MkH86さん、mark6さん、評価ありがとうございます!
Main Character:アドル=クリスティン
Location:女神の王宮
「アド、ル、さん……?」
後ろから回した腕にフィーナさんの涙がぼろぼろと落ちる。
「フィーナさん」
「うぅ……!」
もう1度名前を呼び、腕に力を入れてフィーナさんを抱き寄せると、彼女は僕の手に手を重ねて、更に涙を零した。王宮内にフィーナさんの啜り泣く声が響く。
「アドルさん、どうして……?」
泣き止むまで子をあやす様に頭を撫でていると、目元を真っ赤に腫らしたフィーナさんが胸元から顔を上げた。
「こんなの……別れが辛くなるだけじゃないですか……」
「……僕は、フィーナさんとお別れするつもりはありませんよ」
僕の言葉に合点がいってないのか、フィーナさんは首を傾げる。
「黒真珠を封印できるのが有翼人だけということは、恐らく白い魔力が関係してるんですよね?」
僕の言いたいことを理解し、フィーナさんはハッとした顔をした。言葉が出てこないのか、口をパクパクと動かしている。
「そ、それはダメです! アドルさんも戻れなくなるかもしれないんですよ!」
やっと出てきた言葉は焦燥に塗れていて、その表情は心の底から僕のことを心配していた。
「僕の中にはフィーナさんとレアさんから預かってきた白い魔力があります。3人で力を合わせれば、きっとどうにかなりますよ」
少々楽観的とも取れる僕の言葉に、忘れていた、という表情でフィーナさんは少しの間呆然とする。しかし、すぐに彼女は首を横に振った。
「それでも、足りなくて、もしアドルさんまで帰れなくなったら……」
その顔に浮かぶのは恐怖。巻き添えで殺してしまうかもしれないということを酷くフィーナさんは恐れている。だが──────
「フィーナさんが思っているのと同じで、僕もフィーナさんに生きていて欲しいんです。僕はあなたに置いていかれたくない」
僕の言葉にフィーナさんが目を見開いて、すぐにくしゃりと顔を歪め、再び僕の胸に沈んでいった。背中に回されたフィーナさんの腕に力が入り、お互いの鼓動が伝わるほど身体が密着する。
「それに、約束もまだ果たせてないですし」
「やく、そく……?」
瞳からぼろぼろと涙を零しながら、フィーナさんが僕の顔を見上げてくる。僕はそんな彼女に見える様に自身の右手を持っていって、中指に嵌めたフィーナさんの指輪を外して──────
「帰って来たら、返事をするって言ったじゃないですか」
──────左手の薬指に嵌め直した。
「あ…………」
「告白にエンゲージリングまで渡しておいて、僕を置いていくって、少し酷いんじゃないですか?」
一生独り身になっちゃいますよ、と笑って付け加えながら、僕はフィーナさんを抱きしめる。
「ずっと、これからずっと一緒に生きてくれませんか?」
「は、い……ぃ…………!」
掠れた声でフィーナさんは僕の返事を受け取ってくれた。そして今までで1番深い抱擁が交わされる。
「フィーナさんの分の指輪は今度見繕いに行きましょう」
「は、い…………!」
「結婚式はゼピック村で挙げましょうか」
「は、い……!」
「そのために、まずは3人で黒真珠を封印しましょうね」
「はい……!」
フィーナさんの声に活力が戻ってきた。返ってくる言葉には絶対に生き抜くという意志を感じることが出来る。
「レアさんを待たせているんでしょう? そろそろ行きましょうか」
「はい、アドルさん」
愛を分かち合ってから、僕らはしっかりとした足取りで立ち上がり、レアさんがいる場所へと向かうために歩き出した。
「あら……」
王宮の入口に驚いた表情のレアさんが待っていた。それから、手を繋いで歩いてくる僕たちを見て何か納得したような顔に変わる。
「アドルさん、その選択に後悔はない?」
「微塵もありませんよ」
即答する僕を見て、レアさんは満足気な表情を浮かべた。
「では、行きましょうか。全てが始まった場所へ」
Location:ラスティン廃坑 最奥部
僕たちは黒真珠とともに、かつて僕が女神像の幻覚を見た場所まで来ていた。2人が言うには、クレリアが再度掘り起こされる前まで、ここで黒真珠を封印していたらしい。
「アドルさん、黒真珠を見てください」
フィーナさんの突然の指示に内心首をかしげつつも、僕は黒真珠に目を遣った。
「何か気づくことはありませんか?」
そう言われると、確かにおかしな所があるような気がする。
「罅割れていたのが治ってますね」
「そうです、これが黒真珠の厄介なところなんです」
「一時的に活動を止めることが出来ても、それはやがてこういう風に自己修復して、いつの日か活動を再開させるようになっているのよ」
激闘の末につけた傷がまるっきり無くなっていることに気づき、2人が命懸けで黒真珠を封印しようとする理由を察した。確かに、何度もこんなことを繰り返されてはたまったものじゃない。
「では、いったいどうすれば?」
「まずは暴走している黒真珠に白い魔力を流し込んで、制御権を奪い返します。それから、内部に残る黒い魔力が無くなるまで、私たちのリソースを消費して中和します」
「リソース?」
聞きなれない言葉をオウム返しで口にする。
「魔力は消費した分は時間の経過とともに元の状態に戻っていくでしょう?」
ダームとの戦いで消費した魔力が、王宮で会話している間も回復している感覚を味わっていたので、それには覚えがある。
「その魔力を水だとしたら、リソースはコップね。
なるほど、この世界にはまだ存在しない物だが、ゲーム的な言い方をすれば最大MPの値がリソースということだろう。2人が帰ってこれないかもしれないと言っていたのは、
「アドルさんは、私たちが女神像に預けてきたリソースを回収してきているので、その
「ああ、翼が6枚も生えてきたのはそういうことだったんですね」
「ええ、普通ではありえない状態だけど、今回ばかりは非常に助かるわ」
知らぬ間にファインプレーをしていたらしい。しっかり女神像を訪問して回ってよかった。
「では次に中和についてですが、これは口で説明するよりも実際に始めた方が理解出来ると思います」
フィーナさんの言葉で思い出すのは、黒真珠の模造品である黒い真珠を手にした時に情報が頭に流れ込んできた感覚。口振りから察するに、あれと同じことが起きるのだろう。
「長引かせても私たちが不利になるだけだし、早速やっちゃいましょうか」
レアさんの言葉で、僕たちは黒真珠を囲うようにして座り込んだ。黒真珠に手を添えると、あの時と同じように膨大な情報が頭に流れてくる。
「では、始めましょうか」
2人が翼を展開するのを見て、僕もそれに倣い3対の翼を背中から広げた。そして、掌から黒真珠の中に白い魔力を注入し始める。
「アドルさん、私たちはもう身体にほとんどリソースを残してません。ですので途中からは1人で頑張ってもらうことになりますが……」
「そもそもお2人の分のリソースを預かってるのは僕ですからね。それぐらいは頑張らせていただきます」
暴れ馬のように荒れ狂う黒真珠の意志を白い魔力で以て抑え込みながら僕はそう返した。
「あっ……」
力の抜けた声とともに翼が霧散して、フィーナさんは後ろによろめくようにして黒真珠から離れた。
「姉さん、アドルさん、ごめんなさい……」
「何言ってるの、よく頑張ったわね。ゆっくり休みなさい」
肩で息をしながらフィーナさんが謝ってきたが、レアさんがそれに軽い調子で気にするなと返す。しかし、レアさんも額に汗を浮かべていて、顔色も既にだいぶ悪いようだ。
「レアさんも、無理しないでください。フィーナさんの晴れ姿、見れなくなってしまいますよ」
「…………なら、お言葉に甘えちゃおうかしら。アドルさん、後はよろしくね」
僕の言葉でレアさんも汗を拭い、翼を霧散させて黒真珠から離れる。レアさんが
「あ、炎が……」
再び燃え上がっていた黒真珠の炎が完全に沈黙するのと同時に、僕の2枚の翼が形を維持出来なくなって消滅した。しかし、まだ黒真珠の中に根付いた意志は消えていない。
「アドルさん、あともう少しで……」
「はい……!」
フィーナさんの声援で、切れかけた集中を持ち直し、再度気合を入れて白い魔力を黒真珠に流し込む。
2対目の翼も霧散した。疲労感が重圧になって身体にのしかかってくる。心臓も魔力を流すためにはち切れそうなぐらい駆動し、頭も集中のあまり神経が焼き切れそうだ。
そして、ついに黒真珠に宿っていた意志が消滅し、それは粉々になって崩れ去った。
「やっ……た……?」
「アドルさん!?」
黒真珠の封印を成し遂げた安心感から、身体の力が抜けて、そのまま横向きに倒れ込んだ。今更ながら、ダームの塔に入ってからひたすら走り続けてきたことを思い出して、自然と瞼が閉じていく。今は、瞼越しに感じられる残った2枚の翼の光が少しだけ眩いような気がした。
ぶっちゃけダームの塔突入あたりから、このシーンを書きたいがためにこの小説書いてたところあります。