Main Character:アドル=クリスティン
Location:導きの塔
「アドル君、少しよろしいでしょうか?」
あれから数日の間、僕はエルディールさんにエメラスの精製法を教えてもらいながら塔で生活を送ることで時を過ごしていた。魔力の有無が重要なだけで技術的な面ではさほど難しいことは要求されなかったので、何とか滞りなく土を魔法的物質に作り変えるぐらいはできるようになって、この前エルディールさんに太鼓判を押してもらったところだ。
そんな日々を過ごしているある時、エルディールさんが何やら神妙な面持ちで僕をバルコニーへと誘う声を発する。たまに考え事をしていることがあったが、それに関することだろうか。
「昨日の内に教えられることは全て教えてしまいましたので、もうアドル君とはお別れになりますね」
寂しくなります、と塔の外に身体を向けてエルディールさんは口にする。
「──アドル君、実は君にお願いしたいことがあるのです」
しばらく僕とエルディールさんとの間に沈黙が流れてから、彼は普段の優しい雰囲気を感じさせない重い口調で僕にそう語りかけてきた。
「僕にできることであれば構いませんが……」
「君ならそう言ってくれると思いました」
優しい子ですからね、と言いながら、エルディールさんは自身の懐から何かを取り出す。すっと差し出すように僕に向けられたそれは変わった意匠をした金色の仮面だった。それは顔の上半分を覆い隠す小さい物だったが、その仮面が内包する魔力はとてつもなく巨大だ。見ているだけでビリビリとした気配が伝わってくるが、これはもしや……。
「これは『太陽の仮面』です。ご存知の通り神器の1つなんですが、来たるべき時までこれを君に預かっていて欲しいんだ」
「それは……よろしいので?」
「はい」
そんな貴重な物を、預かるだけとはいえ軽々しく渡していい物かと尋ねるが、エルディールさんは一瞬の躊躇いもなく頷いてみせた。
「お願いできますか?」
「……はい、分かりました」
納得できない部分もあるにはあるが、突然こんなことをするのにもきっと事情があるのだろう。そう思って口を開こうとしたとき、突然エルディールさんの様子が急変する。
「ぐっ……!!」
「エルディールさん!?」
膝をついて苦しみだしたエルディールさんに駆け寄ろうとすると、彼は胸元を片手で押さえながらも手にした仮面を僕の方へ差し出してきた。
「仮面を持って今すぐここから離れなさい!!」
何かを焦るように、ただならぬ気配を漂わせながらエルディールさんはそう叫ぶ。若干気圧されつつも仮面を受け取ろうとしたその時、何処からともなくバルコニーに黒い羽が舞い散った。
それを見て全身の毛が逆立つ悪寒を感じて咄嗟に仮面をエルディールさんの手から弾き飛ばすのと同時に、禍々しい力の奔流が僕の身体に襲い掛かった。
「がふッ……!」
背中から勢いよく壁に叩き付けれられ、肺から強制的に空気が吐き出される。咳き込みながら立ち上がりエルディールさんの方に視線を戻すと、そこには優しかった白い翼の彼はおらず、代わりに髪も翼も漆黒に染まり、まるで地を這う虫を見るかのような視線でこちらを見据えるエルディールさんにそっくりの何かが立っていた。
「フン、半端者風情にあれを預けようとするとは、無駄な足掻きをする……。貴様はそこで黙って見ていろ」
いつもより低い声で黒いエルディールさんの口から言葉が紡がれる。しかし、空へと視線を向けて放たれるそれは僕に向けられたものではないように思われる。
「仮面を落としたか……まあいい、アレはお前を殺してからゆっくり回収するとしよう」
「!!」
僕の方に向き直って片手をゆっくりと翳すエルディールさんの姿を見るのと同時に、僕は弾かれるように塔の外へと跳び出し、その直後、彼の手から放たれた雷撃がバルコニーを轟音を立てて破壊した。
Location:聖域の参道
「ぐうっ!?」
「ははは! 動きが鈍ってきたのではないか?」
太陽の仮面を今のエルディールさんの手に渡すわけにはいかないと判断し、落ちた仮面を回収してから雷雨の聖域を飛翔魔法の最大速度で抜けたまではよかったが、当然仮面と僕の命を狙う黒いエルディールさんは追いかけてくるわけで、何とか後方から襲い来る雷撃を避けつつ逃げていたが、迫りくるプレッシャーと徐々に溜まっていく疲労のせいで動きが鈍くなったところを彼の放った雷に僕の翼を撃ち抜かれてバランスを失い岩肌に落下する。派手に岩場に溜まる水を被りつつ立ち上がると、黒い翼をはためかせながらエルディールさんが僕の目の前まで高度を下げてきた。
「大人しく仮面を渡せ。そうすれば命だけは助けてやろう」
降伏勧告とともにエルディールさんが僕の手にある仮面をよこすように言ってくるが、それを素直に聞くわけにはいかない。しかし、力の差を考えるとこのままでは命と仮面を奪われてしまうのも明白である。逃げの一手を打ちたいところであるが……。
「フン、あくまで渡さぬか。ならばその命を貰い受けるとしよう」
そう言いながら放たれる雷撃に向けて、異空間から取り出したファイアーの杖に全開の魔力を込めて振るうと、中心で衝突したそれは強烈な爆発を起こして互いの魔力を食らい合って消滅する。まだ余裕がありそうなエルディールさんに対して全力でこれである以上、やはり勝ちの目は相当薄いようだ。
(……死ぬほど痛いでしょうがやるしかありませんね)
「半端者がいくら足掻こうと無駄だ」
限界以上の魔力を流して大上段に杖を構えるのを見てエルディールさんが嘲笑する。そして止めを刺そうと雷撃を放つ直前に、僕は魔法の杖を勢いよく足元に振り下ろした。
杖が接地するのと同時に、宝玉に込められた許容量以上の魔力が魔炎となって顕現し、それは激しい爆発を引き起こして岩盤をも派手に吹き飛ばす。当然爆心地にいる僕が無事で済むはずがないが、僕はこの爆裂を利用して超高速でその場から吹き飛んで離脱し、眼下にあった大河に落下して急流に飲み込まれた。痛みを通り越して感覚すら吹き飛ばして何も感じなくなる自爆戦術だが、あの爆発に巻き込まれたのであれば恐らくエルディールさんもしばらく追ってはこれまい。少しだけ勝ったような気分になったが、極限状態の身体では意識を保つことすらできず、僕はそのまま闇の中へと溶けていった。
何を今更という感じではありますが、一人称視点で書き始めたのは間違いだったかなと思い始める有翼人です。