ムシウタ:re   作:上代 裴世

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第4話

 

 

 

収容者の反乱として処理した一件から暫く。

未だに瓦礫の山と化したホールの一部で裴晴は八重子と並んで立ち話をしていた。

話しの内容は昨日の一件の事後報告。

リナの説得任務ではなく、彼女の信奉者駆逐作戦の報告だ。

 

「駆逐率は?」

「およそ全体で6割程度かと」

「想定していたより削れてませんね」

「仮にも局員だった虫憑き達も参戦してましたから。それに兵士でなくても、命の危機に瀕すれば平民も必死になって戦うものでしょう」

 

眼前で瓦礫となったホールを新しく零番隊の後方要員となった"ねね"があくせくと修復している姿を眺めながら裴晴はしみじみと言う。

 

「想定より削れませんでしたが、良い教訓にはなったかと」

「そうですね。これでまた暫くは他の支部も虫憑き達も変な動きはせず大人しくなるでしょう」

 

裴晴の言葉に八重子は同意する。

しかし、

 

「ですが、火種一号予定の"リナ"を逃したのは失策ですね」

「火種一号?リナは六号指定ではありませんでしたか?」

「これだけの破壊を行える虫憑きが六号程度だと?」

 

八重子の意見に裴晴も納得する。

確かに裴晴と戦闘する前のリナの"虫"が齎した破壊は一号指定を受けてもおかしくない。

 

「それに…周りの助けがあったといえ、貴方や"かっこう"が揃った戦場で生き残ったのです。まだ申請中ですが一号指定しても良いでしょう」

「なるほど…」

 

直接戦闘を行なった訳ではないが、火種一号"かっこう"、異種一号"オオムカデ"が揃った場所で反撃し、生き残っている訳だから同格とされても不思議ではない。

 

「それで?どうするのです。連中が新たな反抗勢力となる危険性は貴方も承知済みのはず」

「えぇ。ですが、そうならない可能性もあります」

「というと?」

「"ヤドリの樹"の連中と彼らは接触したようです」

 

裴晴からの情報を聞き、八重子は笑みを深めた。

 

「なるほど…だから元局員連中は最低限しか削らなかったのですか。ではリナ達は"フクロウ"と合流すると?」

「まだどうなるか定かではありません。しかし、特環に抗するつもりならヤドリの樹を頼るでしょう。"フクロウ"の目的が特環の打倒なら、虫憑きの居場所を作る事を目的とする"リナ"と友誼を結ぶ可能性は充分にあります」

「まぁ、あちこちにレジスタンスが生まれるよりはマシでしょう」

 

八重子も裴晴の目論見に賛同する。

下手にバラバラになられるよりは一箇所に集中してもらった方が叩きやすい。

 

「分かりました。完璧ではありませんが、一先ずリナの一件はこれで手打ちとしましょう。後はリナとヤドリの樹の動向に注視を」

「了解しました」

 

リナの一件はこれで終わりとするという八重子の言葉を聞き、裴晴はその結論を受け入れた。

 

「ところで"オオムカデ"。貴方、"かっこう"に何か特殊な任務でも与えましたか?」

「彼奴は現在、先の一件の責任を取らせ、監視対象の通う学校で監視の継続と謹慎をさせています。任務を与えるなどあり得ません」

 

表向き、今回の説得を行う際の作戦を立案、実行したのは大助であるから、当然責任は取らねばならない。

 

「そうですか。しかし、今日"かっこう"の依頼で"秘種四号ころろ"が向かったようですが?」

「…なに…?」

 

八重子から話された情報に裴晴は眉をひそめる。

裴晴が大助には何も指示を出していないのは本当だ。

つまり、

 

「貴方が把握してないという事は彼の独断ですか」

「……急ぎ確認します。では」

 

裴晴は八重子に背を向けた。

足早にホールを出ていこうとする裴晴に八重子は言葉を掛ける。

 

「部下の手綱は握っておきなさい"オオムカデ"」

「忠告痛みいります、副本部長殿」

 

どの口が言うのか。

大助の行動が八重子の策略なのは明らか。

苦々しく思いながら、裴晴は特環の施設を後にした。

更衣室で私服に着替え直しながら、裴晴は控えている自身の副長に聞く。

 

「今日の二人の行動予定は?」

「私立幌波大学付属中学の文化祭へ行っています」

 

ヴェスパは大助が報告している範囲での予定を伝える。

 

「"ころろ"もか?」

「"ころろ"は別任務中です。恐らくかっこうとそこで落ち合うつもりかと」

 

時間は午後3時を回っている。

既に要件を済ませている可能性は高い。

 

「如何されますか?」

「取り敢えず、幌波へ向かう。後の事はお前に任せる。ねねには適度に休みを取らせて修復作業が終わり次第、あさぎの元に帰せ」

 

ヴェスパにある程度を指示を出し終えると、資料館から外へ出た。

タクシーで幌波中学へ移動する。

現地に到着すると、学校祭でも開かれているのか一般人が多く、人の出入りも多かった。

これでは視覚で亜梨子達を見つけるのは困難と判断し、裴晴は目立たない場所を探し当てると、自身の虫の感知能力を使う事にした。肩に"タツノオオムカデ"が現れ、ガチガチと歯を鳴らしながら、モルフォチョウの気配を追っていく。

すると、

 

「ちっ…あの馬鹿ども!」

 

モルフォチョウの気配を捉えた瞬間。

裴晴は舌打ちしながら、急いで感知した場所へと駆け出す。

校内へと入り込み、階段を駆け上がる。

2階に来ると渡り廊下を走り、特別教室棟と呼ばれる場所に来た。第2美術室と書かれた教室にノックもなく、入る。

 

「"摩理"!」

 

扉を開け、大切な人の名を叫ぶ。

教室の中は特殊型の"虫"特有と云える領域が展開されていて、怪しげな少女と亜梨子が睨み合っていた。

亜梨子の手には見覚えのある銀槍が握られている。

 

くすりーーと亜梨子の顔をした"花城摩理"は裴晴に微笑み返しながら少女に向かい、槍を振りかぶった。

 

「っーー」

 

裴晴は摩理が槍を構えていた段階で駆け出し、二人の間に割って入ると鱗粉により発生する斬撃を、一本の尾で受け止めた。衝撃が拡散し、教室の備品が吹き飛ばされる。

裴晴と摩理、死神とハンターは一年の時を経て対峙する。

 

「久しぶりだな、摩理」

「久しぶり?違うでしょ?私はいつも貴方の側に居た。貴方も私の側に居てくれた。だから、こんばんは、じゃないかしら?」

 

コクリと小首を傾げつつ、槍を構えたまま、摩理は言葉を返した。

 

「そうだな、こんばんは、だ。摩理」

「えぇ、こんばんは、裴晴。話しは変わるけど、そこを退いてくれる?貴方が居たらその娘を殺れないわ」

 

裴晴の背後に居る少女へ摩理は殺気を向ける。

 

「ディオレストイの虫憑きは邪魔なだけ。潰しても問題ないでしょ?」

「あぁ、こいつが欠落者になろうが死のうがどうでもいい」

 

摩理の言葉に裴晴は同意する。

二人のやり取りを聞いて少女は絶句する。

人の命をなんとも思っていない台詞に少女は言葉を失うしかない。

 

「だが、亜梨子さんは違う。摩理、"魂依"を解け。只でさえ、俺らの同化能力は身体に負担が掛かる。槍だけだろうと亜梨子さんは一般人だ。長く憑依を続けるのは良くない」

 

裴晴の指摘に摩理の表情が歪む。

彼女も理解していたのだろう。

モルフォチョウに宿る摩理が亜梨子の人格表層に現れるのは、宿り木であり彼女が危機に瀕した時のみ。

摩理自身が亜梨子に掛ける負担を理解しているからこそ、そのような状態にしているのだ。

これ以上は亜梨子の身体に悪影響が出ると、憑依を解くように摩理へ促す。

だが、

 

「"ころろ"!」

 

摩理を説得して憑依を解除させようとしたところに。

最悪のタイミングで、黒コートにゴーグル、そして拳銃、完全武装の状態で大助は裴晴の前に現れた。

 

「"かっこう"。後で覚えておけ。謹慎では済まさんぞ」

 

怒りを滲ませた眼で裴晴は大助を睨みつけ言う。

大助は裴晴がこの場に居るのは完全に想定外だったのか、ゴーグル越しだが、動揺しているように見受けられる。

裴晴は大助から視線を戻し、改めて摩理と対する。

すると、

 

「そう…貴方が薬屋大助」

 

表情は一変。

くすり、と摩理に微笑が戻る。

薬屋大助。

彼女は彼を知っていた。

 

「"先生"から聞いた事があるわ。同化型で裴晴と同等の強い虫憑き」

 

摩理は槍の穂先を大助に向けた。

このままでは拙いと感じ、裴晴は背後の少女"ころろ"に言う。

 

「秘種四号"ころろ"、今すぐリンクを遮断しろ。流石に人口密集地で摩理とドンパチはできん」

「で、でも、彼女は思っていたよりとんでもない情報を持ってるみたいでーー」

「その情報は俺が持っているものと大差ない。お前らが知らないのは単純に情報開示レベルが足りないからだ」

 

裴晴の言葉にころろは内心で驚く。

裴晴が到着するまで、"ころろ"の能力でモルフォチョウの…"虫"の過去を見たが、その過去映像のどれもが"虫"という存在の秘密に迫るものばかりだった。

それ程の情報を裴晴も持っていて、秘種四号の彼女は勿論、火種一号の大助にすら公開されないとは正直、驚きしかない。

 

「本部長は勿論、副本部長も知っている。知りたければ、出世しろ」

 

そう吐き捨てると、裴晴は摩理との距離を縮めた。

銀槍の穂先を掴み、彼女の動きを制限しようと動く。

しかし、

 

「甘いわ、裴晴」

 

摩理は裴晴から距離を取りつつ、鱗粉を散布する。

教室内の視界を塞がれ、摩理の姿を見失う。

 

(閉鎖空間内じゃ不利か)

 

鱗粉の散布により、裴晴の動きが鈍くなる。

彼女の"虫"の能力が完全ではないが裴晴の"虫"に干渉している為だ。

 

「ちっ…」

 

鱗粉の霧に紛れ、槍の刺突が裴晴を襲う。

腕を硬化し、弾いて応戦するが、防戦一方。

裴晴に亜梨子や摩理を傷つける真似は出来ない。

たとえ数多の虫憑きを欠落者に落としてもだ。

一向に反撃に転ずる気配がない裴晴を見て、大助はころろに声を掛けた。

 

「…やむを得ないか…悪いな、ころろ」

 

大助はころろに銃口を向ける。

銃口を向けられたころろは目を見開くがそれも一瞬。

水球を抱えたまま、床の上で微笑を浮かべて大助を見上げる。

 

「くすり……痛いのは慣れています…、そうですよね?かっくん」

「……」

 

大助は無言で引き金を引いた。

水球の水面に浮かぶ花城摩理が屈託のない笑顔を浮かべる。

 

『また明日ね、裴晴ーーー』

 

大助が放った銃弾は水球を撃ち抜く。

 

「……っ!」

 

ころろが声もなく仰け反る。

水球が弾けた為に映った映像が消えた。

教室に充満した鱗粉の霧が晴れ、亜梨子の姿が現れる。

銀槍から弾き飛ばされるようにモルフォチョウが分離し、亜梨子の身体が弛緩する。

慌てて裴晴は亜梨子の身体を抱き止める。

 

「んっ……」

 

裴晴の腕の中で亜梨子が呻き声を上げる。

 

「あーーれ?私……」

「や、亜梨子さん。大丈夫かい?」

「へーー?あ……な、なんで裴晴くんが此処に居るの?!」

 

亜梨子が顔を赤く染めて裴晴に聞く。そして周囲の惨状を見て、困惑した。

 

「え、え?なにこれ…なんでこんな事に?」

「彼女の"虫"の能力でモルフォチョウが暴走してね。亜梨子さんはその暴走に巻き込まれて気絶してたんだ」

 

ころろを指して裴晴は虚実を交えて亜梨子を支えながら、その場に立たせた。

 

「さ、人が来る。亜梨子さんは一緒に来た友人達の元に帰って。きっと心配してる」

「けど……」

「後は任せて。さぁ、早く」

 

亜梨子に去るよう促す。

何処か釈然としない表情を浮かべつつも、裴晴に言われたように荒れた第2美術室を後にする。

遠くで非常ベルが鳴り響き、室内には気を失ったころろと大助、裴晴が残った。

裴晴が亜梨子を見送った扉の前で振り返る。

 

 

「一度は許す。だが、二度はない」

 

 

裴晴の口から本当の殺意が乗った台詞が放たれる。

大助は裴晴から放たれる殺意の波動を感じ、龍の逆鱗に触れた事を自覚した。

 

 

 


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