ムシウタ:re   作:上代 裴世

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プロローグみたいなもの。
短いです。


第一章 夢護る竜尾
第一話


 

 

 

広い簡素な病室の中。

ベッドに静かに眠る少女の傍らで、眼鏡を掛けた少年が丸椅子に座り、本を読んでいる。

一年が過ぎ去ってもこの病室に変化はなく、唯一生活感示す本棚は綺麗にされて、いつでも部屋の主が眠りから覚め、読書が出来る状態に保たれていた。

 

「こんにちは〜」

 

ドアがノックされ、病室の中へポニテールヘアの少女が入ってきた。彼女は病室の主である少女の唯一無二の親友だ。

眼鏡の少年は読んでいた本を一度閉じて彼女を迎える。

 

「や、亜梨子さん。早いね」

「お稽古が無いから、早く来れたの。裴晴君はいつも私より先に居るわね。ちゃんと学校行ってる?」

「クラスが違うとはいえ、廊下ですれ違うと思うんだが?」

 

裴晴の指摘に亜梨子はあはは、と誤魔化すように笑って返した。

 

「まぁ、そんなことよりも、"摩理"は?」

「いつもよりは顔色は良いよ」

 

そう言うと、裴晴は座っていた丸椅子から腰を上げ、席を亜梨子に譲る。

入れ替わりで席に腰を下ろすと、亜梨子はベッドに横たわる眠り姫の手を取った。

 

「こんにちは、摩理。今日はお加減良いみたいね」

 

あれから一年。

原因不明の意識不明状態に陥った親友へ亜梨子は語りかける。

今でも思い出す。

いつものように亜梨子が見舞いに訪れると、そこには病状を急変させ、手術で何とか持ち直したものの、意識不明となった親友の姿があった。

反応は勿論ない。いつ覚めるかも分からない…もしかしたらこのまま目覚めないかもしれないと頭の片隅に置いていても、亜梨子は摩理へ話す事を止めはしない。

摩理がまだ元気な時と同様に学校で起こった当たり障りのない事を話していると、面会時間が終了する。

 

「むぅ…家が出資してるんだから少しは面会時間を考慮してくれても良いと思わない?」

「職権乱用だよ。それに亜梨子さんのお父さんが出資してるんであって、君がしてる訳じゃないからね」

「そうだけど…私、知ってるんだからね。裴晴君、一回だけ面会時間延長されたことあるでしょ?摩理から聞いたんだから。"恋人"だからって優遇されるのは狡い」

「コイツは…」

 

眠り続ける摩理を裴晴は余計な事を言うなと、いった目で睨みつけてから亜梨子に言う。

 

「別に俺と摩理は付き合ってはいないよ」

「お揃いのペアネックレス付けてたくせに何を今更」

 

ーー外したら泣くから。

プレゼントしたその日、摩理と約束した通り、裴晴はずっと彼女から贈られたネックレスを着けている。

摩理も本来なら、揃いのネックレスが首から提げられていたはずなのだが、彼女の方のネックレスは今はある人物にお守りとして渡している。

時が来れば、いずれ二人の手元に返ってくるだろう。

 

「もしかして…告白してないの?」

「一度でもしてるように見えたか?」

「一緒に居るとその辺り、私も分からないわよ。摩理もそういう事は話さないし」

「いや、如何に友人とはいえ与り知らないとこで赤裸々に語られているのは困る」

 

摩理個人の話ならともかく、こと恋愛話となると裴晴にまで問題が飛び火してくる。それは勘弁願いたかった。

 

「まぁ、彼女が起きたらちゃんと言うさ」

「ふーん…」

 

亜梨子は探る様な眼差しで相槌を打つと、話を切り上げて椅子から立ち上がる。

 

「それじゃあね、摩理。また明日」

 

別れの挨拶を告げて亜梨子が病室を後にする。

裴晴も摩理へまたな、と軽く告げて亜梨子の後を追う。廊下を一緒に歩き、正面玄関を通って病院から出る。

病院の前には黒塗り車が止まり、誰かを待っていた。

亜梨子の迎えだと察しはつく。

 

「じゃあ、亜梨子さん。俺はここで」

「え?どうせだから一緒に乗っていったら?」

「いや、この後、地方から出てくる従弟を駅で出迎えないといけないから。遠慮させてもらうよ」

 

裴晴は亜梨子と別れると、言葉通り、駅を向かった。

駅構内に入り、改札口前で待ち合わせの人間が来るのを待つ。

予定されていた電車が到着したのを時計と構内アナウンスで確認すると改札口から出てくる人間をチェックしていく。

注視していると、裴晴の視界に待ち人と思われる事前に知らされていた容姿と同じ少年がボストンバックを肩に掛けて現れた。

改札口を通りぬけ、キョロキョロと辺りを見渡して誰かを探している。

裴晴はその少年の元に寄っていった。

 

「時間通りだな。"かっこう"」

「お前は……」

 

コードネームで呼び、声を掛けてきた裴晴に少年が怪訝な視線を向けてきた。

 

「中央本部戦闘班所属"異種一号"オオムカデだ。遥々、赤牧市にようこそ」

「お前が一年前、中央本部を騒がせた"死神"か」

「初対面でご挨拶だな。まぁ、良いけど」

 

少年の不躾な挨拶に裴晴は肩を竦めると彼に背を向ける。

 

「時間も時間だ。今日の泊まるホテルに案内する」

 

裴晴は少年を引き連れて駅のタクシー乗り場に移動する。乗り場のタクシーに乗り込み、彼が今日泊まるビジネスホテルへ向かう。

 

「これがホルス聖城学園の生徒手帳とIDカードだ。絶対に失くすなよ?拾われて調べられたら面倒だ」

 

タクシー車内で、少年が行う任務に必要な物品を支給する。

 

「あの学校のセキュリティ、そんなに厳重なのかよ…」

「偏差値はそこそこだが、授業料が飛び抜けて高い上流階級の子息子女が通う学校だぞ?厳重に決まってるだろ」

「なんでお前は入れてるんだよ」

「金は知り合いに工面してもらって、あとは実力で入った。君みたいに不正はしちゃいないよ」

 

少年も別に不正というわけではないが、入学入試や授業料も払わずに校内に潜入しようとしているのだから犯罪と云えば犯罪。政府公認と注釈が付くが許されることではない。

 

「今回の俺は傍観者だ。ターゲットが動いたら制圧は君に任せる」

「は?捕獲はお前ら戦闘班の仕事だろ」

「ホルスは俺のホームグランドで実際に通ってる学校だぞ。俺が直に動くのは不味いんだ」

 

裴晴が動けば簡単に済む話ではあるが、今回ばかりは場所が場所なだけに迂闊に動けない。

学園生に"虫憑き"と知られる可能性は極端に排除しなければならないのだ。

 

「君の言う通り、戦闘班の仕事だから俺の率いる零番隊の人員を君のサポートに回すけどな」

「そいつらが捕獲するんじゃ駄目なのか?」

「可及的速やかに動く必要がある場合、近い君が適役だろ?」

 

裴晴の率いる本部戦闘班零番隊は、号指定クラスの虫憑きを相手どる為に編成された戦闘班内の特殊部隊だ。他の戦闘班とは戦力が一線を確しているのでおいそれと出動出来ないのだ。

 

「まぁ、無指定相手に俺らが出るのは上の連中が良い顔しないんだよ。俺達零番隊の主任務は本部防衛なんでな。只でさえ、一年前までヤンチャしてた俺が率いてるだけに裏切りを警戒されて目の届く範囲に置いておこうとするんだ」

 

"死神"と呼ばれ、総ての虫憑きから怖れられていた少年が特環に入局するという話は当時、組織各所で紛糾が起きた。身の内に核爆弾を抱え込むものだという意見も出た。

しかし、それら全ての反意は局上層部と政界からの鶴の一声で翻り、裴晴は異例の入局時点で一号指定、戦闘班、新設零番隊の隊長という地位を確立したのだった。

 

「と言う訳で。今回の対象を捕獲、或いは虫の殺害は君に任せる事になった。ご理解頂けたかな、薬屋くん?」

 

少年、薬屋大助に裴晴は意地の悪い笑みを浮かべて言った。

 

「なんで俺なんだよ…。俺は本来、東中央支部所属だぞ?」

「知らん。全部、上の決定だ。従うしかない」

 

所詮お役所仕事。

上の命令とあらば、その通りに動くしかないのだ。 

話をしている間に、二人を乗せたタクシーは目的のビジネスホテルに辿り着いた。

 

「予約は千堂で取ってるから受付でちゃんと名前言ってチェックインしろよ?」

「子供扱いすんな」

「いや、俺もお前も子供だからな」

 

反論する大助に裴晴は苦笑しつつ、今回の滞在費を渡して、彼がホテルの中へ入って行くのを見届けると、踵を返して家路に着いた。

 

 

 


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