赤毛の紀行家   作:水晶水

61 / 68
 私のイメージの中で、青系統の髪の女の子のヒロイン力が高いなということに最近気が付きました。個人的な好みだと金髪の娘が好きなはずなんですけどね。


E.森の戦士

Main Character:アドル=クリスティン

Location:樹上集落コモド

 

 

 

「さてと、アドル、準備はいい?」

 

「はい、構いませんよ」

 

 翌朝、待ちきれない様子のカーナさんに叩き起こされ、僕はコモドで1番高い所にある広場のようなところまで連れてこられた。朝餉の前に一戦交えておきたいそうだ。

 そういうわけで、お互いに軽く準備運動を済ませて、今はお互いに少し距離をとって向かい合っているところだ。そして、僕たちの周りにはカーナさんの話を聞いた集落中の人たちが集まっている。

 

(今回は……これでいきましょうか)

 

「あれ、剣は使わないの?」

 

 クレリアの剣を異空間にしまい込み、代わりにファイアーの杖を手元に出現させると、カーナさんが意外そうな口調でそう尋ねてきた。魔法を見た観衆がざわざわとしているが、今は無視して構わないだろう。

 

「ええ、今回はこれが丁度いいかなと思いまして」

 

「……へぇ、それはつまり」

 

 僕の言葉を聞いて、ゆらりとカーナさんの上体が揺れる。

 

「私を舐めてるってことでいいのかしら!?」

 

 地を蹴る音がしたと感知するのと同時にナイフを構えたカーナさんが眼前に迫る。しかし、不意打ち気味ではあったが、僕目掛けて突き出されるナイフの動きに沿わせるように杖を前に出し、そのまま僕の後方へとカーナさんを受け流した。

 

「ッ!」

 

「勘違いしないでくださいね」

 

 すれ違いざまに目を見開くカーナさんに声を掛けながら、再び正面から僕たちは向き合う。

 

「僕は(こっち)も剣と同じぐらい扱えますよ」

 

 宣言と同時に魔力を流して赤い宝玉に光を灯すと、カーナさんの表情がより一層引き締まる。

 

「では次はこちらから!」

 

 初撃のカーナさんのように一足で距離を詰め、避けにくい横薙ぎの一撃を振るうと、カーナさんは少し反応が遅れつつも、ひょいと跳躍して僕の頭上を越えていった。着地の音が背後で鳴るのを聞くのと同時に、手元で杖を回しながら振り返ると、下方から鋭い突きが飛んで来る。

 

「くっ……!」

 

 これを焦らず回転の勢いで弾き、体勢が崩れたカーナさんの膝裏を杖で打って膝を地につかせ、杖を首に向けて振るい、当たる寸前にこれを止めた。すると、悔しそうな表情をしたカーナさんが黙ってナイフを手放して両手を肩の高さまで上げる。それを見た観衆が大きな歓声を上げるのと同時に、僕たちの間に張り詰めていた緊張の糸がぶつりと切れて落ちた。

 

「あーもう! 悔しい!」

 

 1回目の模擬戦が終わり、カーナさんはそう言いながら勢いよく立ち上がった。眉を逆八の字にして目の端に涙が少し溜まっているので、本当に心の底から悔しそうだ。

 

「魔法が来ると思って警戒してたのに来ないじゃない!」

 

「あはは、だから言ったじゃないですか。杖の扱いも上手いですよって」

 

 八つ当たり気味に僕にぽかぽかと拳を当てるカーナさんを笑って受け流して、飛んでくる拳を手のひらで受け止める。確かに魔力を流してはいたが、流石にここ(樹上集落)ファイアー(炎の魔法)を使うわけにはいかない。

 

「なるほど、単身で樹海を踏破してきた実力は伊達ではないようだな」

 

「アサドさん」

 

 カーナさんとじゃれ合っていると、観衆の中からアサドさんが僕たちの前まで出てきた。

 

「カーナもコモドでは1、2を争うほどの実力者なのだがな」

 

「うぅ、面目ないです……」

 

 アサドさんの言葉にカーナさんが露骨に肩を落として落ち込む。

 

「アドル、まだ朝餉には早かろう。どうだ、試しに俺と一戦交えてみないか?」

 

 思いもしなかったアサドさんの提案に、僕以上にコモドの人たちが驚いた。族長をしているぐらいなので恐らく集落一の実力なのだろうが、どよめくほどのことなのだろうか。

 

「わはぁ! 父さんが戦うところ見れるの!?」

 

 それとは対照的に、カーナさんの機嫌は先ほどまでの落ち込みが嘘かのようにうなぎ登りしていった。バトルマニアのカーナさんが待望するほどの強者となると、相当な実力を持っていると考えていいだろう。

 

「では胸を借りるつもりで」

 

「うむ、久々に血が滾るな」

 

 そう言いながら、アサドさんは口元から獰猛な笑みを漏らし、背負っていた大剣を勢いよく引き抜いた。僕は杖を異空間に収納して、繋いだ時空の穴に手を突っ込んで、アサドさんと同じように大剣を引きずり出して正面に構える。ここで魔力を流して筋力を強化するのも忘れない。

 

「では、今度はこれで」

 

「大剣も扱えるのか。よかろう、来い」

 

 言い終わるや否や、これ以上言葉は不要とばかりにアサドさんの戦意が揺らめく炎のように身体から噴き出してくる。この圧倒的な圧力は長年戦いの中に身を置いてきた者が放つことの出来るものだ。ピリピリとした空気に僕の背中に冷や汗が一筋流れていった。

 感覚を研ぎ澄ませて余分な情報を切り捨てていき、アサドさんの一挙一動を逃さないように意識を集中させる。息が詰まりそうな緊張の中、顎を伝った汗が顔から離れて地面に落ちた瞬間、僕とアサドさんは同時に駆け出した。

 

「ぬぅんッ!」

 

「でぇいッ!!」

 

 お互いに袈裟斬りの要領で剣を振りぬき、激しい金属音を立てながら切り結ぶ。ギリギリと歯を食いしばって力を込めて押し返そうとするが、アサドさんの巨躯は少しも動いてくれない。

 

「嘘っ! あの細身で父さんと力で張り合ってる……!」

 

 カーナさんの驚愕の声がうっすら聞こえてくるが、こちらからすれば魔力のブースト無しで互角どころか若干こちらを押しつつあるアサドさんの怪力に驚きである。そうなると、やはり大剣(これ)でまともに戦うのは厳しいか。

 

「ッ!!」

 

「はッ!」

 

 徐々に悪くなる形勢を変えるべく早速手札を1枚切ることを決め、手元から大剣を消滅させて、すり抜けてくるアサドさんの大剣を身を捩って躱しながら回し蹴りを叩き込むと、アサドさんは体勢を崩しながらもこれを腕でキッチリと受け止める。勢いは殺せずに後退していったが、ダメージはほとんど入っていないだろう。

 

「なるほど、その魔法はそういう使い方もできるのか」

 

 蹴りを受け止めた腕を軽く振るいながらアサドさんが言葉を放つ。しかし、あれが初見で防がれるとは思いもしなかった。長年培ってきた戦闘の勘というのは馬鹿にできないということか。

 

「受け止められると厄介というのならば────!」

 

 アサドさんが大剣を構えながら地を蹴り高速で飛来してくる。リーチに入った瞬間に剣を振り下ろしてきたので慌ててこちらも異空間から大剣を引き抜いて相手の剣の動きに合わせた。

 今度は先ほどのように鍔競り合うのではなく、アサドさんが自身の怪力に任せてこちらの剣を弾き飛ばすように大剣を振るってくるので、お互いに打ち合うような形になる。アサドさんの鬼神の如き攻勢を体捌きと強化した筋力で何とかやり過ごすこと数十合、息が切れ始めた僕に対してアサドさんの動きに変化が表れた。

 

「おぉぉぉぉぉ!!」

 

「ッ!」

 

 片手で持たれた大剣が大上段から迫ってくるのを受け止めると、剣を掴んでいない剛腕が僕へと飛んでくる。

 

(避けきれな────いいやッ!)

 

 思考が加速して鋭敏化した感覚がアサドさんの動きをスローモーションで捉え始める。迫りくる剛腕を注視しつつ、振り下ろされたアサドさんの剣を強引に横に流し、その勢いを利用して僕は大剣を異空間へ飛ばしながらその場で身体を旋回させた。回転の勢いのまま眼前に到達したアサドさんの腕に横合いから手のひらを押し当て、力の流れを逸らせて拳を回避しながらアサドさんの後方へと抜けていくと、がら空きになった相手の脇腹が晒される。アサドさんの顔が驚愕で染められるのを見届けて、ぐるぐると独楽のように回りながら大剣を引き抜いて全力で振るい、そしてそれがアサドさんに到達する寸前に時が止まったように2人は動きを止めた。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

「見事……!!」

 

 自身の負けを認めるアサドさんの言葉が静まり返った広場に響き、その数瞬後に爆発したような歓声が場を支配した。

 

「アードールー! 凄いじゃない!!」

 

「ぐふっ!?」

 

「あ……ごめんなさい」

 

 大剣を戻して大きく息を吐いていると、横からカーナさんが砲弾のように跳んできて、ラグビーのタックルの如き勢いで押し倒される。馬乗りの状態で謝られても困るだけであるのでもぞもぞと抜け出しつつ立ち上がると、レムノスさんもこちらにやって来た。

 

「いやぁ驚いた、まさかあの親父に勝っちまうとは」

 

「あはは、運が良かっただけですよ。次は恐らくこう上手くはいきません」

 

「いやいや、それでも未だ負けなしと謳われていた親父から白星を捥ぎ取ったんだ。大したもんだよまったく」

 

 レムノスさんの手放しの称賛を恥ずかし気に受け取ると、横に立ち上がったカーナさんもうんうんと深く頷く。しかし、全力全開の殺し合いならともかく、模擬戦でまた勝利できるかと聞かれたら、やはり素直に首を縦に振ることはできない。それぐらいアサドさんは強かった。

 

「既婚者であることが本当に惜しいな。そうでなければ今すぐコモドに迎えたいぐらいなのだが」

 

「それならアドルのお嫁さんも連れてきてもらえばいいんじゃない?」

 

「そこまでさせるのは少々酷というものだろう。我らがコモドから離れないのと同様に、アドルたちにもまた離れられない大事にしている場所がある」

 

 そうだろう? というアサドさんの問いかけにしかと頷きで以って返答すると、カーナさんから残念そうな声が上がったが、結局は納得してくれたようだ。

 

「む、ちょうどいい頃合いか。お前たち、朝餉の時間だ。家に戻るぞ」

 

 激しい運動をしたせいか、アサドさんの腹の虫が鳴るのを合図にこの場はいったん解散することになった。興奮冷め止まぬコモドの人たちがそれぞれの家路へと着いていく。

 

「さ、私たちも帰りましょう。お昼もいっぱい稽古つけてもらうからね!」

 

 模擬戦ではなくいつの間にか稽古をつけることになっているようだ。これは昼はもっと忙しくなりそうだが、まずはしっかり腹拵えをすることにしよう。僕も動き回ったのですっかりお腹が空いてしまったようだと空腹を訴える胃のあたりを手で摩りながら内心で独り言ちる。

 ちなみにこの軽い見通しで昼まで過ごした後、集落中の戦士たちと模擬戦をすることになり、結果として解放されるのが3日後になることはこの時点で知る由もなかった。




 じわじわとペースが落ちてきている今日この頃。本編に入ればこのペースもどうにかなるだろうか。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。