは口を封じられていましたから」

 

「呪文を唱えられるのは、おれかあの男たちってことか」 彼は記憶をめぐらすが、やはり覚えがない。おれが呪文を唱えた? それらしき単語を口にしたか?

 

 あの男たちの中の誰かが唱えたか、誰でもない第三者があの場にいたのか。

 彼は魔術についていろいろと尋ねたが、あまり満足のいく回答は得られなかった。魔術師でなければ詳しいことはわからない。学府とやらに行くか、魔術師に直接聞くからしい。

 他にも聞きたいことは山ほどあったが、休憩もそこそこにオルレアは出発を促す。

 

 その前に左腕を見せてみろと彼が言った。霧を抜けた直後の、カルを抱きかかえる動作と先に行けというジェスチャーは全て右腕で行われていた。

 

「なぜです」

「怪我をしているんじゃないのか」

 

 気まずそうに差し出された左腕をライターの火で照らし、症状を確認する。痣は見当たらないが、やはり左前腕がわずかに腫れている。

 

「痛むよな」

 

 オルレアは小さく頷く。

 

 布を巻いた棍棒の打症なのだから、重度の骨折とまではいかないだろう。せいぜいひびが入ったくらいか。今はまだ腫れは目立たないが、数時間後にはどうなっているかわからない。エルフの強靭さに期待したい。

 彼とて骨折ていどの経験はある。生兵法だが適当な枝を折り、ロープを使って見よう見まねのギプスを作った。

 エルフの前で枝を折るのは気が引けたが、彼に戦闘能力はない。オルレアが少しでも戦いやすくなるのならば、戦力にならない自分の腕の骨を折られてもマイナスにはならない。

 

 彼が二人をおそるおそる伺うと、なんとも言えない表情を向けられていた。

 

「行きましょう」 と、オルレア。木の洞から抜け出した。彼とカルも続く。

 

 そういえばどこを目的地としているのか彼は聞いていなかった。しかしまあ知ろうと知るまいと付いていくことには変わりないのだと置いておく。それより考えるべきことはあった。

 先程の霧。覚えがないわけではない。有名どころを挙げると、全ての戦闘ダメージをなかったことにする効果を持つ緑のカード。【濃霧/Fog】 あるいは同じ効果を持つ白のカード 【聖なる日/Holy Day】。

 

 だが前者だろう。

 カードは色によって区別されており、基本的には対応する色の<土地>という種類のカードから生み出した色のマナを使わなければならない。

 

【挿絵表示】

 

 緑のマナを生み出せるのは『森』。生長、本能、生命を象徴し、マナやクリーチャー、自然を操ることを得意とする。

 赤は『山』。破壊、衝動、怒り。相対する者に直接ダメージを与え、土地やアーティファクトを破砕する。

 白は『平地』。平等、平和、秩序。クリーチャーなどの一掃、傷を癒す。

 黒は『沼』。死、非道徳、悲哀。殺し、奪い、死を冒涜する。

 

 青は『島』。知性、文化、哲学。きわまりに至れば時空間を操り、深い知識は相手の呪文そのものを打ち消す。

 

【挿絵表示】

 

 先の霧は緑の十八番、自然現象であるし、逆説的にこの<森>という場所から唱えられるのも緑の呪文に限られるからだ。

 もっとも、これは彼の持つプレイヤルール知識内の話であり。先の色の役割もほんの一例でしかない。色は単なる抽象的な指標であり、所詮は人間が超自然という異物に、無理やり自分たちの物差しを当てたにすぎないのだ。

 

 人工物である教会が描かれたイラストの土地カードからもマナは出るし。平和を主とする白は、時として殺戮を好む黒よりも熾烈に敵を排除する。

 それにこの次元の魔術師は、場所を問わずさまざまな色の呪文を唱える可能性はある。

 

 普段は単純に手札から土地を出し、マナを支払ってカードをプレイしてきた彼だったが、そもそも魔術とは何なのかという問題はあまり考えたことがなかった。

 ためしに何か唱えてみようと、なんとなしに前方を注視して意識を集中させ、<速攻>を持たない事で有名な緑のカードである【飛びかかるジャガー/Pouncing Jaguar】の名を呟いてみるが、変化はない。

 

 緑のマナが足りないわけではないだろう、【濃霧/Fog】と【飛びかかるジャガー/Pouncing Jaguar】は、同じ緑のマナ1つで唱えられるはずなのだ。

 やはりおれは魔術師ではないのだろうか。

 

 いったい誰が【濃霧/Fog】を唱えたのか。濃霧と、ここで口にすれば彼が唱えたのではないと確証を得られるが、男たちは当然に折れた枝や足跡から追跡しているだろうが、あの濃密な霧は自分の場所の更なるヒントを与えるようなものである。

 それに、ルールが必ずしも現実に準用されるかはわからない。ひょっとすると、絶体絶命の状況下でしか唱えられないのかもしれない。なんだ、これでは結局なに一つとして明らかになっていない。

 

 白いフクロウが木の枝にとまり。小首をかしげる。

 

 二人のエルフは既知の仲のようだった。いくつかの応答が彼の耳に聞こえたが、固有名詞が多く、よくわからなかった。

 それよりも問題はオルレアの腕の具合だった。洞を出てまだ数分のところで、走る際の衝撃が骨に響くようだ。

 

 今までは興奮状態によるアドレナリンから痛覚が麻痺していたが、時間経過と休憩による安堵が再びそれを思い出させる。

 もはや彼らの逃走は、歩くよりも少し速い程度になっていた。

 

「大丈夫?」 と、カル。

 

 彼も歩み寄る。

 意外にも「痛い」と、オルレアは泣いていた。小さな背が震えている。

 

 てっきりエルフは弱音など吐かないと思っていたが、それは彼の勝手なイメージにすぎなかった。

 これまでが平穏な暮らしなら、骨の怪我の痛みは未知だったのかもしれない。命のやりとりも。考えてみれば、外見どおりの年齢ならまだ少女だ。

 怖かったろうに。おれがこのくらいの年ならチビッてるかもしれないな。

 

「あまり無理しないでくれよ。なに、ひょっとしたらおれ一人であいつら一人くらいはなんとかなるかもしれない。駄目だと思ったら見捨ててくれ」

 

 言って彼はそのへんの石を拾い上げる。こぶし大ほどだが、これで殴ればさすがにひとたまりもないだろう。当たれば。

 

「でも、魔術師じゃないんだろう」 カルが見上げて不安そうに言った。

「だが、教師だ」 彼は少し笑った。そういえばこの次元にきて初めて笑った気がする。

 

 なんの根拠もなかったが、彼は職業柄、年下の面倒を見ることにはそこそこ慣れている。もっぱら学業の面が主だったが、公務員としてそれなりの責任感とプライドがある。

 

 と、不意に草木を掻き分ける音がした。身体が凍りつく。矢がすぐ近くを通過した。この暗さだ、あたれば幸いのめくら射ちだろう。剣を構えた人影が飛び出してくる。

 あまりにも早すぎる追撃だった。

彼は逡巡する。やつらはこちらの進行ルートがわかっていたのか?

 


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