ムシウタ:re   作:上代 裴世

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第5話

 

「かっこうを"二号指定"へ降格させました。異議はありますか?防衛班長"オオムカデ"」

 

特環の副本部長室。

執務机の椅子に腰掛ける八重子は前に立つ裴晴に、大助に下した処分を伝える。

 

「いいえ。妥当な処分かと。私の監督不行届でお手間を取らせます」

 

異議は唱えず、裴晴は部下の処分を受け入れる。

 

「これで特環に所属する虫憑きで一号指定は貴方だけになりましたね、"オオムカデ"」

「号指定にさして意味はないでしょう。二号に降格とはいえ戦力上、特環最強の虫憑きは"かっこう"に変わりはない」

「果たしてそうでしょうか?」

 

八重子は口元に微笑を浮かべる。

 

「貴方は特環入局以来、全力で戦った事がない。本気の貴方なら…"本部長"と同格の貴方ならば"かっこう"に遅れを取りはしないでしょう」

「彼は"ふゆほたる"を打倒、捕獲しました。彼女の能力を聞きましたがエルビレオーネの"分離型"の中で"本部長"に次ぐ凶悪さです。そんな彼女を倒した彼は紛れもなく、"最強"に相応しい」

「貴方が言いますか。貴方の"虫"の本当の能力こそ、凶悪でしょうに」

 

裴晴自身がかつて語った能力。

他者の夢を食らい己が糧とする『蟲喰い』。

同化した有機無機物に干渉して、それらを分子レベルに造り変える『変成』

それが裴晴が虫憑きとなって与えられた"虫"の能力だ。

だが、それらは裴晴本来の能力の"副産物"である。

摩理のモルフォチョウが虫憑き世界のbug(バグ)なら、裴晴のタツノオオムカデは世界の根幹を揺がすirregular(イレギュラー)といえた。

故に裴晴の真の能力を知る人間は限られている。

 

「何が仰りたいのです?副本部長殿?」

「新たな"火種一号"に貴方を指名したいと思っています」

「ご理由を伺っても?」

「聞かずとも貴方なら分かっているはずですが?」

 

八重子は千堂裴晴を過大にも過小にも評価していない。

ただ事実として、彼ならば自分の言いたい事を汲み取り、その意味を図れるくらいに聡いのを理解していた。

 

「最強の称号"火種一号"。それが特環に従属し他の虫憑きに睨みを効かせる。最強への畏怖により、不平不満は抑えられ、統制が取れるのです」

「つまり虫憑き達の首輪が必要で、俺にそれをやれ、と?」

「有り体にいえばそうです」

 

今までは大助…"かっこう"という恐怖の象徴が特環の虫憑き達を抑え付けていた。

"ふゆほたる"という特環史上最悪の虫憑きの捕縛に、東中央支部の起こしたクーデター阻止。それによって数多の虫憑き達を冷酷に欠落者へ落とした行動から彼は特環のみならず、全ての虫憑きに恐れられていた。

だが、

 

「リナの確保失敗は最強の看板を揺がすに充分でした」

 

説得の為の算段を付けたのは大助で、実際に説得は失敗し逃走を許したのだから責任は負う。別に直接戦闘で大助はリナに敗北はしていない。現状のリナ相手なら大助は九分九厘勝つ。

でも、取り逃したには違いない。

あの"ふゆほたる"を捕らえた"かっこう"が、だ。

周りに及ぼす影響は小さくない。

 

「"かっこう"の力に疑問が生じた今、所属前より"黒い死神"と恐れられた最凶最悪の虫憑き。今や"特環の死神"となった貴方の名が必要です」

 

未だに"黒い死神"は総ての虫憑き達に恐怖されている。

彼の行いは根強く、苛烈に彼等の心に刻まれているのだ。

ある意味、特環という非政府組織の普段見えないエージェントよりは、目に見えて脅威であった実在の怪物の方が恐ろしい。

 

「現に貴方の部隊の特殊型の問題児達は貴方という絶対的存在によって統率されています」

「逆に云えば、頭を失えば烏合の衆と化しますが?」

「まさか。貴方がそんな半端な部隊を作った訳がないでしょう」

 

確かに裴晴の存在は重要だろうが、頭が潰れた程度で動けなくなる部隊を彼が作るはずないと、八重子は確信していた。

班員一人一人の練度は並のモノでなく、下手をすれば現役の警官や自衛官と同等。副長のヴェスパとハンミョウに至って戦闘中でも指揮活動を行える程に優秀だ。

裴晴が居なくても問題なく零番隊は活動するだろう。

"千堂裴晴"の意志の元に。

 

「一応、考えておいて下さい。最近、ヤドリの樹達が不穏

な噂を虫憑きの間に広めていますから。聞いていますか?」

「はい。ヴェスパから報告が。確か"蠱独の王"ーーでしたか?」

「えぇ。何れ虫憑き達の中に総ての虫憑きを統べる"王"が降臨し、今の現状を打破しようと世界に反旗を翻す、というものでしたか?」

 

明らかに眉唾と云える噂話ではある。

でも信憑性はなくても、そう思わせる存在は居る。

 

「"フクロウ"と"リナ"のカリスマ性が増すような噂ですね」

「逆を云えば、彼女らを駆逐出来れば簡単に虫憑きの集合体は瓦解します。支援する者達も手を引くでしょう」

 

たかが虫憑きという小さなコミュニティが組織に対して、レジスタンス活動を容易く行える訳がない。

必ず背後には支援するパトロンが居るはず。

恐らく"フクロウ"のカリスマ性に当てられた輩なのだろう。

しかし、そんな奴らも頭を失ってしまえば雑魚の集団。

少しマシな輩が居ようとも裴晴達の敵ではない。

 

「つきまして、"本部長"からの新しい指令です。"零番隊"は防衛班としての任務と並行し、"ヤドリの樹"の情報を収集。可能なら"フクロウ"を駆逐しなさい」

「了解しました」

 

新たな任務を受託し、話を終わらせると裴晴は部屋を退出した。

もう時間は午後であり、学校の授業も終わっている。

八重子とのストレスが溜まる掛け合いを終えて行くのは普段と変わらぬ場所。

裴晴にとって、この世で一番大切な少女が眠る部屋。

何時もと変わらず、病室に入るとベッドの脇に座って読書を始めた。

そして、一時間後。

 

「やっぱり此処に居やがった…」

 

病室のドアが開けられ、大助が中に入ってきた。

 

「何か用か?」

 

本から顔を上げ、入ってきた大助を見る。

顔色が悪く、疲れた表情を浮かべている。

 

「情報を寄越せ…」

「情報?」

「お前や花城摩理に関する情報だ。リナは亜梨子のモルフォチョウを見て"ハンター"と呼んでいた。"ころろ"の能力で意識不明になる前、"ハンター"と呼ばれていたことも、お前と組んで中央本部と戦った事も分かってる」

 

押し殺した口調で言う大助を裴晴は観察する。

 

「花城摩理はお前にとって一体何なんだ?!中央本部は何を隠してる!お前の目的はなんだ!!この事件はいつから始まってる?!」

 

声を荒らげる大助。

裴晴は読んでいた文庫のページを閉じて居住まいを但し、口を開く。

 

「俺の意志は初志貫徹。摩理を救うの一点のみだ」

 

摩理と出会い。

摩理と語り合い。

摩理と想いを通わせた瞬間から。

千堂裴晴の意志は決まっている。

他の目的や計画は二の次だ。

 

「お前が何を知りたがろうと周囲がお前の望む答えを与えてくれると思っているなら、お笑いぐさだ」

 

見通しが甘い。

そんな体たらくでは困るのだ。

千堂裴晴の中で"かっこう"は計画の第2段階における重要な要素。云うがままに動くだけの存在で居てもらう訳にはいかない。

只でさえ、本来のシナリオから大きく外れた世界なのだから。

 

「自分で調べ、自分の目で見定めろ、"かっこう"。そうすれば自ずとわかる。本部が隠してる事も、俺の目的もな」

 

そう締めくくると、大助は「ちっ」と舌打ちしながら裴晴から目を逸した。

裴晴の姿が余りに"同化型"の虫憑きらしく、大助自身の姿に重なったからだ。

否…大助や花城摩理よりも千堂裴晴は同化型虫憑きとして完成されている。

己の目的の為なら手段を選ばない。

冷酷非情の権化。

余りにも居たたまれず、大助は裴晴を直視出来なくなったのだ。

もう、大助からの話はないと判断し裴晴は文庫を開こうとした。

すると、

 

「あーー…ここが花城摩理の病室であってるか?」

 

大助の背後から声が聞こえてきた。

裴晴はまた素早く文庫を閉じ、声の方を注視した。

警戒を怠っていた訳ではない。たとえ摩理の病室でリラックスしていても、裴晴が警戒を緩める事はない。

 

(…虫の能力か)

 

声の主を見据えながら裴晴は考察に入る。

右の頬から首筋にかけたファイヤーパターンの入墨。

癖っ毛の髪は燃え盛る炎の様に暴れている少年だ。

年齢は裴晴より2つくらい上に見えるが、見た目は宛にならない。

どこかの高校の制服で穴だらけのブレザーを着ている。

その人相、容貌に裴晴は覚えがあった。

 

「"オオエンマ"か」

「あん…誰だ。テメェ」

 

大助の事が眼中に入らないのか。

入墨の少年は大助の頭の上から裴晴の事を見下ろした。

器用な事だ。

 

「お探しの花城摩理の縁者だよ。君は"オオエンマ"…名前は確か、ハルキヨくんだったかな?」

「てめー、なんで俺の名前を知ってやがる?」

「君を追いかけ回してる女性の知り合いさ」

 

裴晴の台詞に少年が人間の仮面をかなぐり捨てた…裴晴と同じ魔人の如き視線を彼に向ける。

 

「…特環か」

「あぁ、特環防衛班零番隊隊長"オオムカデ"又の名は千堂裴晴だ」

「千堂…裴晴…」

 

裴晴の名を聞いて、少年の顔色が変わる。

愉快そうに、目当てのおもちゃを見つけた子供のように。

喜悦の笑みを浮かべた。

 

「そうか…そうか…。てめーが"特環の死神"か。あの野郎から聞いてるぜ。現時点、花城摩理と同格の最強の虫憑きだってな」

 

細やかに少年から殺意が裴晴の身に降り注ぐ。

彼の目的は摩理と自分のようだ。

 

「そう。そのあの野郎はお元気かな?青播磨島で会ったんだろ?」

「あん?何を言ってやがる。青播磨島がどうなったか。中央本部の…あの女の配下の、てめーが知らねぇ訳がないだろ?」

「あぁ、知ってるさ」

 

知ってるからこそ、聞きたかった。

"先生"の最後はどうだったのか。

裴晴には知る必要があった。

 

「だからこそ、直に現場に居た人間から話を聞きたいのさ。あの女が君を追っているのは、言わば口封じ。知られたら拙い真実があるんだろ?」

「どんな予想をしてるんだ?てめーは?」

「常に最低最悪…をだよ。人間ほど残酷な生き物は居ないだろ?」

 

お互いにぼかした物言いをしながら裴晴と少年は会話する。

大助が二人の会話を聞きながらも、何の話をしているか分かっていない。

しかし、この会話が虫憑き達にとって重要な情報を幾つもはらんでいる事は理解していた。

 

「…なる程な。まぁ、胸糞悪りぃ話だがオレが最後見た光景は"更地"だったぜ」

「そうか……」

 

更地の一言で裴晴は全てを悟る。

つまり、そういうことだ。

少年…ハルキヨの言うように胸糞悪い話である。

 

「ありがとう。改めて確認出来てよかった」

「くっくっ…おかしな野郎だ。何を確認したかったんだ?」

 

今更、この後に及んで何を知りたかったのか、ハルキヨは分からなかったが裴晴という少年が想像より愉快な人物だと面白く笑う。

だが、

 

「"あの女"は生かしておけない。俺や摩理の夢の為に"必ず殺そう"と再認識できた。礼を言うよ」

 

裴晴が口元に冷笑を浮かべて紡いだ言葉に、ハルキヨは笑みを引っ込めた。

大助が裴晴の放つ気配に戦慄する。

思わず身構えて臨戦態勢を取りそうになるほど。

ハルキヨからのプレッシャーが軽く霧散するほどの凄絶な殺意が室内を一瞬で満たした。

でも、それはすぐにかき消え、裴晴の表情も元に戻った。

 

「それで?摩理に何のご用事かな?ハルキヨくん?生憎と彼女はご覧の通り意識不明なんだ」

 

裴晴はベッドで眠る摩理を差した。

ハルキヨは明らかな病人で長らく目覚めた様子がない少女を見て、苦虫潰したような表情を浮かべた。「あの野郎…騙しやがったな」と怒りを含んだ呟きを漏らしながらも、ため息をついて裴晴へと向き直る。

 

「……仕方ねぇ…今日は引くぜ。花城摩理は駄目みたいだが、死神(てめー)が居るのは確認できたから」

「逃がすと思ってんのか?」

 

踵を返そうとするハルキヨの前に大助が立ち塞がる。

貴重な情報源をこのまま取り逃がす訳にはいかない。

しかし、裴晴は。

 

「構わないよ、"かっこう"。帰らせて」

「な、本気か?!」

 

現時点の上司の指示に驚いた。

見るからに不審人物をそのまま帰そうなど、普段の裴晴では考えられない。

 

「本気さ。ハルキヨくんは俺の知りたい情報を幾つも提供してくれたからね。今日は見逃してあげる事にするよ」

「余裕だなぁ、おい。オレが何で此処に来たのか。分かってんのか?」

「分かってるよ。その上で見逃す。今度会う時は病室ではなく、戦場で。安心するといい。退屈はさせないし、俺は摩理ほど甘くない」

 

残虐性は裴晴の方が摩理よりも強い。

確かな倫理観を持ち合わせながらも、目的の為ならその倫理観すら捨て去り、手段選ばずやり遂げる。

必要なら狂人の皮を被る事も厭わない何処か壊れた常人。

それが裴晴である。

 

「次は存分に殺し合おうじゃないか"大閻魔(ハルキヨくん)"」

「あぁ、そうこなくちゃな"死神(センドウ ハイセイ)"」

 

己が夢を叶えるために戦い合う虫憑き同士。

魔人と死神はそう言って笑いあい、別れた。

 

 

 


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