ムシウタ:re   作:上代 裴世

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エピローグ

 

 

 

夜空に満月が浮かんでいた。

月光浴をするように黒色の"タツノオオムカデ"が一人の少年の肩で蠢いている。

まるで月の光から力を得ているようだ。

千堂裴晴は病院の屋上から赤牧市を眺めていた。

すると、背後から声を掛けられる。

 

「よう、"オオムカデ"。調子はどうだ?」

 

大助が金髪の少女を引き連れ、聞いてきた。

裴晴は街を眺めたまま、答える。

 

「君より良いさ。怪我してないからね」

「あんだけ"フクロウ"とやり合って無傷なのかよ…」

「君は相手の攻撃を喰らい過ぎなんだよ」

 

銃の強化火力と肉体強化だよりで基本がなっていない。

タフさは一人前だが、近接戦闘がお粗末すぎる。

裴晴は振り向くと柵に寄りかかりながら言う。

 

「今度、俺と訓練所で特訓だ。殴り合いの基礎を叩き込んでやる」

「い、いや…遠慮しとく…」

「遠慮はいらない。というより、上官命令だ。従え」

 

無慈悲な命を降され、大助は疲れた様に肩を落とした。

再び火種一号に指定され、実質的に大助…かっこうは特環最強の虫憑きだ。

しかし、今回のフクロウ、ハルキヨの襲撃事件によって大助は自分がまだまだ足りない存在だと自覚した。

確かに自分は頭一つ抜き出ているのだろうが上には上がいる。

ハルキヨが病室で語っていた通り、現時点最強なのは千堂裴晴に違いはない。

あの乱戦下、消耗していても無傷であるのがそれを物語っていた。

故に、裴晴に逆らうという事が物理的に口撃的に大助は出来ないでいる。

 

「"霞王"は…うちの班に着任したそうだな。おめでとう」

「なにもめでたくねぇー」

 

外見と相反する口の悪さ。

少女…特殊型虫憑き"霞王"も大助同様、疲れたように…または憂鬱そうに言い返した。

 

「今まで無指定だったのが、零番隊着任と同時に異種三号に指定されたそうじゃないか。何が不満だ?」

「なんもかんも、だ。その号指定だって、お前の班の特性上、五号以下の戦闘員は入れないからって無理やりねじ込んだもんだろ?」

「良いじゃないか。貰えるものはもらっておけ。肩書きはあって損もない」

 

零番隊の関係者ともなれば、特環内での虫憑きの序列上、それなりの発言権は有するし、限定的な単独行動も許可される。悪いことばかりではない。

 

「それで?亜梨子さんには謝ったのか?」

「最近、学校来てない奴がなんで俺とアイツが喧嘩したの知ってんだよ?」

「学校には"リースフェルト"が居るからな。お前らの情報なんざ、筒抜けだよ」

 

誰か、自分も知らない人間を学校に潜入させている事を聞き、大助が苦々しげな表情を浮かべる一方で、霞王は眉を顰めて口を開く。

 

「なんで、お前があの女を知ってやがる?」

 

苛立ちを隠しきれない口調で裴晴に尋ねる。

裴晴は口元に微笑を浮かべながら、霞王の疑問に答えてやる。

 

「君の義姉…"御嶽リースフェルト"は俺の仲間だ。大助くんにはコードネームの"ハンミョウ"って言ったら分かりやすいか?」

「は?ハンミョウが?コイツの義姉?」

 

唐突な暴露に大助は霞王と裴晴の二人を交互に見る。

余り知られたくなかった情報だったようで、霞王は腹立たしげに「けっ!」と悪態を付きながらそっぽを向いた。

 

「義理だけどな。霞王が捕獲される以前…いや、霞王が虫憑きになる前に家から飛び出したそうだ。それからは顔を合わせていない。だろ?」

「……いつか見つけたらぶっ殺してやろうと思ってたが、お前の側に居たのかよ…」

「紆余曲折経て、な。そもそもおかしいとは思わなかったか?霞王…いや"アンネリーゼ"」

 

裴晴が穏やかな口調で霞王を本名で呼び、語りかける。

 

「君が虫憑きとして覚醒し、あの"御嶽奥"をその力で追い出した後だ。あのプライドが高い老害が君をそのままにしておくと思うかい?」

「……」

 

言われ、霞王もまたその点については疑問は持っていた。

唯我独尊の老婆が容易く己を放置してたとは彼女も思わない。

大助の上司である、いけ好かない東中央支部長の男が何やら画策したと思っていたが、どうやら違うらしい。

いや…関わっているのだろうが、根本的に何かしたのは眼前で微笑する少年だと、彼女にも察しがついた。

 

「俺には強力な後ろ盾がありはするが、世の中って云うのは金が物を言うからね。資金は幾らあっても良い。申し訳ないが、御嶽奥には早々に社会的にご退場して頂いて、御嶽家の資産を根こそぎ回収させてもらった」

「はぁ?!」

 

己の我儘を突き通す程の財力と権力を霞王を親から奪った老婆は持っていた。大抵の事なら犯罪紛いでも実現するほどに、だ。

でも、そんな老婆の"権勢"は千堂裴晴という異常な存在の前では砂上の楼閣に過ぎなかった。

 

「"ハンミョウ"の試用実験も兼ねて、あの老婆には老衰するまで幸せな"夢"を見て頂いている。極度の多幸感に苛まれ、現在は精神病院で療養中だ。全資産、権利は孫の御嶽リースフェルトに移譲され、管理運営は"土師圭吾"に頼んでいる」

『……』

 

大助と霞王は絶句するしかなかった。

相手は司法や政治に介入出来る程度に権力を持った家柄の当主だ。

そんな老女を裴晴は恐れもせず、部下にした彼女の孫を用いて精神的に壊し、あまつさえ老女の家が築いてきた資産や権利の全てを簒奪したというのだから言葉もでない。しかも、その片棒を担いでいるのが、自分の上司など笑えない。

 

「悪魔か…お前…?」

「"黒い悪魔"なんて呼ばれてる奴に言われたくはないな」

 

大助の言いように、裴晴は笑いながら答える。

すぐに普段と変わらぬ穏やかな微笑を口元に作り、大助達に聞いた。

 

「それで?俺に何のようだい?こんな話をしにきたわけじゃないだろ?」

「お前は一体、何がしたいんだ?」

 

周りくどく聞かず、単刀直入に。

搦手など使えない大助には、これ以外の言葉は出ない。

 

「花城摩理が大切でお前は彼女を目覚めさせようとしているのは理解できる」

 

裴晴の能力が『変成』という物質、肉体を自在に造り変える事が出来るのは本人から聞いて知っている。

 

「でも、お前の能力なら花城摩理の異常を今すぐ治す事も可能なはずだ」

 

すぐにでも。

裴晴は目覚めぬ大切な少女を取り戻せるはず。

 

「でも、お前にはその素振りがない。特環に入局してまで亜梨子やアイツに憑いた"虫"を守り続けておきながら現状維持だ」

 

摩理の親友を標榜する腕白少女と彼女に取り憑いた彼の大切な少女の"虫"を汎ゆる干渉から守護しておいて、何も行動を起こさないのは不可思議だ。

出会って数カ月の付き合いだが、大助は千堂裴晴が未だに動きを見せない事に不気味さを覚える。

 

「逆にお前は特環の…中央本部の戦力を増強してる。お前にメリットはない。花城摩理や亜梨子に特環が干渉してきたら、お前は反抗するに決まってる。来るかも知れないその時に敵側が強くなるのをお前が許すはずもない」

 

裴晴にとっても特別環境保全事務局は目の上のたんこぶのはず。摩理や亜梨子には関わらせたくなく彼女達が要因で、もし敵対してしまう場合も想定すれば、戦力増強など好ましくはないだろう。

なのに、裴晴は自分が所属する中央本部に強力な虫憑きを集めている。

 

「お前の目的や狙いはなんだ?あの女…魅車八重子って奴もお前を危険視してた」

「彼女とあの日、何か話したのか?」

「お前が特環内で最も従順な駒で、最も危険な反乱分子だって言ってたよ」

 

八重子の評価を大助から聞き、裴晴はクスクスと声を殺して笑う。

相反する表現だが実に的を射ており、八重子は裴晴の目論見に気付いている事が伺えた。

 

「なるほど。正しい認識だ。流石、副本部長殿だな」

「お前、あの女の事、そう呼ぶけど副本部長って冴えないおっさんじゃなかったか?」

「あ、それ替え玉だから。又は蜥蜴のしっぽ切り要員。実質的に本部長に代わって特環仕切ってるのは魅車八重子だよ」

 

今に始まった事ではない。

裴晴が何気なく爆弾発言するのは初めてではない。

大助も霞王も特環の上層部しか知り得ない情報をサラッと口にする裴晴にもう突っ込みはしなかった。

 

「魅車の目的と俺の最終目標は完全に相容れない。でも、目的を叶えるにはお互い利用しあった方が現状、メリットがあるから手を出していないだけだが」

「そのお前の最終目標って云うのは何なんだ?」

「妙に探るじゃないか、大助くん。魅車に命令でもされたかい?」

「いいや。俺個人の意思だ」

 

一番何を考えているか分からない少年だ。

魅車八重子も底が見えぬ不気味さがあるが、同等に裴晴も思考や思惑が読めない。

だからこそ、知る必要がある。

 

「お前は俺を信用してないだろうけどな」

「良く分かってるじゃないか、大助くん。なら、俺が話さないのも分かるだろ?」

「それでも、だ。どうせ知ったところで邪魔する気もない。土師の奴も一枚噛んでるんだろ。俺もある程度には知っていて問題ないはずだ」

 

大助にそう言われ、裴晴は思案する。

正直な裴晴の計画については話して問題ない。

問題なのは時期の話で、間違いなくその話になると大助は反発する。時期の理由について話すと、申し訳ないが私情も絡む為、いい顔をしない。寧ろ激怒する可能性すらある。

 

(まぁ…その辺りはいつも通りに適当に誤魔化すか)

 

教えたところで考えを変えるつもりはないが、大助は重要な要因の一つである以上、無駄な衝突は極小避けなければならない。あくまで知られて良い範囲を話せば良いのだ。

 

「そうだな…まず、俺の目的は3つある」

 

前置きし、裴晴が話し始める。

 

「第一は言わずながら"摩理の復活"だ」

「復活?」

 

裴晴の言い回しに大助は違和感を感じる。

 

「あぁ現在、摩理は"欠落者"化してる」

『はぁ?!』

 

大助と霞王が今日1番、驚いた声を上げる。

それもそうだろう。

欠落者とは虫が殺された虫憑きに起こる症状。

己の自我を失い、生きた人形と化してしまうものだ。

だが、

 

「花城摩理は昏睡してるだろ?!自我喪失の症状はない」

「大助くんも言ってたろ?俺の能力は"変成"。欠落者化した摩理の身体を強制睡眠化状態にしてる。勿論、身体に悪影響が出ないように医者の診断確認もしてな」

 

欠落者となれば、第三者の命令をただ実行するだけになってしまう。そんな状態で摩理を放置するなど裴晴の判断に存在しない。

 

「だが、花城摩理の"虫"は亜梨子に憑いてるだろ。虫が生きてるのに欠落者ってのはどういう事だ?」

「摩理は能力を複数持っていた。その内の一つが己の自意識を"虫"へ移し替える事だ」

「意識を…虫に移すだと?」

 

虫憑きの前例のない能力だが、虫憑き以外には前例がある。

それは始まりの3匹が一人。同化型を産み出す原虫指定、アリア・ヴァレイだ。かの存在は最早肉体を持たず、精神体のみで人から人へ渡り歩く。

かの存在から生じた虫憑きである同化型に同様の似た事象が出来ないとは言えないだろう。

 

「この能力によって彼女は疑似欠落者化した。通常の欠落者化ではないから戻し方はあるんだが、難しくてな。準備が必要だ。片手間で出来ることじゃないから時間が掛かる」

「…そういうことか」

 

裴晴が能力を使わずに摩理を救わない理由に大助は合点がいく。精神の移動なんて容易く行えるものではない。戻す方法があっても入念な準備が必要になるだろう。

それは如何に裴晴と云えど特環に協力している現状、上手いこと進みはしないはずだ。

 

「2つ目は…"始まりの3匹"の抹殺」

『…っーー?!』

 

それはある意味、総ての虫憑きの悲願と云える。

この点において、裴晴と土師圭吾は利害の一致をし、協力関係にあるのだ。

そして、裴晴と八重子が敵対する理由である。

 

「これに関しては手筈さえ整えば"侵父(ディオレストイ)"、"大喰い(エルビレオーネ)"は問題なく殺せる」

「3匹目は?」

「アリアは精神体だ。器を壊しても残念ながら宿主を何度も変えれる。幾ら感知能力があっても日本全国の人間一人一人調べられない。誰がアリアの宿主かも見た目判断がつかないからな。奴は方法を模索して見つけ次第、処理する」

 

それが唯一の懸念事項。

実体なきアリアはそう簡単には殺せない。

最悪、"封印"という形を取らねばならないだろう。

始まりの3匹の中で攻撃、自衛手段がほぼ皆無なアリアだが自己保存、生存能力という一点なら正に無敵だ。

裴晴もおいそれ、手が出せない唯一の存在といえる。

 

「3つ目は虫憑きの人権、社会的地位の確保だ」

「なんだそれ?」

「今のままじゃ危険な超能力者扱いで一生、特環に…政府に飼い殺しされるのが目に見えてる。正直な話、始まりの3匹を殺しても俺達の"虫"が消えるとは限らない」

 

となれば、今保護されている虫憑きは生物兵器として非人道的な扱いを受けるのは想像できる。

そんな扱いを受ける前に手を打つ必要がある。

 

「世論を操作し法整備を行わせ、俺達虫憑きが安心して暮らせる社会基盤を作り上げる」

「そんなこと…できるのか?」

「俺が土師さんと手を結んだのはその為でもある。これに関しては彼の"妹"さんの将来にも関係するからな」

 

裴晴から土師の妹の話が出てきて、大助は顔色を変える。

 

「お前……なんで"千莉"のこと…」

「そこは企業秘密だ。でも、安心しろ。土師さんとは協力関係だ。俺が特環にいる限りは絶対に"千莉"さんへ特環が手を伸ばすことはない。情報も上がらない様に徹底している」

 

裴晴と土師は互いに自分達の弱みを握りあっている。

違いがあるとすれば、どちらの弱みも裴晴の管理下にある点だ。既に亜梨子や摩理の現状は特環に知られ、最早弱みにすらならないが、土師は違う。

裴晴がバラせば身の破滅だが、土師は自分の利用価値を充分に認識しているので、裴晴が裏切る事はないと知っている。

そういう理解をしあう程度には土師圭吾という男を裴晴は信頼していた。

 

「さて、俺の目的は話した。他に質問は?」

 

話し終えて、裴晴は大助や霞王に聞く。

 

「今後の予定…俺達はどう動けばいい?」

「通常通り、亜梨子さんの護衛だ。あまり彼女が危険な真似をしないようにしてもらいたい」

「難しい注文を……」

 

亜梨子の手綱は容易く引けないのは裴晴も分かっているはずなのに、無茶振りしてくると大助は辟易する。

 

「亜梨子さんの為だ。彼女が危機に陷れば、"虫"の中に居る摩理が表に出てくる。それは好ましくない」

「なんでだよ。花城摩理って女、聞いた限りじゃお前と同格なんだろ?出てきて迎撃してもらえるならいいじゃねぇか」

 

裴晴と同格なら単純な戦闘能力は大助を超えているだろう。

何故、虫の中に居る摩理が亜梨子の身体を借りるのが拙いのか分からず、霞王は首を傾げた。

 

「"魂依"の状態での肉体への同化は対象者を侵食する。現状のモルフォチョウの同化は亜梨子さんの肉体に悪影響なんだよ。下手したら摩理にその意志がなくても身体を完全に乗っ取れてしまうくらいにな」

「なっ?!」

 

そんなにヤバい能力だとはイメージがつかなかったのだろう。

裴晴の説明を聞いて大助の表情に動揺が浮かんだ。

 

「少なくとも肉体への同化はさせるなよ?精々は物の同化までだ。前回の様に迂闊に摩理の意識を表層に出させるな」

 

余りに侵食が進むと、摩理を元の身体に戻す際に亜梨子との魂の繋がりが障害になり得る可能性がある。

出来るならリスクは最小限に留めたい。

 

「フクロウやハルキヨみたいな連中も、モルフォチョウの特異性に惹かれてきてる。亜梨子さんへ度々接触してくる筈だ。いつも以上に警戒するように」

『了解』

 

最後に裴晴は大助と霞王に注意を促した。

怪物や魔人といった大物達がモルフォチョウという篝火に誘引されるが如く、集まり始めている。

良くない状況だが、亜梨子の監視の目は緩められない。

裴晴の忠告に大助と霞王は首肯を返した。

 

 

 


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