ムシウタ:re   作:上代 裴世

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第三章 夢求む旅人
第一話


 

 

 

『俺が"成虫化"したら躊躇うな、"殺せ"』

 

零番隊発足当時から今に至り。

それが隊長から隊員に降される最初にして絶対の命令。

 

『この部隊の目的は一つ』

 

零番隊の存在意義。

それは裴晴の目的を具現化する為の集団。

 

『"始まりの3匹"を如何なる手段を使っても討つ』

 

自分達に最高で最悪な呪いが如き"虫"を与えた存在達の完全抹消。

それが零番隊本来の…千堂裴晴の目的と意思であった。

 

『たとえ、俺が倒れても君らにはそれを必ず為してもらう』

 

余りの無茶な目的と命令にヴェスパ…須賀(すが) (かがみ)やハンミョウ…御嶽リースフェルトは身体を強張らせた。

その姿を見て、裴晴は苦笑しながら言った。

 

『大丈夫だ。"時"が訪れれば、同じ目的を持った者達がきっと集ってくる』

 

確信を持っているように裴晴は彼等に言う。

 

『俺が居なくなっても"かっこう"や"摩理"が旗印になる』

 

裴晴が不在でも彼に比する少女が起きれば問題ない。

 

『俺が居なくなっても道筋と意思は遺しておく』

 

自分がたとえその場に居なくなっても、鏡やリースフェルト…零番隊が己の目的を達成してくれると。

裴晴は信じている。

 

『これからも宜しく頼むよ、鏡、リースフェルト』

 

虫憑き達に猛威を振るった男は。

大切な少女を取り戻す事を悲願にするも。

誰よりも虫憑き達の未来を憂い。

誰よりも虫憑き達の明日を求め、戦っていた。

この日、この瞬間。

最初の班員たる鏡とリースフェルトは、千堂裴晴にその時が訪れるまで付き従う事を心に誓い。

少数ながら虫憑きのみで構成された最強の部隊が産まれ。

千堂裴晴という"王"を護る集団ができた。

 

 

 

 

ホルス中等部2年恒例行事、修学旅行。

目的地は文化伝統が集う古都、五泉市。

裴晴は新幹線の車両内に居た。

一クラス一車輌を貸し切るという豪快さは流石が上流階級の子息子女が通う学校といえる。

制服姿の生徒がはしゃぎまわっている中、裴晴は静かに読書をしながら目的地への到着まで時間を潰していた。

すると、

 

「久しいな、裴晴」

 

ドカリと空いていた対面の座席に座った人物が裴晴に声を掛けてきた。

裴晴よりも年上で、高校生くらいに見える少年だ。

前髪の一部を小さく編み、変わった眼鏡をかけている。

纏う着衣も変わっていて、各所に余計なベルトがついたビジネススーツだった。

不遜といえる態度で姿を現した少年へ裴晴は口を開く。

 

「こんなところで何をしている、皇嵩?」

 

少年…一玖皇嵩に対して態度を変えぬ裴晴。

何故、此処に居るのかと問いただす。

 

「出張の方がついたから、"槍型"を見に来たまでだ」

「物見遊山で"アレ"に近づくのは拙いんじゃなかったか?」

「別に問題ないだろう。私を害せるのは、この世で貴様ぐらいのものだ。それに"アレ"に近寄って無事でいられるのも、私と貴様ぐらいだろう」

 

一玖と話しながら、裴晴はピラっと本を読む手を止めない。

 

「今のところ、小康状態らしいな。変化はあったか?」

「ハルキヨのせいで、モルフォチョウの侵食が始まったくらいだ」

「物質の同化でなく、肉体同化が始まったか」

「摩理の本意じゃない。モルフォチョウの意思だろう。元の宿主を生かす為の防衛行動だ」

 

虫の意思だけではなく、親友を護りたいという摩理の善意からの行動なのが、またタチが悪い。

 

「なるほど。貴様にとっても不本意な状況だな」

「そう思うなら本部へ戻ったら、少し俺に"休暇"を与えてくれ。摩理を戻す準備をこれ以上遅らせない」

欠陥(バグ)を呼び戻す協力をしろと?それを私にいうのか?」

「別に問題ないだろ?同じ欠陥(バグ)である俺がこうしてる時点で、一人増えようがな」

「貴様はあの女を取り戻したらすぐにでも、我らに反旗を翻すだろうに」

「俺がそんなに馬鹿に見えるか?」

 

実際、現在まで蓄えた力を使えば、目の前の男を屠れる。

だが、今はその時期ではない。

最終的には始末するが、皇嵩には利用価値がある。

主に魅車八重子への目くらましとして。

皇嵩が裴晴を抑えてるように見せておく必要がある。

 

「お前が居る限り、大喰いが倒せない以上、確殺する状況が出来るまで反抗する気はないよ」

「私が居なくなれば、反抗するということだな?」

「この現実的じゃない会話、まだ続けないといけないか?」

 

溜息を吐きながら「まぁ…」と前置きし、パタンと本を閉じると裴晴は皇嵩の軽口に答えるよう言葉を続けた。

 

「お前が"摩理"に手を出せば、反抗するのも構わないが?」

 

寧ろそんな行動を取った瞬間。

敵に回るどころか、裴晴は世界を壊しかねない。

そんな危機感を抱かせるような殺意と狂気を裴晴は皇嵩に叩きつけた。

 

「安心したぞ、"死神"。暫く見ない間に丸くなったかと思ったら、まだ牙は健在らしい」

 

裴晴から放たれる凄絶な殺気に動じることなく、皇嵩は何処か満足したように笑って返した。

 

「今回は本当に様子を見に来ただけだ。手を出すつもりはない」

「そうであることを祈るよ」

 

裴晴が殺気を引っ込めて言うと、皇嵩は肩を竦めて返し、席を立った。通路を通り、別の車輌へと消えていく。

裴晴は再び文庫を開いて読書へ戻る。

 

「ハンミョウ」

「なんですの?」

 

背中越しに座る金髪の同僚へと呼ぶと、返事がすぐかえる。

 

「念の為、"ねね"と"アトラス"を呼べ」

「一体、なんの為に?一玖も馬鹿じゃありませんわ。貴方とこのタイミングで敵対する真似に出ると?」

「皇嵩を警戒してじゃない」

 

皇嵩がこのタイミングで仕掛けてきたりしない事は裴晴も分かっている。

だが、

 

「特異な虫憑きが一箇所に集まって何も起きないと考えるのがおかしい」

 

当初は控えてる自分やハンミョウだけで対処可能と考えたが、皇嵩が現れたことで状況が変わった。

 

「もしかしたら大物が釣れるかもしれない」

「大物?」

 

何が出てくると裴晴が予想してるのか分からず、ハンミョウは首を傾げる。

 

「…俺の勘が当たれば、どちらかが出てくるな」

 

益々と彼等が何を期待し、危険に思っているのかハンミョウは分からない。

だが、

 

「出来れば"エルビレオーネ"であってほしいな。そろそろ奴の現状の戦力を確認しないといけない。昔と比べて"分離型"の数も増えてるし」

 

本の内容を楽しんでいる顔ではなく。

旧友との再会を待ち望む期待に満ちた表情で裴晴は呟いた。

 

そして夜。

五泉市内は露の匂いがする。

裴晴はハンミョウに呼んでもらった"ねね"や"アトラス"と合流し、夜中にホテルを抜け出す不良2名を追跡していた。

 

「すまない。急に呼び出して」

「問題ありません。しかし、何故"ねね"まで?大規模な戦闘が起こると?」

「そうだな、始まりの3匹とやり合うかもしれないからな。一応、"ねね"は保険だ」

 

裴晴の解答に"ねね"と"アトラス"は驚き、うっかり足を止めてしまう。

 

「始まりの3匹が現れる、と?」

「あぁ、多分、大喰い辺りが来そうな気がする。"浸父"の野郎は俺と交戦したくなくて近づいてこないからな」

 

アトラスはなるほど、と裴晴の呼び出しに納得する。

ねねは裴晴に口振りを聞いて戸惑った口調で聞いた。

 

「隊長…始まりの3匹に会ったこと、あるの?」

「ある。3匹全員な。特に"浸父"との交戦が一番多い」

「零番隊の戦闘員全員…"ハンミョウ"さんは除くが、原虫共と交戦している。してないのは君と"霞王"くらいか」

 

歩みを再開させて。

裴晴の返答にアトラスが付け加えて伝える。

 

「"ねね"は交戦する可能性はないよ。ハンミョウと同様で非戦闘員だからな」

「とはいえ、あの人は戦えない訳じゃないからな?空手と合気道の有段者だから素手の戦いなら隊長や副長以外に負けない」

「えっ……?」

 

ねねもヴェスパが強いのは、彼女の教官を務めている"あさぎ"からも聞いている。

裴晴は言わずながら。

戦闘能力なら状況次第で"かっこう"…火種一号に匹敵すると言われるあさぎからも負けないが"勝てない"と言わしめる程の強者だ。

でも、ハンミョウは…典型的な金髪美少女が彼らに迫る強者には見えない。

 

「ねね。戸惑うのは判るがよく思い返せ。ハンミョウさんの能力はなんだ?」

「確か…精神汚染って本人は…」

「そう。あの人の恐ろしいところは、"領域"を展開し能力を最大限使って単純な精神攻撃をしてくるんじゃなく、些細な…本人も気づかない認識の誤差を引き起こす事だ」

 

例えば幻影。

例えば距離感。

例えば五感の異変。

直接的な精神イメージを脳内に叩き込むのではなく、相手も気づかない様な極微少な違和を引き起こし、それが通常だと思わせたまま、戦闘を行えば、果たしてどうなるか。

些細なものでも、誤認したまま、それに適応してしまうと脳はそれを正しい状態と認識してしまう。

戦闘の間はそれが致命傷になりかねない。

 

「ハンミョウさん。鉄火場には立たないなんて言っているが、ねね以外の零番隊の班員はあの人に全員叩きのめされてるからな?」

「…嘘…でしょ?」

「マジ、だ。俺もハンミョウさんにやられて捕まった口だからな」

 

アトラス自身、今思い返しても最悪の一言に尽きる。

それはギラファや薄羽も同様だろう。

戦闘能力なら火種の基準なら間違いなく上位者に数えられる彼らが直接戦闘能力系でない虫憑きに言いように叩きのめされるなど、最早悪夢だった。

 

「君くらいだよ。反発せずに軍門に降った虫憑きは」

「私…戦闘能力、皆無だし。隊長と戦っても勝ち目ない」

 

観覧車内から戦闘風景を見ていたが、完全に人間辞めきっている化け物(ハイセイ)の相手をする胆力をねねは持ち合わせていない。抵抗する暇もなく、瞬殺されるだろう。

 

「それ以前に調査した限り"特殊型"の虫憑きで"ねね"はまともな部類だからな。戦いにはならんと確信はあった」

「俺らはまともじゃないような言い方ですね」

「ねね以外、まともな"特殊型"に会った事はないな」

 

他と比較して"常識"的という話だ。

特殊型の虫憑き達は総じて精神の(タガ)が何処か外れている。厄介な連中には違いない。

 

「まぁ、俺を含め零番隊にまともな奴なんて居ない」

 

願わくば、ねねだけは変わらず常識的であってほしい。

そんな風に話をしている間に3人は亜梨子達が向かった場所に到着した。

ライトアップされた五重塔。内部は大勢の人で賑わっていたが、その喧騒は中で行われていた能楽の演目を称賛するものでなく、異常事態を目の当たりにした人々がパニックを起こしたものであった。

出入り口に殺到してくる人々と入れ替わるように裴晴達は五重塔へ足を踏み入れる。

階段を登り、最上階の舞殿へとたどり着いた。

すると、

 

「俺の勘も捨てたもんじゃないな」

「隊長の勘、大抵当たるじゃないですか」

 

逃げ惑う観客や役者達とすれ違いながら、裴晴達は舞台に立ち尽くす少年を見る。彼の前に紫色の鱗粉が集束し、人型を形成していく。輪郭がはっきりしていくと、長身の女性の形が顕となった。

 

「来たな、"大喰い"」

 

裴晴の視線の先に居るのは丸いサングラスを掛けた長身の美女。深紅のロングコートを纏い、虹色の瞳を細めて少年を見ている。

裴晴は即座に臨戦態勢に入り、四つの尾を展開すると、一本を少年の胴体に絡めて自分の側へ引き寄せた。

突然の事態に呆然としていた少年は悲鳴を上げながら裴晴の元へ来る。

 

「久しいな、"大喰い"」

「あら、今日は先客が多いわね。ご機嫌如何かしら?裴晴ちゃん。相変わらず凄い殺気を放ってくるわね」

 

裴晴から放たれる殺気を感じながら、女性…"始まりの3匹"、原虫と呼ばれる怪物は微笑み返す。

裴晴が戦闘態勢に入ってから"アトラス"や"ねね"もフォーメーションを取って彼のサポートが出来る態勢に入る。

更に銀槍を携えた亜梨子や拳銃と同化した大助も彼等の元に加わった。

 

「見かけない顔が居るわね。また"ディオ"の子を拾ったのかしら?」

「だとしたら?」

「別にどうもしないわ。けれど、貴方が"また"私の食事を邪魔するつもりなら、その限りではないわよ?」

 

言葉に微かな怒りを滲ませて、大喰いはねねを虹色の瞳に映す。大喰いに見られ、ねねは一瞬、肩を震わせるが視線を受け止め、逆に彼女を見据えた。

 

「ふふ。貴方の周りには面白い子が増えていくわね。裴晴ちゃん。どの子の夢も"ディオ"に食べさせるにはもったいない」

「言ってろ。お前の戯言は聞き飽きた」

 

少年を尾から解放すると四つの尾の先端が大喰いを狙い定める。

 

「やはり食事の邪魔をするのね。アリアの子は面倒な子ばかり」

「貴様の産む分離型も俺からすれば邪魔者だ。お前を殺すのに面倒事を増やす」

「ふふふ。それを知りながら私に挑むのね?もう何度目かしら?」

「回数など知らん。それを言うならお前は何度、俺に食事を邪魔された?」

 

大喰いと裴晴。

互いの戦意が高まっていき、空気がピシピシと軋む。

 

「食事の邪魔はさせないわ」

「全力で邪魔してやるよ」

 

どちらともなく。

開戦の合図を交わす事なく、両者は同時に動く。

四つの尾で大喰いの身体を貫こうと伸ばし。

吹き荒れた紫色の鱗粉は集まり、異形の虫と化して、盾となる。

二つの頭部を持ったゲジがその凶悪な牙で四つの尾の幾手を阻んだ。

強大な二者の力がぶつかり合う。

 

「やはり足りないか…」

 

そう呟いた瞬間。

裴晴の背後から新たに尾が2つ増えた。

単純な手数の増加。

新たな尾は素早く動き、双頭のゲジの首を根本から叩き潰した。形を失い、紫色の鱗粉に還り、宙を舞う。

 

「っーおらぁぁぁ!」

 

盾を失い無防備となった大喰いへ裴晴は総ての尾を束ね、巨大な槍の如き尾を作り、一息の間に身体を貫いてやる。

畳の地面へと身体を貫いたまま、叩きつけると床に大穴を空けた。

大喰いの身体もろとも、木造の梁を突き破り、最上階から次々と床を破壊していく。

一切の抵抗を許さず、一直線に突き抜けた。

轟音が鳴り響き、剥き出しとなった地面が大きく陥没する。

裴晴の巨大な尾は大喰いの身体を半壊させ、五重塔の最上階から地上までを貫通していた。

 

「ふふ……以前より力が増してるわね。"ディオ"の欠片を幾つ喰らったのかしら?」

「忘れたな」

 

更に尾を増やした影響か。

皮膚を透過し身体の半身を侵食したタツノオオムカデの躰は模様となって裴晴の顔に顕れている。

片目の瞳は真紅を染まらせ、禍々しい紋様を頬に奔らせる。

 

「そう…でも、分かっているかしら?裴晴ちゃん。貴方、もう"私達の側"に足を踏み入れているのを」

 

どういう意味かという問い返しはせず、裴晴は沈黙する。

それは大喰いの言う意味を理解しているに他ならない。

 

「あの哀しい"虫"を生かす為に"人"である事すら捨てるの?」

「"人"の定義において、俺とお前とでは見解が異なっていそうだな」

 

人の形をしているから人などではない。

異形であるから怪物なのではない。

 

「人を人たらしめるのは"心"の在り方だ。たとえどんな姿となり果てようと"人の心"を捨てたその瞬間、人は"怪物"となる」

「貴方は違うのかしら?」

「少なくとも、お前の様な"獣"に堕ちた覚えはない」

 

"虫"の同化によって紅に染まった瞳を輝かせ、裴晴は貫く巨大な尾に力を込めた。

 

「返してもらうぞ。お前の喰らった数多の"夢"をーー」

「っ…まさか、貴方?!」

 

裴晴の異能。"蟲喰い"が大喰いへと発動される。

彼女が今まで溜め込んでいた沢山の夢のエネルギーが尾を通して、裴晴の中に還元されていく。

 

「喰らい尽くしてやるよ」

「調子に乗り過ぎよ、裴晴ちゃん!!」

 

紫色の鱗粉が大喰いの身体から噴出し、衝撃波が放たれる。

強烈な不意の一撃は、裴晴の身体を吹き飛ばし、大喰いとの距離が開く。

巨大な尾は元の形態へと戻り、体勢を整えた裴晴の背後でうごめき続ける。

 

「やはり、"不死"にも"蟲喰い"が通用するか」

 

大喰いを見据え、裴晴は思案する。

貫かれていた彼女の肉体は傷口から溢れる甲虫達に覆われ、徐々に塞がれていた。

大喰いは裴晴を見返しながら、口元に笑みを作る。

 

「……油断も隙もあったものじゃないわね。私を使って"彼"への対抗策を考えるなんて」

 

そう言った次の瞬間。

裴晴と大喰いの前に、一人の少年が躍り出てきた。

目の前に現れた彼へ裴晴は声を掛ける。

 

「なんの真似だ?皇嵩」

「お前にコイツを喰わせる訳にいかないからな」

 

裴晴の問いに一玖が答える。

それに対して裴晴は背後に居る部下二人に言った。

 

「"アトラス"、"かっこう"。"アレ"を排除しろ」

「「了解」」

 

裴晴の指示に、アトラスは背に翅を展開し紫電を迸らせ。

大助はかっこう虫と同化して一気に一玖の元へ接敵した。

しかし、

 

「っーうっ」

 

どういうカラクリか。

排除しようと伸ばした大助の腕を一玖が片手で掴んだ瞬間、大助の身体が半回転した。

受け身を取れず、仰向けに倒される。

そのまま、流れるような動作で掴んだ腕を逆関節に極めてしまう。

 

「訓練が足りんな、"かっこう"」

「……そうかよ」

 

一玖の皮肉に逆上する事なく、大助は極められた腕の痛みに短く返すと、アトラスへ目配せする。

痛みに耐え強化した腕で一玖の腕を強引に掴み続ける。

その動作に一玖はハッとし、アトラスを見た。

 

「あんたは油断しすぎだ」

 

そう言い放つと、アトラスは背に展開した翅から一玖に向かって雷光を迸らせる。強烈な雷撃が大助ともども一玖へ降り注いだ。

その光景に亜梨子が駆出そうとするが、ねねが肩を掴み止めた。

 

「っ…なんで!」

「ダメ。かっこうくんとアトラスくんの邪魔になる」

 

亜梨子はねね以上に戦力になり得る。

でも、裴晴より亜梨子を必要以上に戦闘させるなと命令されているため、彼等の元に行かせる訳にいかなかった。

それに、

 

「かっこうくんなら大丈夫」

 

そう言った次の瞬間。

雷撃によって生じた粉塵から2つの人影が飛び出てきて、裴晴の両側に着地した。

 

「もう少し上手く助けられないのかよ、アトラス?」

「同化型の頑丈さならあの程度、痛くもないだろ」

裴晴(コイツ)と一緒にするな。コイツと」

「隊長なら敵に掴まれる不様も晒さんよ」

 

裴晴を挟んで言い合いする二人。

そうしている間に粉塵は晴れていき、スーツを所々焼き焦がした一玖の姿が顕になる。

着衣はボロボロだが、身体に一切の傷が見当たらない。

 

「無傷かよ…」

「何者だ、アイツ」

 

雷撃を浴びながら健在の一玖を見て、アトラスや大助は眉を顰める。

二人の呟きを聞きながら、裴晴はもう一方の気配が動いた事に気付き、即座にその場から動き出した。

大喰いが混乱に乗じて、獲物である少年の側へ移動したのだ。

一番近くに居た亜梨子も大喰いの動きを直感で感じ取った。

 

「させない…!」

 

一息に間合いを詰め、銀槍を振るう。

 

「邪魔しないでって言ったでしょ、おチビちゃん?」

 

見もせず、大喰いは片手を上げる。

周囲に紫の鱗粉が吹き荒れ、裴晴を吹き飛ばした衝撃波が放たれた。

 

「う…く…」

 

後方へと吹き飛ばされていく亜梨子。

このままでは建物の壁面に激突してしまうといった状態であったが、

 

「亜梨子さん!」

 

裴晴は尾の一つで亜梨子の身体を絡め取り保護する。

亜梨子を助けると裴晴は大喰いへと残った尾を振るう。

大喰いと少年の間に尾が突き立てられ、その状況に乗じて、ねねが少年の身柄を抑えて大喰いから距離を取らせる。

 

「ほんとに邪魔ね、裴晴ちゃん」

「その少年の夢を喰いたければ、俺を殺す事だ」

 

亜梨子を安全位置に降ろすと、裴晴は大喰いへと攻勢を掛ける。正確無比、高速で動く六本の尾が大喰いの躰に傷を負わせていく。

このまま攻め続ければ、大喰いを倒せるのでは?と周りはそう思い始めていた。

しかし、

 

「させんよ、裴晴」

 

いつのまにかダン!と深く裴晴の間合いに踏み込み、一玖が裴晴へと拳を繰り出す。

一玖の横合いからの拳打に裴晴は冷静に対応。

腕を掴み取り、先程大助を投げたように一玖を地面へ叩きつけた。

 

「ぐっ…」

「さっきの言葉。そのまま返すぞ」

 

そう告げると裴晴は足を振り上げ、一玖の顔面へ降ろした。

付け加え、六本の尾で五体を刺し貫き、破壊する。

一切の容赦の無さに亜梨子が遠くで呻いた。

一玖を一時的に戦闘不能にすると裴晴は再び大喰いへと踊り掛かる。

 

「さっさと死ね」

「ふふふ…これはちょっと危ないかしらね?」

 

裴晴の攻撃だけでなく、大助やアトラスが支援として他方から大喰いへと攻撃を仕掛ける。

更に…

 

「やぁぁぁ!」

 

隙を突いて亜梨子が銀槍を振るう。

銀色の鱗粉が舞い、鋭い刃となって大喰いの胴体を両断した。その手応えに亜梨子は顔を顰める。化け物と理解しても人の形をしたモノを斬ったのだ。普通の少女が何も感じない訳がない。

 

「ナイス!亜梨子さん!」

 

そんな亜梨子の心情を察しているのか。

裴晴は亜梨子の攻撃を称賛しながら容赦なく、大喰いへと追い打ちを掛けた。

尾の形態を再び巨大な一尾に変え、大喰いの2つ分かたれた躰を押し潰すように振り下ろした。

地面に巨大なクレータを生じさせ、大喰いを圧殺する。

 

「やったか?」

 

クレーターの縁側で自身で振り下ろした尾を見つめる裴晴に大助が近づいて問う。アトラスや亜梨子も彼等の元へと駆け寄り、クレーターの中を見詰めた。

全員の視線がクレーターに集まる中で裴晴は口を開いた。

 

「この程度でやられてくれるなら可愛いものだ。ただの化け物で済む」

 

皆に聞こえるようにそう答える裴晴の視線の先。

尾の下から紫色の鱗粉が噴出し、裴晴達とは反対側のクレーターの縁で人の形を取り出した。

 

「ほんとにアリアの子達は厄介ね」

 

裴晴達を見て言う大喰いの躰は完全な人型ではなかった。

所々の四肢と肉体の欠損が見られるが、欠損部から甲虫が這い出て修復している。その修復速度は早く、大喰いの躰を元通りにしていく。

その有様に裴晴は内心で舌打ちした。

 

「やはり"不死"を殺さなければ無理か…お前は」

「えぇ…私を護ってくれる可愛い子よ?」

「思ってもない事を。虫酸が走る」

 

裴晴は尾の形態を元に戻し、再び大喰いと対峙する。

 

「まだ闘るつもり?裴晴ちゃん?」

「"殺せない"が"勝てない"訳じゃないからな」

 

裴晴の言葉に大喰いは笑みを深めた。

彼の言葉の裏を正確に読み取れたからだ。

その意味やこれからの彼等の動きを想像し。

先程までの嘲りや憐れみ、愉悦の笑みではなく。

凄絶な怒りと悔しさを秘めた微笑みに見えた。

 

「そう…仕方ないわね。あの子を食べるのは待つことにしようかしらね」

「殊勝な事だ」

「えぇ…だって食べ頃の"夢"はその子だけじゃないもの」

 

大喰いの台詞に裴晴は顔を顰める。

それは獲物は他にも沢山いて、そちらを食べに行くという事。この場は所詮一時的な仮初の勝利に過ぎないという事だ。

 

「それでは。御機嫌よう」

 

紫色の鱗粉が吹き荒れ、大喰いの躰を覆い隠す。

逃がすまいと大助が拳銃を上げたが裴晴はそれを手で制した。

紫色の鱗粉が収まると大喰いの姿はそこに跡形もなく、消え去っていた。

 

「逃したぞ?」

「どちらにせよ、逃げられていた。怪我も負わせられない相手をどう捕えるつもりだ?」

 

裴晴の言葉に大助は押し黙る。

裴晴の言うとおり、如何な攻撃を加えても再生する存在を捕まえる事など出来ない。

こちらも回復役の"ねね"が居るとはいえ、相手の能力限界が不明確な以上は交戦を長引かせるのは悪手である。

 

「いつもの事だ。大喰い(アイツ)相手では局地戦の勝利しか得られないのは」

 

倒せない以上、その場その時と勝利する以外に予防策はない。

虫憑きを極力増やさないようにするには。

たとえ悪あがきだと理解していても、だ。

 

「それで?いつまでも狸寝入りを決め込んでいる、皇嵩」

 

裴晴は振り返り、自分で行動不能にした一玖へ声を掛ける。

完全に息の根を止める猛攻を受けていた大助達は怪訝な表情を浮かべるが、釣られて見た光景に固まった。

 

「狸寝入りではない。お前の能力を使われ念入りに五体を壊されてはそう簡単には元に戻らん」

 

そこにはズタボロのスーツの埃を払って立ち上がる一玖の姿があった。

確かに仕留められていたのを目撃したにも拘わらず。

どういうことか、と疑問の視線が裴晴に集まる。

裴晴は見られているのを自覚しながらも一玖から視線を外さず、彼を見据える。

 

「槍型の"虫"。懐かしいな、"黒い死神"。あの夜を思い出さないか?」

「あぁ。あの夜も似たようにお前を八つ裂きにしたな」

 

思い出話を語り合うような口調で会話する二人。

傍からは和やかに見えるが、見えない圧をお互いに放ち、二人以外に会話へ入る暇がない。

 

「この目で確認するまでは、にわかに信じられないケースだったが確かに、"本物"のようだ」

 

サングラス越しに一玖の視線が亜梨子を捉える。

その視線と言葉に亜梨子は身を少し強張らせた。

 

「未来に"賭ける"か…確かに現状、"お前達"は賭けに勝ち続けてるらしいな」

 

亜梨子から視線を戻し、一玖は裴晴と向き合うと笑みを浮かべて言う。

一玖の笑みに大助はある人物を連想する。

現上司を危険視している特環の事務官、魅車八重子。

鎖の笑みを持つ女のそれと似ていた。

 

「特別環境保全事務局本部長、一玖皇嵩の権限において、一之黒亜梨子をーー」

 

外見に似合わぬ大人びた口調で宣言した。

 

「ーー正式に虫憑きとして認定する」

 

その宣言を聞いて。

してやられたといった表情で。

裴晴は苦悩に満ちた顔付きで一玖を睨みつけていた。

 

 

 


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