赤毛の紀行家   作:水晶水

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 朝から良質なアドフィー漫画を読んだので今日は気分がいい有翼人です。


H.セルセタの白き翼

Main Character:アドル=クリスティン

Location:叡智の街ハイランド

 

 

 

「それでそれで、女神様にプロポーズした後はどうなったのですか!?」

 

「ふふふ、それはですね​────」

 

 ハイランドに来てからカンリリカさんに来る日も来る日も外での話をせがまれる日々を送り、日替わりメニューのように自分が外で経験してきた色々なことを話しているうちに、カンリリカさんにすっかり懐かれてしまった。

今は店で居合わせたハイランドの人たちと会食することになり、その食後の質問攻めの中で僕が既婚者であるということが判明したことで、カンリリカさんを筆頭とした人たちに要求されて僕とフィーナさんとの馴れ初めについて話しているところだ。

 やはりというか、どこの世界でも共通のようで、女性は他人の色恋の話が好きな生き物らしく、滞在中で最も盛り上がる時間となっている。カンリリカさんもその例に外れていないようで、ふんふんと興奮気味に僕の話に食いついてきているようだ。そういう類の話に耳敏いお年頃なのだろう。

 

 

 

 

 

「あら、こちらにいらっしゃいましたか」

 

 話が終わり皆が余韻に浸っていると、店の入口が開いてリーザさんがひょっこりと顔を出してくるのが見えた。

 

「アドルさん、そろそろ出発しますので準備の方をよろしくお願いします」

 

「いつでも行けるので大丈夫ですよ」

 

 リーザさんの呼び声に立ち上がりながら答え、出口の方へと足を運ぶ。今日は例の有翼人であるエルディールという人の所に行く日なのだ。

 

「行ってらっしゃいリーザ姉さん、アドルさん」

 

 カンリリカさんの言葉に手を軽く振ってから外に出ると、ソルが既に独特な形をした翼を広げて待機をしていた。飛び立つ準備は万端のようである。

 

「では行きましょうかアドルさん」

 

「はい、お願いしますね」

 

 

 

Location:導きの塔

 

 

 

「それではアドルさん、しばらくこちらでお待ちください。準備が整い次第改めて声を掛けますので、それまでは部屋の中を自由にご覧になっても構いませんわ」

 

 リーザさんの言葉に頷きで返し、部屋が散らかった様子を一瞥して小さくぼやく彼女を視線で見送ってから、改めてこの大きな部屋に視線を移す。

 雷雨の聖域と呼ばれる場所をソルに乗って抜けてハイランドの北の方に見えていた塔の最上階で降ろしてもらって、僕は図書館のような造りになった部屋まで案内されていた。数えるのも億劫なほどの分厚い本が壁と一体になった本棚の中にぎっしりと詰められており、他にもとっ散らかった机の上には何かの図面や研究資料のような物が見受けられる。

 ざっと部屋を見渡してから、入ってからずっと気になっていた部屋の中心に設置された巨大な地球儀のような物へと目を向ける。球体の表面にはエウロペやアフロカ、オリエッタの地図だけでなく、まだこの世界のこの時代では明らかになっていない、前世で言うアメリカ大陸や日本列島のような地形も描かれていた。

 他の資料などもよく見てみると、見たことのない軍船の設計図であったり、前世での日本語や中国語で書かれた語学書や研究書等が置かれていて、未来をも観測する神器の力の一端を見せつけられたような気分になる。

 

「アドルさん、お待たせしてしまい申し訳ありません。どうぞ、こちらのバルコニーまでいらしてください」

 

 無造作に置かれていた天体望遠鏡を手に取って観察していると、上階からリーザさんの呼び声が聞こえてきた。待たせるのも悪いので望遠鏡を元の位置に戻して2階のバルコニーへと進むと、そこには聖域の黒雲をバックにして2対の翼を背中から生やした男が僕のことを待ち構えていた。

 

「アドル=クリスティン君だね?」

 

 真っすぐにこちらを見据えて投げかけられるエルディールさんの問いに頷きで以って返すと、彼は僕に背中を向けて曇天の空を眺め始める。

 

「突然こんな場所に呼ばれて驚いたでしょう?」

 

 そう言いながら、エルディールさんは手にしていたまだこの世界には存在しないはずの飛行機の模型のような物を塔から外へとゆっくりと放り投げた。手から離れたミニチュアスケールの飛行機は真っすぐに塔から飛んでいき、それはその姿が見えなくなるまで地に落ちることはなかった。

 

「──人はいつか空を翔ることになる予定です。このように、自らが創り出した翼の力によってね」

 

 エルディールさんは僕の方を振り返り、口元に僅かに笑みを浮かべると、今度は空のその向こう側を見据えるようにして塔の外へその端正な顔を向ける。

 

「ですが、今はまだその時ではありません。扉は1つずつ開かれねばならない」

 

 遠く離れた所を見るような表情を止め、今度はエルディールさんが身体ごと僕の方へと向き直ってきた。

 

「さて、まずは自己紹介をしましょう。私の名前はエルディール。一応、この世界に調和をもたらしてきた者です」

 

 温和な笑みを浮かべながらあくまで謙虚に、セルセタの地に翼を降ろした神の名が彼自身の口から語られた。

 

 

 

 

 

「リーザ、失礼しますよ」

 

 エルディールさんとともに1階の研究室のような所まで戻ると、リーザさんが机の上に散らかっていた物と独り奮闘していた。

 

「じー……」

 

「や、散らかしてごめんなさい」

 

 口から発せられる擬音付きのジト目でリーザさんに睨まれ、エルディールさんはバツが悪そうな顔で両手を肩の高さまで上げて謝罪の言葉を零す。

 

「……後ほど、また片づけますわ。ここでお話されるようでしたら、私は一旦下がりますね」

 

「いつも、ありがとうございます」

 

 深くため息を吐くリーザさんの様子と2人の言葉から察するに、どうやらエルディールさんの散らかしっぷりはいつものことらしい。レア義姉さんといい、エルディールさんといい、有翼人は片付けが苦手な人が多いのだろうか。

 リーザさんが部屋の入口のあたりまで下がったのを見て、エルディールさんは僕の方へと視線を移してくる。話が始まるらしい。

 

「さて、アドル君。ここにある書物や図面……これらは全て将来発明される予定のものなんだ」

 

「やはりそうでしたか」

 

 この時代よりも遥かに進んだ文明である前世を生きてきた経験から想定していたことだが、改めてそう口にされると驚きは大きい。

 

「おや、気づいてましたか」

 

「少し事情がありまして」

 

 僕の言葉に驚いてみせるエルディールさんに少しぼかした表現でそう伝えると、彼は少しだけ神妙な顔つきへと変わった。

 

「これから人に渡すあらゆる分野の知恵のはずなんですが……ふむ、私は少し君自身に興味が出てきました」

 

 そう言いながら、本当に興味深そうな表情でエルディールさんが髪色と同じ銀の瞳でぼくの双眸を見つめてくる。

 

「私はここの知恵を人に与えることで、何百年もの間人の歴史の調和を計ってきました。アドル君、その知恵を既に知っている君はいったい何者なのでしょう?」

 

 2つの銀閃が僕の身体を射抜く。吐くつもりはないが、この様子では恐らく嘘を言ってもバレてしまうだろう。

 

「最初に手紙をいただいた時にはここに来るつもりは無かったんです」

 

「ふむ、それは何故?」

 

 突然始まった僕の話に訝しみつつも、エルディールさんは続きを促してくる。

 

「手紙の内容にどうにも食指が動かなかったというのもありますが、結婚してからすぐだったので村から遠出する動機が薄かったというのが主な理由ですね」

 

「えっ!?」

 

 続く僕の言葉に後方で驚く声が上がった。振り返って見てみると入口付近に立っているリーザさんが口元を抑えているのが見える。

 

「も、申し訳ありません……!」

 

 突然の奇行に2つの視線が集中したせいで、リーザさんは顔を真っ赤にして頭を下げてきた。

 

「では、どうしてアドル君はそれを改めてここに来ようと?」

 

エルディールさんの助け舟で途切れた会話が再開させられる。

 

「妻から聞いたんです。有翼人がこのセルセタの地にいると」

 

「……もしや君は……君の奥さんは……?」

 

「はい、僕の妻は有翼人です。そして、僕自身も有翼人の血を継ぐ人の子です」

 

 宣言と同時に広げられる僕の翼を見て、静まり返った部屋に息を呑む音が響く。後ろのリーザさんの表情は見えないが、恐らく目の前のエルディールさんの顔と同様に、驚愕の色で染められていることだろう。

 

「神器の話については妻から聞いております。僕は自分の知る未来とあなたの知る未来の違いを確かめに来たんです」

 

「まぁ……!」

 

「これは驚いた……」

 

 少しだけ意地の悪い笑顔を浮かべてそう言うと、エルディールさんの心情がそのまま口から出てきたかのような言葉が漏れ、少し遅れて困ったようにその口元を歪めた。

 

「他人の空似と思っていましたが、あの子の子孫でしたか……。や、立派に育ってくれましたね」

 

 遠い過去を懐かしむように目を細め、エルディールさんが僕の頭を優しく撫でる。まるで親戚の子に久しぶりにあった世話焼き叔父さんのようだ。

 

「あ、あの……」

 

「おっと、これは失礼。昔を思い出してつい」

 

 柔らかい笑顔とともにゆっくりと僕の頭から手が離れていく。まさかこんな扱いをされるとは思ってなかった。

 

「ところで、君の正体は分かりましたが、結局のところ何故アドル君は未来のことを知っているんだい?」

 

 あの神器は2つとないはずだけど、と逸れた話題から軌道が修正される。

 

「産まれが特殊なせいか、1000年以上未来のこことは少し違う世界で生きた人の記憶が僕の中にあるんです。ここにあるものはその人の記憶の中にあるものと一致するものがたくさんあります」

 

 正確にはそれは同一人物なのだが、第1第2の人生で分けて考えるとすれば、あながち別人と言っても間違いではないだろう。一応嘘は言っていない。

 

「ふむ、あの子はそんなことはなかったですが……不思議なこともあるものですね……」

 

 僕の言葉を聞いて、エルディールさんは自身の顎に手をやって何事かを考え始めた。

 

「しかし、そうなると少し困ったことになりましたね。……アドル君はここエウロペを代表する西世界と海の向こうにある東世界とを繋ぐ東西航路は既に知っていますか?」

 

「はい、一応は」

 

 恐らくだが、教科書なんかにも載っている偉人が発見したアレのことだろう。すぐ側にある仮称地球儀にも描かれているこの世界でのアメリカ大陸へと渡る航路のことだ。

 

「ふむ、アドル君にはそれに関する知恵を授けて活躍して欲しかったのですが……。それに、アドル君が白い魔力を持っているとなると記憶についても……」

 

 深く、非常に深く眉間に皺を刻みながらエルディールさんは思考に没頭する。これはひょっとしなくても申し訳ないことをしてしまった。

 

「あの、白い魔力があると何か問題があるのでしょうか?」

 

 唸りながら口から漏れるエルディールさんの言葉の中から気になることが飛び出てきたのでそれについて疑問を投げかけると、エルディールさんは唸るのを止めてこちらに向き直った。

 

「ここハイランドには、存在を秘匿するためにある特殊な結界が張ってあるんです。簡単に言えば、ハイランドから出てしまうと、ここで見聞きしたことをすっぱりと忘れてしまうっていう魔法なんですけどね」

 

 確かにソルに運んでもらっている途中、具体的には始原の地に入るあたりで薄い魔力の膜のようなものを感じ取った様な気がする。来る時は触れても特に何事も無かったのでスルーしていたが、アレにはそういう効果があったらしい。しかし、そうなると1つ疑問が湧いてくるが……。

 

「ここでの記憶が残らないなら、知恵を授かっても忘れてしまうのではないですか?」

 

「いい質問ですね。確かに知恵、知識としては残りませんが、ここで与えたものはやがてその人の閃きへと変わるのです。とどのつまり、自分で考え出したこととして外の世界でその知恵を活用してもらうわけですね」

 

 エルディールさんの説明に曖昧ながらも僕は理解を示す。所謂天啓だとか神が降りてきたと表現されているものとして人に知恵を与えるということか。

 

「しかし、我々有翼人は魔法を扱う関係から人より魔法への抵抗力が強くてですね。人の身と混じっているとはいえ、恐らくアドル君にもその効果は出ないでしょう」

 

「つまり、僕にハイランドのことを話さないようにして欲しいと」

 

「はい、そうしてくれると助かります」

 

 にこりと笑みを浮かべながらエルディールさんは僕の言葉に頷くが、すぐにまた真剣な顔つきに戻り何事かを思案し始める。

 

「一応これで心配事はなくなりましたが……アドル君には悪いことをしてしまったかもしれませんね。これでは遊びに来てもらっただけと変わりません」

 

 新婚ホヤホヤだというのに本当に悪いことをしてしまいました、とエルディールさんが眉を下げて申し訳なさそうな顔を見せてくる。こちらとしては自分の意思でこの話を受けたのでそこまで気にしてもらわなくても構わないのだが。

 

「……そうだアドル君、君はエメラスを知っていますか?」

 

「? はい、確か有翼人が創り出す魔法ガラスでしたよね?」

 

 突然転換した話題に対して、記憶に朧気に残る女神の王宮での会話を思い出しながら僕はそう口にする。レア義姉さんがそのようなことを言っていたはずだ。

 

「その通りです。正確には私たちの故郷であるアトラス大陸特有の土を材料にして産み出すことができる物質のことを指します」

 

 アトラス大陸……前世では古代に存在したと言われる伝説の大陸を指す言葉だったような──いや、あれはアトランティスだったか。

 

「君にはそのエメラスの作り方を教えます。エメラスはアトラス大陸でしか作れませんが、精製法自体は他の物にも流用は可能ですからね。」

 

 ちょうど君の腰にある剣のようにね、とエルディールさんの視線がクレリアの剣へと向かう。黒真珠を封印する以前とは違って、魔力を自分で供給しなければただの銀と変わりがないクレリアだが、見る人が見れば魔力を纏っていない状態でもこれが何であるか看破できるようだ。年の功といったところか。

 

「覚えていればきっと役に立つ時が来ると思いますが、どうしますか?」

 

「是非、お願いします」

 

 エルディールさんの申し出に僕は迷わずそれを快諾する。フィーナさんや義姉さんに教わるのもいいが、折角ならここで覚えていって驚かせてみるのも悪くない。

 

「やる気は十分のようで結構。リーザ、恐らく今日中には終われませんので、今日のところはもうハイランドに戻ってもらっても大丈夫ですよ」

 

 僕に1度笑いかけてから、エルディールさんはリーザさんに本日の仕事の終わりを告げた。昼過ぎで終われるとは実にホワイトな職場である。

 

「分かりました。では私はもう少しここを片付けてから戻らせていただきますね」

 

 少し言葉に棘を含ませて、リーザさんはエルディールさんに実にいい笑顔を見せる。何度言っても散らかしてしまう彼に灸を据えているようにも見えてきた。

 

「……バルコニーに戻りましょうか」

 

 バツの悪そうな笑顔を浮かべて、エルディールさんはさっさと2階のバルコニーへと戻っていってしまった。それに対して小さくため息を吐くリーザさんを見て、多分これは改善されることはなさそうだと心の中で独り言ちた。




 流石にR-18版の方に1話あたりの最多文字数で負けたままなのはいかんでしょ、ということで今回はだいぶ長めです。

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