赤毛の紀行家   作:水晶水

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 そういえば、セルセタの樹海(Vita版)ってアドルさんに惚れてる感じの女の子っていましたっけ?辛うじて金髪の娘(未登場なのでぼかした表現)がそれらしきシーンがちょろっとあったぐらいだと思うんですけど。

 放課後のJさん、評価ありがとうございます!


D.コモドの双子

Main Character:アドル=クリスティン

Location:樹上集落コモド

 

 

 

「ささ、適当な場所に座ってくれ」

 

 僕は今、上機嫌な様子で笑顔を浮かべるレムノスさんに連れられて、コモドで1番大きな建物に案内されている。家の中は中心に囲炉裏のような薪を燃やすためのスペースが確保されていて、その周りに座るのに使うのか、動物の皮を広げて鞣した物が床に敷いてあるようだ。少し生々しい。

 座れということは恐らく目の前にある動物の毛皮に座れということなのだろう。初めてのことなので少しおっかなびっくりではあったが、腰を下ろしてみるとそれの座り心地はなかなかに悪くなかった。

 

「さてと、早速始め……」

 

「だー! 追いついたー!」

 

 火のついていない薪を挟んだ対面にレムノスさんが座るのと同時に、凄い勢いでカーナさんが家の中に走り込んで来た。話の腰を折られたレムノスさんの顔が少しムッとしているようだ。

 

「姉貴、今からアドルと大事な話をするんだ。ちょっと静かにしててくれないか?」

 

「む、その大事な話は何時頃終わるのよ」

 

「さーて、何時頃だろうな。ひょっとしたら夜通し語り明かすことになるかもしれないな」

 

「えー! それじゃあ何時アドルと戦えるの?」

 

 そんなに待てない、とカーナさんが癇癪を起こした子どものように騒ぎながら、何故か僕の腕を取って上下にぶんぶんと振り始める。

 

「カーナさん、明日あなたの気が済むまで付き合いますので……」

 

「ホント!? それなら何でもしていいのね!?」

 

「え、えぇ」

 

「やったー! ありがとアドル!」

 

 カーナさんが僕にギュッとハグをかまし、邪魔にならないように出てるねと言葉を残して、あっという間に何処かへ行ってしまった。何というか、嵐のような一幕だった。

 

「あー、すまんアドル」

 

「……まあ、鍛錬と考えればそう悪い話ではありませんよ」

 

 申し訳なさそうな顔のレムノスさんに、前向きに捉えた自分の意見を述べ、とりあえず先程の出来事を横に置いておくことにする。

 

「…………仕切り直すとしますか」

 

「はい」

 

 一先ずはカーナさんの襲来で始まる前に止まった話を無理やり再開させることにした。だが、僕が得られそうな情報はあまり無さそうなので、先手を打って先に欲しい情報だけ手に入れることにしよう。

 

「その前に1つ聞きたいことがあるのですが」

 

「ん? 何か気になることでもあったか?」

 

「レムノスさんはハイランドという場所を知っていますか?」

 

「それは樹海の中の話か?」

 

「はい、樹海にあると聞いてます」

 

 ふむ、とレムノスさんが顎に手をやって考える姿勢を取るが、それもあまり長い時間は続かなかった。

 

「いや、すまん、記憶の限りでは聞いたことは無いな」

 

「そうですか……」

 

「だけど、心当たりならある」

 

 確証はないがな、と少し気落ちしていた僕にレムノスさんが話を続ける。

 

「この樹海には樹海を大きく分断するように流れる大河があってだな、その向こう側をオレたちは始原の地と呼んでいるんだ。だが、その始原の地に辿り着いた者は少なくともコモドには1人もいない。だから、そのハイランドって所があるのなら、多分そこだとオレは思う」

 

「始原の地……」

 

「詳しく知りたいなら、大河の側にある集落に行ってみるといい。多分オレからよりは有益な情報が得られるはずだ」

 

 レムノスさんから樹海にもう1つ集落があることを思いがけずして教えてもらった。これは思わぬ収穫だ。

 

「セルセタ王国も多分その始原の地が大きく関わっているんだが、如何せん渡る手段が分からなくてなぁ」

 

 おかげでどうにも研究が進まないんだ、とレムノスさんは大きく肩を竦める。

 

「そうだ、アドルの翼でひょいっと渡ったりはできないのか?」

 

「海を越えろと言われれば流石に無理ですが、それぐらいなら飛んでいけますよ」

 

「おぉ……!」

 

 感嘆の声とともに、レムノスさんが僕の方へ身を乗り出してきた。

 

「しっかり翼としても機能するんだなそれ」

 

「翼自体がというより、魔法の力によるところが大きいんですけどね」

 

「魔法?」

 

「魔法はですね​──────」

 

 

 

「いやぁ、実に有意義な時間だった!」

 

 あれから魔法のことや有翼人のことについてレムノスさんと話し込んで、気づけば辺りはすっかり闇に包まれる時間になっていた。

 

「アドルのおかげで研究の方も少しは進みそうだ」

 

 ありがとな、とレムノスさんが屈託の無い笑顔で笑いかけてくるので、僕も釣られて笑顔になる。数時間話し通しになったが、レムノスさんは聞き上手だったので特に苦もなくスラスラと話すことができて楽しかった。

 

「アドル、そういえば夕餉はどうするんだ?」

 

「持ってきている物を食べようかと思ってましたが……」

 

「ああ、魔法で持ち運んでるっていうアレか」

 

 レムノスさんの言う通り、水や食料などの旅に必要なものは全て異空間にしまってあるのだ。時が止まっているのかどうかは定かではないが、異空間の中に保存しておけばそれが長期間であっても中身が腐ることはないので非常に重宝している。冷蔵庫要らずだ。

 

「それなのだが、今日はここで食べていくといい」

 

 そんなわけで、とりあえず何か取り出そうかと思っていると、途中から黙って話を聞きに加わっていたアサドさんが口を開いた。アサドさんが顎をしゃくり何かを指し示していたのでそちらの方を向くと、カーナさんが台所で鼻歌を歌いながら包丁を扱う光景が目に入る。

 

「いつになく張り切っているようだから折角だ、食べてやってくれ」

 

「そういうことでしたら是非に」

 

 

 

「よし、みんなお待たせ!」

 

 何か手伝おうとしたら、客人なのだから大人しくしておけと追い返されたので、部屋の隅で武器の手入れをして待っていると、カーナさんの、大きな声とともに美味しそうな匂いが部屋に広がり始めた。匂いの正体に目を向けると、それは木蓋が開けられた鍋から漂ってきているようだった。

 

「お、今日はごった煮か?」

 

「ええ、今日は活きのいいお肉が手に入ったから」

 

 2人の会話を耳に入れながら部屋の中央で火にかけられた鍋を覗き込むと、山菜と獣肉がぐつぐつと煮えている様子が見えた。これは美味しそうだ。

 

「さて、じゃあいただきましょうか」

 

 それぞれが煮込み料理を器に取り、それを確認したカーナさんの掛け声とともに全員が静かに手を合わせる。それから誰からともなく動き出して、少し遅めの夕食が始まった。

野菜にキノコにお肉、どの具材も美味しそうで何から手につけようか思案していると、右方向​────つまりカーナさんの方から何やら視線を感じた。ちらとそちらに目を向けると、僕が料理を口にするのをそわそわした様子で見守るカーナさんが目に入る。

 視線の圧力に押されたわけではないが、一先ず先程話題に上がった肉を食べてみると、熱々の肉汁と肉に染みたスープが口いっぱいに広がった。よく煮込まれた獣肉も非常に柔らかく食べやすい。

 

「ど、どう……?」

 

 想定以上の美味しさに口の中に意識を没入していると、少々不安気な声色でカーナさんが話しかけてきた。もちろん返す答えは1つである。

 

「美味しいですよ」

 

「ホント? 良かったぁ……」

 

 僕の言葉に、カーナさんが肩の力を抜いてほっと一息吐く。何故そんなに緊張していたかは分からないが、客人自体が珍しいとアサドさんは言っていたので、身内以外に振る舞う初めての料理だったのかもしれない。

 

「おかわりもあるからたくさん食べてね」

 

「ふむ、では頂こうか」

 

 僕とカーナさんの会話の横合いから、アサドさんが自身の持つ空の器にごっそりと鍋の中身を掬い入れる。まだ食べ始めたばかりなのだが、恐ろしいほどの早食いと大食いだ。

 

「親父は相変わらずだな」

 

「あれだけ食べないと父さんみたいに立派な戦士にはなれないわよ」

 

「いやぁ、オレは戦士じゃなくて芸術家だからなぁ」

 

「全く、またそうやって腑抜けたことを……」

 

 アサドさんの健啖ぶりに驚いていると、何やら2人が言い争いを​────いや、レムノスさんがカーナさんの言葉を受け流しているだけか。飄々とした様子を崩さないので、暖簾に腕押しといった感じだ。

 

 

 

「ふぅ、ごちそうさまでした」

 

 姉弟喧嘩に勤しむ2人を横目に、アサドさんと黙々と料理を口に運び続けて一足先に食事を終える。ちなみにアサドさんはまだ食べるようだ。

 

「あ、アドルはもういいの?」

 

「はい、食べすぎて明日のコンディションを乱すわけにもいきませんし」

 

「そっか、なら仕方ないわね」

 

 レムノスさんに説教をしていたカーナさんが僕の方に向き直ってきた。解放されたレムノスさんが小さくため息を吐いているのは見ないふりをしておく。

 

「明日はどういう風に戦うの?」

 

「普通に模擬戦でいいのではないでしょうか?」

 

 それもそうね、とカーナさんは僕の提案をあっさりと承諾した。何でも言うことを聞くことになっていたので何を言われるかと思っていたので、少し肩を透かされた気分だ。

 

「そういえば、アドルは今日何処で寝るんだ?」

 

 うちにはベッドは3つしかないぞ、とレムノスさんが話に割って入ってきた。今から野営地に戻るのも有りだが、それだと、早朝から色々付き合わされそうな様子のカーナさんのことを考えると、寝過ごしてしまいそうであることに気がつく。

 

「部屋の隅の方をお借りできるとありがたいのですが」

 

「もしかして、ベッドも持ち運んでるのか?」

 

「いえ、流石に野営では使わないので……」

 

「床だと安眠できないんじゃない?」

 

 明日に影響出ちゃうわよ、とカーナさんが不満気な顔をこちらに向ける。そうなると、キャスナンまでリターンで戻るしかなくなるが、旅の途中で一々宿屋まで戻るのは無粋極まりないと思うのだ。

 

「あ、じゃあ私と同じベッドで寝る?」

 

 思考中に放たれたカーナさんの爆弾発言に、男3人が同時に吹き出す。その提案は女の子としてどうかと思うぞお兄さんは。

 

「げほっ、ごほっ……! あ、姉貴いきなり何を言ってるんだ」

 

「え? だってこの中で1番小さいのは私だから、ベッドのスペースもその分空いてるかなって」

 

 名案じゃない?とウィンクをキメるカーナさんを見て、レムノスさんは顔を覆い天井を仰いだ。アサドさんはアサドさんで、何やら真面目な顔で思案しているようだが、まずは娘を止めて欲しい。

 

「既婚者が異性と同衾するのは流石に問題が……」

 

「確かに適齢期ではあるけど、私はまだ結婚してないわよ?」

 

「いえ、カーナさんではなく僕がです」

 

 僕の言葉に今度は族長一家が僕をキョトンとした顔で見てくる。ああ、これはまたあの流れが来るのか。

 

「え、アドルってまだ子供よね……?」

 

「こんななりですけど、もう18ですよ」

 

「同い歳っ!?」

 

「嘘っ!?」

 

 まだ幼さが残る容姿の僕の実年齢を聞いて、双子がひっくり返らんばかりの勢いで同時に後ろへ仰け反った。もうこの一連の流れも慣れたものだが、それはそれとしてこの大げさな反応を見るのは少し楽しい。

 

「むぅ、結婚していなければカーナの婿にとでも思っていたが……」

 

 アサドさんはアサドさんでこのタイミングでなんて事を言うのか。

 

「…………何だか勝負してないのに負けた気分だわ」

 

「オレもだ……」

 

 打ちひしがれる双子を横目に、僕は話は終わったとばかりに部屋の隅の方に立ち上がって移動を始める。ここまで落ち込まれると、何だか悪いことをしたような気がしてきた。

 

「ということで、こちらをお借りしますね」

 

「うむ、すまんな」

 

「いえ、一応寝具はありますので」

 

 おやすみなさい、と異空間から毛布と枕を取り出して横になる。目を閉じるとまた双子が騒ぎ出したが、今日は歩き通しで疲労が溜まっているので、それも次第に遠くなっていき、すぐに僕の意識は闇に落ちた。




 アドルさんがモテモテのイラストとかファンアートを見ると、「あ、そういえばこの人素でモテたな」ってことを毎回思い出します。

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