『コックリさん』
それは、古くから伝わる降霊術。
はい、いいえ、鳥居、0~9の数字、50音の書かれた紙を机に置き、鳥居の書かれた場所に10円玉を置く。(男、女。と書くものもある)
儀式が始まり、質問をすると、指を乗せたコインが動き、答えを教えてくれるというものだ。
そして今、春夏秋 華世はコックリさんをしようとしている。紙の両隣には、何故かきつねうどんが2つ置いてあるが。
華世は自分の指を10円玉の上に置き、あの言葉を言う。
「コックリさん、コックリさん。おいでください」
紙の上に置いた10円玉に変化は無い。しばらくの静寂。いや、静寂とは言えない。例え部屋が静かでも、今は真夏の真昼だ。開け放たれた窓から、蝉たちの鳴き声が聴こえてくる。
少しして、インターフォンが鳴る。
「お、来た来た。今出るよ〜!」
華世は10円玉から手を離し、玄関に向かう。
扉を開けると、小麦の様な金色の長い髪、透き通った赤い瞳、淡い水色の着物を着た、少し身長の高いケモミミの女の子がいた。
「……あのさ、電話番号交換したのになんでわざわざそれで呼んだの?」
金髪の女の子、コックリさんが少し疲れた表情で問いかける。
そんなこと、決まっている。
なんとなく。だ。彼の行動の3分の1はなんとなくしている事なのだ。
コックリさんは下駄を脱ぎながら、華世に話しかける。
「はぁ……で、今日はどうしたの?」
華世は紙と10円玉を片付け、座布団を置きながら答えた。
「実はさっき、スーパーの福引きで狐うどんが沢山当たってね、コックリさん油揚げ好きだったなって思ってさ、一緒にどうかな〜?と思ったの」
コックリさんはゆっくりと座布団に腰を下ろし、胡座をかく。
「まぁ、油揚げも好きだけど、私はチーズバーガーの方が好きだよ」
華世は、もうちょっと女の子らしく……とか、それは知らなかった。今度作ってあげようかな?だとか思いながら、座布団に腰を下ろし、世間で言う女の子座りをした。
「まぁ、もらえるなら欲しいかな。まだ昼食べてないし」
それもそのはず。今は13時前、コックリさんが起きたのは12時半だった。
「それじゃ……」
「「いただきます」」
ズズズズズ。ちゅるん。と音を立て、うどんを啜る。今思い出したという風に、コックリさんが華世に話しかけた。
「そう言えばさ、最近この辺にメリーさんが出たらしいよ」
「メリーさんってあの電話の?」
メリーさん。有名な怪談系都市伝説の一つ。詳しくはまたの機会に。
「にしても華世も変わってるよね。私と居たら、呪いとかで死んじゃったりするのに、私と友達なろうだなんてさ」
完食したうどんの器に箸を置きながら話すコックリさん。
「ん……そうかな?」
華世は首を傾げながら答えた。
「そりゃあそうさ。まあ、私は……その……嬉しかったけどさ……」
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「コックリさん、コックリさん。おいでください」
どこかで私を呼ぶ声がする。私はコックリさん。知識と呪いを与える狐の霊。私を呼ぶと、決まってその人に災厄が降り掛かる。いつしかコックリさんは危険な遊びとして避けられるようになった。私が行くと不幸になるから。でも、呼ばれる度、"もしかして"を期待して行ってしまう。
ごめんね……私はただ、友達が欲しいだけなの。
「(……おやおや、今度はこんな小さな子か……こういうのはやっちゃダメって言われなかったのかな……)」
今回、私を呼んだのは小学校低学年程度の女の子だった。小さな女の子の指が乗った10円玉の上に指を置こうとした。
が、避けられた。
……え?
もう一度指を置こうとする。避けられる。ふと幼女と目が合う。少し横に動くと、顔が追ってこっちを向いた。
もしかして……見えてる?
「………アンタ私が見えるの?」
「うん!」
不思議な子もいるものだ。私が見えたのはツルツルの住職ぐらいだったのに。
「アンタ、一体何がしたいの?」
「コックリさん!コックリさん!私と、お友達になってくれますか?」
……思わず目を見開いてしまった。本当に不思議な子だ。私の……コックリさんのことくらい知っているだろう。それでも友達になりたい……そう思ってくれているのだろうか。
「でも……私と一緒に居たら不幸な事が起きる……最悪、死んじゃうんだよ?」
「大丈夫!私はそんなことにならないから!」
……信じていいのだろうか。せっかくのチャンスだが、もし違ったら……他の子達みたいに……そう考えると、足が震えてしまう。期待して来たくせに、なんてざまだ。
「で、でも……」
「……ダメ?」
そっと10円玉の上に指を置き、動かす。ずるいよ……断れるわけないじゃないか……もう、どうなっても知らないからね……
『はい』
「……ふふっ……やった!今日からお友達!よろしくね!コックリさん!」
その言葉を聞いた途端、何故かポタポタと涙が落ちてきた。悲しくもないのに、涙が止まらない。
「コックリさん……泣いてるの?大丈夫?どこか痛いの……?」
なるほど……分かった気がする。これが嬉し涙というやつなんだ……でも、まずはお友達に挨拶をしなきゃ……
涙を拭い、笑顔を作る。
「大丈夫だよ、ありがとう。……初めまして。私はコックリさんだ」
「ん……初めまして!私は、ふゆなし かよ!よろしくね!コックリさん!」
差し出された小さな手をにぎる。春夏秋 華世。初めて出来た私の友達。その日の夜、私は胸の高鳴りのせいで、眠ることは出来なかった。
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「そういえば、コックリさん突然泣き始m」
「わー!わー!もぉぉぉ!!そこは忘れてよぉぉぉ!!」
顔を真っ赤にしたコックリさんが華世の肩を揺らしながら訴えるが本人はニコニコと笑いながら
「ふふふ、初めて会った時の事だからねー。忘れないよー?」
などと言った。コックリさんは更に赤くなると、蹲り頭を抱えた。
「うー……恥ずかしい……」
「あ、そうそう。私あれも知ってるよ!」
コックリさんが僅かに顔を華世の方に向けると、満面の笑みで華世は言う。
「あの日の夜、嬉しくて寝れなかったって」
その言葉を聞いた途端、コックリさんの顔はよく熟れたリンゴのように真っ赤になり、僅かにその目尻に涙を貯め、消え入りそうな声で問う。
「な……なんで知ってるの……」
「なんでって……そりゃ……」
ゴクリ、と唾を飲む。場合によっては私は恥ずか死ぬだろう。とコックリさんは感じていた。
「酔ったコックリさんが、教えてくれたから」
「ああああああああああ!!」
コックリさんのメンタルは限界を迎えていた。そして、プシュー……と音を出しながらコックリさんは動かなくなった。
「ふふふっ……あれ?コックリさん?」
返事がない。ただのしかばねのようだ。
「……恥ずかし過ぎて気を失ったってこと……?」
「……プシュー……」
「……ありゃりゃ……」
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あぁ、恥ずかしい。このまま消えてなくなりそうだ。もう意識は戻ったけど、いつ目を開けようか。これ以上、私の恥ずかしい思い出を知られたら私はホントに死んでしまう。しかし、妙に静かだ。もう夜になってしまったのだろうか。ゆっくり目を開ける。
「すぅ……すぅ……」
規則正しい寝息を立てて眠る華世を見て、私の思考は一瞬停止した。そして、理解した。これはアレだ。私、伝説の膝枕というやつをされているのだ。まさかこの世に存在するとは。膝枕なんて、アニメかマンガかゲームの中のものだと思っていた。
ゆっくりと頭を退かし、華世をソファに寝かせる。寝顔も天使のように……いや、天使よりも可愛い。天使に会ったことはないが、自信がある。そっと華世の髪を触る。
「……あの髪ゴム、まだ付けてくれてるんだ」
起こさないよう、優しく頭を撫でる。眠る華世を見ながら、再確認する。
あぁ、私やっぱり華世の事、好きだ。
でも、この気持ちはまだ伝えてやらない。私が恥ずかしいから、まだ心の準備中だから。
そっと華世の頬にキスをして、私は家に帰った。
「……なんてことしちゃったんだ私!!恥ずかしい……!!」
この日も、私は眠れなかった。