8月も半分が終わった頃。まだ蒸し暑い日は続き、セミが忙しなく鳴いている。
エアコンが壊れてしまい、窓を開けて風を通す事で何とか凌ごうとしている華世の部屋には、同じく自室のエアコンが壊れてしまいここなら涼めると思って避難してきたコックリさんが居た。
「夏なんて嫌いだ……」
「冬になったら冬なんて嫌いって言ってるくせに」
床に寝そべり溶けている華世を横目にコックリさんは溶けかけの棒アイスを齧る。ゴリゴリ太郎なんて名前のくせに、硬さのかけらも残っていない。
「……ねえコックリさん、なんか涼しくなるような事してよ」
「涼しくなるような事って、例えば?」
「……怖い話とか?」
その言葉を聞いてコックリさんはわざとらしくため息をつき、やれやれと言った感じで目を閉じて首を振る。
「あのさぁ、今目の前にかの有名なコックリさんが居るんだけど? 泣く子も黙るこわ〜いコックリさんだよ?」
「ははは、怖いってコックリさんが? キャラ守る為に着物は着てるのに3歩でコケるからって下駄やめてスニーカー履いてるコックリさんが?」
「い、いいでしょその話は! 歩きにくいのよアレ。コンクリートの上歩くとうるさいし! 怖い事に関係ないじゃんか!」
顔を赤くしたコックリさんは腕をブンブンと振り回し抗議をしている。コックリさんは偉い子なので、アイスは皿に乗せて置いてある。食べ物を持ったまま振り回してはいけないことは、妖怪でもわかっている。
「じゃあさ、1回想像してみてよ」
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深夜の学校に忍び込んだ三人組、例の紙と硬貨を用意してあの言葉を唱える。
「コックリさんコックリさん、おいでください。おいでになられましたら『はい』におすすみください」
三人が固唾を飲んで指先の硬貨を見つめる。すると、ゆっくりと硬貨は『はい』の方へ進んでいく。困惑しながら何度も手元とお互いの顔を交互に見ていると、誰も居ないはずの廊下から足音が聞こえてくる。三人は大パニック。慌てて硬貨から手を離し、教室の鍵を閉める。そして、荒くなった息を抑え込むように口を手に当て、廊下側の壁に張り付いて座り込む。そして、壁の向こうの足音に耳を澄ませる。
聞こえてくるのは、スニーカーを履いた誰かの足音……
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「……雰囲気ぶち壊しだよ!!」
「で、でも! そこで無理して下駄履いてコケるよりマシでしょ?!」
「そうかもしれないけどさ! はぁ……なんかさらに暑くなってきちゃったぁ〜」
ヒートアップして立ち上がっていた華世が再び溶けて地面にへばりつく。涼しくなる事をしたいと言っておきながら勝手に熱くなってへばっている様は実に哀れだ。
「……そういえば、コックリさんって今誰かが沖縄とかでコックリさん始めたらどうやって向こうまで行くの?」
「いや行かないよ……ここ関東だよ? 行けるわけないでしょ。近場にいる他のコックリさんが行くって」
「ふ〜ん……へ?」
自然と聞き流そうとして、聞き捨てならない言葉を聞いて華世の時が止まる。一切の瞬きも呼吸も止まり、ただコックリさんの顔を見つめる。よく分かっていないコックリさんは見つめられ続けたせいで、少し顔を赤くして目線を逸らす。
「今、他のコックリさんって言った?」
「え、うん。言ったけど」
「……他にもコックリさんって居るの……?」
「居るよ?当たり前じゃん」
数年来の友人であるコックリさんが実は複数居たことを今初めて知った華世。驚きのあまり再び時が止まってしまっている。
「あっれー……言ってなかったっけ?」
「っ、聞いてないよ! 超初耳! え、じゃあ私今まで人に対して人間って呼ぶ感じでコックリさんって呼んでたってこと……!?」
「まあ、そんな感じだけど……」
かなりショックを受けたのか、また立ち上がっていた華世は今度はガラガラと音を立てて崩れ落ち、口からは魂が抜け出ている。
すぐにコックリさんが抜け出た魂を掴んで口にねじ込むと華世がゆっくりと起き上がり、ぺたりと力なく座り込む。
「……じゃ、じゃあ……コックリさんにもちゃんと名前があるってこと……だよね……?」
「もちろんあるけど、なんか今更って感じじゃない?」
「いやいや、でも知りたいじゃん……! いいでしょ、名前教えてよ〜!」
コックリさんの肩を掴み激しく前後に揺さぶると、長い金髪が暴れ回る
「あああああ、分かった分かった! 教えるからストップストップ〜!!」
「はいっ」
肩を揺さぶるのを止めると、頭だけがバネのおもちゃのように少し揺れてから元に戻る。
「……はぁ……私の名前はね」
「名前は?」
目を輝かせて華世がぐいっと顔を近づける。興奮の余り華世はよく距離感がバグるのだ。一方、好きな人に顔を近づけられコックリさんは思わず顔を逸らしてしまう。
「か、華世……近い……っ」
コックリさんが腕を顔の前でクロスして防御したことで少し華世が冷静になり、距離を置く。
「ごめんごめん。これで大丈夫?」
正座をし、真剣な表情でコックリさんの顔を見つめる。
「……なんで正座? お見合いじゃないんだし……」
「いや、なんか緊張しちゃって……気にしないで名前教えて?」
「分かった分かった……ッスー…………
「……狸狐、狸狐……なんか、めっちゃコックリさんって感じの名前だね。狐狗狸入ってるし……でも、うん。狸狐、すっごくいい名前だと思う!」
何度か復唱して笑顔を向ける。今まで一度も呼ばれなかった下の名前で何度も呼ばれ、狸狐は顔を真っ赤にして蹲ってしまう。
「え、狸狐?大丈夫?」
「待ってぇ……り、狸狐ってあんまり呼ばないでぇ……」
「なんで?今までの分いっぱい呼びたいんだけど……」
「呼ばれ慣れてないんだよぅ……」
顔を手で覆い、コックリ流完全防御形態(顔を隠して蹲るだけ)に入ってしまう。
「ありゃりゃ……ダンゴムシになっちゃった……あ、狸狐?アイス水になっちゃってる……ん?」
「……どうしたの?」
皿の上で無残にも液体と化してしまったアイスだったモノと冷凍庫を交互に見てから、蹲っている狸狐に視線を移す。先程までのキラキラした視線はなく、何処か冷たい視線を向けている。
「あのさ、狸狐。さっきアイス食べてたよね」
「……食べてたね」
「……来た時は手ブラだったよね」
「……そうだね」
狸狐の顔の赤みが引いていき、完全防御形態も解きゆっくりと立ち上がる。妙な緊張感が二人の間に漂う。
「も一つ質問いいかな」
「……」
狸狐は黙ったまま玄関の方に向かう。華世は冷たい声色で質問を続ける。
「……私のゴリゴリ太郎何処やった?」
「……君のようなカンのいい人間は嫌いだよ」
言い終わるや否や凄まじい速度で靴を履き、狸狐が家を飛び出す。華世も一瞬遅れて家を飛び出し、逃げる狸狐を追い掛ける
「待てコラァ!! 私のアイス返せえぇ!!!!」
「ご〜め〜ん〜!!」
その後、数十分町中を追いかけっこした後二人仲良く熱中症になってしまったそうな。