祝福して下さり、皆様への感謝の意を此処に表します。
凶事とはいつ起こるか分からないモノ。
地震や津波など天災は良い例だ。
それら自然の猛威はいつ何時、牙を剥いてくるか分からない。
だが、それは人間にも同じ事が云える。
人の感情もまた心でも読めなければ分からない。
いつ如何なる時、唐突に殺意や破壊衝動に襲われ、周りに被害をもたらすかもしれない。
虫憑きなど正にそれ。
人の感情を持ち、天災の如き自然の猛威を振るう凶事そのものだ。
でも、その凶事は鎮める事が出来る。
同じ凶事を用いれば。
『敵襲!敵襲!第一種防衛態勢!第一種防衛態勢!』
特別環境保全事務局本部内。
鳴り響く非常ベルと非常警報。
『防衛班戦闘配置!零番隊は至急現場へ急行せよ!』
待機している裴晴達、零番隊に招集が掛かる。
虫憑き以外の職員が非常口から慌ただしく避難をしていく。
『敵対象は"フクロウ"!"フクロウ"単騎!』
警報が鳴り止まぬ中。
配置につく為に現場や持ち場に急行していた裴晴達の足が止まる。
"フクロウ"…それは近年、特別環境保全事務局の中央本部を襲撃し、半壊させた虫憑きの通称。
裴晴に撃退されたヤドリの樹の首魁である。
班員達の視線が隊長である裴晴に集まる。
更に、
『地下第5層より火災発生!先日捕縛した"大閻魔"が暴れている模様』
病室での約束を果たしに来たのか。
ハルキヨは特環に投降し、尋問を受けるため、本部内にまんまと入り込んでいた。
彼奴の思惑通りか、尋問する階層でどうやらタイミング良く暴れ始めたようだ。
「隊長…」
「お前らは"大閻魔"を頼む。陣形を組んで対処しろ。けして無理はするな。ヤバくなったら逃げろ。能力は見てないが、俺の勘が正しければ"一号指定レベル"はゆうに超えている」
『了解』
隊員達に指示を出すと、裴晴は襲撃場所へ向かっていった。
普段待機している中階層から上がり、地上近い階層へ到着すると、そこは瓦礫の山と化していた。
多数の白コート姿の局員が地面に身体を横たえている中、"ソレ"は確かな存在感を顕に君臨していた。
大きな目玉模様を描かれた巨大な羽毛の様な翅。
蝶と思えぬ巨大さと凶悪な容貌。
まるで他の虫達を複合した様な体躯は醜悪さはなく、美しさすら伺える姿だ。
『しに…がみぃぃぃ……』
"フクロウ"の"虫"…キメラフクロウチョウから腹の奥底より湧き上がるような重い声が発せられる。
いつか振りに聞いた…特環入局以降出会った虫憑きの中で紛れもなく強敵と断言出来る存在。
裴晴は初手から6本の尾を顕現させ、臨戦態勢に入る。
『はぁぁぁ!』
キメラフクロウチョウが雄々しくその翅を拡げ、描かれた瞳状の紋様が輝き出す。
瞳の射線から爆炎が上がる。
裴晴は爆発が起こる前に身を翻し、瞳の射線をかい潜り、回避する。
『あははは!逃げろ、逃げろ!』
瞳の焦点から発生する爆炎は止まることない。
虫から愉快そうな笑い声が上がり、瓦礫の部屋に木霊する。
「相変わらず煩い奴だ」
裴晴は瞳の射線に捉われない様にしながら、6本の尾から散弾を射出した。図体がデカい分、細かく狙いを定める必要はない。鋭い弾丸は巨大な翅の紋様を乱雑に打ち貫く。
その影響で、瞳の爆炎攻撃が止む。
『このーー糞、虫、禿げ野郎!!』
口汚く罵りながら翅を羽ばたかせた次の瞬間。
翅の一部一部が形態を変化させ、手腕の形状を取り、裴晴へ襲いかかってきた。
雨の如く、翅から伸ばした手腕が降り注ぐ。
裴晴は手腕の一本一本を躱しながら、キメラフクロウチョウへ接敵する。
『ギャハハハハ!』
「理性があやふやなのは変わらずか」
本来の"フクロウ"の"虫"の状態を知る裴晴としては、現形態を取った"フクロウ"の相手は疲れる。
何せ、今の宿主は"虫"の体内に入ってる状態で軽く精神が"虫"に汚染されている影響で理性の境界が曖昧になっている。
だが、その欠点を補って余りあるほど、この"融合"状態には利点があった。
まず、宿主が虫の体内に居るが故に、セオリーである宿主を気絶させて虫の顕在化を止める事が出来ない点。
宿主を体内に取り込んだ"虫"はその存在を高次元に底上げ、対物性能、回復性能が異常向上する点。
多種多様な攻撃性能を有する点。
つまり、だ。
(巨大な"虫"の鎧を粉微塵に破壊しない限り、止まらない)
ある意味、生きた巨大な爆弾の様な存在。
それが良い具合に理性が溶けてるくせに、人間的思考をするから始末に負えない。
あり体に云えば、
撃退するにも骨が折れる。
(攻撃パターンが変わらないのが救いだな)
基本、フクロウは広範囲高火力型。
近接系はストロー…否、鞭のような口吻や鋭い脚で応戦して来るがそこまで脅威のあるものではない。
故にフクロウは巨体と手数の高火力の弾幕で推してくるのが常套手段。
時に今日のような伸びる手腕と翅を変化させる攻撃が繰り出されるが、
「飽いたよ。その手順は」
フクロウの最早パターン化された攻撃をかい潜り、裴晴は一本に集束させた巨大な尾で、拡がった翅を縦に薙いだ。
翅は半ばから吹き飛び、千切れる。
『ぎゃあああ?!』
翅の一部を破壊され、虫の口から悲鳴が上がる。
虫と融合状態という事は痛覚も共有しているということ。
虫の巨大な鎧は滅多に傷や欠損するものではないので痛みも相当だろう。
『ぐぅ…このーー死ね死ねしね、しね!』
片翅の瞳が完全再生したのと同時に絨毯爆撃が再開する。
瞳の視界内全てが紅蓮に包まれ、飛散する。
それと並行し、口吻を鞭の如くしならせ、叩きつけもしてきた。
(少し戦術や戦略を学んできたかと思ったが……)
以前と大して変わり映えしない。
確かに"フクロウ"は特環入局以来、裴晴にとって大助やリナのような一号指定達と同等の敵に足りうる存在だ。
でも、
「その程度に留まるなら君は喰らうまでもないよ"杏本詩江流"」
『っーーせんどう〜〜!!』
叫びを上げながら、フクロウの攻勢は苛烈さを増す。
怒りに拍車が掛かり、攻撃に正確性が消え、精細に欠ける。
裴晴はカウンター気味に"虫"の腹部を消し飛ばそうかと考えている矢先。
「ハッハッハっ!!」
甲高い笑い声と共に地下へ続く地面を突き破り、炎が立ち昇ってきた。
裴晴はぎりぎりで咄嗟に地面から飛び上がり、回避する。
フクロウは翅を全面に拡げ、盾として凌いだ。
炎の中から人影が現れ、周りを見渡す。
「随分と楽しそうな事してるじゃねぇか"千堂裴晴"」
「ハルキヨか…(ヴェスパ達で封殺しきれないとはな)」
下層で暴れていた魔人がフロアの天井を突き破り、裴晴とフクロウの戦場へ姿を現した。
それが意味するのは零番隊がハルキヨの足止めに失敗した事を示すものだ。
「俺の部下達を振り切ってきたか…やるな」
「あぁ?…なるほど、かっこうの後から妙に手強い連中が出てきたと思ったら、てめーの差し金かよ」
「強かったか?俺の部下は」
「そこそこ、楽しめたぜ?逃げ足も見事だ。だが、あれくらいじゃ俺を殺るには足りねぇなぁ」
彼の闘気に呼応するように。
ハルキヨの周囲に炎が舞い上がる。
「次はてめーが相手してくるか?千堂よぉ?」
「そうしたいのは山々だが、先客の相手に忙しくてな」
ハルキヨから視線を移し、裴晴はその背後に聳え立つ異形の蝶へ目を向けた。ハルキヨも振り返ると裴晴と同じものを見て、笑う。
「コイツはデケェな。何もんだ?」
「異種一号指定"フクロウ"。以前特環本部を半壊に追いやった怪物だよ」
「へぇ…てめーと同じ一号指定か。強そうだな」
「それなりに手強いぞ。攻撃範囲と手数は多いし、再生能力まである」
唯一の弱点と云えば、痛覚共有と鈍重なことくらいだ。
「同時に相手をしてやるのも吝かではないが……お前の相手は他に居る」
「あ?何を言ってーーー」
疑問符を浮かべ、不思議そうにするハルキヨ。
裴晴の言っている意味が分からなかったが、次の瞬間。
近い地面が下から爆発でも起きたように吹き飛ばされた。
そして、下から黒い影が跳躍し、裴晴達のフロアへ降り立つ。
その人影を見て、ハルキヨは歯を剥き出しに愉快そうに笑みながら臨戦態勢に入った。
「ハルキヨの相手は任せるぞ、"かっこう"」
「了解」
人影…大助へ裴晴は命令すると、彼もまた有無もなく頷き返した。
「クックっ…こりゃいい。最高だ。こういう戦いを望んでいたんだオレは」
「そうか。なら存分に楽しめ。こんなものはまだ序の口だがな」
これから巻き起こる大きな戦いを念頭に置きつつ、裴晴はハルキヨに言い放つ。
死神、魔人、悪魔、怪物。
虫憑きの中で最強にして最悪と呼ばれる存在の四つどもえと云える抗争がここで幕を開けた。
長い戦闘によってフクロウとハルキヨは撃退され。
かっこうは火種一号に見事返り咲いた。
この戦闘跡を見て、特別環境保全事務局は"虫"という存在の危険性を再認識すると共に、行方を再び晦ました"フクロウ"とハルキヨ…『大閻魔』という虫憑きを危険分子とみなし、特別指名手配すると警察各関係所がその捜索に加わる事になっていった。