赤毛の紀行家   作:水晶水

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 アドル君が念願の飛行を覚えます。


B.大いなる空へ

Main Character:アドル=クリスティン

Location:ゼピック村

 

 

 

「アドルさん、今日は時間ありますか?」

 

 机に向かって書き物をしていると、フィーナさんが僕の肩に両手を乗せて、上から覗き込んできた。下りてくる絹のような髪が鼻に優しく触れて、彼女の髪が纏ういい匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「はい、特に予定はないので構いませんよ」

 

「では、空を飛ぶ練習をしませんか?」

 

 そういえばそんな約束もしていたな、と数日前の記憶を手繰り寄せる。もう少し後になるかなと思っていたが、どうやら今日決行するらしい。

 

「分かりました、行きましょうか」

 

「頑張りましょうね!」

 

 そうして、僕以上に張り切るフィーナさんに手を引かれて、僕たちは家の外へと飛び出した。

 

 

 

Location:ゼピック村の外れ

 

 

 

「翼の透過は問題なく出来ているみたいですし、飛ぶこと自体は恐らくそんなに時間はかからないと思いますよ」

 

 村の外れの開けた場所まで移動して翼を広げると、僕の翼の様子をまじまじと見つめて、フィーナさんがそう口にした。

 

「では、透過と同じように、飛ぶという強いイメージを翼に乗せてみてください」

 

「分かりました」

 

 フィーナさんの言う通り、自分の中で空を飛ぶイメージを想起させる。思い出すのは自身が飛んだ唯一の経験であるダームの塔の最上階での出来事。

 

「わあ! 浮いてますよ! その調子ですアドルさん!」

 

 翼が白く輝き、ふわりと身体が地面から離れていく。出だしは好調のようだ。

 そして、僕はそのままふわふわと直上に浮かび上がっていき​──────凄まじい勢いでエステリアの空へと射出された。

 

 

 

「し、死ぬかと思いました……」

 

 まさかの第二次アドル砲事件が勃発し、盛大な土煙を上げながら着弾した僕は今、地面に倒れ伏している。

 よもやこんなことになるとは予想だにしていなかったが、考えるまでもなく、思い浮かべたイメージが良くなかった。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「なんとか……」

 

 大地の鼓動を感じていた身体を起こし、土を払い落としながら立ち上がる。

 

「凄い音がしたけど、2人とも大丈夫?」

 

 フィーナさんに背中の方の土を落としてもらっていると、村の方からレア義姉さんが歩いてきた。心配しているような呆れているような、微妙な表情をしてこちらを見ている。

 

「で、何があったの? 塔で見たアレみたいなのが見えたような気がするのだけど」

 

「実は……」

 

 かくかくしかじかとレア義姉さんに事情を説明すると、今度は何やら考え込んでしまった。

 

 

 

「ではこうしましょう」

 

 しばらく2人で待っていると、手を一つ鳴らして義姉さんがこちらに向き直る。何やら名案が浮かんだらしい。

 

「姉さん、何か思いついたの?」

 

「ええ、とびっきりにいい考えをね」

 

 そう言ってとても悪い笑顔を浮かべるレア義姉さんを見て、フィーナさんの顔が引き攣った。

 

「アドル、フィーナを抱きなさい」

 

「抱っ……!?」

 

 ぼふんっとフィーナさんの肌が頭の先から首元まで真っ赤に染まる。

 

「レア義姉さん、多分言葉が足りてないと思います」

 

「あら、そう?」

 

 僕の指摘に義姉さんは笑みを深くした。これは確実に分かってやってる顔だ。

 

「私は抱きかかえてって意味で言ったんだけど、ねぇ?」

 

「も、もう! からかわないで!」

 

 わざとらしく語尾を上げてフィーナさんに視線を送るレア義姉さんに、フィーナさんの弱々しい拳がぽかぽかと当たる。

 

「大丈夫なんですか? さっきみたいに飛んでいったりしたら……」

 

「飛んでいかないようにするためよ。アドルもフィーナを抱えてたら危ない動きをしないように、意識的にも無意識的にも細心の注意を払うでしょう?」

 

 なるほど、それは確かに一理ある。巫山戯ているようでしっかり考えてくれていたようだ。

 

「でも、からかう必要ありました?」

 

「フィーナが可愛いのがいけないのよ♪」

 

「それは分かります」

 

「アドルさんまで!!」

 

 ふしゃーっとフィーナさんの怒り(可愛い)がこちらにも飛び火した。今のは自分が全面的に悪いのだが、始めるのはもう少し時間がかかりそうだ。

 

 

 

「では、失礼します」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 あれから2人がかりでフィーナさんを宥めて、どうにか練習を再開することが出来た。まだ顔に赤みが幾らか残るフィーナさんを姫抱きにして抱えあげると、重心を安定させるためにフィーナさんの腕が首の後ろに回ってくる。その一連の動きのせいで僕と彼女が密着する形になるが、イメージを安定させるために1つ深呼吸をして気持ちを落ち着けた。

 

「浮き始めはちゃんと出来ていましたし、あのぐらいの加減で飛んでみるといいかもしれませんね」

 

 フィーナさんの囁きが僕の耳を刺激する。思わず思考が逸れそうになるが、何とか踏み止まって浮き上がるイメージを想起させると、再び僕の身体がゆっくりと地面を離れ始めた。

 

「その調子、その調子です」

 

 順調に浮かび上がっていくのを見て、フィーナさんが更に追い打ちをかけてくる。完全にそのつもりではないのだろうが、距離を考慮して声を抑え、吐息混じりの声で囁かれるのは、何とは言わないがたいへんよろしくない。

 結局、真面目な様子のフィーナさんにそれを指摘するわけにもいかず、その後もしばらく無自覚な誘惑に耐えながら飛行訓練を続行することになった。

 

 

 

「うんうん、やっぱりすぐに飛べるようになったわね」

 

 流石は私の義弟ね、と見事なまでのドヤ顔をキメる義姉さんを空中を漂いながら見下ろす。湧き上がる煩悩に抗いつつ、繊細な魔力のコントロールをすることになるこの練習法が思いの外功を奏し、割とすぐに飛行のコツを掴むことができた。今はもうそれなりの速度で空中での機動を行えるようになっている。

 

「よっ……と」

 

「ふふ、久しぶりに飛ぶ気分が味わえて楽しかったです」

 

 衝撃が来ないようにふわりと地面に着地してフィーナさんを降ろすと、満面の笑みを浮かべたフィーナさんにお礼を言われた。これでこの笑顔が見られるのなら、こちらとしても色々耐え忍んだ甲斐があったというものだ。

 

「いつでも飛びたくなったら言ってくださいね」

 

「はい!」

 

「あら、お姉ちゃんは仲間外れなの?」

 

 妹夫婦が仲良しで妬けちゃうわ、とレア義姉さんが僕とフィーナさんに抱きついてきた。

 

「もちろん義姉さんもよろしければ」

 

「うふふ、義姉想いの義弟を持って幸せだわ」

 

「わ、私の方が優先ですからね!」

 

 そして、わーわーと抱きつかれて揉みくちゃになったまま2人が騒ぎ出す。先ほどと違って騒がしくなったが、たまにはこういうのも悪くは無い。2人に押し倒された状態なのはカッコがつかないが、まあ、とにかく良しとした。




 私もフィーナ様に耳元で囁かれたいですわ(宝剣エメロードでトドメを刺される音)。

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