ムシウタ:re   作:上代 裴世

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第六話

 

 

 

次の日、今日から連休ということもあり、朝早くから裴晴は亜梨子より先に摩理の見舞いに来ていた。

今日の摩理は様子がおかしく、上の空といった調子で本を読んでいた。

開いていた"魔法の薬"と題された絵本を閉じると、摩理は静かに窓の外を見ながらポツリと呟く。

 

「私……もうダメね…」

「……」

 

唐突な衝撃発言に花瓶に活けた花を取り替えていた裴晴の手が止まった。

 

「…知ってた?」

「まだダメって決まった訳じゃない」

 

気休めだと分かってしても裴晴はそう返すしかなかった。

 

「手術すれば希望はあるんだろ?」

「耐えられる体力があると思う?」

「やってみないとわからない」

 

言葉でどう取り繕ってもわかっている。

手術をすれば助かる見込みはあるが、彼女にそれを耐えられる体力がないことは医者でなくても普段から摩理と一緒に居る裴晴が理解していた。

 

「なんとかする」

「…どうやって?」

「それは……」

 

聞かれて、裴晴は口籠った。

以前より内緒にしていた摩理を助ける計画は既に最終段階に入っている。

別にここで彼女に計画を明かしても不都合はない。

だが…

 

「私には言えない事?」

 

更に問われるが裴晴は完全に沈黙した。

明らかに疚しい方法であるということは彼の態度から明白だ。

 

「貴方が"狩り"を続けていたのはその為?」

 

聡明な摩理は最近の裴晴の行動から結論を導き出した。沈黙に徹する筈だった裴晴の表情に僅かな亀裂が生じる。それだけで答えが分かってしまった。

 

「もうやめて」

 

諦観と哀しみの混じった顔で摩理が懇願してきた。

 

「死にかけの女の子一人助けるために貴方が無理をする必要はないわ」

「いやだ。もう止まらないし、止まる気もない」

「憐れみのつもり?」

「違う」

 

最初は同情だったかもしれないが、今は違うと断言出来る。彼女を救うために裴晴は虫憑きとなり、異能を手に入れたのだ。

今ここに至る総てが摩理を助けるための筋書きで過程に過ぎない。

 

「俺は俺の"夢"(オモイ)の為に君を救うんだ」

 

例え、助けようとしている本人に請われても。

裴晴は摩理を救うために今日も狩りへと赴くのだ。

 

「…もう少しなんだ。あとちょっとで君を救う手立てが整うんだ……」

「…裴晴…」

「だから…頼むから…諦めないでくれ…!」

 

こうやって話している間にも摩理のタイムリミットは刻一刻と縮まっている。時間はあるようでない。

だが、ここ一ヶ月の虫憑き狩りで力は想定よりも増した。今の裴晴の力量ならば計画が成功する確率は格段に跳ね上がっている。希望はある。

ベッドで半身を起こす摩理へ縋りよる裴晴の態度に彼女は初めて彼の本心に触れた気がした。

 

摩理(ジブン)が"死"を恐れていたように。

裴晴(カレ)は"喪う"事を恐ていたのだ。

 

文字通り、死力を尽くして己の世界(ユメ)を守ろうとしている。

その行動がこの世の倫理や理に反しようとも彼はやるといったらやるだろう。

 

「絶対に助ける」

「……」

 

出会ってから彼は摩理との約束を破った事を一度もない。裴晴が絶対と確約したならば、成功すると確信があり、助けられるという自信があるのだ。

このまま、彼に任せてしまったら、本当に助かるかもしれない。

でも、摩理はーー

 

「だめ」

 

その救いの手を払いのけた。

裴晴の頭部に腕を回して胸に引き寄せ、抱きしめる。

 

「もう良いわ」

「…何がいいんだ…?」

「私は貴方のお陰で救われた」

 

病弱で孤独だった少女に一時の安らぎを与えてくれた。ずっと側に寄り添い、支えてくれた。

 

「亜梨子と出会えた」

 

唯一無二の親友と短いながら楽しい思い出を作ることが出来た。今までの不幸分、充分に摩理は幸せに慣れた。

 

「だからもういい…後はーーー」

 

心臓に限界が来る前にやることがある。

どうしても確かめなくてはならないことが。

身体が動かなくなる前に行かなければならない。

これ以上、裴晴は狩りをする必要はない。

摩理自身の目的を為すためにも彼が"狩り"をしていては不都合なのだ。

きっと、これから摩理がやろうとしている事を知れば、止めに来るに決まっているのだから。

何としてでも説得し、今日は狩りにいかせないようにしなければならない。

最悪…不本意だが泣いてでも彼に諦めさせようと決意し、摩理は言葉の続きを言おうと口を開いたその時、

 

「おはよう〜。摩理、居るわよね。ノックしても返事なくてーー」

 

見慣れた少女が病室に姿を現した。

摩理と裴晴の身体が硬直する。

今の彼らの体勢は大いにいろいろな誤解を招きかねないものだ。普段の裴晴なら咄嗟に摩理の拘束から抜けて取り繕えただろうが、現在の彼は精神的に弱っていた。亜梨子の気配も察せなかったのが証拠。

朝から来ると分かっていたがタイミング悪い亜梨子の来訪に二人は取り繕うのも忘れて頭が真っ白になっていた。

そんな二人の心象をつゆもしらずに病室に足を踏み入れ、真正面にあるベッドに目を向けた瞬間、亜梨子もまた笑顔を固めて身体を硬直させた。

この後、いち早く正気に戻った裴晴は摩理の腕から逃れると居住まいを正して、亜梨子の目にした状況に関しての釈明を始めた。

 

 

 

@@@

 

 

 

亜梨子への釈明を終えると、裴晴は先に病室を後にした。廊下を歩きながら、摩理の病室での言葉について考える。

反対されるのは予想していた事で、問題はない。

問題なのは、彼女が今日何らかの行動を起こすかもしれないことだ。

以前の様に"狩り"へ出掛けるなら深夜に動くだろう。

 

(だが、今の摩理の体力じゃ激しい動きは出来ない)

 

虫と同化して身体能力を上げようと、一ヶ月前とは体調がまるで違う。無理をすれば、死期を早めるだけ。それは彼女も理解しているはずだ。

 

(でも…油断は出来ない…か)

 

自暴自棄になっている訳ではないが、今日の様子から察するに何か行動しようとしているのは薄々感じた。

 

(一月前なら力尽くで止めると言ったが、今の彼女を止めるのは少々骨が折れるな)

 

同化して強化された身体とはいえ、元々の肉体が弱っていては、軽傷でも致命傷となりかねない。

 

(頼むから出てくるなよ……)

 

出てきた時は本当に厄介だ。

ここ最近の赤牧市内はエルビレオーネの虫…分離型の虫憑きの数が多くなって来ていた。

しかも、三人一組…スリーマンセルで徒党を組んで街中を哨戒しているらしく、狩りの際、裴晴と幾度も戦闘を繰り返している。

数人生かして捕らえ、情報を聞き出すとどうやら"黒い死神"と呼称される裴晴と"ハンター"と云われていた摩理を探しているらしい。

 

目的は仲間の仇討ちのようだ。

最近、特環のやり方に不満を持つ虫憑きが集まってレジスタンスの様な組織が生まれたらしく、裴晴や摩理が襲った大部分の虫憑きはその組織のメンバーだったようだ。

狙われる理由として納得だ。

だからこそ、今、摩理に外へ出てこられるのは不味い。如何に摩理が強くても弱った状態で集団に襲われてはひとたまりもない。

 

(始末するか…)

 

病院から出ると、裴晴は近場の公園にあるトイレに入り、リュックに入れている髑髏の仮面を顔に装着した。

同時に襟元からタツノオオムカデが姿を現す。

細長く不気味な身体が弾け、裴晴の制服や肉体に同化する。タツノオオムカデが同化したブレザー制服は漆黒のスーツへと変化し、僅かに覗く肌も首から下は黒く染まった

裴晴は"狩り"装束に身を包み、夕暮れの赤牧市を駆け抜ける。

まだ陽が高い内は市内に侵入しても虫憑きは行動を起こさない。

虫さえ見られなければ怖がられる事はないが、虫憑きの大半は友人や親に裏切られたりした者が多いため、人混みを余り好まない傾向がある。

裏路地などの溜まり場は虫憑きが集まりやすい場所。

あるビル裏路地に入ると、案の定、獲物が歩いていた。

視認した三人の少年達の前にビル壁を足場にして降り立った。

 

「く…黒い…死神」

「っーーリナに連絡入れろ!」

 

唐突に現れた裴晴を見て、少年達は少し浮足立ちながら仲間へ連絡と、戦闘体勢を整える。

トンボ、クワガタ、カマキリといった分離型と覚しき巨大な虫が出現した。

 

「遅いよ」

 

しかし、彼らの対応は遅すぎた。

常に裴晴は臨戦体勢。少年達が虫を出すよりも早く、触手…否、最早巨大な"尾"と表現しなければならないほど成長した裴晴の一本の武器が高速に蠢き、牙を剥く。

尾の鋭利な尖端が三体の巨大な虫の肉体を貫き、体液を撒き散らした。

一瞬で三匹の虫を葬り、三人の少年を欠落者に変える。

胸元から携帯を取り出して毎回と同様、救急に連絡を入れ終わると溜息を漏らした。

 

「戦い慣れていない連中を引っ張り出してまで俺や摩理に復讐したいのか?"リナ"さんとやらは」

 

一ヶ月間、襲撃したレジスタンスの虫憑きが揃って同じ名を口にしている。

"リナ"ーーそれが組織の首魁の名前のようだ。

響き的に女性であると予測出来るが、組織のリーダーを張っているなら強い虫憑きであろう。

 

「安全確保をするなら頭を潰すに限るな」

 

裴晴は再び移動を開始した。

街中を駆け回り、レジスタンス所属らしき虫憑きを片っ端から潰していく。

身内から犠牲が出れば出るほど、彼らの怒りは増す。

挑発すれば幹部クラス…若しくはリーダーがお出ましになるはず。

今までの行動原理から組織連中は頭に血が登りやすく、戦術や戦略が拙い。

ただ、数が多いだけの連中だ。

リーダーが消えればそれら総ては烏合の衆となり、組織は自然瓦解するだろう。

狩りを初めてから時間が経ち、深夜も過ぎて時計の針は午前一時を回った。

一日で十数名以上の虫憑きを欠落者にしたが、レジスタンスの首領は現れず、救急がかなりの頻度で出動しているにもかかわらず、政府機関の特環も姿を見せない。

 

(罠でも仕掛けているか…?)

 

裴晴は"死神"と怖れられ、今や総ての虫憑きに敵意を持たれている。恨まれ、いつ何時襲われる、嵌められる覚悟をしているが、大抵の襲撃や罠は対処がしやすい。

摩理がハンター稼業を辞めてから一月間。

彼女の恨みも裴晴は背負い戦っている間、組織や特環から襲撃され、罠に掛けられた事は沢山あった。

けれども、今日は襲撃、罠一つも裴晴の身に降り掛かってこない。

炙り出そうと派手に暴れているのにどうしたのだろうと相手の出方を少し休憩がてら思案していると、

 

「ーーあれは…」

 

遠くのビル群の一角から粉塵が舞うのが見えた。

強化された視覚で目を凝らすと、キラキラした銀色の鱗粉も混じっているのを確認する。

 

「っーーあのバカ!!」

 

裴晴は必死な形相で現地へ駆ける。

頭の中にあった相手の行動予想など吹き飛んだ。

彼の頭にあるのは為すべき事は一つしかなかった。

薄暗い路地を抜けて、広い空き地に着くと、視界の先には彼が思った通りの光景と、彼にとって尤も大切な少女の姿があった。

四人の分離型の虫憑きと相対して辛そうに槍を杖にしながら立っている。

 

ーー摩理!!

 

心の中で少女の名を叫びながら裴晴は彼らの間に割って入った。

倒れそうな摩理の身体を支えつつ、四人の虫憑きを牽制する。

 

「なっーー!」

「…コイツはーー!」

 

突然現れた裴晴に敵対者四名は驚愕する。

全員身構えると同時に彼らの虫達も其々臨戦体勢に入った。

 

「……はい…せい…?」

「ゆっくり呼吸しろ」

 

息が乱れ、顔色が青く、四肢に力が余り入っていない。同化しているにも関わらずこんな症状はおかしい。夢を喰われているだけではこうはならない筈だ。

 

ーーチッ…嫌な予感が的中したな。

 

虫の力でも症状が抑えきれなくなっている。

このままでは本当に命に関わる状態であった。

早急に準備していた計画を実行する必要がある訳だが、

 

(四対一か…)

 

摩理を抱えて闘り合うには少し分の悪い数。

彼女に対して処置出来る状況ではない。

虫の能力も分からないまま、戦闘に入るのは厳しいものがあった。

それに…

 

(あの天道虫…ヤバいな)

 

眼前に居る四体の内の一体。

幼い少女の傍らで口器を蠢かしている分離型の小さな天道虫を裴晴は警戒していた。

能力の程は定かではないが、この場では一番厄介だと直感が警鐘を鳴らす。

 

「貴方は…"死神"ね。そう…本当に"ハンター"と組んでいたんだ」

 

広場の中央に進み出た少女が凛と響く声で言った。

張り詰めるような静寂を打ち破る生気に満ちた声であった。

 

「どういうつもりでこの街で虫憑きを狩っていたのか、理由を教えてもらうわよ」

 

ーー嵌められた。

標的は摩理だったようだが、少女の口振りから察するに裴晴の登場は想定外であったが、標的の一人に数えられていたには違いない。

 

「…お前たちは?」

 

問うと同時に裴晴の腰辺りから巨大な"尾"が生えた。

二人を護る様に周囲へ伸びていきながら、変質し、一定の間隔で鋭利な足の様なモノも生え、禍々しさに拍車が掛かる。

尋常ではない悍ましい"ソレ"に少女以外の三人は気圧され後ずさった。

少女は彼らを鼓舞するように腰に手を当て言う。

 

「私達はこの街で出会った仲間よ。"あの"機関から逃れるために連絡を取り合ってるの。でもまさか他にも、同じ虫憑きのくせに狩る人間が居ただなんてーーそれも二人…」

「なるほど…。君が烏合の衆の頭目か」

 

はたまた、猿山の大将でも可だ。

狭い了見でしか物事を考えていない。

人が従っているのを見るにカリスマ性はあろうが、ただそれだけだ。

 

「たかが二人の人間を罠に掛ける為に戦闘経験の浅いメンバーも動員するとはな。今日だけでどれほどの人間が欠落者になったと思う?」

「お前ーーー!」

 

自分のした行いを棚に上げた発言に、一人の少年が激昂した。

今にも飛び掛かって来そうな勢いであったが、少女が片手を上げて制する。

 

「しかも全員がエルビレオーネの虫憑きとは。こちらとしても好都合だった」

「エルビオ…レーネ?」

「お陰で今日はノルマ以上稼げた。礼を言うよ」

 

彼らの行為を無意味であるように裴晴は嘲笑交じりに礼の言葉を口にした。

少女達の間に動揺が走る。

 

「あなた、何か知っているの?私達、虫憑きの事を……"虫"のことを!」

「知ってどうする?知ってもその先、お前らには"絶望"しかない。知らないでいたほうが幸せだ」

 

少女達が表情を変える。

 

「一体、何を知っているの?教えてもらうわよ!」

「失せろ。こっちは大事な用がある。ガキと遊んでいる暇はない」

 

裴晴は珍しく口汚く吐き捨てると、異形の"尾"で広場全体を少女達ごと薙ぎ払った。

捨てられていた錆びた鉄骨や建機が宙を舞う。

空き地の地面は抉れ、視界を粉塵が埋め尽くす。

ガシャン、ガシャンと宙を舞った鉄骨や建機が地面に落ちる音が聞こえてきた。

大抵の輩ならこの一撃で勝敗は決する。

 

「……」

 

だが、視界の端を3つの影が過ぎった。

虫たちが散開して死角に潜り込んでいたのだ。

三匹の虫、ムカデの牙、ホウジャクの触覚、まだら模様のハチの針が襲い掛かる。

冷静に戦況を分析しながら、裴晴はその場から一歩も指一つ動かさず、摩理を支えたままで"尾"を俊敏、正確に操作する。

 

「なっ!」

 

裴晴の周囲でとぐろを巻いて動く"尾"が三匹を羽虫を払うかのように弾いた。

三匹の虫は勢い良く広場の端や無機物のゴミ山へ飛ばされる。

軽くあしらっていると、次の瞬間…背後から衝撃が襲ってきた。

タタラを踏むがなんとか持ち堪えて振り返ると、そこには翅を開いた天道虫がいた。

衝撃波の様なものを放ったようだが、出力が弱い。

 

「舐めてるのか?」

 

大層な口の割に弱すぎる。

相手をする気も起きないが今後の成長度合いも考慮してここで始末すると決断した。

異形の"尾"が天道虫の頭上へ垂直に振り下ろされる。

 

「リナ!」

 

少年の一人が叫んだ。

天道虫にまだら模様のハチが体当たりを掛ける。

尾の強大な質量に速度も加わった一撃に潰された。

地面が割れ、衝撃が周囲に走り、近場の建物をも崩壊させる。

 

「ぐぁぁぁっ!」

「リュージ!」

 

リナと呼ばれた少女の絶叫が路地裏に響いた。

三人の少年少女が、倒れていく少年の元へ駆け寄る。

 

「落ち着いてきたか…?」

「えぇ……少し…だけ、ね」

 

抱える摩理に裴晴が聞く。

動かさず安静にさせたおかげか、呼吸が少し治まっていた。

 

「摩理。もう少し辛抱してくれ。安全な場所まで移動したら、直ぐに処置を開始する。奴らのお陰で君を助けられそうだ」

 

裴晴が微笑して摩理へ囁いた。

 

「……何よ、それ…」

 

聞こえたのか。

人形の様に白い顔で倒れる少年を抱きかかえ、リナが顔を上げた。涙の跡を刻んだ顔を怒りで歪める。

 

「たかが、女一人の為にこんな事をしたっていうの!?」

 

リナと同じ顔をした少年二人も裴晴を睨んでいた。

 

「アンタ…絶対許さない…!」

「無能な強者がよく吠える…」

 

別に許されると思っていない。

罪を背負い、罰はいずれ受ける。

 

「時間がない。お前らを最後の贄にしよう。俺達の"夢"の糧となれ」

 

宣言と共に異形の"尾"が更なる奇形へと変じる。

鋭利の足の様な部分が作りかわり、総てムカデの鋭い牙を象り、蠢き始めた。

その異様な光景に残った三人の背筋に戦慄が奔った。

目の前の存在は自分達が出会ってきた虫や虫憑きとはまるで違う。

異質、と形容するしかないほど理解の外側にいる生き物に見えた。

三人の少年少女と3匹の虫は陣形を組んで、これから来るであろうと裴晴の攻勢に対処しようとしたその時、

 

「目標確認!捕獲しろ!」

 

いつの間に近づいていたのか。

空き地を大勢の白装束が包囲していた。

皆一様に顔を大きなゴーグルで覆い隠し、ベルトのついた白いロングコートで身を包んでいる。さらに彼らの側には数匹の虫がいた。

号令が響き、白コート達が一斉に襲いかかってくる。

 

ーー特別環境保全事務局

 

虫憑き捕獲、隔離する為の政府機関からの襲撃であった。

 

「摩理、まだ動けるな?走れ」

 

流石に数が数なだけ摩理を支えていては対処が出来ない。裴晴は摩理を解放し、逃げるように促した。

彼女から手を離すと、裴晴は本日初めて完全な戦闘大勢に入る。

同化した肉体は今までとは比べるもなく強化され、左右の腕は人の手とは思えない…まるで竜の巨大な鉤爪を彷彿とさせる硬く、鋭い形状へ変化させた。

異形の"尾"も二又に分かれ、更に人間離れた姿に拍車を掛けた。

先程とは様子が違う事に特環の局員やレジスタンスの少年達が尻込みする。

その隙に摩理が戦場から離脱しようと足を踏み出そうとしたら、

 

「どこへ行くの"ハンター!"」

「……!」

 

天道虫が摩理に向かって翅を広げた。

咄嗟に槍を振るって迎撃しようとしたが間に合わず、衝撃波が摩理の胸を直撃した。

 

「摩理!!」

 

悲痛な声が摩理の耳に届いた。

裴晴が怒りと不安の入り交じる表情で包囲している特環局員を薙ぎ払いながら駆け寄ろうとしてきた。

そんな彼の姿に、摩理は初めて見る表情だと場違いな感想を懐きつつ、呼吸の苦しさも胸の痛みも忘れ、微笑を浮かべた。

大丈夫だ、という遠回しな意思表示。

摩理は銀槍を振り回し、裴晴が広げた包囲網の穴を抜けて戦線を離脱し、路地裏へと駆け込んでいった。

 

「一人抜けたぞ!逃がすな!」

 

特環局員の誰かが逃げた摩理の追跡を命じる。

戦闘中の局員数人がその方向へ向き直り、駆け出そうとするが、

 

「誰が通すといった?」

 

冷たい声音が彼らの耳に入り、次の瞬間、意識を喪失させる。摩理が逃げた路地裏の前に裴晴が立ち塞がっていた

 

「くっ…"死神"か!」

「ここから先は一歩も行かせない」

 

宝物を守護する"龍"が如く。

特環の局員やリナ率いるレジスタンス組織に向かって言い放つ。

裴晴は虫憑きになってから高め続けた己の異形の爪と尾を以って広場に立っている総ての虫憑きの蹂躙する為に動き出した。

この日初めて公式の記録上、特環は裴晴をその異質さと脅威度から、史上二人目となる"異種一号"に指定された

都市伝説と揶揄されていた"黒の死神"は遂に表舞台へと上がることになった。

 

 

 


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