ムシウタ:re   作:上代 裴世

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第四話

 

 

 

播本潤の一件は彼の不自然な「転校」という形で幕を閉じることとなって数日後。

亜梨子と大助は赤牧市中央病院の廊下を歩いていた。

受付とエレベーターを通過し、5階にやってきたところである。

数日前の一件で亜梨子は大助の所属する機関に要注意人物として目をつけられたらしく、本来ならすぐに何処かの施設に送られるところだったが、彼女は財界の重鎮の一人娘。様々な事情やある"虫憑き"の思惑が飛び交った結果、監視員を一人つけることで決着した。

その後の行動早く、特環はホルス聖城学園に転校し、一之黒家に居候して四六時中、間近で監視する人間として、火種一号"かっこう"こと、薬屋大助を派遣。

そうして、現在…彼らは常に二人で行動するようになったのだ。

面会時間の終了間際とあって出歩いている人影は少なく、面会者は帰路につき、患者は部屋へ戻っている。

制服を来た看護師が通り過ぎていく廊下を二人は歩いていた。

 

「とにかく、そんな訳でお前の"虫"は今までにないタイプなんだよ」

 

すぐ隣からかけられた声で亜梨子は外の景色を見るのを止め、窓から目をそらした。

 

「ふーん」

「ふーん、じゃないだろ。自分の事なんだから、ちゃんと覚えとけ」

 

興味なさ気な亜梨子に、大助が不機嫌そうに言い放つ。

 

「バカにこんな説明までしなくちゃならない俺の身にもなれよな」

「亜梨子エルボー」

 

大助が腹を押さえてうずくまった。

亜梨子の肘が綺麗にみぞおちに決まったからだ。

彼女は澄ました顔で廊下を先に歩いていく。

うしろから「君、どうかしたの?大丈夫?」「な、なんでもありません」と看護師と大助の会話が聞こえてきた。

暫く歩いていると亜梨子の頭を衝撃が襲う。

大助が復活してすぐ叩いたのだ。

 

「…居候のぶんざいで、ご主人様を叩くなんて、もっとしつけが必要かしら?」

「誰がご主人様だよ。俺だって、さっさとお前なんかのお守りは終わらせたいんだ」

「亜梨子ダブルパンチ」

 

睨み合いの末、亜梨子の両拳が再び大助の腹にめり込んだ。

また蹲って行き交う看護師の一人に覗き込まれる彼を置き去り、さっさと廊下を進む。

 

「……」

 

ある一室の前で立ち止まった。

入り口に掛けられた名札には「花城摩理」の名が書かれている。

一呼吸してからいつも通りにノックしてからドアを開けようとしたが、ふいに横から手が伸び、ドアが無造作に開かれた。

犯人は大助。立ち尽くす亜梨子に何の配慮もない、邪魔なものを避けるような機械的な手つきだった。

 

「早く入れよ」

 

亜梨子に睨まれながらも、大助はどこ吹く風で冷静に言ってきた。

 

「どきなさい」

 

大助を押しのけ、亜梨子は室内に入る。

病室には先客がいた。

この部屋において、そこが彼の定位置であった。

ベッド横に置かれた丸椅子に座り、足を組み、己の大切な人が目覚めるまで側に寄り添い読書に耽る少年。

千堂裴晴が既に病室で待ち構えていた。

 

「やぁ、亜梨子さんに薬屋くん」

 

裴晴は優しく微笑み、二人を迎え入れた。

 

「今日は随分と遅かったね、亜梨子さん。もう面会時間、終わってしまったよ?」

「下僕の世話をしていたら遅れちゃったわ」

「あぁ…ナルホドね」

 

亜梨子は性格的に面倒味はいい。

下僕や執事なとど言ってはいるが、大助がこれから学園生活をするのに場所や知識を教えていたのだろう。

 

「そういう裴晴くんは何で居るの?面会時間終わったけど?」

「君らを待っていたんだよ」

 

裴晴は本を閉じて立ち上がる。

 

「聞きたい事があるだろう、俺に?」

「……」

 

裴晴に尋ねられ、亜梨子は沈黙した。

彼女の心情のほどは推し量れないが、話すなら今の内に話しておいた方が裴晴にとって都合が良かった。

 

「歩きながら話そう。薬屋くんも聞くか?」

「……同行させてもらう」

 

監視者である以上、大助は亜梨子の側を離れられない。それに裴晴の口から語られる事に興味がないわけではなかった。

一年ほど前に特環の心臓部がある赤牧市で数多の同族を欠落者にするという猛威を振るった、大助と同じ一号指定の虫憑き。

大助も知らないような情報を知っているに違いない。

 

「それじゃあな、摩理。また明日来るよ」

 

ベッドで眠る美しい少女の顔に触れながら別れの挨拶を告げると、裴晴は病室から出ていった。

彼と入れ替わるように亜梨子も摩理へ今日のところは帰ると言うと、裴晴の後を追っていった。

最後に残った大助は亜梨子に取り憑いているモルフォチョウの本来の主である摩理へ一瞥し、何やら考え込む素振りを見せたが、すぐに部屋から退出した。

来た廊下の道を戻りながら裴晴は亜梨子に話しかける。

 

「もう誤魔化す気はないから単刀直入に。俺も摩理と同じ"虫憑き"だ」

 

普段と変わらない口調で裴晴は軽くカミングアウトする。

 

「大助…"かっこう"と同じ俺や摩理は《同化型》と呼ばれる虫憑きで物体や肉体に虫を同化させて力を振るう珍しいタイプの"虫"だ」

「物や人に同化……じゃあ、あの槍はーー」

「そう。あの銀槍がモルフォチョウのもう一つの姿。摩理も同様の物を使っていた」

 

同化させる元の物体に違いはあるが、同質のものと言ってもいい。

 

「そして昨日、君を助けた時に俺は同じような力を使った。俺の場合は物に同化させず、身体だけに同化させるという違いはあるが」

 

裴晴の武器は強化された肉体とムカデの形状を模した触手だ。

 

「一年前…丁度、摩理が意識不明になった後くらいに特環の局員になった。それまでは色々とヤンチャしてたよ」

「"ヤンチャ"じゃ済まないだろ、お前の場合」

 

大助が裴晴がオブラートに包んだ物言いをバッサリと切り捨てた。補足するように大助が知る範囲で説明する。

 

「今でこそ"オオムカデ"なんてコードネームを与えられているが所属以前は"黒い死神"なんて異名で呼ばれた史上最悪の虫憑きだ。当時、総ての虫憑きに恐れられていた」

「死…神?」

「特環やそれ以外の虫憑きを無差別に欠落者にした凶気の虫憑き。それがそいつに対する周りの印象だ」

 

大助からの厳しい視線に、「あははは…」と裴晴が恥ずかしそうに乾いた笑いを漏らす。

 

「尖ってたもんだ、俺も」

「いや…そういう不良だったみたいなレベルじゃないだろ」

 

実際に裴晴の餌食になったものは数えきれない。

まだ名も無い特環の反抗組織と思われる虫憑きや、特環の局員である虫憑きと幾度か乱戦になった際で詳しい犠牲者数が把握でき無いのだ。

 

「特環で初めて捕獲度外視した、異例の掃討作戦まで立案されたくらいヤバい奴だぞ、コイツ。俺にも作戦に参加するよう要請が来たしな」

「あたしや摩理に隠れてそんな事を…?」

 

流石の亜梨子も裴晴の行動に呆れ果てた様子だ。

 

「一体、何で……?」

 

「虫憑きになった理由も目的も昔から変わらない。"摩理"を助けたい、この一点だけだ」

 

大切な人を引き合いに出して本当に酷い言い草だと内心自嘲する。

 

「俺は自分にとって大切な人達と幸せに生きていきたかった。家族や摩理は勿論、亜梨子さんとね」

 

大人になっていけば難しくなるから、永遠とは言わないが、今この時を、一時の思い出として大切に出来るように三人で一緒に過ごせていけたらそれで良かった。

 

「俺の"虫"の能力は《変成》。触れたモノを作り変える能力だ。それを使って摩理の身体を変成(なお)すつもりだった」

 

摩理を生かすために頑張っていた心臓は限界を超えていた。手術が不可能なほどに弱り切っていた心臓を復活させるには医療の常識を超えた非常識な力が必要だった。

そういう意味では、虫憑きとなった裴晴は賭けに勝ったと云える。

彼が欲した非常識(チカラ)が取り憑いた虫に宿っていたのだから。

 

「心臓なんて脳に次ぐ重要な器官を弄るには専門的医療知識と、《変成》の微細な操作力…そして、弱りきった心臓と身体を復活させる"エネルギー"が必要だ」

 

医療の専門知識は医師である"先生"に学ぶ事ができ、心臓の細部をイメージする事が出来た。

修復する為に繊細な操作技術も必要な為、襲ってきた虫憑きを負傷させて実験台として練度を上げてもいった。

しかし、問題だったのは心臓という臓器を丸々作り変えるのと弱った肉体を賦活させるエネルギーであった。

 

「エネルギー不足を解決する為に俺は他の虫憑きの"虫"や"夢"を糧にした。幸いなことにそれが出来る力が備わっていたから」

 

タツノオオムカデが有する能力の一つ"蟲喰い"が裴晴の計画を現実にする一役となった。

 

「全ての準備が整えば摩理を助けられる筈だった」

 

元気になって自分や亜梨子の傍らに居てくれると思っていた。

だが、現実は無情にも裴晴の思い通りに事は運ばなかった。最良ではなく、最善の結果で彼の計画は一応の成功をみただけ。

 

「結局……間に合わなかったよ」

「………」

 

裴晴が力ない笑みを浮かべると、亜梨子が顔を歪め、何と答えたら良いの分からないといった表情をした。

あくまでも裴晴にとって思惑通りに事は運んでいなかったが、助ける筈だった対象が思わぬアドリブを利かせてくれたお陰で失敗に至っていない。

モルフォチョウが消えず、亜梨子の側で羽ばたいている限り、裴晴の"夢"は繋ぎ止められている。

 

「後は知っての通りだ。摩理が意識不明になった後、彼女に憑いていたモルフォチョウが亜梨子さんに取り憑いたのに気付いて、俺は君の存在を隠蔽する為に特環に入局することにしたんだ」

「えっ?!気付いてたの?」

「君よりも摩理の側に居るのは長いんだ。俺が彼女の虫が居ない事に気付かないと思ったかい?」

 

モルフォチョウに摩理の意識が宿っているならば、行き先など考えなくても分かる。

だから、直ぐに裴晴は亜梨子の父親である一之黒涙守といち早く接触し、亜梨子とモルフォチョウを守る為に彼から金銭援助や財界のコネクションを用いてもらい、策謀を巡らせたのだ。

 

「尤も数日前の一件で俺の努力も水の泡と化したけどな」

「うっ……ごめんなさい」

 

知らなかったとはいえ、悪い事をしてしまったと亜梨子も少し反省する。

国家組織に所属しているとはいっても、個人レベルで人一人の情報を隠すのはそれなりに骨をおっていた筈だ。

 

「ま、いつまでも隠し通せるとも思ってなかったし、バレるべくしてバレたと思うさ」

 

現状の段階で特環に亜梨子の事が明るみに出てもさしたる影響はなかった。

八重子辺りは宿主を変えて取り憑くモルフォチョウに興味を示すだろうが、裴晴が側に居る以上、下手な干渉をしてくる心配はない。

問題なのは、この情報が変な組織や虫憑きにまで漏れて襲撃されないかどうかだ。

目撃者は大抵欠落者になっている為、大部分の狩りの被害者は裴晴だという事にしてはいるが、中には生き残った虫憑きもいて、その者達は銀色のモルフォチョウを見ている。

モルフォチョウの憑いている奴が"ハンター"という構図が成り立っているだろうから、そいつらが襲って来るのは充分あり得る。

だからこそ、裴晴は亜梨子の監視役が大助になるように少しばかり手を回したのだ。

 

 

「さて…俺の話は終わりだ。何か質問は?」

 

裴晴が二人に向かって尋ねる。

亜梨子が徐に口を開く。

 

「何で監視役が裴晴くんじゃなくて大助(コイツ)なの?」

「対象と親しい人間は基本監視役に選ばれない。それに、俺は元々の担当部署が違うからな。外部から来ていて護衛役として充分な戦闘能力を持つ奴を選んだ結果だよ」

「コイツ強いの?」

「特環最高戦力だ。強いぞ?」

 

戦った事はないが、戦闘能力が最も優れているという点で火種一号指定されてるのだから実力的には五分五分といったところだろう。

 

「そんな奴を護衛につけて大丈夫なの?」

「俺の友人ってだけでも闇討ちされる危険があるからな。少しでも強い護衛をつけないと」

 

亜梨子の指摘通り、兎が獅子に護られている位の過剰な防衛力だ。この件、裴晴は某とある支部の支部長に要らぬ借りを作ってしまったのは思わぬ痛手であった。

 

「ちょっと…!」

「冗談だ。特環以外の人間に顔バレしてないから心配はないよ。でも念には念を入れた上の処置だ。受け入れろ」

 

慌てる亜梨子にカラカラと裴晴が笑いながら答えると、三人は病院一階の広い待合室まで戻ってきた。

すると、三人の姿を見つけた二人の少女が近寄ってくる。

 

「亜梨子〜、薬屋くん〜、お見舞い終わった?」

 

亜梨子の友人の一人である西園寺恵那が声を掛けてきた。隣には数日前の一件に関わっていた九条多賀子の姿もある。

 

「こんばんは、西園寺さん、九条さん」

 

裴晴が二人へ挨拶を告げる。

 

「こんばんは、千堂くん。貴方もお見舞い?毎日飽きないわねぇ」

「もう…恵那さん、失礼ですよ?…こんばんは、千堂くん」

 

恵那や多賀子も挨拶を返してきた。

 

「亜梨子さんの付き添いかな?」

「えぇ、一緒に帰る予定でしたので。亜梨子さんが途中寄りたいとおっしゃったのでついでに」

 

裴晴はそうか、と相槌を打った。

 

「千堂くんも一緒に帰らない?」

「そうだね。君達が良いのなら」

「もっちろん!良いわよね、亜梨子?」

 

多賀子が尋ねると亜梨子も了承した。

大体、病院から帰るときは迎えの車が用意されているが、今日は恵那や多賀子と帰ろうと迎えは断っていた。

三人は待合室から正面玄関へ移動し病院をあとにする。

外は夜の帳がもう降りていたが、街並みは爛々としたネオンの光が輝いていた。

五人は雑談しながら病院の敷地内を出ていく為に歩みを進めていると、

 

「あ…」

 

亜梨子が、ふと足を止め、顔を見上げて何かを見つめ始めた。

何を見つけたんだろうと、裴晴は彼女の顔を覗き込み、視線の先を追う。

そこには煌びやかな光に彩られた観覧車が見えた。

 

ーー綺麗だね、あの観覧車…。

ーー退院したら一緒に乗ろうか!

 

亜梨子が観覧車を見ている姿に裴晴は一年前の彼女達の会話の一つを思い出した。

 

「そういえば……」

 

ポツリと裴晴が呟き出す。

亜梨子や裴晴が立ち止まった事に気づき、先頭で戯れあっていた三人もピタりと足を止めた。

 

「約束していたね。あれに乗ろうかって」

「えっ?」

 

ぼおっと観覧車を見つめたままだった亜梨子が裴晴の言葉を聞いて我に返った。

 

「君と摩理さ。病室からも見えるあの観覧車を見て、二人とも退院したら一緒に乗ろうって約束してたろ」

「そうだったわね…」

 

亜梨子は思い出し、懐かしげに目を細めた。

 

「丁度良いから乗っていくか?そこまで遠くはないし」

「はい?」

「これは告白してOKもらえたらの話になるが……実はアイツが退院したらデートにでも誘おうと思っていたんだ。何処に行こうか決まっていなくてな。デートプランを作成するにあたり、少し協力してくれ」

「気が早すぎない?」

「それぐらいで良いんだよ。あとでバタバタするよりはね。君だって摩理とアレに乗るなら一応、一回は試乗しといた方がいいんじゃないか?」

 

どう見ても何かこじつけている様にしか聞こえない。

裴晴なりの何か目的あっての提案、亜梨子は少し考え込んでいると、横から恵那が割って入る。

 

「良いじゃない、亜梨子。乗ってみましょうよ。私もアレ、まだ乗ったことないのよねぇ」

「恵那……」

「勿論、千堂くんの奢りよね?」

 

恵那がそう言うと、裴晴は苦笑した。

 

「言い出したのは俺だからな…仕方ない。構わないよ」

「よし、言質取ったわよ!さぁ、そうと決まれば行きましょう!」

「ち、ちょっと、恵那?」

 

恵那が話の流れについていけない亜梨子の手を引いて歩き出した。多賀子もそんな二人の様子を見て、微笑を浮かべながら着いていく。

 

「おい、どういうつもりだよ」

 

彼女達の後を追って歩き出そうとしていた裴晴に近づき、大助が耳打ちしてきた。

 

「亜梨子さんの気晴らしだ」

「はぁ?」

「ここの所、色々あったからな。ちょっとでも肩を軽くしてやらないと。少し付き合ってくれ。どうせ、暇だろ?」

 

裴晴の断定したような台詞に大助は不快な顔をしたが、指摘通り予定などはなかったので反論はしなかった。

 

「まぁ、お前も役得だろ?俺の記憶が正しければ、あの観覧車は四人乗りだ。両手に花だな」

「……お前は乗らないのかよ」

「最初に乗る相手は決まってるんでな」

 

軽い惚気と取れる発言に大助は脱力を覚えながらも、任務上、亜梨子から離れる訳にもいかないので渋々、裴晴の言葉に従うのだった。

 

 

 


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